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竜国の姫らしいですが、田舎で静かに暮らしたい~指輪をはめたら竜になって、魔獣好きの第二王子に溺愛されています~  作者: コフク
第四章 集う光と竜――決戦前夜

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第7話 潜む竜、飛ぶ蝙蝠

『姫、それではすぐに敵に気付かれますぞ!』

 朝の岩場に、渋い灰色の竜の激が響いた。

『え、見えてた?』

 私は赤い竜の姿で、きょろきょろと周囲を見回す。

『だいぶ気配は薄くなりましたが、隠しきれておりません』

『うん。二人とも、うっすら見えてる』

 高い木の上から、コフクも容赦なく言った。


 竜の姿で潜むための訓練は、人の姿の時よりずっと難しかった。


 ――話は少し遡る。

 エルント村へ戻った翌朝、まだ朝靄の残る中、私はひとり出張所の裏手へ向かった。


 呼んだのは、ビュートゥだ。昨日出張所へ戻ったときに、訓練をしようと約束をしていた。

「おはよう、ビュート」

 私が声をかけると、ビュートゥはまず周囲を見回し、誰もいないのを確かめた。

「歌の方は、進んでいるようですな」

 以前から時々、ここでビュートゥに火魔法を教えてもらっていた。私はいつもの石組の方へ歩いていく。

「うん。アンドロメダさんとおばあちゃん、あとイオネさんも教えてくれて、段々声が出るようになってきたところ。あと、エレティンが歌詞を作ってくれることになった」

「そうですか」


 ビュートゥは立ち止まったまま、腕を組んだ。

「この二週間、わしも色々と戦いについて考えを巡らせておりました」

 光の国に、歌の練習。そう言えばそこにビュートゥは絡んでいなかった。

「姫は象の夫たちを歌で助ける。それは、竜の姿ではなく、人の姿ということになりましょう」

「……そうだね」

 竜の姿では、人の歌は歌えない。訳す役割を果たすためには当然そうなるだろう。


「だが、お父上を救出する時は違う。竜になることもありましょう」

「そうか」

そして、ビュートゥは、いつもより鋭い目で私を見すえた。

「塔へ救出に向かうその時、竜の姿が目立ち過ぎてはなりませぬ」

「あ」

 彼の言いたいことが分かった。

「じゃあ今日は、その練習をするのね」

「さすが姫。理解が早いですな」

 ビュートゥはうなずき、森へ続く細い道の方へ歩き出した。

 私も慌てて後に続く。

「そういう訳で、今日は、竜の姿での練習をいたします。

 竜になって、人目につかないところまで飛びますので、ついてきてくだされ」


 森の入口まで来て、ビュートゥが指輪をはめる。

 それを見て、私も深呼吸してから、指輪を指にはめた。途端に身体の奥に熱が湧き、視界が変わり始めた。

 ビュートゥの竜の姿は初めて見た。河で水に濡れた岩のような、灰色の竜。私より、一回り小さいけれど、身体が締まって見えた。

 ビュートゥは私の方をちらりと見て、竜化が落ち着いたのを確かめる。

『では、行きますぞ』

 そう言ったかと思うと、びゅうっと風を裂いて飛び上がった。

『あっ、待って』

 私も慌てて翼を広げる。


 朝靄を抜け、空へ上がる。ひんやりした空気が顔をかすめる中、遠くの山並みの向こうに朝焼けがはっきりと広がっていた。昇り始めたばかりの朝日が眩しくて、一瞬だけ目を細める。

 大きく羽ばたいて、森の上を越えていく。気が付くとコフクもすぐ傍を飛んでいた。


 ◇


 森を通り越し、開けた岩場へ出ると、ビュートゥは地面に降りた。私も続いて降りる。

 岩場には朝日が差し込み、木々の影が長くのびている。森はまだ静かで、鳥の声が少しずつ聞こえ始めていた。

『今日はここで、訓練をいたしましょう』

 ビュートゥは竜の姿のまま、話し始める。

『姿や気配を消す魔法は、火魔法にはない。姫の風魔法を使うしかございません』

『うん。“我を散らせ”と“我を透せ”……竜の姿で使ったことは無いけど』

『ならばまずは、人の姿で使って、竜になって同じようにできるか見る感じですかな』

 私はうなずき、一度人の姿に戻った。


 さっきまで同じ位の高さだったビュートゥの竜が、大きくなって見える。

 コフクはいつの間にか近くの木の上に落ち着いて、口をもぐもぐ食べながら見ている。

 私ももう少し朝食を食べてくれば良かったかなと思った。竜化はお腹が空くようだ。


『さあ、姫』

 ビュートゥに促され、正気に戻る。

 そして唱える。

「風よ、我を透せ」

 それから、また竜になった。

『どう?』

 コフクがぐっと飲み込んで、言う。

『うーん……頭だけ、見えない。あとは見えてる』

『あ、頭だけ?』

『うむ……そうですな』

 私に対して評価の甘いビュートゥが、苦し気に唸る。

『ある意味怖いので、これもありかも知れませぬが……』

『いや、ない』

 コフクがはっきり否定した。


『あと、できればわしの気配も消してくだされ』

『まだ私一人も消せていないのに?』

 思わず動揺する。

『いずれ、複数名の気配を消すのですから』

『複数名!?』

 気が遠くなりそう――竜のまま少しよろけて、踏みとどまる。


 それから何度も唱え続けた。

 

