第102話:王道すぎる、覇者たち。
ただベッドでごろごろしながら暇をつぶすトムを見かねてリコが誘う。
「めんどくさい⋯⋯外は暑いだけだしな。」
「あの、私、初代様以来初めて目覚めたんです。せっかくですから、メンフィスの街を案内して欲しいです。」
珍しく駄々をこね、なかなか引きさがろうとしない。確かに、初代アトゥム・クレメンスが登場して500年である。国が赤道直下に引っ越してから一度も見たことがない、というのも可哀想ではある。
トムは不承不承出かけることにした。
「別になんの変哲もない、ただの街だぞ。この国では伝統とは無駄なものだからな。古くても良いものは変わらない。より良いものがでたら、それは不要になる。これが現実だ。街歩きならスフィアの方が100倍おもしろい。」
アヌビスを司るトムが優遇されるのは単にアヌビスより強い兵器がこの国にはないからだ。それはトムにとっては複雑である。だから、自分には存在価値があるが、その代わり自由はないのだ。
「俺はアトゥムの任が終わったらクレメンス家を出るだろう。未練はない。それに俺はそれ以上の器ではない。」
分家の養子がいつまでも居座っていては宗家も迷惑だろう。また、自分は国を守る、民を守るといった「柄」ではない、トムは自分で自分をそう判断していた。
(俺は凜のようにはなれない。)
トムから見た凜は、最初はいつもニコニコして周りにおもねているだけのつまらない人間にしか見えなかったのだ。しかし、知れば知るほど彼には深い決意と不退転の意思を感じるのだ。
それは、最強であるがゆえの、絶対的な余裕、つまり最後は俺がなんとかする、だからそれまでは自由にやってみろ、という器の「深さ」である。それには全てを背負うという覚悟に裏打ちされた強さでもある。
もし自分に任された人間が間違ったやり方、勘違いをして、自分がそれに気づいたならすぐにでも軌道修正を図るところだが、それをわかりながらも平然と見ていられる凜に「恐ろしさ」を感じるのだ。
「あれが『王道』というやつなんだろうな。」
その時、トムは都市の上空へと向かう強いエネルギー反応を感じ取った。
「お兄ちゃん、大変です。『見かけない』飛行物体です!」
リコが注意を促す。
「リコ、それを言うなら『未確認』だ。アヌビス、起動。」
トムの背中に4枚の漆黒の翼が現れるとトムの身体は風を切って一気に上昇した。
「この大きさ、人型⋯⋯スフィアの天使か?」
トムが航空管制に周辺空域の飛行物体について問い合わせるがトムが感知した物体に関する情報はなかった。
「リコ、索敵。」
「了解。」
トムの身体を漆黒の甲冑が包み混む。ジャッカルを模した兜がアヌビスの証しである。
「未確認飛翔体、4時方向、こちらへ来ます。」
どうやら、くだんの未確認飛翔体もアヌビスの存在に気づいたようだ。アヌビスの手に大鎌が現れた。
「3・2・1・遭遇!。」
「四枚⋯⋯翼⋯⋯だと?」
そこに出現したのは四枚の光翼を背負った天使である。天使はアヌビスを確認すると空中に静止した。
(すごい意匠だな。)
トムはその派手な甲冑のデザインに驚く。リコが解析する。
「お兄ちゃん。地球の西暦2世紀ごろのユーラシア大陸東部の動乱の時代の鎧の想像図と一致します。」
トムは天使に呼びかける。
「こちらアマレク共和国護国官代理、アトゥム・クレメンスである。ここはアマレク共和国領空である。無害通過である証を示されたし。」
しかし、トムが大鎌を構えるのを見て戟―槍の穂先の横に刃をつけた形状の武器―を抜いた。
「俺はスフィアなどという国とは関係ない。あえて名乗るとすれば『代』初代皇帝、呂奉先である。」
そう、その正体は呂布だったのである。ちなみに「代」とは呂布が前世で建てた国の号である。
「ルーク⋯⋯さん?」
突然、現在の名を呼ばれ、呂布は訝しげな表情を見せる。トムは苦笑をもらしながら説明をつづけた。
