第16話 願いを形に――七色の糖と、光の国の街
紫の課題の翌日。朝の光が、客室の白い床にやわらかく落ちていた。
私とセレフィナに用意された部屋には、小さなキッチンスペースがある。流しと魔石コンロ、それから簡単な鍋や器具。長く滞在する客のためのものなのだろう。
二人でまず、卓の上に、箱から出した七色の素材を並べた。
赤の火糖。
橙の蜜糖。
黄の契約糖。
青の露糖。
藍の星晶糖。
緑の翠糖。
そして、ルミエルから渡された統合の光糖。
窓から射す光を受けて、それぞれが少しずつ違う色を返している。
「……こうして並べると、ほんとうに綺麗ね」
セレフィナが、小さく息をついた。
「うん。宝石みたい」
私も卓に頬杖をつきながら、ひとつずつ眺める。どれも綺麗だ。
それぞれの課題も思い出し、これだけでも特別なものに見える。
けれどルミエルが求めていたのは、ただ並べることではない。
「『形にしろ』か。何かを作るって言うことよね」
「あと言っていたのは、『私たちなり』に『この糖を活かし』て『光の国にふさわしいお菓子』を作って、『議長たちを満足させる』こと……」
二人で少しずつ糖を削って、欠片をなめてみる。
「甘いね」
「あ、でも少しずつ違うわね」
セレフィナは赤の火糖をもう一度舐めた。
「これ、スパイスみたいな熱い感じがする」
「ほんとだ。橙は、蜜っぽい香りかな」
「青はすっとして少し塩もある澄んだ味。黄は甘さがしっかりした感じ」
「緑はお茶の香り。藍はほのかにチョコレートの味がする」
「紫は花みたいな……少し深い味が来る」
どれも糖らしい甘さなのに、余韻や香りが少しずつ違っていた。
「この違い、活かしたいわね」
セレフィナは腕を組み、少し考える。
「糖が主役なら、ゼリーとか、飴細工とか……砕いて上に散らすのもありかしら」
「ゼリー、綺麗そう」
「綺麗ではあるの。でも……」
セレフィナは緑の素材をつまみ上げ、光に透かした。
「たぶん、それが私たちらしいかというと、普通よね。光の国の人たちも、見たことがありそう」
「チョコレートは?」
「美味しいけど、味と色が強いと、糖の違いが隠れるかな」
昨日の藍の領でもらった金塊型のチョコレートを見ながら、セレフィナが小さく首を振る。
「この七色の糖が主役で、しかも、この国であまり見たことなさそうなもの……」
二人で考え込む。
「クレープは?」
「糖が見えなくなるかも」
良いアイデアが出て来ず行き詰まって、沈黙が続いた。
私は露糖を指先で転がしながら、ぼんやりと考える。私たちらしくて、美味しくて、七色が映えて、この国で珍しいもの。
「そもそも、この国のことが分かっていないしなあ……」
すると、卓の端で私たちの様子を見ていたコフクが口を開いた。
『それなら、買い物でも行かない?』
「買い物?」
『この国のこと、分かるんじゃない? お土産も買えるかも』
「お土産、買いに行きたい!」
私の一言に、セレフィナも顔を上げた。
「私も行きたい! 材料も買いたいし、練習用に糖の代わりになるものも欲しいわ。失敗したら困るもの」
コフクが翼を広げた。
『買い物!』
「うん、買い物」
私も立ち上がる。
こうして二人と一羽は、光の国の街へ出ることになった。
◇
光の国の街は、朝の光の中で静かに賑わっていた。
白い石畳、磨かれた窓、静かな店先。どこも美しく整っている。客室近くの町は会議場のある中心部らしく、これまで会ったエルフや獣人たちに似た色々な人々が行き交っていた。
「わあ、青の領と緑の領で一緒に作ったバスソルトだって。お土産に良さそう!」
ビンに入ったきれいな色の品を見て、私はつい惹かれて買ってしまう。
「薬草屋の薬草はすごく珍しいのまで揃ってる!」
品揃え豊かな薬草店を覗いてセレフィナが言い、私もよく分からないながらうなずく。
『ちょっと二人とも、目的忘れないで!』
上をぱたぱたと飛びながら、コフクが鳴く。
「ああ、ごめん。お土産物がメインではなかったね」
けれど、並んでいる品を見ているうちに、私は少し首を傾げた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「食べ物は、思ったより素朴な感じかな」
