第3話 イオネとの再会
私たちが象の森へ向かったその半日前。
セレフィナたちは、マックスの一角獣ルーシアや、ウィルたち騎士の駆る戦麓獣で光の国へ向かっていた。セレフィナはマックスの後ろに乗り、腰に捕まっている。晴れた空を風に乗るように南下していくと、やがて前回行った時と同様、白く高い壁と淡く光る塔が見えてくる。城壁が陽の光を眩しく跳ね返している。奥には雪をたたえ高く連なる山並みも見えた。
一団は門の少し前で地面に降りると、ルーシアたちの手綱を曳いてそのまま門へ向かった。光の国は、今日も変わらず静かだ。門前では前と同じように、人や荷馬車も一組ずつ止められ、検問官や兵が確認をしている。列はざわめき一つなく、整然と進んでゆく。
番が来たところで、セレフィナは懐に手をやった。リラハープを取り出し、結びつけていた薄い金色の札を門番へ見せる。前に黄の領でもらった、証だ。
「黄の領でお預かりされているイオネ様を迎えに参りました。ヘリオヴェン様へお伝えいただけますか」
門番の表情が、すぐに改まった。証を確かめると深く一礼し、一行をそのまま中へ通す。待たされることもなく、案内は驚くほど滑らかだった。ウィル以外の騎士たちはルーシアや戦麓獣たちと一緒に、入り口近くの待機所に残ることにした。
セレフィナとマックス、ウィルは案内人に続き、白い回廊をいくつも抜けて、黄の領の客間へと導かれていく。
案内人に促され、二人は部屋の奥側の椅子へ腰かけた。ウィルはマックスの傍らに立つ。ほどなくして白茶と茶菓子の金の延べ棒型チョコレートが運ばれてきた。
案内人が去ると、マックスはウィルに隣の席に座るよう目で示しながら、小さく感心したように言った。
「ちゃんと認められてるんだね。あの短期間で」
「前はリリと一緒だったもの」
セレフィナは静かに答える。
「二人の成果よ」
そう返しながらも、胸の奥には少し緊張があった。
前にイオネと向き合えたのは、リリがいたからだ。パピの様子や反応を拾い、黙り込むイオネの奥にある本心へ、どうにか辿り着けた。
今回は違う。リリはいない。
それでも、前よりは信用してもらっているはずだと、自分に言い聞かせる。警戒心の強いあの人を、今度は自分がちゃんとアグラールへ連れて帰らなくてはいけない。
しばらくして別の案内人に伴われ、イオネが入ってきた。疲れは見える。けれど姿勢は崩れていない。
足元には、蝶の羽を思わせる大きな耳を持つ小さな犬――パピが、ぴたりと寄り添っていた。
「お迎えに参りました」
セレフィナは、立ち上がり、できるだけ静かに言った。
「アグラールで、受け入れの準備ができました。こちらは、アグラール王国の第二王子、マクシミリアンです」
マックスも穏やかな笑顔で立ち上がり、礼をする。
「初めまして。マックスと呼んでください」
イオネは礼を返した。だが、それきりまた口を閉ざしてしまう。
足元で、パピが心配そうに主人を見上げ、小さく「コフ」と鳴いた。
やはり簡単ではない。セレフィナはそう思いながらも、顔に出さないように息を整える。口を開こうとするが、言葉が続かないまま、立ち尽くす。
そのとき。
隣にいたマックスが一歩前に出ると、自然な動作でしゃがみ込み、パピの頭をそっと撫でた。
「蝶耳犬ですね。珍しい」
穏やかな声だった。
「しかも、かなり長生きしている子だ」
パピは少しだけ耳を揺らしたが、逃げなかった。
マックスはそのまま、イオネへ視線を向ける。
「アンドロメダさんも、リリちゃんも、僕のアグラールの魔獣研究所の仲間です」
イオネのまなざしが揺れた。
「アンドロメダさんが、あなた方ご夫婦に、昔とてもお世話になったと言っていました」
イオネの目が、初めてはっきりとマックスを捉えた。
「……会いたいわ」
イオネが、静かに息を吐くように、呟いた。
その声はかすかに震えていた。
けれど、そこで確かに、張りつめていたものが少しだけほどけた。
次の瞬間、彼女は自分でも驚いたように目を見開き、口元へ手をやる。
「……あ」
「アグラール王も、あなたがたが戦争に反対されたと知って、ぜひ受け入れたいと言っています」
マックスは、穏やかな笑顔を崩さないまま、落ち着いた口調で続ける。
「でも、まだお気持ちが固まらないのであれば、まずはアンドロメダさんに会いに行きませんか」
その言葉に、イオネは小さく頷いた。
いつの間にかマックスに抱き上げられていたパピも、大人しく抱かれたまま、穏やかな目で主人を見ていた。
セレフィナはそこでようやく、自分の顔が思っていた以上に強張っていたことに気づいた。こういうふうに、人の気持ちを無理なく動かすのは、従兄弟ながらマックスの上手いところだと思う。
「支度の時間、必要ですよね。お待ちします」
マックスが柔らかく言う。
イオネは一度だけ目を伏せ、それから静かに首を振った。
「荷物は少ないです。すぐ、行けます」
けれど、今から光の国を発てば、帰りは夜になる。
セレフィナがどう切り出そうかと考えたところで、ちょうど黄の領の長ヘリオヴェンが挨拶に訪れた。セレフィナはマックスを紹介し、イオネを預かってもらっていたことへの礼を述べる。そのうえで、今夜一晩、このまま黄の領に滞在させてもらえないかと願い出た。
ヘリオヴェンは静かにうなずいた。
「もちろんです。客人を夜道へ送り出すべきではありません」
その夜は、セレフィナたちも黄の領に一泊することになった。
そして翌朝、セレフィナたちは帰路に着いた。




