第15話 水晶球の導き
その日、レオは再び神殿を訪れた。
神殿の入口に着くと、白に紫の刺繍の入った制服を着た小柄な少女が立っていた。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
白いフードからのぞく顔立ちは、まだとても幼い。だが、挨拶の仕方や歩き方は、礼儀をきちんと教えられている感じがした。
神殿長の個室ではなく、広い中庭へ案内された。短い草や小花に、明るい日が当たっている。
目が合うと、神殿長ミカエディスが深く一礼した。前と同じく、紫の水晶球を両手に抱えている。
「ミラ、ありがとう」
ミラと呼ばれた少女はお辞儀をして去った。
「良い子でしょう」
彼女の後姿を目で追いながら、ミカエディスが言う。
「しっかりしていますね。僕の弟、ディアと同じ位でしょうか」
「第二皇子は、おいくつでしょうか」
「今、九歳です」
「では、ちょうど同い年です」
ミカエディスがふうっと小さく息をつく。
「ミラは、私の親戚の子です。見どころがあるので、いずれ後継にできればと」
「そうなんですね」
レオも、遠ざかる彼女を見送る。ディアに会ったら友達になれるだろうか、と思う。
「……ちょっかいは、駄目です」
鋭い目でレオを見る。
「出しません」
面倒なことになると嫌なので、弟と会わせてみたいという言葉は飲み込んだ。
「あの子とシャールがいたから、私はどん底の日々から抜け出せたんです」
ミカエディスは水晶球をそっと抱きしめた。
「……それより、今日から魔法の訓練をしていただけるんですよね」
「ええ。なので、この中庭に来ていただきました。神官たちもここで魔法の訓練をいたします」
そう言って、ミカエディスはレオを手招きする。
レオは良く分からないまま、彼女の前に立った。
「まずは、殿下の魔法の素質を見ます。手を、シャールに触れてください。優しく」
そう言って、両手で水晶球をレオの前に差し出す。
レオは、ごくりと唾を飲み込み、右手でそっと触った。
すると、水晶球の奥から、紫の光と赤い光が渦巻くように現れ始めた。うねうね、ぐるぐると、二つの色が水晶球の表面を動き始める。
赤い光は竜の形になりかける。
だが、ならないままに広がって、薄まった。
次に紫色の光が鳥の形を作る。
それはいくつもの鳥に別れ、まとまって一つの形になった。
紫の鳥が、赤い炎を周囲に吐き出す。
そして、光は散り散りになって、消えた。
後に、最初と同じ紫色の水晶球が残った。
「――分かりました」
ミカエディスが言う。
レオは黙ったまま、拳を握る。緊張で手に汗がにじんでいた。
「やはり、竜国の血と、帝国の血、それぞれの魔力を受け継いでおります。ですが」
「……ですが?」
「竜になるよりは、黒烏を使いこなす方が先のようですね」
「やはり……」
先ほど映ったものを見てそうだろうとは思ったが、とレオは小さく肩を落とす。
「竜化を求めたが、まだ得られていない」
ミカエディスはうなずく。
「闇の魔力の素質は十分あるようです。魔力を正しく育てれば、クロウ・レギオン、そして、炎の魔力も使える――と、この子は言っています」
ミカエディスが目を細めながら、水晶球を愛おしそうに撫でる。
「微力ではございますが、今日から時々、殿下の訓練にお付き合いいたします」
「そうか。ありがたい……」
レオの拳がほどけた。
「ただし、ここでは魔力を増やす訓練のみですよ。クロウ・レギオンは、別の場所でご自分でどうぞ」
「わ、分かった」
それからレオは、ミカエディスに言われるままに、訓練を始める。
まずは身体を柔らかくほぐし、目を瞑って内側へ意識を集中することからだった。
『前に、進めそうか?』
ウィンが、レオの肩に降りてきて囁く。
「進めると、良いな」
小さく笑った。
「クロウ・レギオンの訓練は、別で一緒に付き合ってくれ」
『勿論だ。核になる』
レオはまた、馬車に乗り込んだ。
◇
さらに数日後、部屋でまだ朝食を食べていたレオの元へ、また皇帝の黒烏、ディキオが飛んできた。
連日、朝早くに神殿で瞑想や柔軟などをして戻ったあとだ。この後も、宰相ルシアンデルの執務室で仕事を手伝う予定がある。
レオは急いでスープとパンを掻き込んでいる最中だった。
ディキオが窓辺に降り立つ。
『だいぶ先の話だが――』
ディキオが珍しく、もったいぶるかのように間を空ける。
この時間の無い時に……と、レオは少しむっとした顔で食べ続ける。
『技術院長が皇帝に、研究成果のお披露目をすることになった』
皇帝の声色を真似るように伝えた。
『場所は辺境の研究施設だ。数名の供を連れて行く。お前も行けるが――どうする?』
ディキオが首を傾ける。
レオは、思わず手を止める。
「行く!」
レオはパンを頬張ったまま、慌てて叫んだ。




