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第百三十八話 楽園を喰らえ

 瞳どころか顔そのものからはみ出るほどの巨大な『執着』の刻印。

 白い気流が形作る神々しい翼。

 人の世界の最高戦力にして最終戦力。


 君はついにそこに至る。

 この世界を脅かす者に、最後に立ちはだかるラスボスに……!


 星自体を震撼させるような微震が、俺たちを包み込んでいた。

〈リバースヘブン〉の底は今、二つの世界に分かたれている。

 天の最高位に位置する天使アイオーンの白の世界と、煉界の力を借りたラスボス、アークエンデの深紅の世界。


 どちらが世界を統べるのか。その領土線を巡って、すでに両者の間では異様な押し合いが発生していた。


「信じられない圧力……! これもうわたしなんかじゃ手も足も出ないわね……」


 世界の分岐点より押し寄せる圧から顔をかばいながら、ベルゼヴィータがそんな言葉を漏らす。

 どちらも凄まじい排斥力。この世界に舞い戻ろうとするアイオーンの力も強烈ならば、そこから一歩も進ませないでいるアークエンデの支配圏も圧倒的。もはや人の領域を超えている……!


「最大戦力で歓迎いたしますわ。天使様」


 アークエンデがそうつぶやき、両手でレイピア型の魔導触媒を構える。

 高性能とはいえ市販品に過ぎないその道具は、内側から膨れ上がるようにして奇妙な変形を始めた。これは前にも見たことがある。アークエンデの魔力に影響されて、触媒自体が“耐えうる形”へと進化しているのだ。


 だが、今度はそれだけでは終わらない。

 彼女の背後で煉界の翼を形成している霊魂たちが、アークエンデの肩、そして腕を伝って触媒を取り巻いていく。


 彼女の中で何が起こっているのかはわからない。声はアークエンデのものだが、言葉や態度にはどこか浮世離れしたものがある。


 背後にある翼は、よく見ると『執着』の刻印によく似た細い筋のようなものを内部に持っていた。

『煉』の力の極みと煉界の住人の何かが噛み合ったことは想像に難くない。だが、それはアークエンデの支配力というより、霊魂たちの総意のように思えた。もっとも破壊力のある者に、すべての力を託す。そんな願いのような。


 ――願い。人々の純粋な集合的願望から生まれるもの……。


 神……?


「父さん、お嬢様が何か作ったぜ! かっけぇ……!」


 領土争奪合戦の余波を俺の陰でしのぎながら、オーメルンが声を上げた。

 そこに現れたのは、聖堂じみた荘厳な意匠でありながら、天に反逆する暗黒を宿した一振りの剣。


「!!」


 アイオーンの表情にはっきりと緊張の感情が乗った。

 彼が広げる世界がより堅固な攻撃態勢に入ったのが伝わる。


「“果たして。其の魂は罪科の揺り籠から零れ落ちた”」


 アークエンデが魔導詠唱に入る。だが何か妙だ。どこかいつもと違うような……。


「これ、正規の詠唱韻律じゃないわ……!」


 ベルゼヴィータがその答えをくれた。

 詠唱は使いたい魔法を組み上げていく作法のようなもの。音と魔力に合わせて精神を練り上げていくから、決まったパターンや音階がある。音楽に和音と不協和音があるように。だがこれは、そんな正規のルートを逸脱しているのだ。


「今……創ってるのね。アイオーンに勝つための、彼女の魔法を……!」

「何て子だ、うちの子は……。アークエンデ……!」


 これも竜の創造のなせる業か。彼女がそれをできると信じたからこそ、それは叶う。


「“人は箱舟を降り、楽園を後にする”」

「愚かな……。世界は常に天の内幕にある。その理を忘れ、独立独歩を気取るか……!」


 まるでアークエンデの詠唱と対話するかのごとく、アイオーンも力を強めた。虚空の穴の縁を掴んだ手にさらなる白い輝きが宿り、アークエンデの防波堤を全身で押しのけながら前に進もうとする。領界線からはさらに激しい紫電――。


「“ならば今荒野に立ちて、天に弓引く御旗を打ち立てん。天地の御使いも刮目せよ、我が名は――”」


 来る!!