 竜の自分だけでなく、ビュートゥまで消えるように。

 見た目だけでなく、気配まで消えるように。


 最初は人の姿で唱えていたが、竜になってからでも風魔法を使えると分かる。

 竜になりながら唱え、竜になってから唱える。

『我を透せ』

『我を散らせ』


 何度目かで、ようやくビュートゥが少しだけ目を細めた。

『……今のは悪くないのでは』

 コフクも大きくうなずく。

『うん。どこにいるか、分からない』

『ほんと? やった!』

『今、声で分かった』

 その瞬間、

 グルルルル、と大きなお腹の音が鳴った。

『あ』

 思わず声を出してしまう。

『いったん休憩をしましょう。姫はここでお休みくだされ。川魚でも採って参ります』

 ビュートゥが静かに言って、川の方へすっと飛んで行った。

『隠す前に、お腹も満たしておかないとだね』

 コフクが私の肩に降りてきた。


 それから少しして、ビュートゥが川魚を何匹か掴んで戻ってきた。

 ビュートゥが岩場に並べ、私が竜の炎で焼いた。

 黒焦げにならないよう、細く、ふーっと吹くように。

 ぱちっと音がしたあと、魚の表面がじゅっと音を立て始めたところで止める。

 それから岩場に腰を下ろし、手で持ってかぶりついた。コフクもついばむ。野性的な食事だが、採れたての川魚はなかなか美味しかった。


 昼前には、竜の炎の練習をして、お昼休憩のあと、今度は飛びながら姿を目立たなくする練習をした。

 何度も飛び、風魔法を唱え、やり直し続けた。


『今日は、ここまでにいたしましょう。最初よりは、形になってきましたな』

『うん』


 夕方暗くなる前に、森の入口へ戻った。

「ビュート、今日はありがとう。竜化したときのこと、考えてなかった」

 指輪を外し人の姿になる。

「いえ、姫は忙しい。わしは暇にしていましたからな」

 ビュートゥは少し照れたように、でもとても嬉しそうに言った。

「また歌の練習に行かれるのでしょうが、時間があれば、いつでも付き合いますぞ」

 

 まだ早いと思ったが、出張所へ戻るとぐっと疲れがでて、私は執務室のソファに倒れ込んだ。マックスが黙って近づき、ブランケットを掛けたあと、そっと私の頭を撫でた。彼が微笑む顔を見た気がしたのを最後に、深い眠りに落ちていた。


 ◇


 夜が更け、月の白い光が部屋に射し始めたころ、私はソファで目覚めた。

 しばらくぼんやりしていたあと、外に気配を感じて出張所の裏へ行く。するとビュートゥが、いつもの場所に立っていた。


 出張所の軒下や近くの木々の枝には、小さな黒い影がいくつも、あちこちにぶら下がり揺れている。

ビュートゥの使いの蝙蝠型魔獣、宵翼蝠ヴェスパたちだ。


「まだ、起きてたんだね」

 私はビュートゥに歩み寄った。

「ここからが、こやつらの時間ですのでな」

 ビュートゥがふっと笑う。そして、腕を高く上げる。

 するとその腕に、一匹の大きな個体がぶら下がった。

 翼の縁が、かすかに銀色に光っている。宵翼蝠の長、クロミツだ。

『久しいな。元気そうだ』

「分かるの?」

『ああ。竜の匂いが強まっている……腕をあげたな』

「そうなのかな。今日はまた沢山訓練をしたけど」

 私は褒められて少し嬉しくなる。


 目を細めて見ていたビュートゥの腕からクロミツが飛び立ち、木の枝へ移る。

と、遠くからパタパタと小さな宵翼蝠が飛んできた。ビュートゥの肩に留まり、耳元でそっとささやく。

『ひとり、いた』

「ああ、見つけたか」

 ビュートゥが懐から木の実を取り出す。宵翼蝠は口に含んで満足気に軒下へ飛んで行った。

「いた?」

 私は首を傾ける。

「ああ、古い仲間を探しているのです」

 そう聞いて、思わず目を見開く。

「秘密ですぞ」

 ビュートゥが、自分の口元に人差し指を近づける仕草をする。


「昔の仲間は、各地に身を潜めております。が、いざという時に備え、連絡を取っておるのです」

「連絡を?」

 ビュートゥは、黙ってうなずいた。


 ビュートゥはそれからまた別の報告に耳を傾けると、木の実を渡した。

「今宵は、ここまで。また」

 何頭もの小さな影たちが、夜空へぱっと散っていった。

 あちこちの闇の中へ、静かに、吸い込まれるように消えていく。


 あとにはまた、沢山の星が静かに瞬いていた。何ごともなかったかのように。

 私はしばらく、その光景を見上げていた。


 ビュートゥも、動いていた。

 そして、この世界のどこかで、竜の仲間たちも静かに動き出していることを、私は知ったのだった。


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