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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第三章

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30/52

第30話「点検中」

——同接38万のみんな、おはようございます。今日は、公認です。

カンテラの声が、通用口の外で、そう言った。38万が何の数か、おれは聞かない。

本日の作業伝票、番号3375。第1層から第12層、合同検証、1件。同行者の欄に、名前が5つ。


◇


8時30分、通用口。

協会と、同じ坑内に立つ日だ。紙の上では、41日前から、ずっと立っていた。

うちの側は、おれ、南野、本部の記録係。記録係は、今日も長靴だった。

協会の側は、3人。技術員がふたり。それと、鷲尾。

鷲尾は、貸し出しのヘルメットを、あごひもまで正しく締めて、立っていた。紙で見た名前が、名前の高さで立っている。会議室では、机の向こうだった。

「鷲尾です。紙では、何度も」

「灰田です。紙では、何度も」

それだけで、あいさつは終わった。読める紙を書く人は、あいさつも短い。

カンテラは、通用口の内側に、端末を構えて立っている。今日は、両方の公認だ。うちの許可証と、協会の許可証が、首から2枚下がっている。2枚は、ぶつかって、小さな音を立てた。

「浅い所だけです。12層まで。それは、変わってません」

「変わってないです。……変わってないのに、38万なんですよ」

カンテラは、少し困った声で言った。困るのは、そちらの仕事だ。

入坑の前に、条文をひとつ読む。

「規程第2章第6条。同行者は作業員の指示に従うこと。入坑時の安全確認は、同行者もこれを行うこと」

鷲尾が、うなずいた。技術員のふたりも、うなずいた。うなずくのは、いい。声を出すのが、規程だ。

「装備よし。——声、出してください。同行者も、です」

鷲尾が、先に言った。

「装備よし」

声は、一度で通った。技術員のふたりも、通った。協会の人は、声を出す練習をしてきている。紙に書いた期限を守る人たちは、声も守る。

入口で、指を差す。

「——経路よし」

南野が、半拍おくれて指を差した。声は、まだ出さない。順番がある。

カンテラの端末が、こちらを向いていた。


> :出た

> :生で見た 生で見た 生で見た

> :切り抜きじゃないやつ初めて聞いた

> :協会の人も声出しててわろた

> :同接41万

> :ヘルメットのあごひも ちゃんとしてるの協会側だけなの草

> :作業服の人、カメラ見ないんだな


指の先に、通路があった。それだけを、確かめた。


◇


第4層。

技術員のひとりが、聞いた。役職は、技術部の主任だと、紙にあった。

「第4章第1条の、運用を伺いたいのですが」

「見てください」

おれは、条文を言わなかった。通路のさきに、甲三型が2体いた。壁ぎわだ。

歩く。歩幅を変えない。2体は、こちらを向いた。向いたまま、動かなかった。

脇を、抜けた。

「今のが、運用です」

主任は、手帳に何か書いた。書く手が、止まっては、動いた。

第9層で、通路灯を1本、見た。ゆるみはない。手で揺すって、たしかめる。動かない。

鷲尾が、後ろから、言った。

「第99層の非常灯は、9本と聞いています」

「9本です。今月も、全部ついています」

「30年、9本のままですか」

「そのまま、月に一度、換えに行きます」

鷲尾は、それ以上、聞かなかった。聞いたことを、覚える顔だった。

第12層、排水路の手前。カンテラが、天井を映した。

「12層、非常灯。1、2……8本。全部ついてます」

「ついている」

おれは、上を見なかった。ついているのは、先月、おれが見た。


◇


第12層、業者口。

経路の側から見る扉は、ただの扉だ。灰色で、うちの規格で、鍵はうちの鍵で開く。

向こう側は、探索者の区域だ。

扉に、耳をつけなくても、分かった。人の声がする。多い。

「……集まってますね」

記録係が、小さく言った。

「集まってます」

カンテラが、端末を見た。

「同接、210万です。……あの、扉の向こうに、配信見て来た人たちが」

「何人ですか」

「見えないので、分かりません」

分からないものは、開けてから数える。

鍵を、差す。

回る。

扉を、引いた。

声が、来た。

34人。数えた。探索者の装備の人が、34人、通路の幅いっぱいに立っていた。前の何人かが、端末をこちらに向けている。

「うわ本物」

「経路ってこれ?」

「入れる? 入っていい?」

前の3人が、一歩、出た。

経路の側へ。

今日の伝票は、点検の伝票だ。一歩、入れば、事故の伝票になる。番号は、同じままで。

おれは、説得しなかった。説得は、紙に書けない。

工具袋から、札を1枚出した。南野が、横から、テープを2巻、差し出した。言っていない。差し出された。

札の裏に、日付を書く。伝票の番号を書く。ボールペンの先が、札の紙を、少し、へこませた。テープの端を、指で探る。端は、いつも、見つけにくい。

テープを1本、通路の幅に渡す。もう1本、その下に渡す。

札を、テープの手前に立てる。立ててから、指で、札の角を押した。動かない。

それから、前の3人に向かって、言った。

「——あ、すみません。ここ今、点検中なんで」

3人が、止まった。

一拍あって、後ろのほうから、笑い声がした。笑いは、前へ広がって、前の3人も、笑った。笑って、一歩、下がった。笑わない顔も、いくつか、あった。笑わない顔も、下がった。

「足元、お気をつけて」

34人が、下がった。誰も、テープを越えなかった。

鷲尾が、おれの横に立った。34人に向かって、言った。

「協会は、点検員の指示に従います」

条文の字と、同じだった。それだけだった。34人が、静かになった。

カンテラの声が、後ろで、した。

「今のが、規程です」


> :点検中なんで キターーーーー

> :本家の点検中なんでを生で

> :札一枚で34人止まるのなに

> :協会「点検員の判断に従います」←これ歴史的瞬間では

> :同接380万

> :400万いった

> :431万

> :協会の人、あごひも締めたまま黙って立ってるの強い


札は、4分で立った。足場のときと、同じだった。

向き直って、指を差す。

「——経路よし」

排水路の点検に、戻った。同行者が3人、後ろで、同じ方を指していた。


◇


退坑、16時40分。定時の、20分前だ。

通用口で、鷲尾が、紙を1枚、両手で持った。両手で、机がないので、記録係の持つ板の上に、置いた。

「検証の確認書です。本日の項目、12。処置、すべて規程どおり。協会として、確認しました」

確認書の下に、判の欄がふたつ。ひとつは、鷲尾の判だった。もうひとつは、空いている。

「そちらの判は、本部の判です。柿沼本部長の名義になります」

「はい」

おれの名前は、立会人の欄に、刷ってあった。手書きの名前は、消せる。刷った名前は、消せない。欄は、名前の下に、ない。

今日は、線を引かなかった。この紙には、おれの欄がなくていい。おれの欄は、伝票のほうにある。

鷲尾が、言った。

「協会は、点検員の判断に従います。……次は、深いところを、お願いします」

「深いところは、うちの職場です。行程表を作ります」

鷲尾は、うなずいて、ヘルメットを、両手で外した。

南野が、端末の画面を、おれに見せようとして、やめた。

「431万でした」

「そうか」

「……見ないんですか」

「見た。431万だ」

数字は、見た。数字の意味は、見る人のものだ。

記録係が、長靴を脱いで、革靴に、履き替えていた。今日は、へたりこまなかった。

深いところの行程表は、明日、書く。書ける欄は、もう、持っている。

存在しない層の欄を、その行程表に作るかどうかは、まだ、決めていない。


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