「“我が名は『箱舟の終焉(アークエンデ)』”!!」


 爆発的な深紅の光が、深層ロンギヌスの天井をすべて吹き飛ばす勢いで放たれた。それは精緻に編まれた詠唱でも丹念に織り込まれた魔力でもない。ただただ暴力的でワガママな、あらゆる神話を噛み砕く人の世の魔獣だった。


「不遜であるぞ、そのような名は!」


 アイオーンも激発!

 神聖としか言い表せない、しかし反抗を許さない冷酷な光が奔流となって撃ち出される。


 二つの世界は互いの領地の最前線で一瞬睨み合うと、その直後に獣同士の争いのような激しい喰い合いを開始した。


「う、うおおおっ……!」


 この衝撃の余波で俺たちが消し飛ばないのが不思議なくらいだった。

 当然、近づける余地もない。世界の運命はすべてアークエンデに委ねられた。


「お嬢様、負けてねえぞ! 父さん!」

「ああ! 頑張れ、アークエンデッ……!」


 祈るしかない。信じるしかない。情けないことだが、娘一人に何もかもを。

 ここが、この地の底、大陸の片隅、ほんの数メートルの間合いが、世界の中心だった。ここより始まり、ここより終わる。ラスボス同士の最終決戦!


「頑張ってエンデ!」

「負けるな、アークエンデ!」


 仲間たちからの声援。願い。俺もだ。


 いつかラスボスになる君へ贈る。

 勝て……! 生きてくれアークエンデ!!!!

 そしてみんなで家に帰ろう……!


 ――永遠とも思える十数秒がすぎた。白昼と静夜、蒼穹と溟海の如く世界を二分していた拮抗は、だが、ある時を境に急に均衡を崩すことになる。


「ぐっ……!」


 アークエンデの懸命な表情から、小さなうめきが漏れるのを俺は聞き逃さなかった。

 彼女の額に噴き出る汗。全力を解き放っているのはアイオーンも同じだ。だが、余裕がないのはアークエンデの方……!


 なぜだ。威力は負けていないはずだ。人間のすべての霊魂が支えている以上、余力はまだあるはず。どうして……。


「そ、そうか……!」


 俺は気づいてしまった。

 確かに魔法の威力は十分。霊魂の支えもある。だがその発射口となっている肝心のアークエンデが……この小さな少女の力が、もたない……!


 自分とはまったく別の、外部の力を取り込んでいるのだ。ノーリスク、ノーコストでできるわけもない。彼女自身の魔力で転換か何かをしているはず。それが尽きかけている。


 無理もない。この魔法は即席のものだし、こんな接続方法だってぶっつけ本番でやっている。まず実現したのが奇跡だというのに、それをアイオーンに打ち克つまで持続しろなんていうのは……!


「ベ、ベルゼヴィータ、何かできることはないか……!?」


 魔導に関しては俺よりもはるかにプロフェショナルなベルゼヴィータにたずねる。


「無理よ。威力のケタが違い過ぎる。迂闊に横から手を出そうものなら、誘爆してこっちが消えてなくなるわよ……!」


 彼女も歯を食いしばるほどに苦悩していた。ここに来て何もできない無力さが恨めしい。スノーカインも目を見開くばかりだ。誰もが同じ気持ちになっている。


 何か。何かないのか。アークエンデを助ける方法は。何か一つでも、彼女の負荷を減らす方法は……!


 その時だった。

 暴風にはためくアークエンデのドレスから、何かが零れ落ちた。

 鍵盤の一番高い音を立てて跳ねたそれは、深紅の宝石を埋め込んだブローチ……!


 や、〈闇の心臓〉……ッッッ!!

 アークエンデの魔力を貯蔵する予備タンクだッ!! 最後におまえがいた!!