セレフィナも店先を見回して、小さくうなずく。
アグラールの市場みたいな、華やかな惣菜やお菓子が見当たらない。目に付くのは、乾いた果物や木の実に蜜、素朴な砂糖菓子や固そうなパンだった。
傍の食料品店で店番をしていた若そうなエルフが、こちらに気づいて会釈した。
「何かお探しですか?」
「アグラールへのお土産に、お茶請けになるものを少し」
セレフィナがそう言うと、エルフは慣れた様子で数種類を並べてみせた。
丸いビスケット、来た時に出されたものと似た小さな星のような砂糖菓子、木の実や乾燥した果物に糖をまぶした糖衣菓子。
「この辺りでは、こういうものが多いんですか?」
私が聞くと、店番はうなずく。
「ええ。お土産ということでこの国のものをお出ししましたが、周辺国から買い入れることもあります。アグラールのお菓子は、こちらでも人気ですよ」
セレフィナと、私は顔を見合わせた。
「……そうなんだ」
「人間には物足りないかも知れませんが、小食なエルフが多いですからね。少量を、繊細な味覚で楽しみます」
参考のため、それぞれを少量ずつ買い込んだ。
店から少し離れたところで、早速私は砂糖菓子をひとつつまんで口に入れる。前に食べたものと同じで甘い。素直に甘い。悪くない。でも、それだけとも言える。
セレフィナも果物の糖衣菓子をひとつ食べて、少し考えるように言った。
「たまになら、こういうのも珍しくて良いけどね」
「うん。きれいだし」
「でも、毎日だと、ちょっと寂しいかも」
その言葉に、私はうなずく。
光の国のものは、どれも整っている。
美しくて、きちんとしている。けれど、誰かが思わず顔をほころばせるような、あたたかい驚きは少ない気がした。
セレフィナはぽつりと言う。
「光の国の人たち、味覚が繊細なら、糖の違いもちゃんと感じ取るかも。味を足しすぎない方がいいかな」
「うん。でももう少し、楽しみを加えたいよね」
その時、ふと浮かんだのは、アグラールで見たまたたき牛の甘いお菓子のことだった。
星みたいにふわっとしていて、口に入れると軽くほどけた、あの感じ。
それから、セレフィナが前に振舞ってくれたお菓子にのっていた飴細工。細く伸ばして、光を透かして、形を作っていた。
「……ねえ」
まだ形にならないまま、私はぽつりと口にしてみる。
「またたき牛の、あの甘いお菓子みたいな感じって……できないかな」
セレフィナが顔を上げた。
「あの、ふわっとしたの?」
「うん。この前セレフィナが作ったお菓子にのってた飴細工みたいに、細くして、いっぱい集めたりとか……」
セレフィナは少し考え込み、それから、はっとしたように私を見た。
「……使えるかもしれない」
「ほんと?」
「糖なら、火で溶かして、少しずつ細く引けるでしょう」
セレフィナは言いながら、つまんだ糖と私の手元を見比べた。
「そこに、リリの風魔法を使って……ふわっとさせて、集められれば」
「私の風魔法?」
「ええ。私が前のよりもっと細く引いて、リリが溶かしながら風で巻き上げる感じ」
まだ形は見えていない。
でも何かが見えかけているのは、二人とも分かった。
コフクが首を傾げる。
『なにになるの?』
私とセレフィナは顔を見合わせた。
「……そこまでは、まだ」
「やってみないと分からないわね」
けれど、セレフィナの声には、少しだけ熱があった。
私の胸の奥にも、小さく火がつく。
私たちの知識や力を活かしたお菓子。光の国の糖も活かせる。昨日ルミエルに言われた課題に、ようやくひと筋の道が見えた気がした。
「じゃあ、早速買い出しね。練習できるように、沢山糖を買わないと」
「材料を買って、色々試して、失敗しないようになるまで練習をして……忙しいね」
「美味しくて、見た目もきれいにできるよう、頑張りましょう!」
まだ形になってはいない。けれど、方針が決まった私たちは、食料品店へ向かった。
明日、私たちのお菓子で決まる。
象や父たちを助けられるかどうかが掛かっている。
でもそこには、緊張感だけでなく、二人で挑む挑戦にわくわくしている私たちがいた。