「ああ⋯⋯私はアトゥム・クレメンス。5月の頭ごろメイフェアの弓比べの時に、棗凜太朗=トリスタンと共にいたものです。あの時はすれ違っただけですから、覚えておいでかどうかはわかりませんが。」
トムが兜をあげる。
「おお⋯⋯。そちか。そう言えば、個人的に言葉を交わしたのは今回が初めてであるな。」
トムの青い肌に見覚えがあったのだろう。また、初めて会った時にはすでに、トムの中にあるアヌビスの力も見えていたようだった。
「ルークさん、どうされましたか?現代では空に至るまでも国の枠が決まっています。無断で、しかも武装したまま通過しようとすると大きな問題を引き起こしかねません。」
ただ、人間程度の大きさならレーダーには引っかからないため、これまで問題にならなかったのだろうが、たまたま今回は天使同士で互いの存在を認証したようだった。ルークは愉快そうに笑った。
「なるほど、俺のいた時代とは随分と勝手が変わってしまったようだな。しかしアトゥムよ、その国の枠とやらが常に一定だとだれが決めたのだ。それに、隠し立ていたすような大した所用でもない。⋯⋯良い、そちも付いて参れ。」
そう言うと再び加速、北上して行くのである。トムも立場上「追跡」せざるを得ない。
「どうしましょう?お兄ちゃん。」
リコが不安そうに尋ねる。
「心配するな⋯⋯。クレメンスの家に連絡を入れておいてくれ。所用だと。」
かなり北上し、スフィア領に再び進入する。ちなみの、トムは「外交官」の資格でスフィアに入国しているため、出入国に関してもかなり行動の自由が保証されているのだ。これはメグやリーナにも当てはまる。
(そろそろ北緯40度、魔獣の活動領域です。)
リコが注意を促す。不安そうなリコにトムはなだめるように言った。
(大丈夫だ。アヌビスに敵う個体はそういない。さほど怖がる必要はない。)
やがて、黒々と生い茂った針葉樹林の間に広がった平原が現れる。
そこには粗末な家が並び、炊爨の煙が立ち上る。
(村⋯⋯?)
「ここは?」
トムの問いにルークは
「カナン人の集落だ。まあ、魔獣どもの元家畜だ。」
そう答えた。
カナン人とはマーリンの民である「ゴメル人」によって「強制的」に進化させられた「類人猿」である。
猿(厳密には猿と呼ばれる動物に似た霊長類)を推定の1万倍の速さで進化させた生物である。容姿は人間に似た者にはなった。確かに知性はあるのだが、しかし人間のようなハッキリとした「自我」がほとんど育たなかったのだ。
好き嫌い、序列に関する認識、危機の回避など動物として最低限のものはあるがそれ以上のものは育たなかったのだ。
そんな彼らをゴメル人は肉体労働要員として飼っていたのだ。そして、自分たちが肉体を捨てる段になった時点で彼らを解放し、惑星の環境保持の仕事に当たらせていたのである。
「無窮」が引き起こした小惑星衝突の際、やはり共に惑星にいた魔獣たちと共に極北地方へと逃れ、以来魔獣と共に棲息して来たのである。魔獣は彼らを支配し、奴隷兼「安定した食糧源」として彼らを飼っていたのだ。
それでルークは魔獣に飼われている存在、という意味で「家畜」と呼んだのであった。
「どうして彼らはこんなところにいるのですか?⋯⋯ まさか、近くに魔獣の巣があるのでは?」
トムが警戒するとルークは笑う。
「大丈夫だ。こやつらはその魔獣の巣から、まあ連れて帰った、というところだ。」
ルークが参加した「鎮守府」をはじめとする大規模な魔獣討伐戦で魔獣の巣の駆除を行ったのだ。その巣は大勢のカナン人がおり、大規模な「牧場」だったという結論が出たのだ。
ただ、国王はカナン人の入国を禁じていた。それは彼らがあまりにも人間に容姿が近く、しかも知性が低いため、倫理的な問題が生じることが予測されたからだ。
