第百四十一話 蛇の別荘は物騒な香り
ギャアアアアと盛大なドリフト音を立て、二台の馬車が馬首を綺麗に揃えて屋敷の前に停まった。
「あっ、二人が来ましたわ! スノーカイン、一緒に来て!」
嬉しそうに俺の部屋から飛び出していったのは、昼過ぎからずっと窓に顔をくっつけて外を眺めていたアークエンデだ。
「誰……? Φ_廿」との疑問符を浮かべつつ、スノーカインも小走りで彼女の後を追う。
ここのところ、二人は本当の姉妹のように一緒にいる。腹違いどころか種族も生まれた年代もまったく違う家族だが……俺はそれが嬉しかった。
どちらがお姉ちゃんかは難しいところだ。ただ最近、スノーカインの精神年齢は肉体年齢の方に近づいてきているのではないかとも思う。神話の時代からすり減らし続けた心が、まるで生まれ変わったように瑞々しく作り直される。きっと悪いことではない。
俺は執務の手を止めて、二人が開け放っていった扉からエントランスへ向かった。
今日、パンネッタとカグヨが屋敷に到着することは手紙で通知されていた。
ユングラント魔導学園のある首都へ向かうに際し、せっかくだから一緒に行こうという双騎士団からの正式なお誘いだ。
三人一緒なら彼女たちの道中も楽しいだろうし、こちらとしても東西騎士団との仲を取り持つことはやぶさかではない。フフ……我ながらすっかり領主の考え方が身についてしまったぜ。
「アークエンデ!」
「二人とも、いらっしゃいまし!」
俺がエントランス二階に差し掛かると、玄関ではすでに再会の抱擁が交わされていた。
相変わらず二人ともすこぶる元気そうで何よりだ。
「あらっ、アークエンデ。この子はだあれ?」
「ああ、パンネッタは初対面でしたわね。カグヨともちゃんと話すのは初めてでしょうし、改めてご紹介しますわ。我が家の新しいメンバー、スノーカインですの!」
「ドウゾヨロシク……Φx廿」
「不思議な雰囲気の子ですのね。どうぞよろしく!」
「あらあら、わらわの子が早くももう一人……ふふふ」
『は?』
なんか一瞬不穏な気配が漂いつつも、少女たちは素直にスノーカインを受け入れてくれたようだ。
「カグヨお嬢様ぁ~!」
と、そこにばたばたと駆け込んできたタマネとタガネによって、彼女たちの輪はさらに大きくにぎやかになる。
しかし……。はて、肝心の人がまだ入ってきてないようだが、律儀に玄関の外で待っているのか?
俺は疑問を抱きながらも、ゆったりと階段を降りていった。
「伯爵様!」
いち早く俺に気づいたのはカグヨの方だった。すぐ隣で礼儀正しくお辞儀をしようとするパンネッタを置き去りにし、快速ダッシュから俺に飛びついてくる。
「ああ伯爵様。カグヨはお会いしとうございました!」
腰に抱き着くなり、その柔らかそうなほっぺが擦り切れるんじゃないかという速度で頬ずりを始めるカグヨ。
「や、やあカグヨ。元気そうで何よりだよ」
「はい! いつ領地から急な呼び出しを受けてもいいように、毎日、髪も体も綺麗にして健康に気を遣っていました」
「そっ、そうなんだ。ははは……」
確かにカグヨからはかぐわしい花の匂いがした。
「えっ、えっ……?」
一方、友のあまりの変貌ぶりに目を白黒させているのはパンネッタだ。
二人は怪盗貴族の正体に追った探偵団の仲間ではあるが、柳凛公にまつわる一連の出来事についてはまったく知らないでいる。
「カ、カグヨ? どうなさったの? あなた、いつから怪と――伯爵様とそんな親密な仲に……?」
「フフ……お子様のパンネッタにはまだ早い話です。あなたは、いずれわらわの娘となるこの子たちと今後とも仲良くしてくだされば結構です」
「んなあっ!?!? あ、あたくしだって伯爵様とは仲良しですわ!」
「ちょっとカグヨ! わたくしたちが子供ってどういう意味ですの!?」
「パパ? Φ_廿」
「これには何というか、貴族の家同士のフクザツなケイイがあってだな……」
本来ならそういう繊細な問題は、生粋の貴族たる彼女たちの方が詳しいはずなのだが、俺がどれだけ大人の対応を求めようとも、ギャーギャーという怪鳥の雛同士にも似た争いは一向に収まらなかった。
そして、こうしている間にも俺の待ち人はまだ屋敷の中に入ってこない。さすがに何かがおかしいと気づいた、そんな時。
「それはさておき! 伯爵様、柳凛公よりの書状をどうぞお受け取りください」
強引に争いに終止符を打ったカグヨが、俺に一通の手紙を差し出してきた。
「父、人狼公からの手紙もここにございますわ」
そのすぐ横からパンネッタも封書を手渡してくる。どちらも上質な封筒な上、家紋入りの蝋まで押してある。何やら壮絶に嫌な予感がしてきた……。
不可視の糸で封を引き切り中身を開いてみると、どちらも公直筆と思われる流麗な文字で、短い挨拶(王国では文化的に長々とした挨拶は使われないらしい)の後に要件が書かれている。それによると――。
「二人の保護者を……俺に一任する……!?」
手に合わせてプルプルと震える恐るべき文面を、俺は口にせずにはいられなかった。
「そういうわけですので、よろしくお願いいたしますわ。伯爵様」
「どうぞお昼も夜もお側に置いてください……きゃっ、わらわったら」
にっこり笑うパンネッタとカグヨ。
き……聞いてないよおおおおおおお!
