↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/52

第27話「期限」

様式第31号、提出から44日。おれの机の、返事待ちの綴りに、まだ挟まっている。

返事は、まだない。

今日は、よその紙の期限の日だ。


◇


朝の詰所。本日の作業伝票、番号3364。第31層、通路灯の定期点検、1件。午後から。

午前は、紙だと言われていた。

協会の要求書の回答期限は、今日だ。30日と、鷲尾は言った。文書で頂きます、とも言った。あれから30日が、今日で切れる。

出す紙の期限は、よそが切る。うちが出した紙には、期限がない。同じ建物の中で、紙の速さは、向きで変わる。それは、もう知っている。

9時に、社内便が来た。

南野が封筒を受け取って、宛名を読んで、おれの机に置く。置いてから、封筒の角を、机の縁にそろえた。それから、自分の席に戻った。

封筒の中は、1枚。回答書の写しだった。

——ご要求の件について。

一行目は、そこまで同じだった。二行目が、違った。

——業者用経路の現況確認を、公社において実施し、その結果を貴協会に提供する。

——立会人、設備点検第三課、点検員、灰田誠。

日付と、判。柿沼保全本部長の名義。

調整中です、ではなかった。

中身が、あった。

二度、読む。中身は、二度読んでも同じだ。

合同、の字はどこにもない。検証、の字もない。現況確認、と書いてある。うちが確かめて、うちが書いて、それを渡す。協会は、見る側だ。一緒には、入らない。

調整中、の三文字より、逃げるのに字を使っている。そう思った。思っただけだ。

「灰田ぁ……すまん、また上がな」

課長が、自分の席から言った。枕詞は、いつもどおりだった。

「今度は、なんですか」

「読んだろ。現況確認だ。場所は、あとで言う」

「はい」

「返事、要るぞ。おまえの」

紙を、もう一度見た。

立会人、の横に、おれの名前が刷ってある。名前の下に、欄はない。受ける、とも、受けない、とも、書く場所がない。この前の補充書と、同じ作りだ。返事は、上が書く。おれの名前で。

「返事の欄が、ありません」

「ないな」

「ないので、作ります」

ボールペンを取った。他人の紙の上で、ペン先が、一度、止まった。

名前の下の、あいたところに、線を1本引いた。定規は、使わない。線は、少し、曲がった。引いた線の上に、書いた。

——受けます。規程の範囲で。定時内で。

字は、小さくする。他人の紙に書く字は、小さいほうがいい。

課長が、机の向こうから、のぞきこんだ。

「そんな欄、ないぞ」

「ないので、作りました」

「……上に、そのまま出すのか」

「写しです。原本は、上にあります。写しに書いたものが、うちの控えです」

「……上の名前で行くなら、行って帰るだけだ。おまえの欄を作ったら、その紙は、おまえのもんになるぞ」

「なります」

課長は、しばらく黙る。それから、椅子を引いて、こちらへ来た。

「言っとくが、断る権利はある。規程第一章だ。安全を損なう業務命令は無効」

第1章第3条。安全を損なうおそれのある業務命令は、無効とする。作業員は、これを拒むことができる。

28年で、課長がその条文を口にしたのは、はじめてだった。条文は、使う日のために書いてある。使わない条文は、それだけ、いい条文だ。

「損なうかどうかは、行って、書くまで分かりません」

「そうだが」

「分からないうちは、断れません。断るのは、分かってからです」

課長は、口を開けて、閉じた。

「……おまえ、それ、条文の逆から読んでるぞ」

「逆からも、読めるように書いてあります」

南野が、向こうの席で、手帳に何か書いた。書く手が、速かった。


◇


場所は、昼前に降りてきた。

紙で来た。1枚。

——現況確認の対象。第55層方面、再点検待ち区画の奥、業者口。当該扉は、開設以来、開扉の記録なし。

——確認の範囲。開扉、および入口の現況。

開扉。

30年、開いていない扉を、開ける。

再点検待ち、の区画は、知っている。アテンドの行程から外した層だ。様式第31号の返事が来ないから、外した。その返事は、今日で44日、来ていない。

返事の来ていない区画の奥へ、返事の代わりに、おれが行く。

紙は、そういう順番になっている。

確認の日付は、3日後。同行、記録係1名、本部より。

記録係の名前は、書いてなかった。

おれは、命令の紙を、控えの綴りに入れた。返事待ちの綴りには、入れない。この紙は、返事ではない。命令だ。命令の紙は、命令の綴りだ。

それから、机の引き出しを開けた。

報告書の様式を、いつもより多く出した。31号を3枚。12号を1枚。白紙の方眼を、2枚。

30年開いていない扉の向こうに、何があるかは、知らない。

知らないものを見たとき、どこに書くかも、まだ知らない。

だから、書ける欄を、多めに持っていく。あてはまる欄が、ひとつでもあれば、そこに書く。あてはまらなければ、白紙に書く。書かないという欄は、ない。

鞄に、紙を入れた。鞄は、紙のぶんだけ重くなった。返事待ちの綴りは、6ミリのままだ。


◇


午後、入坑。通路の入口で、指を差す。

「——経路よし」

南野は、半拍おくれて指を差す。声は、まだ出さない。順番がある。

第31層、通路灯。36本。切れているのは、ゼロ。ゆるみが1本。増し締めして、揺すって、たしかめる。動かない。

「灰田さん」

「なんだ」

「……いえ」

言いかけて、やめた。行くんですか、と聞きたかったのだと思う。聞かなかった。聞かなかったので、答えなかった。

聞かれていない質問には、返事の用意だけしておく。用意は、朝、してある。他人の紙の余白に、小さく書いた。

36本、異常なし。伝票に丸をつける。手を使う仕事は、その場で終わる。

伝票を、鞄に入れた。


◇


夕方、詰所に戻ると、もう1枚、紙が来ていた。

協会からだった。鷲尾の名義。回答書への、返書の写し。

——公社単独の現況確認は、合同検証の代替にはなりません。

一行目は、そうだった。思ったとおりだ。

二行目が、あった。

——ただし、立会人の氏名を確認しました。協会は、その記録を待ちます。

組織は、組織に返事をする。人は、人の名前に返事をする。同じ紙の中で、行が、違う相手に向いていた。

返書を、机に置いた。置いたあと、手が、まだ紙の上にあった。

課長が、湯のみを持ったまま、言った。

「協会は、公社を信用してないな」

「そう読めます」

「おまえのことは、信用してるらしいな」

「名前を、確認しただけです」

「同じことだ」

同じかどうかは、分からない。おれが持っていくのは、名前のほうだ。名前は、紙に書ける。

返書の写しを、控えの綴りに入れる。今日、綴りに入った紙は、2枚。返事待ちの綴りは、増えなかった。

点呼板の札を、裏に返す。5枚。

課長が、上着を取りながら言った。

「灰田ぁ……すまん、また上がな。今度は、30年開いてない扉だ」

「聞きました」

「怖くないのか」

「怖いかどうかは、開けてから書きます」

定時に、詰所を出た。

30年、開いていない扉には、開いていない理由がある。

3日後に、その理由の前に立つ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。