第百四十二話 ある日アルカナ会えるかな
朝食を済ませてエントランスに集合した子供たちは、全員がユングラント魔導学園の制服に身を包んでいた。
白を基調とした服装は、普段は各々のお気に入りを身に着けている彼女らからすると幾分バリエーションには欠けていたが、どこか大人びて頼もしくも見えた。
「みんな、とてもよく似合っているな」
俺がそう感想述べると、少女たちは揃って嬉しそうに笑顔を交わす。唯一の男子であるオーメルンは素知らぬ顔をしているが、おまえがそういう顔をする時はだいたい照れてる時だから。
しかしまあ……。こうバッチリ決まって並ばれると壮観だな。
銀髪の正統派ヒロイン、アークエンデ。
白髪褐色肌でダウナー系の強属性ヒロイン、スノーカイン。
黒髪ロングの大和撫子、カグヨ。
金髪ツインロールの強気お嬢様、パンネッタ。
そしてやれやれ系世話焼き主人公のオーメルン……。
「まるで我が青春、ギャルゲーのパッケ絵だ……」
「は? 何だそれ伯爵」
「何でもない息子よ。それじゃあ行こうか」
俺は皆を促し、留守番組に盛大に見送られて屋敷を出た。
貸し出されている屋敷から学園までは十分歩いていける距離だ。首都の貴族たちはこんな距離でも容赦なく馬車を使うというが、普段から徒歩に慣れ親しんでいるアークエンデたちは大都市の街並みを見物しながら楽しそうに歩いていく。
学校案内によるとユングラント魔導学園は全寮制。ということは学校敷地外での登下校風景というものは存在しない。
事実、俺たちの周囲に白いブレザー姿は一つもなかった。道行く人々からこちらが少々奇異の目で見られるのはそれが理由だろうし、あるいは意気揚々と歩く少年少女たちがこの制服を着るには少々若すぎるという印象もあったかもしれない。だが、子供たちはそんな目線に対しても動じることなく、こやかに目礼してこの登校景色を堪能しているようだった。
通り角を曲がったところで、ふと既視感を覚える。この道、どこか知っているような……。
ピコーン、ピコーン。
――「『アルカナ・アルカディア』を繰り返しプレイした者ならばここは何度も目にする光景です。オープニングでアルカナちゃんがこれからの学園生活に期待と不安を募らせながら歩く道! これはもう実家――いや家路ですね! わたしの配信のタイトルは〈煉界ぐらし〉ですけどハハハ!」
やまとさんおはようございます。本日はよろしくお願いします。
――「よろしくお願いします。今日も楽しく解説していきましょう!」
実況はザイゴール・ヴァンサンカンでお送りします。
さて、煉界症の皆さん絶賛の“実家の道”を進み、見えてきたのは赤レンガの長い長い壁。さらに奥に見えるのは正門で、そこを左に折れればついにその姿が俺たちの前に現れる。
「ああ、ここが……!」
感慨深げに声を漏らすアークエンデと揃って見たのは、彼女の運命の地となるユングラント魔導学園の校舎。
ここで彼女は花開き、そして潰える。
この世界で俺の時間が始まってから、ここはずっとタイムリミットとして存在していた。が、アイオーンを追放して大内乱〈憤砕戦争〉の危機も去った今、彼女を破滅させられるイベントはこの世界線には存在しない。
友達と学び、遊び、育つ、そんなごくありふれた、しかしかけがえのない青春の詰まった普通の学校を、俺たちは確かに手に入れたのだ……!
