第13話 イオネの引っ越し祝い
前にここに来てから、もう半年以上が経った。
今、私は領主の別邸の白いガゼボでお茶をいただいている。湖のほとりに建つ、白い石造りの素敵な建物。時々使うだけと言うが、庭園は綺麗に手入れされていて、今の時期も夏の花々が咲き誇っている。湖上から吹く風が涼しい。
「お招きいただきありがとうございます。これは、私たちがお菓子学校で作ったお菓子です。宜しければお召し上がりください」
セレフィナがイオネに、籠に入ったケーキや焼き菓子を渡す。今日はフルールも一緒だ。セレフィナに紹介されイオネに挨拶をしてから、二人は私の隣の席に座った。
「ここに来たのは、学校の皆とお詫びのお茶会に来て以来だよね」
私は柑橘のケーキをいただきながら、フルールに話しかける。
「そうそう。最初ここには、領主の息子のガレに攫われてきたのよね」
フルールは、私が竜になって降り立った辺りを見る。
「そうしたら竜が飛んできて、連れて行かれた」
彼女にとっては、ガレにしても竜にしても、災難だったろうなと改めて思う。セレフィナもそんな私たちを見ながら、神妙な顔をしてお茶を飲んでいる。
「まあ、そのお詫びで、ちょうど王都から来ていた先生に菓子学校を作ってもらう話にもつながったから、結果としては良かったけど」
フルールがふふっと笑う。
「そう言えば、菓子学校の一般コースは一年だけど、フルールはその後どうする? 専門コースに進むの?」
セレフィナが焼き菓子を皿に取りながら、フルールに問いかけた。
「できれば進みたいと思ってる。村で家を手伝いながら、お店を出したいから……需要があるなら村に。最近人が増えて、にぎやかになって来たし」
フルールも私の前に別のケーキの皿を出しながら答える。私もその皿を受け取りながら聞く。
「ガレとはその後何もないの? 今日も来てないけど」
「この前、大きな花束を持って菓子学校の前にいた人? 時々来るよね」
セレフィナが小さく笑いながら言う。
「断ってるんだけどねー」
フルールはそっけなく答える。相変わらず彼に興味は無いようだ。
「好きな人はいないの?」
「……家を継いでくれる、お婿さんが欲しいのよ」
「ああ」と、セレフィナと私は声を出した。それじゃあ、ガレは無理だ。領主の跡取りだから。
一方のイオネは、ビュートゥとアンドロメダ、おばあちゃんに囲まれて座っていた。
「夫人とお話するなら、ぜひ帝国で使役しているという黒烏について伺いたいと思っていたのです」
ビュートゥがイオネに切り出す。
「わしら竜国の人間は蝙蝠型魔獣を使役しておりますが、なんでも、集合体を形作るとか」
「お茶の席でそんな……」
顔をしかめるアンドロメダを、イオネが静かに制止する。
「ええ。私と夫はパピを可愛がっておりますが、帝国の貴族で生まれた時から黒烏を守護獣とする者は多くおります。王族など一部ですが、集合体を作らせることができる者もおります」
ビュートゥは、目を輝かせる。
「それはいったい、どんな……何羽位が、どういった並びで?」
「私よりアンドロメダの方が詳しいかも知れませんが」
イオネはアンドロメダをちらりと見るが、黙っているのを見て、続ける。
「この焼き菓子を烏、皿を空としますと……」
イオネは大きめの白い皿を前に置き、上にいくつかのフィナンシエを並べ、一つの形を作る。真ん中だけ、マドレーヌを置く。
「これが、集合体――クロウ・レギオンです」
「ほう、核が一羽になって、まとめあげるのですな」
ビュートゥが、食い入るように見る。
イオネが静かにうなずく。
「そうです。なので――弓で射るなら、この核を一撃」
イオネがマドレーヌを摘まみ上げ、ビュートゥの皿に置く。
聞いていない振りをしていたアンドロメダが、ぶふっと紅茶を吹いた。おばあちゃんがハンカチを手渡す。
「失礼。そこで射るとは思わなくて」
ビュートゥは気にせず、マドレーヌを口に運びながらさらに聞く。
「そのまた上もあるのですかな?」
「クロウ・レギオン自体、本来は小隊ではなく大きくまとまった物を言います。なので、まず一つ一つを、大きくいたします」
イオネは今度は小さな皿をいくつか前に置き、一つ一つにクッキーの小さな山を作り、先ほどのフィナンシエを真ん中に置いていく。
「そのまた上位となると、複数体をより大きくまとめた、クロウ・オムニス。ただ、できる者は帝国でもほとんどおりません」
皿をまとめ、真ん中にホールケーキの皿を置いた。
それから、傍に立っていた侍女を呼んで、ケーキを切り分けてそれぞれの皿に分けさせ、皆に配った。
「とても面白い話ですが……こんなには食べられませんな」
ビュートゥが断り、侍女が私たちの方へ皿を持ってくる。
「それにしても、この国は食べ物がおいしいですね」
イオネは皿のクッキーを摘まむ。
「そうなの。だから私、こんなに太ってしまったの」
と、アンドロメダが言う。
「食べ物に興味があるんなら、今度、近くの町にも行ってみるかい」
おばあちゃんの一言に、「ぜひ」とイオネも快諾した。
エリシアとミリエルも遅れてお茶会に参加し、お茶とお菓子を楽しんだ後、イオネは別邸の中を案内した。部屋の一つ、広間にはピアノがあった。
イオネが椅子に座り、弾きはじめる。
弾きながら、帝国の歌を歌い始めた。
アンドロメダもすっと隣に立ち、一緒に合わせ始める。
「じゃあ、次は、私がアグラールの歌を歌おうかね」
おばあちゃんがイオネに話しかけ、歌い始めた。私も小さい頃から聞き馴染んだ、村の誰もが知っている歌。フルールも口ずさみ始め、私も一緒に歌う。イオネは途中から、合わせて伴奏をしてくれた。歌いやすいと思った。
「じゃあ次は」とエリシアが言い、セレフィナが懐からリラハープを取り出して、ミリエルも一緒にフィシエーラの歌を歌う。
これも、イオネが伴奏をする。
「次は、わしですな。歌ではございませんが……竜国の、竜の子守唄を」
ビュートゥが懐から、白くて丸っぽい、穴の開いた笛を取り出した。
「え? それって、吹いたら竜が出てきたりはしませんよね?」
エリシアが心配そうに聞く。
「その心配はございません。蝙蝠たちも、今は寝ておりますので、何も」
そう言うと、静かに吹き始めた。
深く低い、のびやかな音が、部屋に広がる。
私はなぜか、岩山の見えるところで、誰かの胸のそばで抱かれている風景を思い浮かべた。
赤ん坊の頃に、誰かに聞かせてもらったのだろうか。
顔は思い出せないが、大きな腕があった。
どこか懐かしくて、胸がぎゅっとなった。
あれは、父だったのだろうか。
私は目を閉じて、子守唄に聞き入る。
そして気が付くと、私はその笛に重なる旋律を、小さく口ずさんでいた。
私の中のどこかに残っていた歌詞の一部は、
竜が子を想い、卵を温める歌だった。
セレフィナも黙って、ハープを合わせた。
ハープの音色が笛の音と私の声に、心地よく絡んだ。
一方その頃、マックスはココットとともに、王都の魔獣研究所にいるケイルのもとを訪れていた。




