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竜国の姫らしいですが、田舎で静かに暮らしたい~指輪をはめたら竜になって、魔獣好きの第二王子に溺愛されています~  作者: コフク
第三章 光の国へ――闇を解くために

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第13話 藍の課題――不安と恐れで練り上げよ

 藍の領は、地の下に広がる巨大な地下空間だった。


 白く明るい廊下から案内され、石の階段をいくつも降りていくと、空気が少しずつ変わる。どこかで炉が焚かれているのか、わずかに温かい金属と甘い香りが混じっている。


「……地下、なんだ」

 私は思わず呟いた。

 隣でセレフィナも、興味深そうにあたりを見回している。


 黄の領も地下だったけれど、こちらは整った通路ではなく、巨大な地下空間そのものが一つの国のようになっていた。

 天井は高く、黒藍の岩盤のあちこちに光石が埋め込まれていて、まるで夜空に星が散っているように見える。段々に工房が並び、上の段では歯車や時計の部品が作られ、下の段では細かな針や留め具が磨かれている。さらに奥には、温度の安定した暗い区画があり、そこからほのかに甘い香りが流れてきていた。


 その工房街の中央に、一人の男が立っていた。

 がっしりした体格のドワーフ。

 藍黒い髪を後ろで束ね、白金の礼装には歯車や星図を思わせる模様が走っている。足元には、小さなカーバンクルがちょこんと座っていた。藍色の尾の先だけが静かに光っている。


