第36話 side カンテラ 「灯り」
配信の前の、自分の部屋。夜の8時。机の上に、端末が2台。
おれ、カンテラ。同接3人から始めて、今は、数えるのをやめた。
きのうの暗闇が、切り抜かれて、回っている。おれが出したんじゃない。おれが、映しただけだ。
映さなければ、あの13秒は、どこにもなかった。
◇
音だけの動画だ。画面は真っ暗で、低い音が、13秒。そのあと、水の音。誰かの息。
再生数は、見た。見て、閉じた。
出さない。おれは、あれを出さない。
あの暗闇の中に、19人いた。ひざをすりむいた人が、いる。手のひらの人も、いる。あの人たちの怖かった13秒で、おれは、数字をもらわない。決めごとは、それだけだ。剣崎さんには、8つ、あるらしい。おれは、まだ、ひとつだ。
出すなら、別のやつだ。
あの前の週、公認の配信で、おれが映したやつ。12層の天井。非常灯を、1本ずつ。
——12層、非常灯。1、2……8本。全部ついてます。
あのときは、誰も見ていなかった。あの日の、34人の扉のほうが、面白かったからだ。
今なら、見る。
切り抜いて、出した。題は、つけなかった。つけると、うそになる気がした。
再生数は、見なかった。
◇
「こんばんは。カンテラです。今日は、地上です。おれの部屋です」
同接は、いつもより多い。数は、見ない。見ないと決めた日から、見ないのは、けっこう難しい。
「きのうの話を、します。おれは、あそこにいました」
> :いた人だ
> :音の動画見た。こわかった
> :暗闇のやつ、あんたが出したの?
> :↑違う。この人は音のやつ出してない。非常灯のやつ出した
> :非常灯の動画、8本全部ついてるやつね
> :なんで非常灯だけついてたの
> :38層の札の人と同じ人?
> :先に箱に乗せてくれた人のこと?
「順番に、言います」
おれは、机の上の、紙を見た。紙には、3つ、書いてある。書いておかないと、順番が、飛ぶ。
「非常灯は、点検の人が、毎月、換えてます。ついてるかどうか、1本ずつ見て、伝票に丸をつけて。それを、28年」
28年は、あの人の年数だ。あの人は、自分では言わない。おれは、言う。それが、おれの仕事のような気がしている。
「38層の札は、同じ人です。裏に日付と伝票番号を書くのが、札の礼儀だそうです」
「箱の順番も、同じ人です。きのうも、そうでした。うちは三人です、次で足ります、って。最後の箱に、乗ってました」
コメントが、流れた。流れかたが、変わった。
> :あれに守られてたの、うちらなんだよな
> :↑これ前のスレで見た。ほんとにそうだった
> :え、8本全部ついてたの、たまたまじゃないの
> :↑毎月換えてるって今言ってたろ
> :……ほんとだ。じゃあ、うちら守られてたんだ
> :札も、箱も、灯りも、同じ人
> :守られてた側です。きのう、ひざすりむいた者です
> :守られてた
同じ字が、並んだ。
違う人が、同じ字を、打っている。掲示板で誰かが言った一行が、今日、みんなの一行になった。
おれは、画面を見たまま、何も言わなかった。キーに、指を置いた。打つ字が、なかった。言うと、おれの言葉になる。今は、みんなの言葉のままがいい。
「……はい。おれも、そう思います」
◇
「ひとつ、聞いていいですか。おれからじゃなくて、コメントから」
紙の、3つ目だ。
「音の報告、公社は出してたの? って、来てます」
おれは、答えを持っていない。持っていないので、持っている人の紙を、出した。
「協会が、今日、これを出しました」
画面に、紙を映した。協会の公式の発表だ。渉外部長の鷲尾さんが、机の上に、紙を両手で置いている場面。紙は、こちらを向いている。両手が、紙から、すぐには離れなかった。離れてから、頭を下げた。
——設備点検員の方々へ。昨日の第12層における退避について、居合わせた19名のうち、探索者16名を含む全員が、無事に地上へ戻ったことを、協会として確認しました。点検員の方々の判断に、感謝します。
「点検員の方々、です。名前は、書いてありません。書かないのが、正しいんだと思います」
それから、もう1本。公社の会見だ。
本部長が、映った。紙を、持っている。見ていない。
「——非常灯は、通常の保守業務であり、安全性に、一切問題はございません」
それだけだった。音の報告について、記者が聞いた。
「——お答えを差し控えます」
コメントが、流れた。今度は、割れた。割れかたが、前と、違った。
> :通常の保守業務、って。それがすごいって話をしてんだけど
> :報告は出てたのか出てないのか、それだけ答えろよ
> :差し控えますの人だ。存在いたしますが、の
> :現場は守ってた。上は何してた
> :剣崎:書いた人と、出さない人は、別だ。それだけ
> :↑S級が言うと重い
> :協会は「点検員の方々」って言った。公社は「保守業務」って言った。この差だよな
「……おれは、公社の人じゃないので、上のことは、分かりません」
本当だ。分からない。
「分かるのは、灯りが、ついてたことです。それを、換えてた人がいることです。それだけです」
それだけを、言った。言ってから、紙の3つに、線を引いた。全部、言った。
◇
配信を、閉じた。
同接の数字が、閉じる前に、一瞬、見えた。見えた。見えたので、それ以上、見なかった。
コメント欄に、ひとつ、残っていた。
——カンテラって、灯りの意味?
おれは、少し、笑った。
「……いつか、ちゃんと」
それは、配信を閉じたあとに言ったので、誰にも届いていない。届いていなくて、いい。
端末を、伏せた。
それから、もう一度、起こした。最後に、ひとつだけ、言い忘れていた。配信は、閉じている。閉じているが、言う。
「……で、あの人は今日、何してたと思います? 12層の非常灯、換えてました。全部」
灰田は、第12層の非常灯を替えていた。




