第47話「十」
人数を、数える。十。
◇
「——一」
南野の声が、前から来る。灯りの下で、立ち止まる。おれは、背中を数える。9つ。おれで、十。
「——二」
歩幅で、行く。盾の人と、年上の技術員が、ひとつの影のまま、歩く。影は、ほかの背中より、遅い。遅いぶん、列が、のびる。前が、待つ。南野は、ふり返らない。声だけで、待っている。
「——三」
3本目の下。二つ目の箱。鉄の。公社の印。鉄の中で、間をおいて、打つ音。来るときと、同じ音だ。
音のほうへ、歩くのは、ここまでだ。
箱の角。細い通路。最後尾からは、まだ、見えない。奥に、六つ。朝、数えた数だ。
南野が、角で、止まった。ふり返らない。声だけが、来た。
「灰田さん。箱です」
「八で、行く」
「八で、行きます」
南野が、折れた。
◇
細い通路は、細い。肩が、両側の壁に、つきそうだ。並べない。盾の人が、盾を、縦にした。盾の人が、前。年上の技術員が、後ろ。技術員の片手が、前の盾の人の肩に、のった。
角を、折れた。六つ。見えた。朝、数えた数だ。
「——一」
声が、壁に当たって、短く返る。ここの灯りは、間が、広い。1本と、次の1本のあいだが、長い。長いあいだ、暗い。暗いところで、足音だけが、十、重なっている。
あの音は、鳴らない。
「——二」
「——三」
天井が、低い。弓の人が、頭を下げて、歩いている。杖の人は、杖を、横にした。
「——四」
鷲尾が、おれの前で、一度、つまずいた。倒れなかった。手を、壁についた。
「——五」
「——六」
六つ目の下で、南野が、止まった。
その先に、灯りが、ない。暗い。
南野が、ふり返った。列の、いちばん後ろを、見た。
「灰田さん。数えられません」
「止まれ」
全員が、止まった。
六つ目の灯りの、前と後ろに、10人、縦に止まった。暗いほうを、誰も、見なかった。灯りの下だけを、見ていた。
数えられないところで、止まる。言った。言ったとおりに、止まった。
止まったあとが、ない。
戻るか。戻れば、音のほうだ。進むか。灯りが、ない。
おれの口が、動かなかった。
「……灰田さん」
南野だ。小さい。
「音が、あります」
耳。
暗いほうの奥から、かすかに、来る。低い。短い。間をおいて、また。
箱の音だ。二つ目の箱の前で、聞いた音。鉄の中で、打つ音。
耳を、後ろに、向けた。二つ目の箱の音は、もう、ここまで、来ていない。六つの灯りの、向こうだ。前の音だけが、ある。
「……箱だ」
「箱、ですか」
「箱は、分岐にある。どの分岐かは、行って、見る」
南野が、暗いほうを、見た。
「灯りが、ありません」
「灯りは、ない。音が、ある。おまえが、見つけた」
「はい」
「数えられるか」
南野は、耳を、傾けた。長く、傾けた。
「……数えられます。間が、同じです」
「なら、数えろ。打つごとに、一つ。音が、変わったら、止まれ」
「八、ですか」
「八の、外だ。おれの、口だ」
南野は、うなずいた。うなずいて、暗いほうへ、一歩、出た。
◇
「——一」
南野の声が、打つ音に、重なる。
「——二」
暗い。ヘッドライトの輪の中に、前の肩と、床だけが、ある。輪の外は、ない。足音で、数える。十。
「——三」
「——四」
音が、やんだ。
南野の声も、やんだ。
全員が、止まった。止まる音が、十、重なって、消えた。
輪の外は、何も、ない。
後ろで、盾の縁が、壁に、こすれた。小さい。それだけだ。
年上の技術員が、足を、床に、下ろした。靴の底の音。一つ。
息を、止めている。おれもだ。
……打った。
「——五」
南野の声が、来た。少し、速かった。
「——六」
「——七」
音が、近い。暗い区間が、一度、折れた。折れた先に、灯りが、見えた。非常灯。その下に、鉄の箱。
分岐だ。
細い通路は、ここへ、抜けていた。
時計。12時04分。行程(案)の、折り返しの時刻の、6分前。戻りは、もう、始まっている。
「——経路よし」
南野が、分岐の灯りを、差した。差した声が、少し、高かった。
指が、同じ先を差した。年上の技術員の手は、盾の人の肩にある。差さない手だ。
分岐から、朝の道を、逆に歩く。鳴ったのは、二つ目の箱と、分岐のあいだだ。細い通路が、そこを、飛ばした。鳴った区間は、踏まない。
業者口。扉。
群れの横。21体。動かない。1体だけが、こちらを、見ていた。半歩、出ている。初日と、同じ半歩だ。
箱。40分。
箱のなかで、誰も、しゃべらなかった。鷲尾は、手帳を、胸から、出さなかった。
剣崎が、おれの横で、言った。
「8つ目は、守った」
おれは、答えなかった。箱の、階数の灯りを、指で差した。上がっている。
八で歩いたのは、灯りのあるところまでだ。その先は、南野の耳だ。
◇
通用口。
カンテラが、いた。端末は、ない。通用口の、天井の非常灯の下に、立っていた。
出てくる人間を、カンテラが、数えていた。口が、動いている。
9人、出た。カンテラの口が、止まった。止まったまま、通用口の、奥を見ていた。
おれが、出た。
「……十、ですね」
「十。全員」
カンテラは、うなずいた。脇に、よけた。
時計。13時12分。
南野が、差した。
「——退出よし」
声が、通用口の、外まで、行った。
年上の技術員が、盾の人の肩から、腕を、下ろした。頭を下げた。盾の人は、盾を、背中に、回した。
鷲尾が、おれの横に来た。
「協会の記録は、こう書きます。点検員の手順により、全員、帰還」
「はい」
「紙は、明日、お持ちします」
鷲尾は、剣崎の隊のほうへ、歩いた。
◇
詰所。
本日の作業伝票、番号3401。第五十五層の二、その先。現況確認、合同。二日目。1件。
作業員、2名。同行者、8名。けが、1。同行者、足首。
備考。——第三課作業手順(暫定)八による。六つ目より先、口頭。
八、の字を、書いた。方眼紙に書いた字より、小さい。口頭、の二字は、伝票に、よく書く字だ。今日は、おれの名で、書いた。
課長が、出てきた。湯のみは、持っていない。
「灰田ぁ……」
「戻りました。十です」
「聞いた。受付の電話で、カンテラが、上に、言ってた。十、ってな」
課長は、伝票を、見た。備考の欄を、長く、見た。
「……上が、呼んでる」
「はい」
「今度は、おまえじゃない」
課長は、自分の席に、戻った。
南野が、点呼板の前に、立った。札を、裏に返す。2枚。
返した手を、札から、すぐには、離さなかった。




