第6話 手鏡の中の象たち
「他に報告や、決めることはある?」
マックスにそう聞かれて、私は思い出した。
「あ、あと一つ。母にもらったこの手鏡のことも、相談したくて」
私は、手に持っていた手鏡を皆に見えるように前に出した。
「風の国の古い魔道具で、見たい人の今の姿を見られるそうなんです」
そう言って卓の上へ置くと、皆の視線が集まった。
「ただ、一度使うと、次に使えるまでひと月かかるそうです。なので、何を見るか決められればと」
アンドロメダが腕を組む。
「なるほどね」
マックスがそっと顔を上げる。
「リリちゃんは、何を見たいの?」
「正直、父か、象たちの夫か、迷っています」
私は鏡を見下ろし、静かに言った。
「だけど先に、象たちの夫を見たいです」
ビュートゥも何も言わない。
アンドロメダだけが、じっと私を見た。
「お父上ではなく?」
「父も気になります。でも、ずっといるから一か月後でも変わらない。象たちの夫は、少し前に囚われて、今助けが必要な気がするんです。象たちとも約束したから。まずそっちを見て、助ける方法を考えたい」
少しの沈黙のあと、アンドロメダがうなずく。
「ええ。筋は通ってるわ」
ビュートゥも静かに言う。
「では、これも決まりですかな。お茶とお菓子をいただいて、少し休みますか」
その一声で、会議が試食会の時間に切り替わった。皆がそれぞれのペースで好きなお菓子をつまみ、和やかに感想を伝える。フルールとセレフィナは微笑みながらも真剣に意見を聞き取っていた。
卓の上の銀の鏡は、灯りを受けて小さく光っていた。
◇
翌朝、出張所の会議室は、静かだった。
卓の真ん中に、銀の小さな手鏡が置かれ、皆の意識がそこに集まっている。
(手鏡で、どの程度見えるものなのか、分からないけど)
私はその前に座り、両手でそっと鏡を持ち上げた。
「帝国に囚われている、象たちの夫を、見せて」
手鏡をぎゅっと握り、風の魔力を込める。
鏡面は最初、ただ白く曇ったように揺れた。
「あれ……」
うまくいかないのかと思った時、ビュートゥが静かに言う。
「確か、想いが強いほど、はっきり見えると言おられましたな」
私はうなずくと、母に教わった通り、想いを込める。象の妻たちの嘆きを思い出しながら。
すると次第に、その奥に景色が浮かび上がってくる。
「……見えた」
鏡の中には、広い岩場のような場所が映っていた。
切り立った崖。むき出しの地面。
そして、その中央で、象たちの夫が数頭、鎖に繋がれたまま走らされていた。
命はある。それは、良かった。
けれど、自由はない。黒い靄のようなものが、身体のあちこちにまとわりついている。心の奥で抗っているのか、時おり苦しそうに首を振る仕草が見えた。
「訓練……させられてる?」
セレフィナが低く呟く。
鏡の中では、兵たちが怒鳴り声を上げ、象たちに何かを強いている。
戦うための訓練。そう見えた。
その時、画面の端に、一人の男が映り込んだ。
長い衣。細い体。濃い紫色の髪。象たちを少し離れて見て、兵士に何か指示を出しているように見えた。
アンドロメダが、はっと息を呑んだ。
「……あの人」
皆の視線がそちらへ向く。
「知ってるの?」
マックスの問いに、アンドロメダは眉を寄せたまま答えた。
「帝国技術院長。間違いないわ。私が一番嫌いな人」
会議室の空気が変わった。
「技術院長……帝国の皇帝直下四人のうちの一人じゃないか?」
マックスが低く繰り返す。
「周りを。もう少し周りを見せて」
アンドロメダが言う。
私はうなずき、鏡へ意識を集中した。
鏡の映像が少し揺れ、崖の向こう側が映る。
尖った山。切れ目のような谷。岩肌の色。アンドロメダが食い入るように見つめる。
「地図を」
ココットがすぐに卓に地図を浮かび上がらせる。
その一か所に、アンドロメダが指を置いた。
「多分……この崖がここ。遠景の山がこれなら、位置はこの辺」
指先が止まったのは、象の森から少し進んだ先、帝国の険しい山岳地帯付近だった。
「象の森の近く……」
私は呟く。
「近いわけじゃない。でも、思ったより遠くもない」
アンドロメダの声は低かった。
やがて、鏡の光がふっと弱まる。次の瞬間、ただの銀の鏡面に戻った。
「……終わったのね」
セレフィナが言う。
マックスが、あごの下に片手を置いて少し考える風にする。
「なるほどね。風魔力で像を結ぶけど、意味づけは見る側の知識に左右されるんだね」
私はゆっくりとうなずいた。
「知らない場所は、見えても分からないね」
「次に使えるのは、ひと月後ですな」
ビュートゥが静かに言う。
父を見ることは、まだできない。
その事実が、胸に重く沈んだ。けれど今は、それよりもまず、象たちの夫が確かに生きていて、苦しみながらも囚われていることが分かった。助けに行かなければならない。
私が顔を上げると、セレフィナがまっすぐこちらを見ていた。コフクも窓辺から、私の肩の上へ飛んできた。
「行こう」
私は短く言った。
紹介状と使い終えた手鏡を手に、立ち上がる。
こうして、私、セレフィナ、そしてコフクは、光の国アルカルキス連邦へ向けて出発することになった。
闇を解く光の力を得るために。