俺は二人の保護者が普通についてくると思って心の準備までしてたのに! さすがに騎士公レベルはないと思ったけど、兄弟とか親戚とかが来ると思っていたのに! 誰も来ないどころか大事な姫を俺に一任!?
騎士として恥ずかしくないのか! 教えはどうなってんだ教えは!
「父は伯爵様に大きな信頼を寄せているようですわ。あたくしからもいっぱいアピっておきましたから!」
「わらわの方は……あえて説明する必要もございませんよね? ウフフ……」
「うう……!」
ま、まさか仕組んだのか……この子たち!? 都でのびのび羽を伸ばせるように!
「こんにちは伯爵さん。遊びに来――って、あら、二人とももう到着していたのね?」
「ああっ、ベルゼヴィータ会長様! お久しぶりでございます! あの黒シルク、とっても大切に使わせてもらっていますわ!」
「あらあら……何だか賑やかだから見に来てみたら、可愛らしいお客さんたちですね? 伯爵」
「ええっ!? エ、エルフの方ぁっ……!?」
「子供たちの元気な声が聞けて、我もとても嬉しい」
「ぼおっ!? 盟主様の像がしゃべった……!!???」
二人の姫も屋敷の新情報に翻弄されているからおあいこ――なんてことになりはしない。
模試の時も似たようなことはしていたが、今度は両騎士団からばっちりしっかり正式な依頼。責任も重大。
これは大変なことになった……。
※
騎翅を使えばすぐの旅ではあったが、あえて馬車で都に向かうことを俺たちは選んだ。
アークエンデは元より、スノーカインに友達との初めての旅行を楽しんでほしかったからだ。
道中の彼女たちは、ヴァンサンカン、イルスター、ウエンジットの馬車を自由に乗り換えながら、訪ねた町々で買ったお菓子や外の景色、あるいは単純におしゃべりを堪能し、楽しい時間を共有した。
後ろを走る馬車から、彼女たちの楽しげな雰囲気が伝わってくるたび、俺は温かい気持ちに包まれたものだ。
「オレ、絶対あそこの馬車には乗らねえから……」
最大限の警戒を示していたオーメルンの心境は、まあわからなくもない。俺も息子を生贄にするような真似はしない。
「首都に着いたら実家にも顔を出そうと思います。手紙では伝えきれないこともありますので、えへへ……」
と、嬉しげに語るシノホルン司祭も俺たちと同じ馬車で同道。
実家と仲が良いというのは素晴らしいことだ。悪くていいことなんか一つもない。多分、お互いに。
ベルゼヴィータやタマネたちは、俺たちに少し遅れて来ることになっている。まずは向こうでの生活を落ち着かせてからだ。
そうして馬車旅を堪能し――ヴァンサンカン一行は王国の首都ユングラードへと到着した。
道中でやや道草を食い過ぎたこともあり、体験入学はもう明日に迫っていた。
案内書によると、体験入学者と保護者には特別なホテルが学園から手配されている。だが実際現地に行ってみるとヴァンサンカン一行に部屋はなく、別の場所が用意されたとの奇妙な知らせを受けることになる。
これには皆が不安な顔を見合わせる事態になった。
部屋の確保が間に合わなかったのだろうか。
いきなりトラブルかと若干暗い気持ちになりつつ、地図を頼りにそちらに向かってみると……。
「えっ、これは……!?」
俺たちの前に現れたのは、まごうことなき豪邸だった。
臨時のランクダウンした代替宿をあてがわれるかと思ったが、まったく逆。
貴族の中でも特に裕福な家が居を構えていそうな高級住宅街の一角。目の前の屋敷はサイズこそ周囲の家より一回り小さいものの、外観や門構えの威厳、豪奢さは逆にぎゅっと凝縮されている。
そして何より気になるのが、門の格子にあしらわれた、多頭の蛇の意匠――。
「こ、ここ、これって、ゴルゴンパイク家の所有物なのでは……!?」
腰が引けたカグヨとパンネッタが、揃って俺にすがりついてくる。
さしもの勇猛な騎士の娘たちも、王国ナンバー2の辣腕貴族の家紋には尻込みするものらしい。
これはヨハンからの……? いや違うな。多分、マリスミシェル母后の差配だろう。
何となくだが、彼女が別荘として使っていそうな雰囲気がある。ここをわざわざ俺たちに提供してくれるということは…………いやよそう、俺の勝手な想像でみんなに迷惑をかけたくない……いやマジで何もないよな?