実際に雌の個体を密入国させて、売春を強要させている例は枚挙にいとまがなく、取り分けヴァルキュリア女子修道騎士会を悩ませる原因となってきたのだ。
しかも染色体が46本あるため、人間とも交雑ができるのである。
それゆえに、彼らのために村を作り、家や畑を与え、自活するようにさせているのだ。彼らを監督、指導しているのが「ムラオサ」と呼ばれる「有人格アプリ」を搭載したロボットなのである。
「ようこそいらっしゃいました。ルーク様。」
ムラオサがルークに気づき、迎えに来た。
「ルークさん、こんなことをしていて、魔獣に襲われる心配はないのですか?」
トムの問いにルークは
「まさにそれが狙いよ。こやつらは魔獣をおびき寄せる生き餌なのさ。」
なんて理不尽な、とも思ったが、そこに幼い子どもたちがやってくる。
「へーかー、へーかー。」
人懐っこい子犬のようにルークにまとわりつく。
「こら、邪魔だていたすな。」
そう言いながらも予想に反してルークは子どもたちを可愛いがっていたのだ。
小さな女の子たちがトムにも群がる。
(か、可愛い。)
小さかった頃のリコの姿を思い出す。トムは女の子を抱き上げてみる。女の子たちはトムにかじりつくように抱きつき、愛情をいっぱいに表現した。
子どもたちを連れながら、ムラオサの案内で村を回る。そこには原始的だが幸せそうな人々の暮らしがあった。
「こやつらはバカではない。真面目でよく働く実直な者たちなのだ。⋯⋯そしてなにより、彼らは決して裏切らない。だから俺はできれば彼らを守ってやりたいのだ。」
ルークの目は遠くを見つめていた。彼がかつて治めていた国の民を彷彿とさせているのかもしれない。
「ルークさんは、選挙大戦が終わったら、ここで暮らすんですか?」
トムの問いにルークは首を振る。
「そこまで入れ込んではおらぬよ。」
ムラオサが続けた。
「ルークさんは彼らの『神様』なのですよ。」
(神様?)
「そうだな。そう言う存在かもしれぬな。」
ルークは愉快そうに笑った。
ムラオサは続けた。
「トム様、人間と動物を隔てる最大の壁はなんだかご存知ですか?」
トムがさあ、とかぶりを振るとムラオサは答えた。
「信仰心です。動物でも言語があり、音楽を楽しみ、芸術に近いことをする者たちもいますが、見えない力を具象化し、信じる。これこそが越えられない壁だったのです。
ゴメル人は『宗教』を持たずに彼らが動物の枠を超えた進化を遂げられるのかを検証していたのですが、結局できない、という結論に至ったのです。」
これはトムにとっては新鮮な考え方であった。トムの国では「神」や「宗教」という迷信の類を徹底的に排除してこそ初めて社会は進歩する、と考えていたからだ。
「宇宙の存在の中で人間とは実に小さなものです。すでに宇宙にまで進歩を広げたトム様たちの民にとってはもはや『神』などという存在はただの重しにしかならないでしょう。しかし、これからの民にとってこの宇宙に挑むだけの『価値』が自分にもある、というよすがを与える存在が必要なのです。⋯⋯少なくとも魔獣とは自衛のために戦っても良い、というお墨付きがね。それが、ルーク『陛下』なのですよ。」
すると彼の傍らに妖艶な美女が現れる。それは彼の中にインストールされているもう一つの人格、「有人格アプリ」である。
「どうした? 貂蝉。」
「呂布、敵襲よ。翼竜型の魔獣ね。」
「敵襲」という言葉に、ルークの右手に弓が現れる。彼は立ち上がると建物を出る。上空を二頭の魔獣が翼を広げて旋回していた。
「あれは?」
トムの問いにルークは答えず矢をつがえるとそれを引き、はなつ。矢は信じられない勢いで上昇すると一頭を射抜く。魔獣は悲鳴のような叫び声を上げる。村の子どもたちは怯えた様子で建物の陰に潜り込んだ。
「あやつらは村の子どもを狩りに来たのだ。奴らは利口だ。村を滅ぼすよりも今、食べたい分だけを狩って行くのだ。何しろその方が元手がかからんからな。妙なことを覚えたものよ。」
