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竜国の姫らしいですが、田舎で静かに暮らしたい~指輪をはめたら竜になって、魔獣好きの第二王子に溺愛されています~  作者: コフク
第三章 光の国へ――闇を解くために

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第15話 紫の課題――本当の願いを述べよ

 紫の領分は、会議場を含む大きな教育施設の建物だった。


 エセルが二人を連れて行ったのは、議場の奥に広がる学舎のさらに先、高い時計台のある建物だった。白い回廊を抜け、いくつもの立派な石造りの校舎を横目に進んだ先、その建物の中には受付と高い本棚の並ぶ静かな図書館があった。エセルについて脇の廊下を進むと、小さな書室がいくつも並んでいた。

 窓から差す午後の光はやわらかく、廊下の床にはステンドグラスの紫を帯びた影が落ちていた。図書館のためか、建物全体が静かで落ち着いている。


 その廊下の一番奥の扉の前に、七色会議の議長ルミエルが、一人静かにこちらを向いて立っていた。エセルは私たちをその前まで案内すると、小さくお辞儀をして立ち去った。


「改めて名乗りましょう。私はルミエル。アルカルキス連邦、七色会議の議長にして、紫の領分を預かる者です」

 やわらかな声だったが、歴史を感じさせるような威厳がある。その一言だけで、私たち二人の背筋も自然と伸びる。


「この領での課題は、私からの問です。これより先は、別々に問います」

 ルミエルが片手を上げると、彼の背後の扉に淡い紫の線が走り、静かに開く。結界だ。音も、気配も、ここで交わされた言葉は外へ漏れないのだろう。


「まずは、リリア殿から」

 呼ばれて、私はセレフィナと目を合わせた。少しだけ不安そうな顔をしていたけれど、セレフィナも静かにうなずき返してくれた。

 私はルミエルに続いて、書室へ入った。


 ◇


 部屋は広くはないが、数名が入って本を広げられる程度の頑丈そうな木のテーブルと椅子があり、窓が二つ、天井まである書棚が残りの壁を埋めていた。空気には、古い紙の匂いがうっすら混じっている。机の上、私の前にはひとつだけ紫の宝珠が置かれていた。