 男は私たちを見ると、短く口を開いた。

「藍の領へようこそ」

 低く、乾いた声だった。

「私はインディゴール。藍の領を預かっている」


 セレフィナが小さく背筋を伸ばす。

 私も慌てて姿勢を正した。

「よろしくお願いします」

 インディゴールは短くうなずいた。

「うむ」

 その脇には、もう一人、細身のダークエルフが控えていた。

 長い黒藍の髪を背に流し、灰紫の瞳でこちらを静かに見ている。

 インディゴールが短く言う。

「副長のネレイスだ」

 少し間を置いて、続ける。

「主に、チョコレート工房と精密機器運用を預かっている」

 ダークエルフは、わずかに一礼した。

「ネレイスです」

 低く、少し湿り気のある声だった。足元のカーバンクルが尾を揺らす。

『二人とも無口だけど、ちゃんと歓迎してる』

 私が訳すと、セレフィナが少しだけ笑う。

「大丈夫。伝わっているわ」


 インディゴールは工房の奥を振り返った。

「青から依頼が来てる」

「え?」

 私は目を瞬く。

 ネレイスが低く継ぐ。

「藻を取り除く機械が欲しいそうです。詳細は、取り除いた本人たちに聞いて考えろ、と」

 セレフィナが、すぐに呟く。

「丸投げね」

 カーバンクルが尾を揺らした。

『うん、まあ、だいたいそう。でも、ここの人たちは、やりたいことを聞いて、それを機械の形に落とすのが仕事。だからやりたいことだけ分かればいい』

 私は思わず聞いた。

「……いつもそんななんですか?」

 インディゴールは平然としていた。

「珍しくはない。分からない者に技術をどうこう言われるよりは良い」

 カーバンクルが続ける。

『細かい事は職人に任せて、余計なことは言うなってこと』

 私は思わず笑った。セレフィナにも伝える。

「なるほど」


 インディゴールは、机の上に二つの道具を置いた。

 一つは細かな歯車や針の散らばる小さな時計核。もう一つは、藍黒い艶をたたえたチョコレートの大鍋と、その横に置かれた長いスパチュラ。


「課題は選べる」

 低く乾いた声が響く。

「時計の組み立てか、チョコレート作りか」


 二人は、同時に顔を見合わせた。

「……」

「……」

「チョコレートで」

 ぴたりと声が揃う。


 その瞬間、インディゴールの顔が、ほんの少しだけ緩んだ。

 緩んだと言っても、他の人には分からないくらいの変化だったが、確かにほっとしたように見えた。

 カーバンクルが尾を揺らす。

『そうだと思った』

 私は眉を上げる。

「時計の方を選ばれると困るの?」

「困りはせん」

 インディゴールが答える。

「だが、時計は説明が難しい」

 ネレイスが静かに補った。

「チョコレートの方が向いています」


 案内されたのは、工房のさらに奥、温度が一定に保たれた暗い部屋だった。


 壁は青黒く、照明は低い位置に埋め込まれた藍色の灯りだけ。

 部屋の中央では、大鍋の中でチョコレートが静かに溶けている。甘いのに少し苦く、深い香りが、ひんやりした空気の中に漂っていた。


「……すごい」

 セレフィナが、ぽつりと言った。

 その声は、驚きとわくわくが半分ずつ混じっていた。

 インディゴールは大鍋の前で止まり、二人に長いスパチュラを一本ずつ渡した。

「今日の課題は、これだ」

 ネレイスが横から説明する。

「テンパリング。溶かしたチョコレートの温度と流れを整え、艶と安定を作る工程です」

 セレフィナの表情が少し引き締まった。

 お菓子作りは得意分野。そしてこれは、大事な作業だ。


 大鍋のチョコレートは、やがて二人の前の平たい金属台へ、それぞれ流された。

 藍の灯りを受けた黒い表面は、まだ柔らかく、熱を残してゆっくりと広がっていく。


「ここからです」

 ネレイスが言う。

「広げて、返して、温度を落とす。結晶を整えてください」

 

