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竜国の姫らしいですが、田舎で静かに暮らしたい~指輪をはめたら竜になって、魔獣好きの第二王子に溺愛されています~  作者: コフク
第三章 光の国へ――闇を解くために

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第12話 青の課題――悲しみで汲み上げよ

 翌朝、客室を出ると、回廊の先でエセルが待っていた。

 その視線が、私たちの持つ金の札に止まる。

「……黄の顧客証。認められたのですね」

 静かな声だったが、ほんの少しだけ感心したようにも聞こえた。

「貴重なものです。どうか大切に」

 セレフィナが少しだけ口元をゆるめる。

「私たち、将来の良い顧客になりそうだと思われたのかしら」

 エセルはわずかに微笑んだ。

「黄の領は、軽く札を渡す場所ではありません」 

 その言い方に、私は少しだけ背筋を伸ばした。ただの好意ではなく、認められた証なのだと分かる。


「では、青の領へご案内します」



 青の領分は、高い山々に囲まれていた。

 白い峰のあいだから、冷たい風が吹き下ろしてくる。そのふもとには、鏡のように澄んだ湖がいくつも点在していて、空の青を深く映していた。遠くには、水を汲み上げるための塔や車輪のような機械も見える。湖畔の道には、青銀の髪をした湖水エルフたちが行き交い、ガラスのように澄んだ水の入った瓶が整然と並べられていた。


「私はアズレイン。青の領を預かる者です」

 静かな声がして、私は顔を上げた。

 青の長アズレインが、湖畔に立っていた。

 青銀の髪を背に流し、水面のような淡い瞳で私たちを見ている。白金の衣には青い透明布が重なり、動くたびに波紋のように光が揺れた。その横には、水霊鳥が一羽、羽をたたんで立っている。翼は薄い青で、陽の光を受けると水面のようにきらめいていた。

「ここが、青の領分の、聖湖の採水場です」


 私は並んだ瓶を見て目を瞬いた。

「これ、全部……湖の水ですか?」

「ええ。湖ごとに水の性質が違います」

 アズレインの声は低く、落ち着いていた。

「この国では、水を汲み、濾し、保ち、必要な者へ渡すこともまた、大切な役目です」

 少し離れた山の斜面を指す。

「山ではドワーフたちが岩塩を採っています。水と塩は、この領分の二つの恵みです」

 セレフィナが、並んだ瓶を見つめる。

 透明なのに、それぞれに少しずつ色の違いがあるようにも見えた。


 アズレインは私たちを、ひとつの湖へ案内した。

 山の裾に穏やかに広がる湖で、岸辺には白い石造りの採水装置が据えられている。湖水を引き込み、濾し、瓶へ詰めるための機械らしい。歯車は静かに回り、細い水路を水が流れていた。

