第6話 歌に言葉を
その後も毎日、私たちは象の森へ通った。
次の日も、そのまた次の日も、森の開けた場所で、ひたすら声を出し続けた。
シュッツドルフ村へ着いた翌日、マックスはウィルと王都へ向かったが、イオネも私たちと村に残っていた。
イオネは遠くから移動したばかりでもあるので、付き合ってもらう時間が長くなり過ぎないよう、皆で気遣った。それでも耳の良さはさすがで、イオネに最初に聞いてもらったことで、生徒側の皆も自分の声の良いところや出し方が少しずつ分かってきた気がしていた。
今朝もまだ靄が出ている中、私たちは森へ向かった。今日はイオネはお休み。パピと村に残り、村の人達と食事を作ると言っていた。
「じゃあ今日もまず、声を合わせてみましょう!」
アンドロメダの掛け声で、皆が声を合わせ始める。
だがそんな中、コフクが私の肩に乗り、耳元でこそっと囁いた。
『何だか、エレティンが不満げだよ。話聞いてみた方が良くない?』
「え?」
私は驚いてエレティンの方を向く。エレティンも、一生懸命声を発している。
ただ、確かに表情が曇っていた。
それぞれの練習に入ったところで、エレティンに話しかける。
「どうかしたの? 元気ない?」
『んー、何というか……いつ歌うのかしら』
「え、今、声を出す練習してるよね」
『それも良いけど、やっぱり歌は、言葉で感情を伝えないとじゃない?』
彼女の言葉に、以前、エレティンを中心とした象の妻たちが歌って踊った語りを思い出す。彼女にとって歌とは、そういうものなのだろう。
そして、アンドロメダの方を見る。今までのアンドロメダの歌には、歌詞のないものも多かった。
「……ちょっと聞いてくる」
私はエリシアの個人指導をしていたアンドロメダの方に駆け寄った。
「あら、リリちゃん、どうかしたの?」
「あの、エレティンが」
少し息を切らす。
「エレティンが?」
「歌詞は、いつできるのかって」
私は言い切る。
アンドロメダは言葉を失っている。そして、無言でおばあちゃんを見る。傍でミリエルとセレフィナの声を出すのを聞いていたおばあちゃんが、その視線に気づく。
「アンちゃんにリリ、真面目な顔して、どうしたんさね」
「ジーナ師匠」
アンドロメダが深刻な顔をして、声を掛ける。
「歌詞って、得意?」
おばあちゃんも、一時考える。
「歌詞は、あんまりだねえ。どうして?」
「エレティンが、歌詞が欲しいみたい」
ああ、と皆で遠い目をする。最初にひとりひとり声を出したり歌ったりしてみせた時、エレティンは前の語りの一部を再現した歌を歌った。そして、私がその歌詞を皆に訳した。
「確かに、エレティンは音階と言うより、気持ちを込めた歌詞や声や足踏みの迫力が印象に残っているわね」
エリシアが言葉にした。多分、その場の皆が思っていたことだった。
「今回の目的は、夫の象たちを助けに行くことだよね」
私は考えながら言うと、セレフィナがうなずいた。
「そうね。象の夫たちに歌を聴かせて、闇魔法の支配を解くとすると……彼らの分かる言葉で歌わないといけないわね」
自然と皆の目が私に向いた。
「え? なんで、私?」
「魔獣の言葉話せるの、リリしかいないじゃない」
セレフィナが言う。
「で、でも私、歌詞なんて作れないよ」
動揺する私に、私の肩にとまったコフクが言った。
『リリは、作らなくて良いよ。作るのは得意な人? 魔獣? いるでしょ』
「……あ、そうか。私は訳すのか」
ほっとして、振り返った。
「エレティン、歌詞、作ってくれる? 象の夫たちの闇を解く歌」
エレティンが、待ってましたとばかりに力強く足を踏む。
『それなら、任せて』
鼻を高く上げる。
『彼らの心に、強く呼びかける歌、作るわ』
最初から作りたかったんだな、と私は思う。
エレティンが作ってくれると言うと、アンドロメダが手を叩いて喜ぶ。