 インディゴールが、少し間を置いて続けた。

「不安や、敵を恐れる気持ちを込めろ。整えて入れれば深みになる」

 ネレイスが、ほんの少しだけ口元を上げた。

「ダークな気持ちを込めるほど、ダークなチョコレートになります」


 セレフィナが目を瞬く。

 私も少し考えてしまう。


 その横で、カーバンクルが小さく鳴いた。

『一応これ、冗談のつもり』

私も、訳を聞いたセレフィナも吹き出した。


 二人は金属台の前に立つ。

 セレフィナはスパチュラでチョコレートを薄く広げた。私も見よう見まねで表面を返していく。まだ熱が高く、表面はなめらかでも、艶は安定していない。


「不安だったことを思い出せ」

 インディゴールの声が低く響く。

「そして、何を敵と見たかを見失うな」


 私は、チョコレートを広げながら、胸の中に残っていた不安をたどる。

「……村の森が焼かれたあと」

 ぽつりと口にすると、チョコレートの色がわずかに深くなる。

「黒烏が来て、私を見ていた時。あの時、すごく不安だった」

 スパチュラの柄が、かすかに藍色に光る。

「それから、祭りの時も。見つかりそうになって、逃げて……少し怖かった」

 広げ、集め、また返す。

 チョコレートの筋が、少しずつ均一になっていく。


「敵は、帝国……帝国の闇魔法は、やっぱり不安」

 そう言ったあと、少し迷って、もう一つ言葉を足す。


「あと……母に会う時も。

 最初、どうでもいいと思われてたのかなって、少し不安だった」


 隣でセレフィナも、静かにスパチュラを返している。

「私が一番不安だったのは、お父さんが亡くなったって言われた時」

 その一言で、彼女のチョコレートも少しだけ深みを増した。

「亡命しなきゃいけなくて、何を信じていいか分からなかった。敵は帝国――そこは、リリと同じ」


 ネレイスが温度計を見て、短く言う。

「まだ高い」

 少しして、また低く告げた。

「今はその速度」


 セレフィナは小さく頷き、広げる速さを少しだけ落とす。

 私も呼吸を整えた。


 セレフィナは小さく息をつく。

「……それから」

「私、姉と妹たちがそれぞれ優秀で、私だけ“これ”っていうものがない気がして、不安だったの」

 私はちらりと横を見る。

「最近になってやっと、お菓子イメージの魔法なら、できるかもって思えてきた。だから今、頑張ってる」

 その言葉が落ちた瞬間、彼女のスパチュラにも藍の光が走った。


 何度か広げ、集め、また返すうちに、黒かった表面に少しずつ深い艶が宿り始めた。

 光を吸うだけだった色が、今度はなめらかに返してくる。恐れを捨てた色ではなく、恐れを整えた深さだった。


 けれど次の瞬間、表面がわずかにざらついた。

 艶はあるのに、どこか粗い。均一になりきらない。


「まだ雑だ」

 インディゴールの低い声が落ちる。

 私とセレフィナは手を止めた。

「敵を、ひとくくりにしている」


 藍の灯りの下で、ダークエルフたちも黙ってこちらを見ていた。

 工房の空気が、少しだけ張る。


 セレフィナはチョコレートの表面を見つめたまま、小さく息を吐く。

「敵は帝国……そう思ってた」

 スパチュラをゆっくり返しながら、彼女は続ける。

「そこは、今も変わらないわ。戦っている相手だもの」

 私もうなずく。それ自体は、嘘ではない。


「でも……」

 セレフィナの手が少しだけ止まる。

「レオグリムは、敵と思えない自分もいるの」

 私はちらりと横を見る。

「今は敵国にいるし、腹も立つ。けど、私を利用しようとか、傷つけようとか、そういう悪い気持ちだけで来た感じじゃなかった」

 セレフィナは、自分の言葉を探すように少しだけ眉を寄せる。

「何というか……敵になりたくて、敵をしてる感じじゃなかったの。

 どうしようもないまま、あそこにいる感じだった」

 藍の灯りが、セレフィナの手元のチョコレートを静かに照らす。


 私は少し考えてから、ぽつりと言った。

「闇魔法も、アンドロメダさんの闇魔法と、今の帝国の闇魔法は違うって言ってたよね」

「……そうね」

「だったら、敵なのは闇魔法そのものじゃなくて」

 私は、スパチュラを大きく返しながら続ける。

「人を支配したり、奪ったり、自分のために閉じ込めたりする、今の帝国のやり方なのかな」

 セレフィナは、その言葉を胸の中でゆっくり転がすように聞いていた。

「……政略とか、支配とか、そういうもの」

「うん」

「人そのものじゃなくて」


 インディゴールが、短く頷いた。

「そういうことだ」

 それから、朴訥な声で続ける。

「相手そのものを敵だと決めたら、そこで終わる」

 ネレイスが低く補う。

「閉じます」

 インディゴールはさらに言った。

「だが、仕組みや動き方を敵とするなら、まだ手がある」

 ネレイスが、静かに言葉を落とす。

「変える余地が、生まれます」


 私は、自分の中の不安を見つめ直す。

 帝国全部を壊したいわけではない。助けたい人も、取り戻したい人も、その中にいる。

 壊したいのは、人を道具にするものだ。