「なっ……!?」


 だがそれは、二大魔力の衝突の余波に巻き込まれてアイオーンの方へと吹き飛び――そしてあろうことか、虚空に空いた追放の穴へと吸い込まれていってしまった。


「ふ、ふざけんなあああ!」


 どうしてこんな最悪の不都合が起こる。天に逆らった罰ですべての運から見放されたとでも言うのか。最後の希望が見えた瞬間に、それを刈り取られるなんて――。


 だがしかし。


「父さん、糸貸せ!!」


 突然、オーメルンに手を掴まれた。咄嗟に引き出した不可視の糸を握り、彼はアイオーンへと突進する。


「オーメルン、何をする――」


 声は最後まで続かなかった。アイオーンがわずかに一瞥した直後、彼は自ら、天使の脇のわずかな隙間から穴の中に飛び込んでしまったのだ。


「……? 何の真似だ……?」


 アイオーンですら怪訝そうにする、あまりの無茶すぎる行動。俺はすぐさま糸を引っ張ろうとして、すんでのところで歯を食いしばった。


 オーメルンは今、絶対に、アークエンデにあれが必要だと確信して行動に出た。

 その判断はあまりにも正しい。アークエンデを勝たせるために、俺たちみんなを助けるために、唯一無二の正解。


 だったら俺は――。


「その男を信じるしかねえだろう……!」


 糸は凄まじい勢いで引き出されていく。

 穴の向こうはどうなっている。少なくともまともな空間ではないことは確かだ。

 恐ろしいのは……この糸に誰かが繋がっているという感覚が極めて希薄なことだった。穴の向こうとはまるで世界が異なるかのように隔絶されている。


 本当にオーメルンはこの糸を掴んでいるのか? 今引っ張ったら、糸は途中で切れているのではないか? そんな恐怖が圧倒的な現実感と共に俺に脂汗をかかせる。心臓は凍りつき、鼓動のたびに全身が痛むほどだ。


 ダメだ、弱気になるな。この先に息子と娘がいるんだぞ……!

 最大感度、最大集中であいつからの反応を待つ!!


 どれだけたった。五秒か、六秒か。心音はもう余白がないほど激しく鳴っている。アークエンデはまだ無事か。ベルゼヴィータは泣いていないか。ソラは無茶なことをしてないか。今はすべての思いを締め出して、この指先に全神経を……………………。


 ――――――――。

 反応!!


 ほんのわずかな引き。だが間違いない!


「おりゃああああああ!!」


 俺は渾身の力を込めて糸を引っ張った。そうしながら吐き出した分も全力で回収する。

 近づいてくるのが感覚でわかる。あいつが。俺の息子が。最初は幽かに、だが次第にはっきりと!


 しかし脱出まであと少しというところで異様な抵抗が手にかかる。アイオーンすら足止めする吸引力が、穴の出入り口付近に集中していた。


「こ、の野郎おおっ……!」


 どれだけ踏ん張っても引っ張り切れない。本当にもう少しなのに。もう少しで助け出せるのにッ……!


「伯爵!」

「伯爵さん!」


 ソラとベルゼヴィータが俺に飛びついて力を貸してくれた。二人とも普段のクールさをかなぐり捨て、歯を剥いて必死の形相だ。オーメルンを助けようとしてくれている。胸にじわりと広がる熱があった。


 クソッ、だがまだ足りない。こんな時に屋敷随一のバカ力のルーガがいてくれたら……!


 ……!!

 ……いや、待て。ルーガの力が強いのはなぜだ? 彼女が巨人化したイヨルに近い存在だからだ。


 それならあああ……ッ!


「うおおお、俺はゴリラだッ!」

「は、伯爵さん!?」

「俺はドラゴンだ、天使の子だ! こんだけ属性が集まれば世界一強い! 絶対に強い!」


 信じろ! できると思えば竜の血はそれを創造する。この糸と同じように自分の力の一つだと信じ込むんだ!


「俺はゴリラドラゴンエンジェルシードだ! そしてオーメルンの父親だ! 小さな子供一人守れないで親を名乗れるか! できるできるもっとできる、だからもっと――力を出せええええええええ!」


 ぐいと何かを引き寄せる感覚があった。俺の足が一歩分後ろに下がる。「ああ……」と感嘆の息を吐くベルゼヴィータ。近づいてきている。あともう少し!