 ルミエルは私にこちら側の席へ着くよう促したあと、机の向こうへ腰を下ろさず、ただ窓辺に立ったまま言った。


「その宝珠の上に手を置いて、私の問に本心で答えてください」

 私は椅子に座ってうなずくと、両手を宝珠の上に置いた。

「では、聞きます。あなたは何のために光を求めるのですか」


 私は、すぐに答えた。

「象たちの夫を助けたい。父も助けたいです。そのために、闇を解きたいんです」

 それは、最初の会議の時から、ここまでずっと言ってきた答えだった。

 宝珠がうっすらと、紫色に光る。


 ルミエルは静かにうなずいた。だが、すぐに次の問いを置く。

「あなたは、竜国の姫ですね」

「……はい」

 赤の長、ラディエルも知っていた。母の紹介で、父のことも話した。言わないでも、会議の時からあらかじめ共有されていた話なのだろう。

「ならば、国を復活させたいのですか。帝国に奪われた土地を取り戻して姫として戻り、竜国を立て直したいのですか」


 想像していなかった問いに、一瞬何を問われているのかと言葉に詰まった。でも、私の中にあったその問いに対する答えは、はっきりしていた。

「……それは、別に」

 ルミエルは少し驚いた顔をする。

 けれど、違うものは違う。

「助けたいし、自分の父には会いたいです。でも……王座とか、復興とか、そういうのは……私のしたいことではないです」

 宝珠の光が、少し増す。


 ルミエルはうなずき、改めて問いかける。

「では、あなた自身は、どう生きたいのですか」

 まっすぐな問いかけだった。

「時間はあります。焦らず、答えてください」


 私はゆっくり息を吸った。

 今までの課題で聞かれたのは、自分の中の感情の記憶だった。今度の問は、それとは少し違う。

 村のおばあちゃん、フルール、出張所のマックスたち。森の動物たち。最近やっと会えた母。好きな人たちの顔が、ひとつずつ浮かぶ。

 そして、助けたいと思う、象たち、まだ会えない父。不安を感じさせる、闇。

 竜になって、初めて空を飛んだ時に感じた感情。

 そのそれぞれがある中で、私がどう生きたいか――


「……私は、飛ぶのが好きなんです」

 言ってから、自分で少し驚いた。でも、言葉は止まらなかった。

「飛びたい時に竜になって、自由に飛びたい。困ってる人や魔獣がいたら、すぐ助けたいです」

 初めて空を飛んだ時のことが浮かぶ。

 風が気持ちよくて、嬉しくて、自由だった。

「でも今は、誰かに知られたら連れていかれるかもとか、帝国が狙ってるかもしれないとかで、ほとんど我慢していて」

 私はそこで小さく息を吐いた。

「……そういうのは、もう嫌。変えたいです」

胸の奥で、ずっと押さえていたものが形になっていく。


「父にも、母にも、会いたい時に会いたい。……できれば兄とも、ちゃんと会ってみたいです」

 兄のことを言うとき、胸の奥が少しだけざわついた。けれども、私の心の中では信じたい気持ちが勝っている。

「竜になれることも割と最近分かったばかりで……本当の自分のことも、知りたいです」

 自分の中の想いを、奥へ奥へと辿りながら言葉にしていく。

「姫とか、竜とか、そういうのもあるけど、それだけじゃなくて。私は何ができて、どう生きられるのか、ちゃんと知りたい」

これがルミエルの望む答えかは分からない。けれど、彼は黙ってうなずきながら聞いてくれている。

「そして、好きな人たちと笑って暮らしたいし、自分の力で役に立ちたい。私だけじゃなくて、みんなも自由に、安心して生きられるようになったら良いなって思います」

 私なりの答えに、辿り着いた。やっと本当のことを言えた気がした。

私が口を閉じると、部屋がとても静かに感じた。私の手の下の宝珠の紫色の光は、より一層強まっていた。

 

 言い切ってから、少しだけ不安になる。

「……これって、わがまま過ぎるのかな」

 私は思わずつぶやき、ルミエルを見た。

「力を持っていたら、もっとちゃんと何か大きいことに使わないといけないのでしょうか」


「答えは一つではありませんが……」

 ルミエルは、ほんのわずかに目を和らげた。

「人は幸せになるために生まれてきたのです」

 その声は、やわらかく、けれどはっきりとしていた。

「自分も人も幸せにする答えなら、それは誤りではありません」

 明確に、良い、悪いと言われた訳では無い。けれど、ルミエルの言葉は、私の胸の奥にすとんと落ちた。


 ルミエルは静かに続ける。

「これが、あなた自身の答えですね」

 私はうなずいた。

「はい」


「よろしい」

 それだけ言って懐から透明な結晶を取り出し、宝珠から光を吸い取る。ルミエルの持つ結晶が紫色に変わり、宝珠は最初と同じく光を失った。


 そして、扉の方へ向き直る。

「次は、セレフィナ殿です」


 ◇


 入れ替わって、セレフィナが書室へ入った。

 

