第4話 帰路の襲撃
光の国の白い門を出てセレフィナが振り返ると、朝日が山並みの向こうから顔を見せ始めていた。
後ろをゆっくりと歩くイオネは小柄で年老いているが、背筋はぴんと伸びており品の良さを感じさせる。足元にはパピがぴたりと寄り添っていた。
「移動は、馬車を借りましょうか」
セレフィナが声を掛けると、イオネの足元にいたパピがすっとイオネの前へ出た。小さくて愛らしい蝶耳犬。その耳が、ふわりと大きく広がる。
肩が上がり、背が伸び、脚もひと回り、ふた回りとたくましくなっていく。白い毛並みは風を含んだように揺れ、蝶の羽を思わせる大きな耳に淡い紫色の光が走る。あっという間に、小柄な馬型魔獣ほどの大きさになっていた。同時にパピの首輪も形を変え、一人乗り程度の簡素な白木の曳き台になった。座面には厚く赤い布も敷かれていた。
「わあ……」
セレフィナは思わず息を呑む。
騎士の一人が思わず声を漏らす。
「……そんな姿になれるのか」
パピはそちらをちらりと見てから、すぐにイオネの方へ向き直った。
「コフ」
一度、咳をするように低く鳴く。「乗って」と促しているようだった。
イオネが曳き台へ腰を下ろすと、台がふわりと浮いた。高くはない。大人の背丈程度の低さだ。パピが歩くように走り出すと、曳き台は揺れることなく滑らかに進んだ。
来た時の一角獣たちの速さには及ばないが、通常の馬車よりはだいぶ速い。マックス達の一団は、イオネとパピを前後に挟むようにして、速さを加減して進む。先導するマックスは、ルーシアに乗って駆ける。すぐ横についたウィルにも聞こえるように言った。
「シュッツドルフへ向かう」
「はっ」
ウィルと彼の乗った戦麓獣が後ろへ下がり、騎士たちにも行き先を伝える。
シュッツドルフ村は、象の森のすぐ傍にある。光の国から王都へ戻る途中にあったはず、とセレフィナは記憶をたどった。
◇
しばらく進むと、パピがふいに足を止め、耳をぴんと立てた。
鼻先を風上へ向け、低く「クフッ」と一度だけ鳴く。
イオネがかすかに顔を曇らせ、目を閉じ耳を澄ます。そして、顔を上げた。視線が、街道脇の林の奥、高木上の一点に向く。
そしてすっと身を屈める。曳き台の脇に括られていた短弓を取ると、無駄のない動きで矢をつがえ、引き絞った。矢が静かに線を描き、その先で黒い鳥が空に跳ねた。
ギェッ…
甲高い声を立てて墜ちる。
イオネはそれを見届けると、弓を降ろした。
林の奥から風のざわつきと共に、別の気配がし始めた。枝葉が揺れ、今度は低い位置から矢が二本、三本と飛び出してきた。
「来た!」
ウィルの声が飛び、剣で矢を払う。
パピも大きく広がった耳で、飛んできた矢の一本を横へ逸らした。
即座に騎士たちの乗る戦麓獣が半歩前へ出て、イオネたちやマックスを守る壁になる。 だが、今度は闇の騎士たちが飛び出してきて、騎士たちと剣を交えた。
闇魔法が飛ぶ。最初に敵が放った魔法は自然と弾かれた。アンドロメダのかけた歌魔法が効いたようだった。
しかし、剣や弓も混ざり、攻撃が次第に激しくなる。
マックスもセレフィナの前で剣を振るい始め、ルーシアも、敵を角で払う。
(私も、守らないと……)
セレフィナの気持ちが強まる。
騎士たちの戦いを助けたい。
今は、この全員を無事に村まで届けたい。
その思いが、魔法のイメージに変わる。
深く息を吸い、懐から出したハープをつま弾く。
「敵を止め、闇の力を受け流して。光のビスケットの結界!」
セレフィナが両手を前へ出す。
ぱんっ。ぱんっ。ぱんっ。
薄い橙の光が次々に広がる。
一枚、二枚、……。
小さな円盤のような光が、セレフィナたち一団の各々の前へ並ぶ。
闇の矢が、剣が、魔法が、光に弾かれる。
ぱりっ。
ぱきん。
騎士たちの光の円盤が二枚砕け、橙色の粒のような光が散る。
けれど、光の板に威力が削がれ、一枚が矢を受け止め、別の一枚が魔法を弾き、そのまた別の一枚が敵の兵士の剣を逸らした。
「防いだ……」
セレフィナ自身も息を呑む。
一瞬だが光の力を感じ、いつもの魔法より強まっていると思えた。逆に、相手の闇魔法が弾かれて弱まった気がした。
「イ、イオネ様……?」
弾かれて倒れた敵の兵士の一人が起き上がりながら、はっとしたように呟く。他の光の盾に触れた何名かの兵士も、同じく戦う手を止め、退き始めた。
勢いに乗り、味方の騎士たちが敵を林の奥へ押し戻していく。
「もしかして、少し弱まった……?」
セレフィナの目が揺れ、イオネを振り返る。イオネは目を合わせ、小さくうなずいた。
マックスが短く言う。
「追い過ぎるな。散らして退く!」
ウィルが剣を振り、騎士たちがそれに従う。
敵は踏みとどまろうとしていたが、やがて左右へ散った。
ウィルが落ちた黒烏の残骸へ歩み寄り、剣先でひっくり返す。
鳥の形をしているが、壊れた羽の下からは黒い金属めいた骨組みや細い導線が覗いていた。
「……これは、武器でしょうか?」
ウィルが聞くと、イオネは静かに首を振る。
「監視です」
低く、はっきりした声で返した。
「先に潰したので、情報はほとんど伝わらなかったはずです」
セレフィナ達は、そこでようやく理解した。
パピの反応と、イオネの弓の技術と判断力。――だからこの二人で、光の国まで辿り着けたのだ。
「急ごう」
マックスが言い、ルーシアに合図を送る。
パピが小さく「コフ」と鳴き、ルーシアの後を曳き台を引いて走り出した。
ウィルがうなずき、またその後ろを、騎士たちの一団が隊列を崩さず続く。
途中短く休みを取りながらも、一行はその後もひたすらに村を目指した。