「うぉりゃあああああああ!!」


 ある瞬間から抵抗の一切が消えた。

 刹那、オーメルンが鳥のように穴から飛び出してくる。


「なに!?」


 アイオーンでさえこれには目を剥いた。


「お嬢様!」


 まだ空中にいるうちに、オーメルンはアークエンデに向かって〈闇の心臓〉を投げつけた。ずっと準備をしていたに違ない。俺が助け出してくれることを信じて。


 この時すでに、アークエンデは顔も上げられないほど疲弊していた。

 だが、彼女もまた、その時を信じて待っていたかのように――飛んできた宝石をノールックでキャッチする。


 瞬間。


<煉>


 花が開くようにして、アークエンデの背後で何対もの深紅の翼が広がった。

 魔力の完全回復――いや、これは超過している……!?


 同時に、俺はアークエンデの後ろに誰かがいることに気づく。

 白い髪に、褐色の肌、異界の巫女服――スノーカイン!? 俺の横にいたはずが、いつの間に……!


 彼女は決意に満ちた顔で、アークエンデの背中に両手をついて叫んだ。


「みんな、今! パワーをアークエンデに!」

『いいですとも!!』


 人間たちの霊魂がスノーカインへと殺到する。そして、スノーカインを通じてそれを受け取ったアークエンデの翼がさらに拡張を遂げる。


 こ、これは……!?

 アークエンデの負荷を解消するために、スノーカインが仲介役をしているのか? さっきからずっと目を見開いて――この術式を構想していた!?


 ピコーン! ピコーン!


 ええこんな時にやまとさんから追憶配信が!?


 ――『見ましたか! これが“合体必殺技”です! 一部のキャラにしか実装されてないんですけど、どれも超高威力で出せば大抵終わります! 実は孤高のアークエンデちゃんにも合体必殺技の予定があったそうなんですが、結局実現はしなかったみたいで――!』


 ――大丈夫です、やまとさん。それ、きっと次回作で実装されますよ。間違いなく作中最強技として……!


 名づけて『直列煉界波動砲』!

 出力が――暴力的に跳ね上がる!


「バカなッ……! 余が……押されている……!」


 アイオーンが押し戻されていく。穴の縁にかけていた腕が、痙攣しながらじわじわと後退していく。


「あり得ん……! うつろいやすき……弱い子どもが、大いなる親に(まさ)ろうなどと……!」

「人間とは移ろいゆくもの。変わりゆくもの――」


 そんな天使に対し、アークエンデは神々しく輝きながら静かに告げた。


「それを地天使様は美しいと言ってくださいました。その言葉を信じ、わたくしたちは生きてゆきます。さようなら天使様……」

「お、のれ……! これしき、で……!」


 最後の力を振り絞り抵抗するアイオーン。だが、彼女は突然、にっこりと、悪役みたいに笑って。


「――ああ、それから。わたくし、お父様ならもう世界一の方がおりますので、あなた様の出る幕など、もうこれっぽっちもありませんの」

「なっ、なに……!?」

「一昨日いらっしゃいまし!」


 一気呵成、ダメ押しの莫大出力!


「ぐおおおおッ……! 余は……天の計は完璧だったはずだ……。なぜだ。誰が邪魔をした。余より優れた者など――み、認められるか、認められるか、こんな、ああアアアああァァあああ――!!!」


 ついにすべての白光を呑み込み、深紅が世界を覆う。

 天の光は内側からさらなる輝きを放ったが、世界のすべてがそれを拒絶し、押し潰した。


 最後はわめきつづける天使と共に『穣』の穴へと吸い込まれ、人の世は彼をその彼方へと追放した。

 今度こそ。

 今度こそ完全に――。


この世界にはすでに、悪役もラスボスも空席は、ない。

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リス「今だ!どさくさに紛れてパワー(呪い)をネキセニキに!」 鎖マン「この調子でいくとネキセニキの肉体の100%が呪いな呪いの塊になる…いや既に野獣因子とか混じってるから100%呪いの塊にはならない…
おましょうま! >「“我が名は『箱舟の終焉』”!!」 なるほど!ちょっと変わった名前だと思ってたがそういう事だったのか! というかこんな重要な役割の子をラスボスにする制作スタッフぇ >最後におまえ…
勝った!勝ったぞ父親気取りの変な奴に!!我らがアークエンデお嬢様が!皆の心が!!勝ったぞぉぉぉい!!! そして爆誕する怪盗ゴリラドラゴンエンジェルシードオーメルンとアークエンデとスノーカインのパパ上伯…
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