俺たちが門に近づくと、早くも遅くもない絶妙なタイミングで中から管理人と思しきスーツ姿の老紳士が現れ、勝手口を開けてくれた。
ロマンスグレイの髪を後ろになでつけた執事の手本みたいな人物だ。使用人の身でありながら、匂い立つ気品は地方貴族では太刀打ちできないほど。
ゴルゴンパイク家の関係者だとしたら、下手したらこの人も異能持ちだったりしてな……。
「お待ちしておりました。ヴァンサンカン伯爵様、ご家族の皆様。わたくしはこのお屋敷を管理させて頂いておりますドノヴァンと申します」
慇懃かつ隙なく自己紹介をした彼は、この屋敷を自由に使っていい旨、それから自身の連絡先を手短に説明すると、「詳しいことは中の者たちに」とだけ述べると俺たちの前から早々に去ってしまった。
意外に素っ気なかったな。それに中の者たち? もしかして使用人もつけてくれたのだろうか?
そう思いつつ、玄関の扉を開くと――。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ぺえっ!? ユングレリオ陛下!?」
エントランスで並んで立っていたのは、ユングレリオメイド長にメリッサにトモエの三名だった。
オマケとばかりに端っこにベルゼヴィータも佇んでいる。
「ど、どうしてみんなが……!?」
と俺が驚いていると、腕を組んで壁に寄りかかっていたベルゼヴィータが経緯を説明してくれた。
なんでも俺たちが発ってすぐ、マリスミシェルから封書が届いたらしい。手紙が俺と行き違ったら屋敷の留守居が開封して対応するようにとの但し書きまで添えられたもので、内容はユングレリオを名指しでこの邸宅に招くとのことだった。
使用人まではこちらで用意できなかったので、こっちに来て俺たちの世話をしてほしいと――明らかにそんなわけあるかというたわけた内容だ。
「義母上はこのような浅い罠を仕掛ける人ではない。ちょっかいは出さないから、少しは都の空気を吸いに来いということだろう」
そうユングレリオは言い、複雑な苦笑を浮かべてみせた。
一度――いやもしかすると何度も命を狙われた相手だ。今さら何のつもりだと思うのが人情だろう。だが、彼はここに来た。
……許したい、のだろうか。血は繋がっていないとはいえマリスミシェルは母親だ。一番初めのすべてが上手くいっていた頃の関係には戻れなくとも、せめて嫌い合う仲ではいたくないということなのか。
家族に対する嫌悪は一生ものだ。離れていてもどこかで引きずっている。それもまた家族の絆という美文に含まれるものなのか。でもひどく疲れるものだ。……だからなのか?
ひょっとしてマリスミシェルも許しを請いたいのだろうか。
いや、それこそまさかだ。あの女はそんな殊勝な人間ではない。だが……この環境は、彼女がこっそり訪ねて来るにはもってこいのシチュエーション。そうでなくとも示唆的な何かがあるのは間違いない。
ユングレリオはそれらをすべて承知で、乗った。多分、前に進むために。俺には……ついにできなかったこと。
「ご立派です。陛下。そんなあなただから、わたしはあなたを慕っている」
「……っ!」
俺が神妙にそう告げると、ユングレリオの顔がぼっと赤くなった。
「そ、そんな大層なことではないよ伯爵。たまたま都の様子を見ておきたくなっただけだ。ほ、ほら、最新のファッションとかな? アークエンデたちの学園生活もついでに支えられる」
「そうそう。そういうわけですから、伯爵様方の身の回りの世話は心配いりません!」
横からメリッサがありもしない力こぶを誇示するポーズを取った。
「はい。どこであろうと、いつであろうと、何であろうと……ご主人様に尽くして参ります」
トモエも、使用人が少数精鋭だからか、逆に妙な妖気というか気迫がみなぎっている感じだ。
「他の子たちもわたしたちと一緒に来て、もう町に飛び出していったから、少ししたら帰ってくると思うわ」
ベルゼヴィータの口振りからして、タマネにハガネ、それにソラにルーガも来てるな? ほとんど屋敷の中身がそっくりそのままお引越しじゃないか。
これだけ人が――特にメイドの責任者がごっそり抜けちゃって屋敷の方は大丈夫なんだろうか。
一瞬心配になったが、バスティーユならむしろせいせいしたという顔なんだろう。あのZっ友、何だかんだでメイドの仕事にも精通してるし、今頃はロウレールとどっちが屋敷の主面ができるかでバチバチやってるかもしれない。
ともあれ……。
これで首都での生活基盤はばっちりだ。
ユングラント魔導学園の体験入学にも集中できることだろう。
「さあ、お嬢様方は明日から体験入学です。もうお部屋は用意してありますので、早速明日の準備をなさってください」
『はい!』
ユングレリオの号令一下、子供たちは早速屋敷の中へと散っていく。
こうして俺たちの首都生活は幕を開けた。
ミニスカロリショタメイドの元王様を見た首都の人々の情緒やいかに。