「失礼ムッシュ、もしやヴァンサンカン伯爵でしょうか?」
感慨に浸っていた耳に、上品な声がそっと寄り添った。
振り返れば、そこに立っているのはスーツ姿でプラチナブロンドの髪をシニヨンでまとめた品のよさそうな老婦人だ。
俺の盗賊の感覚が即座に告げる。――こいつは、偉い。
「もしや、ユングラント魔導学園の学園長――?」
「あら。名乗りもしないのにおわかりになってしまうのね。さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いのお方だわ」
驚いてみせる仕草も上品で、それでいて茶目っ気がある。厳しく優しく生徒を見守る学園長の鑑のような人だと思った。
――「学園長ヴァランティール。この人はですねー、結構食えない人なんですよ。まあシナリオによっては良い人のままなんですけどねー」
えっ、どういうことですかやまとさん! まあ、人が良いだけでは組織のトップをやれないのはわかる。せめて性格Zの優秀な副官と、その提案に素直に従う投げっぱなし路線がないと。
そもそも、この国で要職に就いてる時点で貴族だ。陰を隠すのは得意なはず。
「学園長様!」
学園トップの登場と聞いて、子供たちも大慌てで彼女の前に集合する。
「あら、お行儀のいい子たちでよかったわ。あなたがアークエンデね。そしてパンネッタにカグヨにオーメルン……。それから、その子が伯爵が推薦されたというスノーカインかしら?」
「ヨロシク……Φx廿」
名指しされたスノーカインは、アークエンデたちに倣って短く目礼した。
彼女は本来ならここにいられない人間だ。だが、直前まで魔導学園の制服を着て遊んでいた彼女から、「君はニセモノだから」とばかりにそれを取り上げアークエンデに着せ直すのはひどく残酷な気がした。だからこちらから強く推薦したのだ。今回の体験入学のメインターゲットであるアークエンデの親としての立場を利用して。
それに技量的にはスノーカインはアークエンデと互角以上。学園としても損はないことはすぐに証明できるはず。
「今回はわたしの無理を聞いていただきありがとうございます」
「いいのですよ伯爵。遠方ゆえに来られなかった子たちも幾人かおります。多少の増減は織り込み済みですから、将来有望な子が増えるのは我が学園としても喜ばしいことです」
ヴァランティールはそう述べ、改めてスノーカインに笑いかけた。
「申し訳ないけれど、あなたたちはここで少し待っていてもらえるかしら。このあたりを散策してもらって構わないから。伯爵には少しこちらで書き物をお願いいたします。お時間は取らせませんので」
正門入ってすぐの、東屋のような場所を目で示してくる彼女。
「わかりました。じゃあみんな、後で」
学園長に連れられ、俺はその場を離れる。
東屋で彼女から示されたのは、学園内の施設利用に関する合意書だった。食堂は朝食は間に合わないけど昼食なら使っていいよとか、その程度の簡易な内容だ。一応、バスティーユに鍛えられた目を使って契約内容を読み通しておくが、罠のようなものはない。
と。サインをしているところで、肩越しにアークエンデたちの姿が目に入った。
彼女たちは興味深そうにあちこちを眺めていたが、ふと校門付近で誰かを見つけたように目を見開く。
直後のことだった。
「!! アルカナ!」
一声叫んでアークエンデが門へと駆けていく。
「あっ、アークエンデ!」
同じくして、門の側からも一人の少女が駆け込んでくる。
二人は立ち止まることもなく、最初の位置からのちょうど真ん中の地点でひしと抱き合った。
ふわっと花吹雪が舞う幻想を、俺は見た気がした。
麦畑の妖精のような素朴で愛らしい容姿。大きな瞳は優しさも、そして芯の強さも感じさせ、叫んだ声は実はアークエンデよりも一回り大きい。田舎育ちはお隣までの距離が遠いから自然と声が大きくなるのだ。
『アルカナ・アルカディア』世界の王道をいく主人公、アルカナ・サンシード。
ついに再会――。
二人の声が聞こえてくる。
「ああ、会いたかったですわアルカナ」
「わたしもアークエンデに会いたかった。ずっと会えなくてごめん」
二人は一つの宝石になったみたいにぴったりと抱き合い、再会を喜び合った。
嬉しさのためか、どちらの瞳も少し潤んでいるようにさえ見える。
美しゅうございますね、やまとさん……。
――「ええ……本当に……」
この運命の終着点ユングラント魔導学園で、ヒロインとその敵役が抱き合って涙すら見せる。
ここでいきなりエンディングテーマが流れても俺は何ももんくは言わない。
正史ではこの二人はいかなる環境においても手を繋ぐことはない。戦略SLGの『アルカナ・クロニクル』でも、二人が同じ勢力にならないよう制限がかけられている。
いつも相反し、相照らし、だからこそ際立って並存する。
だが、ここでは。ここでだけは。二人は敵対することなく、お互いを見つめ合うことができる。かけがえのない友として抱き合うことができる。
セーブだ。セーブしよう。このイベントシーンを、いつでも見返せるように……。
――「メモリーカードはもうこのゲームだけで二枚目なんですよね。三代目を用意しないと……」
と。
「あら、どこの田舎者が混ざり込んだのかと思ったら、もしかしてあなたたちが体験入学生なのかしら?」
このトゥルーエンディング級の場面に、ドクダミのようなエグみのある声が割り込んできた。
ふと隣に視線を動かせば、赤茶のショートヘアをしたいかにも意地の悪そうな女生徒が一人、背後に似たような雰囲気の少女二人を引き連れ、アークエンデたちへと険のある目線を投じている。
こ、この態度、そしてフォーメーションは……まさか!?
アークエンデより前の世代の悪役令嬢!?
