第11話 手鏡に映る父
象の森での数日間の練習の後、私たちは夜にエルント村へ戻った。
そして翌朝、私はおばあちゃんと畑仕事をしてから、久しぶりに出張所へ向かった。村の風景は変わらずのどかで、出張所に着くと入口に森からの贈り物の薬草が置かれていた。私とおばあちゃんはそれを見て、ふっと笑顔で顔を見合わせる。
変わらない、いつもの日常があった。
ココットやビュートゥたちに挨拶をしながら会議室へ入る。
お茶やお菓子の準備を手伝いながら全員が揃うのを待っていると、最後にマックスがイオネを連れて現れた。ウィルが会議室の扉を閉める。
「揃われましたな。では、始めますか」
ビュートゥが全員を見回して、マックスに目配せする。
「では今日は最初に、皆さんに僕から報告を。
マックスがイオネの席の隣に立つ。
「国王と謁見して、イオネさんを正式にアグラール王国で預かることになった。ご本人の希望で、エルント村に滞在する」
アンドロメダが小さく拍手をした。
「わあ、また一緒にいられるのね」
イオネも彼女に笑顔でうなずく。
マックスが続ける。
「昨日領主に会ってきて、当面は今使っていないという領主の別邸に住むことになった」
ココットがテーブルのくぼみに魔石を差し込むと、投影盤に村の地図と、別邸の場所が映し出された。
(これ、私が初めて竜になって、フルールを助けに行ったところだ)
私が思わず顔をしかめて、マックスが小さく「どうしたの?」と言う。
「いえ……湖もある、良い場所ですね」
私は咄嗟に取り繕う。
「うん。広いから、アンドロメダと、村にいる時は僕とウィルも一緒に住む。護衛も置く」
アンドロメダがイオネと目を見合わせて、二人で静かにうなずき合う。
「今は宿を使っているエリシアやミリエルも良ければ」
エリシアは、セレフィナを見る。
「じゃあ、私とミリエルはそちらへ移るわ。練習、まだかかりそうだし」
マックスが続ける。
「ビュートゥとココットは、出張所のままかな」
二人がうなずく。
「じゃあ、最初の議題はそれで終わり」
マックスがビュートゥを見る。
「では、いよいよ、今回の本題ですな。リリア様、こちらへ」
ビュートゥが、私を手招きし、そちらへ移動する。
手にはもちろん、手鏡を持っている。
「今日は前に象の夫たちを見てから、三週間が経ちました」
席に座り、前に銀の小さな手鏡を置く。
皆の視線が集まる。
唾をごくり、と飲み込む。
私は両手で手鏡を持ち上げ、ぎゅっと握って、風の魔力を込めた。
「帝国に囚われている……父を見せて」
手鏡がふっと光り、鏡面が、白く揺れ始める。
(強い思いを込めて……)
生まれたときに会ったかも知れないけれど、記憶にない父。
生きているかも分からなかった。それが、最近、塔に囚われていると聞いた。
父も、私のことを覚えているだろうか。
いや、きっと、覚えている。
長く囚われているが、元気だろうか。
助けたい。
会いたい。
そして、声を聞きたい。
竜のこと、竜国のこと、他にも色々、聞きたい。
ぶわっと、風の力が増した。
皆、思わず顔を手で庇った。
「見えた」
「え?」
手鏡の中に、白の混じった黒く長い髪と、黒い髭が映っていた。
石壁の狭い部屋。
低い簡素なベッドに腰かけた男は、両手を鎖で繋がれたまま、固そうなパンをかじっていた。
それを、コップの水で流し込む。
食べ終えて、男が顔を上げた。
赤い、燃えるような鋭い目が、暗闇に光る。
(心は、死んでいない……)
身体も痩せ細ってはいない。
むしろ、鍛え上げられた、がっしりした身体つきだった。
「リリちゃんと同じ目と髪の色だね。場所は……牢かな」
マックスが言った。
「これだけじゃ……イオネは分かる?」
アンドロメダが、イオネを見る。彼女も黙って首を横に振った。
「あ、誰かに呼ばれたみたいだ」
男は立ち上がり、兵士の開けた鉄格子の扉を出る。
前後を兵士に挟まれ、両手、両足に枷を付け、鎖を引きずり、石の回廊を歩いて行く。
それから、窓のない馬車に乗り込んだ。
「外が少しでも見えれば……手がかりが欲しいわね」
馬車に乗った父の目線だろうか。
暗く、景色も見えない。車輪と馬の走る音だけが響く。
しばらくそれが続いた。
そして、扉が開き、光が射しこんだ。
目の前に、石造りの建物があった。
壁の曲線を辿り、目線が斜め上にずれる。
そこには、青い空と、高い塔があった。




