第5話 シュッツドルフ村への到着と、練習開始
襲撃を振り切った一行はその後は敵に会うこともなく進み、シュッツドルフ村へ着いた頃には、もう空はすっかり暗くなり、星が瞬いていた。
村の入口が見えた辺りでウィルの乗る戦麓獣が先に駆けて行き、入り口に立っていた村人と騎士に声を掛けた。すぐに村人が丁寧に礼をして、一行を村へ通した。
家々の窓から漏れる灯りがぽつぽつと道を照らしている中を、マックスとセレフィナの乗る一角獣ルーシア、その後ろにパピが曳くイオネの乗る曳き台がゆっくりと続く。
村長宅前に出て迎える見慣れた顔を見て、セレフィナの顔にようやく笑みがこぼれた。
「着いた……」
マックスが小さくうなずく。
◇
少し前に先ぶれの騎士が来ていたため、村長と数人の村人たちがすでに村長宅の前に出て待っていた。
「無事だったのね!」
先に出たエリシアが声を掛けた。
その後ろに続いて、私、アンドロメダ、ミリエル、おばあちゃんも外へ出た。
「何とか」
セレフィナが答える。笑おうとするが、さすがに疲れを隠せない。私は思わず駆け寄りかけ――そこで、イオネの曳き台を曳く自分の背丈程度の魔獣を見て、足を止めた。
魔獣は私と目線を合わせ、低く一度、「コフ『久しぶり』」と鳴く。
「え……もしかして、パピ?」
パピは小さくうなずき、イオネが降りた瞬間ぽうっと光って元の小さな姿に戻った。
「イオネさんも、お久しぶりです」
私はパピを抱き上げたイオネさんの小さな荷物を受け取り、片手を差し出す。
村長がマックスの前へ進み出る。
「急なことですから、さすがに全員を泊めるのは難しいですが……数名なら大丈夫です」
「ありがとうございます」
マックスが一礼した。
「では、騎士たちは王都へ戻って報告を」
騎士たちはすぐに王都へ駆けて行った。
その間に、イオネが村長宅の前まで進む。
アンドロメダが一歩、前へ出た。
「……ご無沙汰していました」
イオネも、その姿を見つめ、ふっと私の手を離した。
「その声と、綺麗な菫色の目……アン?」
パピがイオネの手から地面に降りた。
アンドロメダは、静かにうなずき、何も言わずに歩み寄る。
そして二人は、そのまま抱きしめ合った。
言葉はないまま、長い抱擁が続く。
少ししてから、アンドロメダが離れてイオネの顔を見る。
「疲れたでしょう」
「少し」
イオネはそう答えて、かすかに笑った。
「会えてよかった……」
それを聞いて私の隣にいたセレフィナも私も思わずほっと息をつき、それから二人で目を見合わせてくすっと笑った。
◇
それから私たちは村長宅の広間へ案内され、皆で遅い夕食を採った。遅い時間であることと、皆到着した日で疲れていることに配慮し、野菜や魚などのあっさりした食事が並ぶ。
アンドロメダは、イオネの手を取り、皆を見回す。
「イオネはね、昔、私の武器と音楽の先生でもあったの」
「え?」
私は思わず目を丸くする。
「両方?」
「ええ」
アンドロメダが少しだけ得意そうに言う。
「だから、明日、皆で合わせる時も、少し助言をもらえるとありがたいのだけれど」
イオネは少し驚いたように目を瞬いたが、すぐに静かにうなずいた。
「私でよければ」
セレフィナはエリシアと私の隣に座り、ふと思い出したように姉へ顔を向ける。
「ねえ、お姉さま」
「なあに?」
「イオネさんの気持ちを解いたの、マックスだったの」
エリシアがちらりとセレフィナの向かいに座るマックスを見て、口元をゆるめる。
「そう」
そして、面白がるように続ける。
「動機は少し不純かもしれないけど、リリちゃんも出張所の所員にして守ってるし。そういうふうに周りを動かすのは上手よね」
「不純じゃなくて、純粋だよ」
すかさずマックスが言い返す。
エリシアは、あっさり肩をすくめた。
「あら。未来の弟を褒めてるのよ」
私はふと、首をかしげる。
「未来の、弟?」
エリシアが、あっ、と言う顔をして、口に手をやる。
「私、マックスのお兄さんの許嫁なのよ」
エリシアが私の顔を見て、堂々と続ける。
「だから、安心して。マックスはリリちゃんひとすじよ」
私は口を開けたまま言葉が出ない。顔が熱くなる。
「兄が甘やかし過ぎるから調子に乗っちゃうんだよね」
マックスが嫌そうに言う声が聞こえた。
「マックス、顔が赤いわよ」
「うるさい」
そんなやり取りが続いたが、私は恥ずかしくて顔が見れないでいた。
私の反対側の隣にはおばあちゃんが座り、その向かいにはアンドロメダとイオネがいた。三人は静かに、昔流行ったというおばあちゃんやアンドロメダの歌の話をしている。
