第7話 公表
午前10時。探索者協会が、記者会見を開いた。その中身は、あとで人から聞いた。
長机に、マイクの列。協会の背広が、用意した紙を読み上げた。
「——ダンジョン各層には、探索者用の立入経路とは別に、維持管理のための業者用経路が存在します。当該経路には、昇降設備を含みます。運用の開始は30年前。ダンジョンのインフラ指定と、同時です」
30年間、別の入り口があった。
読み上げは3分で終わった。祭りは、そこから始まった。
> :は?
> :30年!? 最初からあったの!?
> :おれたちが命がけで降りた横に、エレベーターが通ってたってこと?
> :作業服の人の件、公式が答え合わせに来た
> :協会と公社って別の組織なの? 初めて知ったんだけど
> :で、その「業者」はだれなんだよ
質問の手は、いっせいに挙がった。
「なぜ30年間、公表しなかったのですか」
「公表を求められたことが、ありませんでした」
会場が、一瞬だけ静かになった。
「維持管理の主体はどこですか」
協会の背広は、紙を持ちかえた。
「ダンジョン設備管理公社の所管です。詳細は、そちらへ。以上です」
質問は、丸ごと公社へ投げ渡された。
そのころおれは、地下にいた。地下には、電波が来ない。いいところだ。
◇
本日の作業伝票、番号3314。第30層、昇降設備の定期点検、1件。
指差し、確認。
「——経路よし」
月に一度、業務用エレベーターを止めて、かごの上に乗る日だ。
保守規程第3章第2条。昇降設備の点検は月1回以上行い、点検中は当該設備を停止し、点検員以外の使用を禁ずること。
つまり点検のあいだ、この経路はおれの専用になる。月に一度の、ささやかな役得だ。
かごの上は、せまい。工具袋を先に上げて、それから体を上げる。順番を逆にすると、袋が邪魔になる。こういうことは、規程には書いていない。書くまでもないからだ。
昇降路を、風が通っていた。深いところから上がってくる風は、すこし重い。
ライトを下に向けても、底は見えない。40分ぶんの下だ。見えなくても、あることは知っている。
昇降路の壁にも、爪の跡が並んでいる。深さは、指の第二関節ぶん。設備は、それも込みで設計されている。
ワイヤーの摩耗、よし。ガイドレールの油、よし。ブレーキの効き、試験3回、よし。
30年動いている設備は、どこが古びるかを隠さない。手を当てれば、向こうから教えてくれる。
世間が知ったばかりの「別の入り口」は、降りるのに40分かかる、ただの箱だ。箱は箱でも、毎月みがけば、箱は箱のままでいてくれる。
昇降路の非常灯も、この点検の範囲に入っている。球をひとつ換えて、点検口を閉めた。
地下は、今日も静かだった。
静かでない日のことは、考えないようにしている。様式第31号の返事は、まだ来ない。
◇
15時40分、地上に戻ると、詰所の電話が鳴っていた。
うちの課の電話が鳴るのは、めずらしい。用事はたいてい、鳴る前に予定表に書いてある。
廊下では、広報課の男が書類を抱えて走っていた。すれ違いざま、なぜかおれに頭を下げていった。走りながら頭を下げるものだから、書類が落ちた。3枚拾って、渡した。礼を言う余裕もないらしい。
「協会が、発表した」と、課長が言った。「業者用経路。存在を、全部だ」
「そうですか」
「そうですか、って、おまえなあ」
経路は、30年前からある。あるものが、あると発表された。たしかめられた事実がひとつ増えただけで、経路そのものは今日も規程どおりだ。
「世間はそう思わんのだ」と課長は言った。
それから、長いため息をひとつ足した。
「うちも会見をやるらしい。広報が、いまごろ想定問答を書いてる。何を想定するのか知らんが」
世間の思うことは、むずかしい。おれは伝票を書いて、控えを綴じた。
だれも取らない電話は、ただの音だ。
綴じ紐を結ぶあいだも、電話は鳴りやまなかった。
> :公社の代表番号、ぜんぜんつながらないんだけど
> :サイト落ちてて草
> :採用ページだけ生きてるの、逆にすごい
> :「ダンジョン設備管理公社」、今日まで検索したことなかった
> :30年、だれも聞かなかったってことだろ。おれたちも大概だよ
◇
17時50分、退勤。
探索者用の正面ゲートの前に、カメラが並んでいた。数、9。三脚が6本。数えるくせは、こういうときにも出る。
業者用の通用口から帰ってくれ、と総務に言われた。28年、そこから帰っている。指示は、守るためにある。
通用口の外で、カンテラが待っていた。同行のない日でも、いる。もう数えていない。
「灰田さん。これ、まずくないですか」
「何がですか」
「なんか……ぜんぶが」
ぜんぶ、と言う若いのが、最近多い。ぜんぶがまずかったら、それはもう、ぜんぶではない。
カンテラは、笑わなかった。はじめて見る顔だった。
「今日、配信回してません。なんとなく」
カメラを回さないのは、カメラを持つ人間の判断だ。おれの規程には、その条文はない。
それでも、いい判断だと思った。言わなかったが。
「明日も、来ます」
「同行の日では、ないですが」
「外で立ってるだけです! 立つのは、得意なので!」
得意の種類が、少し変わっている。だが、あの記者の列に混ざって立つよりは、裏口のほうが安全だ。それだけは言っておいた。
帰りぎわ、課長に呼び止められた。声が、いつもよりすこし低かった。
「上が、公開の可否でもめてる。おまえの名前を、出すかどうかもだ」
「はあ」
「決まったら、おまえには事後で伝わる。そういう決まりだ」
名前。
おれの名前は、毎日、伝票の隅に書いている。
あれのほかに、書く場所があるとは、聞いていない。




