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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第三章

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34/52

第34話「順番」

本日の作業伝票、番号3381。第9層、通路灯の定期点検、1件。

作業員、2名。

同行者の欄は、空だ。書き忘れたのではない。今日から、要らない。


◇


朝の詰所。おれは、伝票を、南野の机に置いた。

南野は、伝票を見て、作業員、のところで、目を止めた。止めて、何も言わなかった。言わないことを、覚えた顔だ。

「今日から、入口はおまえだ」

「……順番が、来たんですか」

「来た」

理由は、言わなかった。順番に、理由はない。順番があるだけだ。

南野は、うなずいた。うなずいてから、工具袋を、いつもより早く、持った。

本部からは、今日は、何も来ていない。

課長が、湯のみを持ったまま、点呼板を見た。南野が、札を表に返した。2枚。

「……2枚、そろってるな」

「そろってます」

「そろってりゃ、いい」

課長は、それ以上、言わなかった。湯のみの茶を、飲んだ。今日は、飲んだ。


◇


入坑。通路の入口。

おれは、南野の、半歩後ろに立った。28年、入口で後ろに立ったことは、ない。前しか、知らない。

後ろから見る背中は、思ったより、小さかった。工具袋のぶんだけ、大きかった。

通路の風が、先に南野に当たって、それから、おれに来た。

南野が、指を差した。

指が、先だった。

指の高さは、目の高さ。声は、あとだ。

「——経路よし」

声が、通路に入って、奥へ行って、返ってきた。

返ってくるまで、一拍あった。その一拍を、おれは、数えなかった。数えないで、聞いた。

喉が、いつもの形になりかけて、止まった。毎朝、この一拍で、声を出していた。

おれは、指を差さなかった。声も、重ねなかった。

重ねれば、二人ぶんになる。二人ぶんは、要らない。今日の入口は、一人ぶんで足りる。足りることを、後ろで、確かめるだけだ。

南野が、歩き出した。

おれは、半歩後ろを、歩いた。

南野は、ふり返らなかった。ふり返らないのは、分かっているからだ。分かっていることは、教えなくていい。


◇


第9層、通路灯。36本。

「1番、点灯」

「よし」

「2番、点灯」

「よし」

ひとつも、省かなかった。

14本目で、おれは、南野の顔を見た。何も言わない顔だった。効率の話をする顔ではなかった。

意味の話は、この春、二度、のみ込まれた。三度目は、なかった。効率の話は、一度も、口に出ていない。今は、のみ込む顔もしない。言わないのではなく、思いつかない顔だ。

「14番、点灯」

「よし」

おれの復唱を、南野が、待っていた。待ってから、次へ行く。

「21番、点灯。……ゆるみ、あり」

「増し締め」

「増し締め、します」

南野が、脚立に上がった。おれは、脚立を押さえた。押さえるのは、後ろの仕事だ。28年、上にいたので、押さえるのも、はじめてだった。脚立は、思ったより、揺れた。上にいるときは、揺れていることを、知らなかった。

「増し締め、完了。……揺すって、動きません」

「よし」

36本。切れているのは、ゼロ。ゆるみ、1本。締めた。

「異常なし」

「異常なし」

伝票に、丸をつけた。丸をつけたのは、南野だ。おれは、見ていた。

「灰田さん、丸、おれでいいんですか」

「作業員だ」

「……はい」

丸は、少し、大きかった。大きい丸は、そのうち、ちょうどよくなる。


◇


昼。第9層の、通路の脇。

壁に背をつけて、座る。南野は、おれの隣ではなく、おれの向かいに座った。

パンを、食った。

南野が、食い終わってから、言った。

「灰田さん」

「なんだ」

「おれ、前のバイト先で、順番のない仕事をしてたんです」

おれは、パンを、飲み込んだ。

「順番がないと、人が、けがをする。……ここは、順番があるって、求人票に書いてあった」

南野は、パンの袋を、小さくたたんだ。たたんでから、袋を、工具袋の外のポケットに入れた。

それだけだった。誰が、どこで、どうけがをしたのかは、言わなかった。おれも、聞かなかった。聞かなくていいことは、聞かない。

「求人票は、うそを書かない」

「書かないんですか」

「書いたことを、やらなければ、うそになる。うちは、書いたとおりにやる。書いたものが、そのまま、仕事になる」

南野は、うなずいた。

順番がある、と求人票に書いた人を、おれは知らない。総務の誰かだ。誰かが、正しいことを、書いた。

「明日も、入口はおまえだ」

「……はい」

返事は、少し、遅かった。遅い返事は、いい返事だ。

立った。南野が、先に立った。おれは、あとから立った。


◇


退坑。通路の出口で、南野が、指を差した。

「——退出、よし」

おれは、半歩後ろだった。半歩後ろは、28年、おれが誰にも使わせなかった場所だ。

今日、使った。

詰所。点呼板の札を、裏に返す。南野が、2枚とも返した。おれの札も、南野が、返した。

「灰田さん」

「なんだ」

「おれ、今日はどこまで見えてましたか」

答えは、持っている。朝から、持っていた。

「入口から、おれの背中までだ。……明日は、もう半歩先だ」

定時に、詰所を出た。

半歩後ろに、誰もいない。誰もいないところを、おれは、今日はじめて、歩いて帰った。

明日、そこに立つのは、おれだ。


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