第3話 同接3人
朝の駅が、いつもより騒がしかった。
だれもかれもスマホを見ながら歩いている。ぶつかりそうになるので困る。
おれのスマホは作業用だ。通知は切ってある。鳴っていいのは公社の緊急呼び出しだけで、それは28年で3回しか鳴ったことがない。
電車のなかで、隣の学生ふたりが「作業服」がどうの、と話していた。
作業服。いい話題だ。丈夫だからな。おれのは公社支給で、もう5年目になる。
駅の売店の新聞にも、なにか大きな見出しが出ていた。読まなかった。読まなくても、配管は診られる。
駅前のビジョンには、暗い映像が流れていた。画質がわるい。あれでは記録にならないな。
世間で何が流行っているのかは、知らない。知らなくても、球は替えられる。
詰所に着くと、課長が朝から、くたびれた顔をしていた。
机の上に、広報部の通達が一枚のっていた。今年の文書番号にしては、ずいぶん若い番号だ。広報が忙しい年は、経験上、ろくな年ではない。
「灰田。読んだか。『取材、質問、撮影の類には、一切答えるな』とさ」
「もともと答えてません」
「だよなあ」
課長は湯のみの茶をすすった。
「上は朝から、ばたばたしてる。おまえ、テレビ見たか」
「見てません」
「……見なくていい」
かわりに、課長はこう言った。
「おまえに言っていいことの一覧を、いま上が作ってるらしい。おれはそれを待ってる」
一覧ができるまで、おれの仕事は変わらないということだ。けっこうなことだ。
朝の会話はそれで終わりだ。今日はだいぶ長かった。
本日の作業伝票、番号3308。第41層、送水管の点検、1件。
指差し、確認。
「——経路よし」
◇
業者用通用口の前に、人が立っていた。
若いのがひとり。上下ジャージ。頭に小型のカメラをつけて、自撮り棒をにぎっている。
カメラのライトは、坑内では2時間ももたない光量だ。
「あーーーっ! いた! 動画の人! ほんものだ!」
知らない人だった。
「すみません、通ります」
「カンテラっていいます! 配信やってます! 配信歴3年、最高同接17人! ……いまは3人ですけど! あの、99層の動画の人ですよね!?」
99層。きのうも行った職場の名前が、なぜこの若いのの口から出るのか。
「作業予定にないものは、全部お断りしています」
「なんで、って顔してますね! おれ、あの動画見て、なんか、こう……きたんです! ここに!」
若いのは自分の胸を叩いた。よく分からない説明だった。
「取材じゃないです! ファンです!」
ファン。
意味は分かる。分からないのは、それがなぜおれに付くのか、のほうだ。
「ひとつだけ聞きます。ここの場所は、どこで」
「考察班です! 動画のうしろの案内板から、考察班が特定して! おれは朝からここに!」
考察班。働き者がいたものだ。門の位置が割れたことは、あとで報告書に書いておこう。
会釈して、札を通した。
扉が閉まる寸前まで、「せめてお名前だけでも!」と叫んでいた。
元気なことだ。若いというのは、うるさいということだな。
◇
第41層の送水管は、健康だった。
点検口までの通路で、暗がりの奥、なにかが動く気配がした。
顔を上げない。手も止めない。
気配は、遠ざかった。
継ぎ目、よし。圧力計、0.42。規定値内、よし。錆、なし。
まんなかの数字だ。こういう数字を見た日は、茶がうまい。
いい配管は、いい音がする。指ではじくと分かる。28年やっていれば、耳のほうが先に覚える。
点検口の弁をひとつずつ開けて、締める。ハンドルの重さが正しいか、手が覚えている重さとくらべる。ずれていれば書く。ずれていなければ、それも書く。
「異常なし」は、何もしなかったという意味ではない。全部たしかめた、という意味だ。
弁を締めて、記録を書いて、道具をしまう。それだけの一日だ。
帰りに通用口を出ると、まだいた。
「ずっとここに?」
「はい! 6時間!」
若さの使いかたを、間違えていると思う。
「おかえりなさいっ!」
おかえりなさい、と言われる筋合いはないのだが、あいさつにはあいさつを返すことにしている。
「お疲れさまです」
「うわっ、返ってきた! みんな見た!? 今の見た!?」
なぜ配信なんかやっているのか、とは聞き返さなかった。人の仕事に理由を聞くのは、失礼だからだ。6時間立っているのも、あれはあれで、何かの仕事なのだろう。
若いのは自分のカメラに向かって騒いでいた。みんな、といっても3人だが。
> :まじで本人?
> :あいさつ返してくれるんだ
> :カンテラ、でかした
> :てか同接増えてない?
> :固定コメにさっきのあいさつ切り抜いておいときます
「4人!? 同接4人きた! 記念すべき日……!」
祭りの規模が、ひとり増えたらしい。めでたいことだ。たぶん。
「知ってます!? きのうの切り抜き、4700万再生ですよ! 4700万!」
「そうですか」
すごい数字なのだろう。おれの給料の桁でも坑内の深さでもないなら、あまりピンとこないが。
「あの! おれ、どうやったらそっち側に入れるんですか!?」
「統合点検の一種から。学科と実技」
「シケン!? 受かったら、中、見せてもらえますか!?」
「受かってから言いなさい」
若いのは、なぜかその場で飛びはねた。合格したわけでもないのに。
はねたひょうしに、頭のカメラが落ちた。あわてて拾って、砂をはらって、また騒いでいた。
道具は、大事にしなさい。
◇
終業前に、明日の作業予定を見た。第38層、照明設備の定期点検。いつもどおりの予定だ。
17時50分、伝票を出して終業。
「灰田」
帰りぎわ、課長に呼びとめられた。めずらしく、笑っていなかった。
「明日ちょっと、話がある。朝いちで。……上が、来る」
「作業の話ですか」
「……作業の話に、してやりたいんだがな」
課長はそれだけ言って、書類の山に戻っていった。
いやな予感がする。
定時に響く種類の、予感だ。