 ルミエルは椅子を勧め、前にある宝珠に手を置くように言ったあと、静かに問う。

「あなたは何のために光を求めるのですか」


 セレフィナは宝珠に右手を置いて答える。

「帝国の闇を解きたいです。戦を止めたい。国を守りたいんです」

 先日父は無事に戻ってきたが、祖国フィシエーラ王国の国境付近を、今もきっと帝国は狙っている。今亡命しているアグラールも、いつ攻められるか分からない。

 宝珠が紫色に光る。


 ルミエルは紫の瞳でまっすぐ見た。

「では、帝国を攻めたいのですか」

 セレフィナは少し驚き、すぐに首を振った。

「いいえ」

「闇を解くためなら、相手を傷つけても構いませんか」

「……それは、違います」

「なぜですか」

 問いは容赦がない。けれど冷たく追い詰めるというより、言葉の奥を掘るような問い方だった。

 セレフィナは唇を引き結ぶ。

「攻めたいわけじゃないんです。戦を終わらせたいだけで……奪いたいわけじゃない」

 宝珠の光が、少しだけ増す。


 ルミエルはさらに続ける。

「それが、あなたの本心ですか」


 セレフィナは少しだけ目を伏せた。

 本心。

 戦を止めたい。それは本当だ。

 でも、その先にある別のものまで問われている気がして、もう誤魔化せないと思う。


「……実は、気になっている人が帝国にいます」

 小さく言う。

 それを口にした瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。


「その人は、戦をすることは、自分にはどうにもできないと言っていました。たぶん、彼は、戦をしたい訳では無いんです」

 腹が立ったことも、もどかしかったことも、そのまま思い出す。

「そして、私に一緒に来てくれと言いました。助けて欲しいんだと思います。私も、助けられるなら助けたいと思ってしまう。でも――」

 これまでの課題を思い浮かべる。解決する力は無いと思い至った。

「たぶん、あの人は、自分で自分を救うしかないんです。私が行っても、何も変えられない」

 そこまで言って、セレフィナはふっと息を吐く。

「敵同士ではない、本当の姿で向き合いたいです」

 ルミエルは何も言わず、ただ聞いている。


「そんな彼も含めて、私は……大事な人たちと、お茶を飲んだり、お菓子を食べたりする時間を守りたいんです。戦のない、そういう温かい時間を」

 宝珠が紫色に強く輝いた。


 そこでようやく、ルミエルが小さくうなずいた。

「それが、あなたの答えですね」

 ただそれだけ言って、宝珠から結晶に紫色の光を移すと、扉へ向かう。


「紫の課題はこれで終了です。リリア嬢を呼びましょう」


 ◇


 私は呼ばれて、再び書室の中に戻った。何を聞かれ、何を答えたのかは互いに分からない。けれど、どちらも少しだけ静かな顔をしていた。


「お二人の本当の願いは、良く分かりました」

 ルミエルが、紫色の結晶を前に差し出す。

「これは『統合の光糖』です」

 私は結晶を受け取り、箱の最後のくぼみにはめ込んだ。

 赤、橙、黄、青、藍、緑、そして紫。七つの色が揃い、輝いている。

 私とセレフィナはそれを見てから、互いを見て微笑んだ。

「あなたたちは、怒りも、慈愛も、守護も、悲しみも、恐れも、喜びも集めました」

 ルミエルの声が、静かに書室へ落ちる。

 終わった――と思ったそのとき。


「では最後に、それを形にしなさい」

 ルミエルがさらに続けた。

 私は思わず顔を上げ、セレフィナが目を瞬く。

「形に……?」

「ええ」

 ルミエルの菫色の瞳が、私たちをまっすぐに見た。

「集めた素材はすべて糖です。それを使って、何か菓子を作りなさい」

 私は思わず箱を見る。

 どれも確かに『糖』と名がついていた。

 

 少しの間を置いて、最後の課題の条件が告げられた。

「一日の猶予を与えます。明後日、七色会議の間で、七人の長へその菓子を振る舞いなさい。 そこで最終判定を下します」

 ルミエルは続ける。

「あなたたちなりに、この糖を活かし、光の国にふさわしいお菓子を作って、我々を満足させてください」


 廊下から中庭へ出ると、白金と金の羽をきらめかせながら、グリフォンが中庭へ舞い降りた。その背に、ルミエルが乗り込む。

「あなたたちのお菓子を、楽しみにしています」

 ルミエルは微笑みながらそう言い残すと、グリフォンと共に空へ去って行った。


 私は箱の中を見つめる。

 セレフィナも七つの糖から目を離せない。

 すぐには思いつかない。けれど、一日の猶予が与えられた。

「本心から、楽しみにしていそうな顔をしていたわね」

 セレフィナはそう言って、小さく笑った。


 二人で顔を見合わせる。やるしかない。

 私たちの願いを、形にするために。


お読みいただきまして、ありがとうございます。


余談ですが、そろそろコフクから人らしい名前に変えようかと思い、

先日時々行っている近場のとある神社でおみくじをひきました。

そこの神社でおみくじをひくといつも、心の中で私が話しかけた内容に応えて下さるので、

「名づけお願いします!」と思いながら引いたのですが……。

何だかいつもより沢山人の名前っぽい言葉が入っていて、

結局まだ決められていません。


でも、その中に素敵だなと思った言葉があったので、

今回の話に少し変えた形で入れさせていただきました。


そんな感じでマイペースに書き進めておりますが、

引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです。


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