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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第四章

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第49話「協定」

「協定です。要求では、ありません」


◇


翌日。午前。第12層。

本日の作業伝票、番号3403。第12層、非常灯、球替え。1件。作業員、2名。

「——経路よし」

南野が差した。おれが返した。

規程第2章第4条。入坑前、経路の安全を指差し確認すること。確認の声出しを省略してはならない。

28年、言っている。この春から、おれの横で、もう一本の指が、同じ先を差している。

非常灯。8本。曲がりごとに、1本。寿命の順で、1本、替える。外した球を、古い箱へ。割らないように。

「8番、点灯」

「よし」

退坑、11時30分。

「午後、協会に行く」

「はい。……おれは」

「詰所だ。電話番」

「はい」

南野は、点呼板の、おれの札を見た。見て、工具袋の口を、閉めた。


◇


午後。探索者協会。会議室。

前に、一度、来た部屋だ。名簿を見た部屋だ。長い机。白い。おれの側に、課長。向かいに、鷲尾。鷲尾の横に、剣崎。私服だ。大剣は、ない。探索者の側の、代表だ。鷲尾が、呼んだ。その横に、協会の技術員。若いほうだ。

公社の本部長は、来ない。判だけ、来た。課長の鞄に、入っている。前の本部長は、会見の席に、来て、しゃべった。今度の本部長は、来ないで、判を、出した。

剣崎は、腕を組んで、座っていた。おれを見て、机を見て、また、おれを見た。

鷲尾が、立った。

「協定です。要求では、ありません」

鷲尾は、鞄から、紙ばさみを出した。紙を、1枚。

両手で、机に置いた。指をそろえて。音を立てずに。

両手で置くのは、四度目だ。会議室の机。通用口の板。通用口の台。今日は、また、机だ。

おれは、読んだ。

——探索者協会・ダンジョン設備管理公社 共存協定。

三項。

——一 業者用経路の情報は、公社が協会に提供する。

——二 立入は、公社の保守規程に従う。

——三 規程に定めのない事象の記録は、双方の欄に書く。

三行だ。

「線は、公社のものです。欄は、協会が持ちます。それだけの、紙です」

「はい」

「一は、業者口の先の、灯りの数と、分岐の位置です。二は、第2章第4条から、第5章第3条まで。三は、……私の手帳の、あの行です」

鷲尾は、手帳を、出さなかった。胸に、手を当てただけだ。

技術員が、言った。

「中継器は、申請します。公社の線に、載せているものです。今まで、申請していませんでした」

「はい。申請が来れば、線も、うちの伝票に載ります」

剣崎が、言った。

「線が公社で、欄が協会なら、俺たちは、どこだ」

「線の、上です」

おれが、言った。

「……歩幅で、か」

「はい」

剣崎は、腕を、ほどいた。ほどいて、机に、置いた。

課長が、横で、湯のみのない手を、机に置いた。置いて、言った。

「判は、おれの鞄だ。押すだけだ。あとは、見るだけだ」

鷲尾は、うなずいた。

課長が、鞄から、判を出した。四角い。本部長の判だ。新しい名の。協定書の、いちばん下に、押した。右上ではない。いちばん下だ。


◇


協定書の、いちばん下。判の、横。

立会人の欄。

刷ってある字が、ある。

——設備点検第三課 設備点検員

その横が、あいている。名前を書く、欄だ。

点検員、ではない。設備点検員。字が、二つ、増えている。

前の紙には、名前の下に、欄がなかった。

「欄が、ありますね」

「作りました」

鷲尾が、言った。

「この名前は、どこまで、行きますか」

おれは、訊いた。訊いてから、自分の声が、少し、低いのに、気づいた。

「この一枚だけです。協会の記録は、これからは、職名で、書きます。前の紙の名前は、消しません。これから、です。点検員の方、と、協会は、呼びます」

「配信にも」

「出ません。配信の線は、協会の中継器を、通ります。協会の、欄です」

剣崎が、鷲尾を、見た。見て、顎を、一度、引いた。それが、剣崎の返事だった。

ボールペン。作業着の、胸の。

ペン先が、欄の上で、一度、止まった。ずっと、作業員の欄に、書いてきた字だ。欄が、違う。

書いた。

——灰田誠。

刷ってある字の、横に。おれの字は、刷った字より、少し、大きい。

剣崎が、机の上の、おれの名前を、指で、差した。

差して、何も言わなかった。

指差しだ。点呼の。

鷲尾が、紙を、両手で、受けた。受けて、紙ばさみに、入れた。

課長が、紙の端の、公社の判を、見た。

「判は、本部長のだ。新しいな。おれは、運んだだけだ」

「はい」

「字は、おまえのだ」

「はい」

課長は、湯のみのない手を、膝に、戻した。


◇


「それから」

鷲尾が、紙ばさみを、閉じなかった。

「協定の、付帯項目が、一つ、残っています」

「はい」

「業者口以奥の、未確認区画」

鷲尾は、紙ばさみから、もう1枚、出した。両手ではなかった。片手で、机に置いた。急ぐ紙だ。

——付帯項目。未確認区画(第五十五層の二 以奥・分岐の先・最深部)。現況確認を、公社に、求める。

「求める、は、要求ですか」

「付帯項目です。協定の、外です。……その先は、知りません」

「うちも、知りません。分岐までです」

鷲尾が、訊いた。

「行って、書きますか」

「伝票が、来れば」

鷲尾は、少し、黙った。黙ってから、言った。

「来ます。付帯項目は、本部が、受けました。判と、一緒に」

おれは、紙を、見た。

未確認区画。

確認、の字が、入っている。未、が、頭についている。

未確認、と紙に書いてある場所は、確認しに行く場所だ。

おれの職場の、まだ歩いていない道が、一本、増えた。


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