広間の端の方では、コフクとパピが穏やかに何か話しながら、皿の上の食べ物をつついていた。
どの話も気になるなと思いながら、私は眠い目をこすった。そう言えば、私たちも今日この村へ来たばかりだった。暗くなる前に村へ戻ったので、戦いながら一日中駆けてきたというセレフィナやイオネさんたち程疲れてはいないが。どうなるか不安だったのが、少しほっとしたのもあってか、とても眠かった。
その日、私は寝床に入るとすぐに深い眠りに落ちた。
◇
そして、翌日の朝。張り切るアンドロメダの大きな歌声で、早くに私たちは目を覚ました。
「皆さんおはよう。天気が良いし皆揃ったから、先へ進めましょう!」
目をこすりながら朝食の席に着く。
「流石にイオネさんは森の中まで歩けないかいね」
おばあちゃんが言うと、イオネが首を振り小さい声で言う。
「パピに、乗っていきます」
「コフ『分かった』」
横に寄り添うパピも小さく鳴く。
それから私たちは村の人達が用意してくれたお弁当の包みと水筒を持ち、森の昨日エレティンに会った辺りまで進むと、早速練習を開始した。
アンドロメダが皆の前に立ち、その隣にイオネとおばあちゃんが並ぶ。イオネの足元には小さく戻ったパピもそっと寄り添う。
こちら側に生徒の私たち――エリシア、セレフィナ、ミリエル、私、エレティンが並ぶ。エレティンの頭上にはコフクが留まっている。
「じゃあまず、それぞれ声を出して。イオネさんにも聞いてもらいましょう」
「はい」
「声が小さい! 元気よく! 楽しく!」
「はい!」
アンドロメダがよし、とうなずき、目を向ける。
「じゃあまず、ミリエルから」
ミリエルが目を丸くする。
「ええ、わ、私?」
「そうよ。声を出してみて」
アンドロメダは微笑む。
「昨日聞いたとき、声の出し方が固かったから」
ミリエルが不安そうな顔で、「あ~」と細く声を出す。
するとイオネが、静かに前へ出た。
「それなら」
その声に、皆の視線が集まる。
「少しだけ、やってみましょうか」
ミリエルが少し緊張したように背筋を伸ばした。
イオネは彼女の前に立つと、お腹のあたりを自分の手で示す。
「喉ではなくて、お腹から……開くように」
「開く……?」
「ええ。そうね……足をまず、肩幅に開いて立って」
足を揃えて立っていたミリエルが、足の間隔を開く。
それを見ていた私たちも、足元を見て少し開く。エレティンも、四つ足を大きく踏ん張るように開く。
「足の裏から、大地の力が入ってきているのを感じて……息を大きく、お腹いっぱいに吸って、吐いて、身体中に空気を入れて、力を満たして……」
次の瞬間、イオネはすっと息を吸い込み、
「あ~~~~~っ!」
イオネの小さな身体から出たとは思えない、力強く、大きく伸びやかな声が響き渡り、森の空気を震わす。思わず皆が目を見開く。
さっきまで静かに立っていた、声の小さな老婦人から出たとは思えない、張りのある声だった。
「おお……」
私も思わず呟く。
ミリエルもぽかんとしたままイオネを見る。
イオネは何でもないような顔で、ミリエルへ視線を戻した。
「では、あなたも」
「わ、私ですか?」
イオネは穏やかに言った。
「大丈夫。開くように、森の美味しい空気を沢山吸って、大地から力をもらうのよ」
おそるおそる息を吸っていたミリエルは、段々と大きく空気を吸い始める。そして何度か繰り返すと、言われた通りに声を出してみた。
「あ~っ!」
ミリエル自身が、いちばん驚いたように口元を押さえる。
「出た……」
「ええ」
イオネが小さく微笑む。
「とても良くなりました」
ミリエルも、少し安心したように笑った。
「青く澄んだ声ですね。まだまだ良くなりそうです」
イオネの言葉に、ミリエルが目を輝かせてまっすぐうなずく。
「では次、セレフィナさんも、同じようにやってみましょうか」
「あ、はい!」
その様子を見ながら、私は胸の奥でそっと息をつく。
昨日同じ部屋で寝ることになったセレフィナから、イオネが襲撃の中で冷静に弓を引いて、敵の監視の人工の黒烏を射落とした話を聞いた。イオネは静かなだけの人ではない、強い人だ、と。
今日の歌合わせは、きっと昨日とも少し違うものになる。
そんな明るい予感が、森の中で静かに形になり始めていた。
夜の席の並び順の補足です:
片側
アンドロメダ|イオネ|マックス|ウィル
向かい側
おばあちゃん|リリ|セレフィナ|エリシア|ミリエル




