第14話 それぞれの戦術
私がイオネたちと引っ越し祝いのお茶会を楽しんでいた頃。
マックスはココットとともに、王都の魔獣研究所にいるケイルのもとを訪れていた。
「今日は、これを持ってきた」
マックスはケイルに、イオネから預かった帝国の地図を見せる。
「これは……ずいぶんと詳細な……」
ケイルが両手で受け取り、中身を見て絶句する。
「そうだ。コルドミリティ帝国の地図。イオネさんから預かった」
マックスが、ココットを振り返る。
ココットは鞄から魔石を取り出し、ケイルに渡した。
「これに複写して欲しい。できれば、他にも」
マックスがケイルに命じる。
「ああ、投影版の、魔石ですね。研究所にある魔石にも、複写いたします」
ケイルは預かった魔石を持ち、壁際の投影版のような卓の一つに差し込む。
そして隣の卓の上に、イオネの地図を広げた。
両方の卓がしばらく淡く光り続け、やがてふっと光が消える。
ケイルが魔石を取り出し、再度差し込むと、投影版にイオネの地図と同じ詳細な地図が映し出された。
続けて、別の魔石を隣の卓に差し込む。
「これで、複写が終わりました。こちらで複写させていただいた魔石を元に、他の帝国の地図情報も更新しておきます」
ケイルはイオネの地図と魔石の一つをココットに返す。
そして、迷いながら尋ねた。
「地図……帝国に、行かれるおつもりですか?」
マックスが少し、目を細めた。
「まだ他には言わないで欲しいが、象の森の件で、リリちゃんたちが攫われた象たちを取り戻しに行くと言っている」
ケイルが、恐る恐る聞く。
「他には、誰が?」
「フィシエーラの王女三人、アンドロメダも一緒だ」
「王子も、行かれるのですか」
「……回復役も、必要だろう?」
ケイルが、頭を抱える。
「フィシエーラの王女も、回復はできるのでは?」
「ミリエルは、できるね。でも」
「でも?」
「絶対に、彼女たちは守らないといけない」
マックスが、まっすぐにケイルを見る。
「象の森は、アグラール王国と帝国の間。リリさんもアンドロメダさんも、元々他国の方ですよね」
ケイルが、泣きそうな顔でマックスに言う。
「そうだね。だから、僕は前に出ない。出たら、王国が帝国へ踏み込んだとなりかねない」
「それは、決定事項ですか」
「僕の中では決定事項だ。だから、何事もなく取り返すための方策を、一緒に練って欲しい」
マックスの言葉に、ケイルが傍らの椅子にどさりと腰を落とし、そのままテーブルに伏した。
「いつも、面倒ごとばかりでごめんね」
「全くです……」
ケイルは伏したまま、しばらく動かなかった。
◇
その晩、私はまたビュートゥと、出張所の裏へ行った。
また少し風魔法の訓練をしたあと、宵翼蝠たちが集まり始める。
「今日は、面白い土産話を持ってきたぞ」
上空からクロミツが降りてきて、ビュートゥの腕にぶら下がった。
『なんだ、聞こう』
ビュートゥは、昼間にイオネに聞いたクロウ・レギオンの話を彼らに話した。
宵翼蝠たちは最初、興味深げに静かに聞いていたが、徐々に若い宵翼蝠たちがざわつき始めた。
『姫も、強くなろうとしている』
『黒烏には、負けられん』
『なら、我らも』
若い何匹かが、並んで飛び始める。
『だが、合体とは?』
『間を空けて、一緒に飛べば良いのか?』
いつの間にか、沢山の宵翼蝠たちが、夜空を飛び回っていた。
羽音がばさばさと鳴り、風が小さく木々の葉を揺らし始める。
そのうち何匹かが、ぐるぐると飛びながら鳴き始めた。
「……今、空気が震えた?」
私の呟きを、傍で見ていたクロミツも静かに受け止めた。
『ふむ』
「何か、思いついたか?」
ビュートゥが話しかける。
クロミツはしばらく黙って、夜空を飛び回る仲間たちを見上げていた。
そして、低く言う。
『恐らく、黒烏たちは、闇魔法の思念で繋がるのじゃろう。ならば――』
「ならば?」
『ならばこちらは、その繋がりを乱すが良かろう』
クロミツが飛び立ち、指示をする。
いくつかの塊に別れ、ばらばらに飛んでいた宵翼蝠たちが、ぐるりと円を描き始める。
音を響かせながら、ぐるぐると飛ぶ。
やがて、その響きが、螺旋を描き始めた。
「人には聞こえぬ、彼らの声ですな」
「え?」
「我らには、少しだけ聞こえますが」
宵翼蝠たちの音にならない声が、共鳴する。
やがて、周囲の空気を大きく震わし始めた。
ビュートゥが目を細めた。
「……これは、対クロウ・レギオンの術になるやも知れませぬな」
ビュートゥは、昼間にエリシアたちからもらった柑橘の果実をちぎり、宵翼蝠たちに分け与え始めた。
蝙蝠たちが美味しそうに噛り付いている。
「技の名は、決めたのか」
クロミツに、ビュートゥが尋ねた。
『うむ。今、決めた。“宵輪乱響”だ』
「良い名だ」
ビュートゥがうなずく。
『そうだろう』
クロミツが果実をもらい、満足気に顔をほころばせる。
『まあ、もう少し磨かねばならんがな』
私たちの歌だけではない。
私たち以外も、それぞれに、支えてくれようとしていると知った。
「私たちも歌、早く完成させないと」
私は呟いた。
ビュートゥはその呟きを聞き、小さく微笑む。
私はまだ知らなかった。
けれど、私は間もなく、彼が別の戦術をも心に秘めていたことを知るのだった。