「今日の課題は、これです」

 アズレインが機械の前に立つ。

「悲しかった時の気持ちを、この装置へ込めながら、水を汲み上げなさい。悲しみを込めるほど、装置が回ります」

 私は目を瞬いた。

「悲しみを……?」

「自分の悲しみを見つめた者は、他者の悲しみも受け止められる」

 アズレインは湖面へ目を向ける。

「そして、悲しみを外へ出せば、心は少し軽くなる。外へ流すほど、澄んだ水になる」

 セレフィナが、小さく息をついた。

「……これも、やってみないと分からないわね」

 採水装置の横には、二人が手を置けるくらいの透明な受け台がついていた。

 そこへ、気持ちを込めるらしい。

「一つの機械を、二人で使ってください」

 アズレインが言う。

「悲しみを分かち合う者の方が、澄んだ水を得やすい」

 私はセレフィナと顔を見合わせ、うなずくと、先に受け台へ手を置く。

 ひやりとした感触が指先から伝わってきた。


 最初に浮かんだのは、象たちの妻の顔だった。

 夫を返してほしいと泣いていた。怒りもあったけれど、それ以上に、毎晩身をよじって泣かずにはいられないほど、大きな悲しみを抱えていた彼女たち。

「最近……悲しかったのは」

 私は小さく言う。

「象たちの妻の話を聞いた時。私まで、苦しくなった」

 受け台の下で、水の流れる音が少し変わる。

 採水機の中に、淡い青い光がひと筋落ちた。


 私は続ける。

「あと、お母さんに会って。

 嬉しかったんだけど……昔のことを少し思い出したの」

 風が、湖の上を静かに渡る。

「小さい時、お母さんもお父さんもいなくて……おばあちゃんが大事に育ててくれたから、平気だと思ってたけど、たぶん少し寂しかったんだなって」

 その言葉が落ちた瞬間、採水機の中の水がやわらかく光った。

 機械が少し深く湖水を取り込む。


 次にセレフィナが手を置く。

 彼女が口を開くまで、少し時間がかかった。

「私が一番悲しかったのは……お父さんが亡くなったって言われた時」

 その声は静かだった。

 静かだからこそ、重かった。

「戦に出るなら、そういう覚悟も必要だって、頭では分かっていた。

 でも、信じたくなかった。

 そして、亡命しなさいと言われて、母も残して、姉や妹たちと城を出た」

 採水機の中で、水がまた青くきらめく。

 今度は私の時より少し深い色だった。

 セレフィナは目を伏せる。

「城を出る時は泣く余裕も無かった。でも、お城を出て……母の作ってくれたお菓子を食べていたら、泣いてしまったわ」

 私は、思わず横顔を見る。

 泣くことも、必要だったのだろうと思った。

「姉妹で沢山泣いて、それから目的地へ向かえた」

 その瞬間、採水機が少し大きな音を立てて回転した。

 瓶へ流れ込む水が、より澄んだ青みを帯び始める。

「うまくいってる……?」

 私が呟いた、その時だった。


 少し離れた別の湖の方から、慌ただしい声が上がる。

「だめだ、水が取れない!」

「不純物が多すぎる、このままじゃ詰まる!」

 湖水エルフたちが、別の採水装置のまわりに集まっていた。

 見ると、引き込み口のあたりに暗い緑の塊が絡みついている。増えすぎた藻や細かな汚れが重なり、水の流れを邪魔しているらしい。

 案内役の湖水エルフが眉を寄せる。

「最近、あの湖だけ藻が増えていて……」

 アズレインが少し視線を向ける。

「気にせず課題を続けてください」

 そう言ってはいるが、言葉とは違い助けるかどうかをこちらに委ねているのを感じた。


 私はすぐに言った。

「これ、また途中から続けられますよね。先に向こうに行きたいです」

 セレフィナもうなずく。

「私も」

 私たちは機械から手を離し、別の湖へ走った。

 近くで見ると、藻は思ったより大きく、ぬめるように何層も絡み合っている。

 このままでは採水機ごと止まりそうだった。

「水を取ろうとしても、これじゃ無理そうね」

 セレフィナが湖面を見つめる。

 それから、ふっと目を細めた。

「……お茶みたいに濾せばいいんだわ」

「え?」


「紅茶ポットで、茶葉を濾せ――」

 セレフィナは懐から取り出したリラハープを弾きながら、手を前に出した。

 その前に、透明な水の器がぱっと浮かび上がる。丸みのある形は、まるで紅茶ポットのようだった。注ぎ口の先には、細かな光の網が広がる。

「ティー・ストレイニング!」

 静かな詠唱とともに、湖水がその器へ引き寄せられた。

 注ぎ口から流れた水は、光の茶漉しを通って細く落ちる。すると、不純物や藻だけが上に残り、澄んだ水だけが下へ落ちていった。

 湖水エルフたちが目を見張る。

「濾してる……!」

 だが、不純物の量が多い。

 セレフィナは額に少し汗を浮かべながら、歯を食いしばる。

「全部は……一人だと、きついかも」

「じゃあ、私は運ぶ!」

 私はすぐに風を起こした。

 最初は細く、次に強く。

 セレフィナが漉し取った藻の塊を、風がまとめて湖の外へ運ぶ。採水機の周りの水流が整い、止まりかけていた流れを一気に通した。

 ざわり、と湖面が揺れる。

 だが濁りは広がらず、水が大きく循環して、少しずつ澄んでいく。

 セレフィナが濾し、私が運ぶ。

 二人の力が重なった瞬間、採水機が再び静かに回り始めた。

「動いた!」

「助かった……!」

 周囲の湖水エルフたちが、ほっと息をつく。

 詰まりが取れた採水機が、水を滑らかに吸い込み始める。

 セレフィナも小さく息をついた。

「良かった……」

 私は風を収めながら笑う。

「うん。綺麗になった」

 その時、アズレインが静かに言った。

「助かりました。ここには、溜まったものを濾す仕組みがありません」

 その言葉に、セレフィナは少しだけ目を伏せた。

 私も、自分の胸の中にある悲しみを思い出す。消えたわけではない。けれど、こうして流すことはできるのだと思った。


 少し休んでから、私たちは元の採水機へ戻った。

 再び手を受け台に置く。

 今度は、さっきよりも機械の音がやわらかく聞こえた。

 私は、胸の奥に残っていた寂しさや悲しさを、さっきより少し静かな気持ちで思い返した。

 セレフィナもまた、父のこと、母のこと、姉妹で泣いた時間を、今度は飲み込まれるのでなく見つめるように思い出していた。

 採水機は静かに湖水を濾し、澄んだ瓶へ注いでいく。段々と、私の心も静まって、澄んでいくように感じた。


 瓶が満ちた時、その中の水は、ただ透明なだけではなく、ほんのり青い光を帯びていた。

 アズレインは瓶を受け取り、そこから立ち上る青い悲しみの気配を、掌の中の透明な結晶へ移していく。

 やがて結晶は、露を凍らせたような小さな青い糖へと変わった。

「これが、青の素材。『静心の露糖』」

 私はそれを受け取る。

 見ているだけで、胸の内が少し静まるような色だった。

「悲しみは消えません」

 アズレインの声が、山の空気に溶ける。

「ですが、外へ出せば、心は少し軽くなる。

 そして、悲しみを知っている者ほど、他者の悲しみも受け止められる」


 私は露糖を箱の青の窪みに収める。

 かちり、と小さな音がして、そこに青い光が灯った。


 セレフィナは小さく息をつく。

「……冷えたわね」

 その言葉に、アズレインはわずかに表情をやわらげた。

「温泉に入っていくとよいでしょう」

 私は顔を上げる。

「温泉?」

「この山の上にあります。岩塩の採れる斜面の近くです」

 案内された先は、山の上の方にある見晴らしのいい湯場だった。

 遠くに街と湖が見え、白い布を巻いて入る露天の温泉は、冷えた身体をじんわりと温めてくれる。

 道すがら、山の斜面ではドワーフたちが岩塩を掘り出していた。

 湖水エルフが、小さな布袋を二つ差し出す。

「試練を越えたお土産です。あなた方が汲んだ天然水と、少しだけ岩塩をどうぞ」

 私は水の小瓶を見て、少し笑った。

 セレフィナも布袋を揺らしてみる。

「これは嬉しいかも」

「うん。帰ったらみんなにも見せたい」

 温泉の湯気の向こうで、湖が静かに光っていた。

 

 私は箱に収められた露糖を見る。

 赤、橙、黄、青。

 四つの色が並び、光がさらに増したのを感じた。


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