いきなり刺々しい言葉で刺され、びっくりした様子のアルカナ。一方、新世代の悪役令嬢――になる予定だった――アークエンデたちは、この嫌味に対して機敏に反応する。ただし、その場の誰よりも大人の姿勢で。
「お騒がせして申し訳ありません、お姉様方。この学び舎に親友と来られたことが嬉しくて、つい」
アークエンデはあくまで上品な物言い。だが、物怖じしない、という時点で相手方には不満満点な対応だったらしく、
「ふーん……。困るのよね。正門付近は、外からも見える学校の顔。そこで子供みたいにはしゃがれると、学園が幼稚園かと思われてしまうわ。まあ、あなたたちの受けてきた教育レベルからすると、その評は間違っていないでしょうけれど」
ビキッ!
ああっ、アークエンデたちの後頭部からすごい音が!
彼女たちは皆、自分の領地に対して深い愛情とプライドを持っている。むこうもそれがわかっていて敢えて踏みつけてきた。
「――それは失礼いたしました。遅ればせながら、ご挨拶をさせていただきますわ。みんな、用意はいいかしら?」
顔の表側では平静を維持しつつ、アークエンデが音頭を取る。
「ええ。いいですよアークエンデ」
「“挨拶”ですわね。いつでも」
「Φ_廿」
不敵に微笑むカグヨとパンネッタに、無言でうなずくスノーカイン。そしてそっと気配を消して離れようとしているのはオーメルンだ。
「え? え?」と一人戸惑うアルカナに、「大丈夫ですわ。わたくしたちと同じことをすれば。あなたも刻印持ちですものね?」との意味深な囁きを吹き込み、彼女たちは改めて先輩方へと向き合った。
何だ。何をする気だ。まさか!!
「では、みんな。いきますわよ。せーの!」
『覇!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
ドグワアッ!!!!!!
気合一閃、少女たちは秘められた魔力をフル開放した。
暴風が邪気を伴って吹き荒れ、並んでいた庭木はのけぞり、正門から校舎入口まで続く石畳が安物のカーペットのように波打つ。
破滅的な魔力を検知し、校舎全体に強力な魔導障壁が展開される。座学においてすら魔導の実演が小出しされる学園には、攻城戦にも耐えられる防御シールドが張られていると案内書には書いてあった。だがそれをもってしても校舎は大きく揺さぶられ、窓は歯の根の合わない軋みを上げる。
「え――」
そして直近――驚きに目を見開いた女生徒たちの対応は、それ以外の何一つも間に合わなかった。
アークエンデの『煉火』はもちろん、アルカナの『星水』、そして人類未遭遇のスノーカインの死霊までがミックスされた魔力の濁流を棒立ちのまま浴びたのだ。
豁! という瞬間的な爆光が収まると、そこにはもう誰も立ってはいない。
そんな初撃を食らわせた後で、アークエンデはしれっと自己紹介を口にする。
「わたくしはヴァンサンカン伯領より参りました、アークエンデ・ヴァンサンカン……って、あら? 先輩方はどこに行ってしまったのかしら。まだ挨拶の途中でしたのに残念ですわ~」
「ウフフ……せっかくお近づきになれると思いましたのに」
「オホホ……さすが、上級生の方々ともなるとふっ飛び方も優雅ですねえ」
邪悪な笑みで続くパンネッタとカグヨ。か、格が違い過ぎる……。モブ顔の先輩女子程度ではまるで歯が立たない。学園よ、これが本物の悪役で、ラスボスだ……。
「……へえ。あれが体験入学のコたちなんだ?」
ふと、そんな涼しげな声が俺の耳の横を通った。
「アハハ、賑やかでいいじゃないか」
「ふん。騒々しいだけだ……」
「おもしれー女!」
こ、これは! まだ見ぬ強キャライケメンたちの発言集! やはりこの世代にも存在するのか!?
声のした方へと急いで振り返った俺が見たものは――!
「……!」
いや、その、何だ……。
確かにセリフはイケメンだったんだけど、言った全員が壁か床にめり込んでるというのは、あんまりかっこよくないな……。
いや地面に頭から刺さったまま気取ったセリフが言えるのはある意味かっこいいのか? メンタル的に……。
「はい。書類は以上で終わりです。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。それから、さっきの風は強かったですね、フフフ……。この学園は時折ああいうヤンチャな風が吹きますから、伯爵も見学の際は気を付けてください」
トントンと、まとめた書類を机で叩いて揃えながら、ヴァランティール学園長は朗らかに笑ってみせる。
えぇ……。さっきのあれをそれで済ますのか……。
いや体験入学初日で退学を言い渡されるよりは全然はるかにいいことだが……。
ともあれだ。アルカナとも無事に再会し、こうしてアークエンデたちの普通の青春が始まるのだった。
……普通?
強くてニューゲームどころか強くて体験版!