「良いわ。彼らに伝わる歌を、エレティンとリリちゃんが歌う。私たちは、コーラスで合わせる」
「エレティンの歌詞ができたら、アンちゃんと私とで、それを活かせる音階を作っていくんだいね」
おばあちゃんが言って、アンドロメダが大きくうなずいた。
皆軽く拍手をする。エレティンが、俄然やる気になって、長い鼻を振る。
「え、私もエレティンと?」
「そうよ。どちらの言葉も話せるの、リリちゃんだけじゃない」
盛り上がってきたが、大変なことになってしまった。
◇
翌日は雨だった。
ようやく、練習の休みを取ることになった。
広間の椅子に腰かけ、窓の外の森へ降り注ぐ雨を見ながらアンドロメダが呟く。
「明日は今回ここに来てからちょうど一週間ね。帰る日だわ」
まず最初は一週間の滞在と、村長には伝えていた。
アンドロメダの前には、イオネが腰掛けていた。膝にはパピを乗せている。パピは寝ているようだった。
広間の机で、おばあちゃんとセレフィナ、私はお茶を飲んでのんびりしていた。
エリシアやミリエルは部屋にいた。
「イオネは、この後どうするの?」
アンドロメダが問いかけた。
「まずはあなたの顔を見たくて来たのだけれど……一度この国の王にも、ご挨拶にいかないといけないかしらね」
イオネが、膝の上のパピの背を撫でながら、ぽつりとつぶやく。
「滅多なことで国には入れないでしょうけど、今後も追われる可能性はあるわよね」
アンドロメダが静かに言った。
「そうね」
イオネが答える。
「襲撃の時、人工黒烏が来ていたもの。射落としたけれど」
アンドロメダの目が細くなる。
「人工……ということは、彼?」
「そうね。技術院の、彼でしょうね」
イオネは少し目を伏せた。
「夫と私の領地も、今では彼の研究施設になったようだわ」
広間の空気が少しだけ重くなる。
私も思わず息を止めた。
「象の夫たち、そこにいるのかも知れない」
アンドロメダが低い声で続けた。
「リリちゃんがね、魔道具で、見せてくれたの。はっきりとは分からなかったけれど、周りに見えた山なんかが、昔イオネたちのところへ行った時に見た景色だと思った。そして、彼――カラドヴァルがいた」
そう言って、苦い顔をする。
「そうなのね」
イオネが短く返す。
その顔には、少し悲しさが浮かんで見えた。
「行くなら、土地の情報はあるわ」
イオネがパピを撫でながら続ける。
「簡単ではないでしょうけれど」
しばらく沈黙が続いたあと、イオネがふっとアンドロメダの方を見た。
「それより、アンの話も、聞きたいわね」
「私の話なんて……。私も、イオネの話、聞きたいわ」
二人は静かに、顔を見合わせる。
「時間はこれからきっと、沢山あるわよ」
アンドロメダが小さく微笑んだ。
二人が昔帝国でどんな時間を過ごしたのかを、私たちはまだ知らない。
アンドロメダも、あまり自分のことを話さない。
何となく重そうで、聞くことができないでいる。そのうち話してくれたら良いな、と私は思った。
◇
雨の一日を村で静かに過ごし、その翌朝。
雨は止み、まだ足元の草が濡れている中、朝早くにマックスたちが来た。
イオネはマックスやウィルと一緒に、王都へ向かうことになった。その後のことはまだ決まっていない。でも、アンドロメダとおばあちゃんが「村で一緒に暮らすなら、歓迎するよ」と言うと、ふっと笑顔を見せた。
彼らと別れ、村の人々にお礼を言ってから、私たちはエルント村へ向かう馬車に乗り込んだ。
「少ししたらまた来ます」
そう告げると、村長たちは皆、あたたかくうなずいてくれた。
自然と歌いながら馬車に揺られる。
まだ、本番のための歌はできていない。歌詞の無い歌だ。
次に象の森へ行く時は、エレティンがどんな歌詞を披露してくれるのだろう。
そう思って、私は思わず顔をほころばせていた。




