第33話 side 剣崎 「職場」
第20層、入口の手前。朝の9時。
俺はS級パーティ「先鋒」のリーダー、剣崎迅。今日は、20層から下を、いつもどおり削る日だ。
いつもどおりでないのは、入口に、若手が3人、横に並んでいることだ。
◇
3人とも、うちの隊の下のほうだ。名前は、言わなくていい。下の3人だ。
目。
指。
声。
目。
「——経路よし」
真ん中のやつが言った。指が先で、声があとだった。指の高さは、目の高さに来ている。三度目で、直った。二度目までは、声が先に出ていた。
俺は、何も言わなかった。言わないでいるのは、慣れていない。
盾役が、横で、小さくうなずいた。あいつは、あの動画を毎晩見て寝る。
入口の脇に、決めごとの紙が貼ってある。3枚。手書き。8つ目が、いちばん下に、いちばん新しい字で書いてある。
——教わった型は、教わったとおりに使う。
教わったとおりに使うのは、できる。
勝手に埋めるな、と言われている。そっちが、きつい。
昨日、うちの若手が、スレの書き込みを見せてきた。
——そもそも「経路よし」の経路って、道のことでいいのか?
道のことでいいのか、と、俺に聞いた。
俺は、答えなかった。答えを、持っていない。持っていないものは、教えない。それも、8つ目のうちだ。
あの人は、あの日、時間を切って、答えはじめた。切った時間までに、俺は、質問の半分も聞けなかった。残りの半分を、俺は、まだ待っている。
待っている自分に、入口の前で、気づいた。
気づいたら、指を差していた。
「……行くぞ。順番どおりだ」
◇
配信は、20層の入口で回した。今日は、配信の日ではない。回す気も、なかった。
回したのは、コメント欄が、朝から、荒れていたからだ。荒れているところに、黙って入ると、黙ったことが、返事になる。
「先鋒、入ります。20層から。いつもの」
> :おはよう先鋒
> :存在しない層、って公社が言ったやつ、あれ何なの
> :飼い犬の話しろよ
> :S級が擁護してんの草
> :擁護じゃなくて実況だろ
> :あの人、上の言いなりで扉開けたり閉めたりしてるだけじゃん
> :札一枚でって、あんなん演出だろ
> :飼い犬でも札くらい立てられるわ
俺は、しばらく、何も言わなかった。
得物の向きを、そろえた。大剣の柄を、壁のほうへ。8つの決めごとの、4つ目だ。
盾役が、盾を立てた。斥候が、灯りを見た。魔導師が、手袋を、はめ直した。
音だけが、配信に乗っている。金属の音と、布の音。コメントは、流れている。
流れているコメントの中に、笑う字が、増えていく。公社を笑う字と、あの人を笑う字が、同じ速さで流れる。同じ速さで流れると、区別がつかない。
そろえ終わって、俺は、端末のほうを向いた。
「ひとつだけ、言っておく」
言った。
「俺たちが命を懸ける場所は、あの人の職場だ。笑うところじゃねえぞ」
それだけだ。
言ってから、もうひとつだけ、足した。
「点検員の報告は、出ていない。出さないのは、公社だ。あの人じゃない。存在しない、と言ったのも、公社だ。あの人は、行って、書いて、帰った。それが職場の仕事だ。俺は、そう聞いている」
コメントが、流れた。
俺は、端末を見なかった。得物の柄から、手を離していなかった。盾役が、息を止めているのが、分かった。
文字が、下から来なくなった。
> :……
> :職場
> :そっか
> :まだ信じてないけど、言い方は分かった
塊が、短くなった。
短くなったぶんだけ、読んだ。
「行く。順番どおりに」
入口で、若手が、指を差した。
声が、後ろから、来た。俺は、ふり返らなかった。ふり返らないことで、俺は、あの人の型を、ひとつ、守った。
◇
20層を、いつもどおり削って、いつもどおり上がった。同接は、見なかった。
見なかったことに、上がってから気づいて、少し笑った。数字は、見る人のものだ。あの人が言ったのではない。俺が、勝手にそう思っている。
盾役が、端末を見せに来た。
「リーダー。今日の切り抜き、もう回ってます。……『職場』、って」
「見ない」
「……はい」
俺は、得物の向きを直した。
盾役は、端末をしまった。しまうのが、速くなった。
帰りに、公社の通用口の前を、通る道がある。通らない道もある。
今日は、通らない道にした。
あの人の職場に、用のない日に、行かない。それは、決めごとには書いていない。書いていないが、守る。書いていないものを守るのは、8つ目の、外側だ。外側は、俺の職場のぶんだけ、ある。
帰り道で、若手のひとりが、聞いた。
「リーダー。経路って、結局、何なんですか」
「知らん」
「知らないんですか」
「教わってない。教わってないことは、教えない」
若手は、うなずいた。うなずいて、それ以上、聞かなかった。聞かないところまで、似てきた。
あの人はまだ、俺の質問に答えていない。
……答えるまで、俺は8つ目を守る。




