第8話 会見
朝の詰所で、課長が紙を配っていた。
「今日の15時から、うちの会見だ」
配られた紙には「想定問答」とあった。広報が徹夜で書いたらしい。念のため、現場でも目を通しておけとのことだった。
様式第31号の返事は、まだ来ない。想定問答は、一晩で来た。
読んだ。
問: 当該職員はだれか。答: 個人情報保護の観点から、お答えを差し控える。
問: 第99層は安全か。答: 規程の範囲内で安全性は確保されている。
2番目の答えに、鉛筆で線を引いた。
「範囲内で確保、ではないですね。確保するために、範囲を決めています。順番が逆です」
問: 当該職員は、なぜ無事なのか。答: 高度に訓練された専門職員のため。
ここにも線を引いた。
「訓練は、してもらっていません。規程を守っているだけです」
問: 探索者よりも強いのか。
「この問いは、答えが書いてありませんが」
「書けなかったんだろうなあ」と課長が言った。
強いか弱いかは、おれの知らない物差しだ。
課長は線だらけになった紙をながめて、うなずいて、それから遠い目をした。
「……直させたいが、これを直せる人間は、この課にしかいないんだよなあ」
方針は、上で決まったそうだ。決めたのは、保全本部長だという。
「隠し通す。個人情報だ——って、そう言ったらしい」
隠す、というのも、ひとつの判断ではある。判断には、責任がつく。つくといいが。
◇
本日の作業伝票、番号3316。第22層、送水管の点検、1件。午前で終わった。
15時、詰所。昼作業を終えた組が、テレビの前に集まった。おれも、お茶を持って混ざった。ひとの会見を、座って見るのははじめてだ。
画面の中の背広が、これから、おれの話をするらしい。おれは、茶を飲む。
画面に、長机。頭を下げる背広がふたり。テロップが出た。
——ダンジョン設備管理公社 保全本部長・柿沼。
知らない名前だった。うちの会社は、思ったより広い。
本部長は、手元の紙を見なかった。紙を見ないで話せるのは、たいしたものだ。紙に書いたことを話す気がない、ということでもある。
質問が始まった。
「動画の人物は、貴社の職員ですか」
「当該の人物は、存在いたしますが、存在の詳細については、お答えを差し控えます」
詰所が、しんとした。テレビの向こうも、しんとした。
存在するが、存在は答えない。むずかしいことを言う人だ。
「氏名の公表は」
本部長が、ここで一度だけ、手元の紙を見た。
「個人情報です」
「では、なぜ第99層に職員がいたのですか」
「作業マニュアルに沿った、通常の保守業務スタッフです」
マニュアル、ではない。規程だ。マニュアルは読むものだが、規程は守るものだ。それから、スタッフでもない。点検員だ。
テレビに向かって訂正しても聞こえないので、しなかった。
「今後、当該職員を公開する予定は」
「検討中です」
「『検討』ってのはな」と、課長が画面に向かって言った。「予定表に書けんことの呼び名だ」
「第99層は、危険地帯では」
「安全性に、一切問題はございません」
それは、そうだ。問題がないように、毎日たしかめている。今日はじめて、本部長と意見が合った。
合ったのは、そこだけだった。
テレビが次の質問に移ったとき、となりの席のだれかが、画面に向かって小さく言った。「……うちのだぞ」。だれも、そのつづきは言わなかった。おれは、茶を飲んだ。
> :存在するが存在は答えないって何
> :哲学かよ
> :「スタッフ」って言い方、現場を知らなすぎでは
> :99層を「通常の保守業務」って言い切るのすごいな
> :てか隠す意味ある? もう7000万再生なんだけど
> :作業服の人を出せ
◇
会見は40分で終わった。祭りは、終わらなかった。
夜には切り抜きが出回った。「存在いたしますが」のところだけで、100万回再生されたらしい。「作業服の人を出せ」は、トレンドの1位になった。
> :会見のせいでファン増えてるのおもろい
> :公社、隠すのこんなに下手なのに、30年どうやって隠してたの?
> :↑隠してたんじゃなくて、だれも見てなかっただけだと思う
> :それが一番こわい話なんだよな
「火を消しに行って、灯油をまいてきたな」と課長が言った。逆効果、ということだ。
本部長は会見のあと、広報にひとことだけ言ったそうだ。「現場に、余計なことを言わせるな」。
課長はそれから、こちらを見ずに聞いた。
「灰田。見て、いやじゃなかったか」
「何がですか」
「自分のことを、知らんやつらが決めてるのを、だ」
考えた。画面の中で決まっていたのは、おれの話のようで、おれの話ではなかった。おれの話は、伝票に書いてある。
「あれは、おれではないので」
課長は、笑ったような、笑わなかったような顔をした。
広報課の男は、廊下の長椅子で、燃えつきたようになっていた。徹夜の想定問答は、ひとつも当たらなかったそうだ。気の毒だとは思う。問いを想定するには、まず現場を知らないといけない。知らされていないのは、あの男のせいではない。
課長が、鉛筆の線だらけになった例の紙をひろって、たたんだ。本部行きの封筒に入れて、それから、しばらく机を見ていた。
おれにできることは、なかった。
なので、あしたの準備をした。工具の点呼。札の補充、10枚。テープの残り、2巻。よし。
手を動かしているあいだは、テレビの音が遠くなる。
定時が来たので、帰る。世間がどれだけ騒いでも、あしたの第44層の照明は、あしたのおれが換えるしかない。
明日の伝票は、もう書いた。