ルークの答えに、トムは自分の頭の中に血が沸騰するのを感じた。こんな可愛らしい子どもたちを捉えて食うというのか。
トムはアヌビスを瞬時に装着すると一気に上昇する。矢が突き刺さった魔獣はすでに落ち着きを取り戻そうとしていた。しかし、トムはそれを許さなかった。トムの手に現れた大鎌が切り裂くような鋭い音を立てて振られると翼をもがれた魔獣が地面へと真っ逆さまに墜落する。
もう一頭の魔獣は慌てて飛び去った。
魔獣は大きな音を立てて地面に突き刺さった。すると、今度は村人たちが手に槍やら農具を持って現れると、魔獣にとどめを刺し、手際よく解体してしまった。
「お見事です、お兄ちゃん。驚きました。誰かを助けたい、というお兄ちゃんの願いをこれほどひしひしと感じたのは初めてです。」
リコが感心したように言った。もっとも、自分のこの感情に一番驚いたのはトム自身かもしれない。
「どうだ、驚いたろう?彼らも食われるだけでなく、隙あらば逆に魔獣どもを食糧にしてしまおうとするのだ。これが自然の摂理というものだ。」
得意満面のルークに貂蝉は皮肉を言う。
「まああなたも『自然の摂理』とやらに正直なお方ですものね、奉先。」
「うるさいぞ、貂蝉。」
さらにムラオサが付け加える。
「そうです。この者たちにとってこれまで魔獣たちは絶対的な主君でした。しかし、ルーク様が彼らを倒せる存在、『神さま』になったのです。もう言われるがままに魔獣に家族を差し出さなくてもいい、家族や仲間を守ってもいいんだ、そう教えてくれたのがルーク様なのですよ。」
「そんなに大仰に言うな。聞いてい俺が恥ずかしくなるわ。」
ルークはそう言ってから、
「ところでそちのその大鎌、天晴れではないか、号は何というのか?」
トムは初めて自分の武器を褒められ、
「いや、別に名は無いですよ。これは単にアヌビスの一部ですからね。」
ルークは勿体をつける。
「では礼と言ってはなんだが、俺が名をつけてやろう。」
「は?」
トムはびっくりする。第一、このアヌビスはトムの所有物ではないのだから。まったくお構いなしにルークは話をつづけた。
「そうだな、『救世偃月鎌』はどうじゃ? いやいや、我ながら名案である。そう名付けるがよい。」
「救世」は民を守る、「偃月」は三日月のことで鎌の形状を表すのだろう。確かに三国志に出てきてもまるで違和感がない。
(いいんじゃないですか?標準語表記では「デリバラー」ですから、それほど恥ずかしくはないかと思いますよ。私はいやじゃありません。)
リコも満更では無いようだ。ただトムは合点がいかないようだ
(でも『配達屋』と綴りは一緒なんだけどね。)
トムは北方にある「鎮守府」にいたはずのルークがなぜ南から来たのかふと疑問に感じた。
「そう言えばルークさんはなぜ北上して来たのですか?鎮守府の所在地ホームは北の軍都イグレーヌでは?」
ルークは愉快そうに答えた。
「実はな、鉄仮面制度で『太宰府』へと派遣されたのだよ。だから次は容赦はせんぞ、アトゥム。そちの次の相手はこの俺なのだ。」
その晩は解体した魔獣を「料理」した宴であった。
流石にその肉を口にすることは遠慮したが、トムは自分が抱えていた、「見知らぬ人を守る」ということへの抵抗感が少し和らいだのを感じていた。
自分が持っているのは明らかに暴力装置だ。それは無残に人々を切り刻むこともできるし、誰からも蔑まされている命を守ることもできる。
夜が明ける前、トムは村を翔び立った。宴の余韻ですっかり村人もルークも眠りこけていたのだ。でも、トムの心は翔びたがっていたのだ。わきあがる気持ちが彼を駆り立てていたのだ。
「お別れの挨拶しなくてもいいのですか?」
そう尋ねるリコに
「いや、また機会があれば遊びに来ようか」
トムの横顔はリコからは少しだけたくましくなっているように思えたのだ。




