第1話 ビュートゥの探し物
「まずはわしとリリア様で、光の国への伝手があるか確かめに行きましょう」
ビュートゥは昨日の夜、そう言っていた。
そして今朝も、伝手への「心当たりがある」と言って、部屋で何かを探していて、まだ出てこない。
私は、闇魔法に支配されている象たちの夫を助けたい、帝国に囚われているという父も救いたい、そう思っていた。
闇魔法を解けるかも知れないのは、光魔法の力。そしてその力を持つのは、光の国――アルカルキス連邦。しかし、アルカルキス連邦には、伝手でもないと入れない、とアンドロメダは言った。
そういう訳で、私を含む出張所メンバーは今、出張所の食堂でビュートゥを待っている。
窓の外は朝の光が柔らかい。昨日までの慌ただしさが嘘みたいに、村はいつも通り静かだ。だけど、私の胸の中ではまだ、象妻たちの鳴く声がおさまらないままだった。
「……遅いですね。手伝えると良いのですが」
ココットが、お茶の入ったポットを空になったものと入れ替えながら言った。働き者のココットは、いつも何かしている。
「古いものを探すと言っていたからね。本人しか分からない奥の方にしまっているんじゃないかな」
マックスが、少しだけ笑う。
みんな、ビュートゥさんが持ってくる「心当たり」を待つしかない。それだけ、光の国への伝手は無いのだな、と私は思う。
私は、湯気の立つお茶の杯を両手で包んだ。
「光の国、行けるといいですね」
ぽつりと出た声は、自分で思っていたより小さかった。
アンドロメダが、卓の向こう側から私を見て言う。
「光の国は、ジーナ師匠でも行ったことがないんですもの。難しいけど、ビュートゥは信頼できるわ」
その言葉に、私はうなずいた。
昨日までのことが頭をよぎる。
象の森で見た、妻象エレティンたちの涙。
セレフィナの受け取った手紙に書かれていた、塔に囚われているという父の噂。
落ち着かない気持ちになる。
全部、奪われたままでは終わらせたくなかった。
「行きたいです」
小さく言う。
「決意表明だね」
マックスが、ふっと笑う。
「今のリリちゃん、ちょっとかっこよく見えた」
少しだけ頬が熱くなる。
そんなやり取りをしている時だった。
食堂の扉が開いた。
みんなの視線がそちらへ向く。
そして次の瞬間、食堂の入り口に立った姿を見て、私は目を瞬かせた。
「……え?」
戻ってきたのは、もちろんビュートゥだ。
ただし、いつもと少し違っていた。
首元に、淡い蜂蜜色の薄絹のスカーフが巻かれている。繊細な銀糸の刺繍が入っていて、どう見ても、普段のビュートゥさんの服装からは浮いている。
ビュートゥさんは、私たちの視線を一身に受けながら、少し顎を上げた。
「どうですかな。おしゃれでしょう?」
マックスは息を呑んで言葉を失い、ココットが眼鏡の位置を直し、アンドロメダが頭を傾け、おばあちゃんも眉を少し寄せて固まる。コフクも珍しく黙っている。
私は、あわてて口にした。
「……おしゃれ、な、スカーフですね」
スカーフは、たぶんおしゃれ。でも、ビュートゥがしていると、違和感がある。ご機嫌な本人に、そこまでは、言えない。
「それが、探し物ですか?」
私が聞くと、ビュートゥは首元の布をそっと撫でた。
「昔、いただいたものです」
それ以上は、まだ言わない。
でも、その手つきは少しだけ優しくて、ただの布ではないのだと分かった。
何だかよく分からないけれど、会いに行く相手は女の人なのかもしれない、と私は思った。しかも、ちょっとだけ、おしゃれして行きたい相手。
そう思うと、急に自分の格好が気になってくる。
「私、この服で良いのかな?」
ビュートゥさんは、そんな私を見て、少しだけ目尻を下げた。
「リリア様は、そのままで大丈夫です」
「え?」
「いつものままのリリア様が、よろしいのです」
ますます意味が分からない。
私は自分の服を見下ろした。
今日誰か大事な人に会いに行くのかも、と思ったが、元々それほど良い服は持っていないので、特別にきれいでもなく普通だ。
これでいいならいいのだろうけど、余計に気になる。
マックスが咳払いを一つする。
「……それで、どこへ?」
ビュートゥさんは、当然のように答えた。
「この辺で、一番近い市場は、隣町ですな――隣町グリューネマルクトの市場へ行きましょう」
「市場?」
思わず、みんなで聞き返した。
光の国へ行く、伝手を探す話だったはずだ。どうして市場なのか、私にはまるで分からない。
けれどビュートゥさんは、もうその先を見ているような顔をしていた。
「ええ。まずは、市場です」
そう言って、くるりと踵を返す。
首元の布が、ふわりと揺れた。
布の片端に、銀糸で猫の横顔の模様が刺されているのが、目に残った。
私は思わず、マックスさんたちと顔を見合わせる。
どうして市場なのか。
どうして私も一緒に行かないといけないのか。
その答えが、あの布にあるのだろうか。
光の国への道は、思わぬところから始まるらしかった。




