第9話 神殿長と水晶球
数日後、レオは案内人に連れられて、馬車で神殿へ向かった。神殿は北の方に位置し、王都の城から真っ直ぐ大通りを進んだところにある。入り口前には噴水があり、その前で心を鎮めてから建物へ入る。
白い石で作られた神殿は、柱が何本も高い天井まで伸びており、帝国の中にいるにしては明るかった。
神殿長ミカエディスは、その入り口を少し入った所に数名の部下を従えて立っていた。母と同じ位の年頃の女性。濃い菫色の目が、白いフードの下から静かにレオを見据える。レオに会うと小さくお辞儀をした。両手で、大人の頭程度の大きさの紫色の水晶球を抱えている。
レオもお辞儀をして返す。
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
「よくお越しいただきました。どうぞ、こちらへ」
そう言って奥へ向かう。
レオの革靴の足音が、コツコツと響く。ミカエディスたちの足音は、何故かほとんどない。靴が違うのだろうか、と、不思議に思いながら後に続く。
ミカエディスは礼拝堂手前の彼女の執務室へレオを招き入れた。肩に乗ったウィンも入室を許される。
部屋は静かで、窓辺に飾られた白い百合の花の香りが強く漂っていた。
レオの背後で扉が閉まる。
振り返ったミカエディスはまだ、紫水晶の球を抱えている。
「殿下は確か、皇帝陛下の甥にあたられましたね。実のお子は第二皇子で」
「……それが何か?」
レオは意図をつかめず、わずかに眉を寄せた。
「いえ。ならば私情なくご指導できると思いまして」
しばらく、会話が途切れた。
「もしかしてご存じない?」
ミカエディスが小さくため息をつく。
「……何を、でしょうか」
レオは少し記憶を探すが、何も思いつかない。
「私、昔、皇帝の婚約者だったこともあるのです」
えっ、という顔で、思わず見てしまう。そんな話は聞いていなかった。
すると、ミカエディスが抱えた紫水晶に、若い男女が映し出された。
おそらく、男性は皇帝。女性は、若いミカエディスだろうか。
「でも、私の従姉妹に会って、おかしなことになりました」
別の、美しく華やかな女性が、ミカエディスの傍に現れる。絵姿で見たことがある気がした。
「真の愛を見つけた、と言って彼女と結婚されました」
若き日の皇帝が、華やかな女性に歩み寄り、プロポーズする。
そして、大勢の人々に囲まれた結婚式のシーンが浮かぶ。
複雑な顔で、若きミカエディスが見守っている。
「そして、結局その彼女に捨てられた」
皇帝が必死に誰かを探す姿が映る。
そしてそこで、映像は消えた。
「子だけは無理に取り戻したようですけれどね」
神殿長はうつむいたまま、皮肉めいた小さな微笑みを見せた。
「そんな過去もありましたが、私は仕事に生き、愛を信じられなくなった皇帝は私の気持ちも考えず仕事を頼んでくる。今はそういう関係です」
この人は何を言っているのか。
レオの目が小さく泳いだ。
ミカエディスが少し間を置いて、レオを見た。
「ごめんなさいね。彼の血筋と聞いて、話しておきたくなっただけ」
彼女は球をそっと撫でる。
「この子――シャールは、今見せたように、過去に私やあなたが見たものを映すことができます。あと、私、少しばかり占いもできます。シャールは、未来に起こりそうなことを見せてくれることも、あります」
ただの水晶球に、ペットのような名前までつけている。
「見たいもの、何かございますか?」
言われて、少し考える。過去ならば……。
「……先日、辺境伯夫人を捕えられなかった、と聞きましたが」
「ああ、それなら」
神殿長はくっ、と小さく笑った。
「会議で技術院長に見せられた映像、再現しましょう」
紫水晶の奥に、ゆらりと景色が浮かび始めた。
どこか、街道だろうか。近くに森が見える。
そこに、大きく耳を広げたパピの曳き台に乗るイオネらしき姿がある。
その前を走る、一角獣。
そして、その背に乗る男女。
「……セレフィナ?」
思わずレオが呟く。
「あら、お知り合い?」
神殿長が目を細めた。
「おそらく」
もっとよく見たい、球の傍へ歩み寄る。
「その前の男は?」
「この、若い男性かしら」
神殿長は球の映像と、レオの顔を見比べ、愉快そうに続ける。
「アグラールの第二王子も一緒にいたと聞いたから、彼でしょうか」
そこで、パピが気づき、イオネが弓矢を放って、映像がぷっつりと切れた。
「王子……」
セレフィナと親しいのだろうか。
「くくっ、良い顔ですこと」
引くような笑い声をたてる。
それから、やっと真顔に戻った。
「で、ここへ来た目的は、闇の魔力の話でしたかしら」
「あ、ああ。そうです」
忘れかけていたのを、突然話が進む。
ミカエディスがじっとレオを見る。
「あなた、魔力の素質としては悪くない」
それから、紫水晶を撫でながら、くくっ、と引くように笑った。
「良いわ。私好みの、強い魔力の男に育ててみましょう」
肩に乗っていたウィンが、扉の方を見た。
レオはそっとその片足を抑える。
「逃げるな」
ウィンだけに聞こえるように言った。
『あの水晶球絶対重いのに、軽々持ってる。足音もしない』
ウィンの声が、かすかに震える。
彼女はずっと、水晶球も自分も、魔力で浮かせていた。
日々国の重要施設の結界を保ちながら、それだけの余力。
そして、それ以上に異様な雰囲気。
これが、皇帝が会わせたがらなかった理由かも知れないと、レオは思い始めていた。