 セレフィナもまた、胸の奥のもどかしさの形を少しだけ掴んだ気がした。

 レオグリム本人ではない。

 彼をああいうふうに立てなくしているもの、自分で背負わず他人を巻き込ませるもの、それが腹立たしいのだ。


「……分かったかも」

 セレフィナが小さく言う。

「敵は帝国、それで終わっていたら、変わらないのね」

 インディゴールは短く頷く。

「そうだ」


 私とセレフィナは、もう一度スパチュラを握り直した。


 今度は、ただ怖さや敵意を流し込むのではない。

 何を警戒し、何を止めたいのか、その輪郭を定めるように、チョコレートを広げ、集め、また返していく。

 藍の灯りの下で、さっきまで少しざらついていた表面が、今度はすうっと深い艶を帯び始めた。


「よい艶です」

 ネレイスが、温度計を見ながら短く言う。


 インディゴールは懐から透明な結晶を取り出し、まず私のスパチュラに触れさせた。

 藍色の光が糸のように引き出され、結晶へ吸い込まれていく。続いてセレフィナのスパチュラからも、静かな藍の光が移された。


 二人分の光を受けた結晶は、やがて小さな結晶糖に変わる。

 夜空の欠片みたいに深い藍で、内側に細かなきらめきが瞬いていた。


「これが、藍の素材。『境界の星晶糖』」


 私がそれを受け取る。指先に、硬さが伝わった。

 私は星晶糖を箱の藍の窪みに収める。

 かちり、と小さな音がして、そこに藍の光が灯る。


 インディゴールが、二人を見た。

「不安も、敵を恐れる心も、前へ進む力にはなる」

 それだけ言って、口を閉じる。

「変えるためには、変わる物を敵と置くことも大事です」

 ネレイスも付け足す。


 カーバンクルが尾を揺らした。

『うまくいったね』

 私はうなずいた。


 その時、ダークエルフの職人が前へ出た。無口そうな顔のまま、小さな箱を差し出す。

 中には、金の延べ棒の形をしたチョコレートが二つ入っている。表面には藍の刻印が入っていて、見た目はまるで本当に高級な金塊みたいだった。

「贈答用です」

 短い一言だった。

「お土産?」

 セレフィナが聞くと、職人は小さくうなずく。

「……喜ばれます」

 セレフィナが少し嬉しそうに箱を覗き込む。

「かわいい……」

 私も思わず身を乗り出す。

「ほんとだ。ちょっと本物みたい」

 その様子を見て、箱を持ってきたダークエルフの職人が、口数少ないまま、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

 ネレイスも、藍の灯りの下で目を細める。

「……作った甲斐が、ありますね」


 インディゴールも何も言わなかったが、満足気だった。


 その後別の工房へ移り、青の国から頼まれていた“藻を取り除く機械”の相談も軽く行われた。

 セレフィナがお茶を濾す魔法を使った時のイメージを伝え、私も風魔法で運び出した時のことや分量的なことを伝えた。ドワーフとダークエルフの職人たちがいくつか質問をしながら紙に書き留めていた。

「後で現地にも見に行ってみます」

 ネレイスが職人たちを返しながら言った。


 聞き取りが終わると、ネレイスが小さな箱を二つ持ってきた。

 

 最初の箱を開くと、中には銀藍色の金属具がひとつ、ぴたりと収まっていた。折りたたみ式の一体型で、磨かれた表面には藍の刻印が細く入っている。

「こちらは、細工と菓子向きです」

 ネレイスが開いてみせる。

 内部から、小ナイフ、小型のハサミ、秤の小匙、細針、薄い小さなヘラ、火起こし具が順に現れた。

 セレフィナの目がぱっと明るくなる。

「すごい……!」

 インディゴールが短く言う。

「藍の領の名産の一つ、道具束だ」

 セレフィナは大事そうにそれを受け取った。


 次に私に差し出された箱の中にも、やはり別の銀藍色の金属具がひとつ収まっていた。

「こちらは旅向きです」

 私が箱を開くと、中から現れたのは、小ナイフ、小型のハサミ、磁針、折りたたみ式のスプーンとフォーク、そして細いピンセットだった。

「わ……これ、一つにまとまってるんだ」

 ネレイスが淡々と言う。

「旅用の道具束です。森や野外での簡単な食事、細かな作業に向いています」

 藍の光を受けて、磁針の針が小さく震え、すぐに一定の向きで止まった。

 私は思わず目を丸くする。

「すごい……」

 私も喜んで受け取った。


 隣で、道具を持ってきたドワーフの職人が、やはり無口なまま、さっきより少しだけ機嫌がよさそうに見えた。


 手土産を沢山もらい、藍の領を後にする。

 セレフィナは特に、名残惜しそうに何度も振り返っていた。


 私は手にした箱の中を見返す。

 赤、橙、黄、青、藍。

 結晶と一緒に、色んな思い出が積み重なっていくのを感じていた。


お読みいただきありがとうございます。

次回から公開時間を20時10分に早めます。

今後もよろしくお願いいたします。

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