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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第二章

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21/52

第21話「ズレ」

本日の作業伝票、番号3343。第55層方面連絡通路、照明設備の定期点検、1件。同行者、1名。

この通路の数えものは、灯が40と、甲殻が22だ。

今日は、片方しか合わなかった。


◇


朝、入坑。通路の入口で、指を差す。

「——経路よし」

南野は、半拍おくれて指を差す。声は、まだ先だ。

第55層方面連絡通路。通路灯、40本。点灯、器具、被覆。いつもの順で、いつもの側から。

行きも帰りも通る、毎日の通路だ。毎日の通路は、目をつぶっても幅が分かる。

「点灯よし」

「点灯よし、です」

復唱が、上から降って、下から返る。この往復が揃っている日は、作業が速い。今日も速かった。15本目までは。

16本目のあたりで、南野の足が、半歩遅れた。

「灰田さん」

「見えている」

通路の先に、甲三型の群れ。

数える。1、2……22。数は、合っている。

場所が、合っていなかった。


◇


規程の別表には、群れの定住位置が書いてある。壁ぎわ、通路の外側。この群れは30年、そこにいた。

今日は、通路の側へ2メートル、出ていた。1体がではない。群れごと、だ。

それから、頭の向きが、そろっていた。

ばらばらの向きで休むのが、いつもの形だ。壁を向くのも、床を向くのもいる。今日は、22体が、そろって同じほうを向いていた。どこを向いているのかは、書かない。まだ、おれの目測しかないからだ。

群れは、動いていなかった。甲殻のつやも、脚のたたみかたも、いつもの休みかただ。休む場所と、休む向きだけが、いつもとちがう。

南野が、目をつぶって、耳から先に確かめようとしているのが分かった。あの日から、こいつは音を先に見る。

群れが通路側へ2メートル出てきたぶん、おれは歩幅を変えずに、経路を反対の壁側へ3メートル振った。振って、やっと、いつもの幅になった。

「南野。音は」

「……ばらばらです。今日は、ふつうです」

「そうか」

足の音は、ふつう。場所と向きは、ふつうではない。

中止するかどうかを、頭の中で規程に当てた。

群れの位置には、定めがある。今日は、その定めと違う。

定めと「違う」のと、定めが「ない」のは、別だ。位置がずれているだけなら、定めそのものは、ある。

中止の線は、定めのない事象のほうだ。だから、今日は中止ではない。観察して、記録して、報告する日だ。

規程第4章第1条。坑内生物には作業員から接触してはならない。

接触は、していない。注視も、されていない。22の頭は、おれたちを1体も見ていない。

見られていないことのほうが、落ち着かない日が、あるらしい。

報告書に書けるのは、位置と、向きと、数だ。落ち着かない、は、書かない。

「作業、続けるんですか」

南野の声は、低かった。震えてはいなかった。

「続ける。条文の範囲内だ。ただし」

「ただし?」

「今日は、おれが灯を替える。おまえは下で、あっちを見ていろ。見るだけでいい」

「……見張り、ですか」

「記録係だ。変わったら、時刻を言え。1体でも動いたら、中止だ」

南野は、点検表の裏を出して、鉛筆を構えた。役目のあるやつは、震えない。

切れていたのは、31本目だった。40本のうちで、群れにいちばん近い灯だ。

脚立の位置を、半歩だけ壁側に寄せた。歩幅は変えない。位置だけ、変える。

交換の手順は、7つ。切って、検電器でたしかめて、外して、替える。いつもの7つを、いつもの速さでやった。急がないことが、こういう日のいちばんの近道だ。

40本、異常なし。交換、1本。予定の作業だけを、予定の手順で終えた。

群れは、最後まで動かなかった。時刻を言う声も、最後までなかった。南野の鉛筆は、最後まで構えたままだった。書くことのない時間を、書ける形で立っていた。

通路を出るとき、もう一度だけ数えた。22。増えても、減ってもいない。それだけを、頭の中の欄に書き込んだ。


◇


詰所に戻って、報告書を書いた。

文章の欄は、3行で足りた。位置の変化、向きの変化、作業への影響なし。

それから、配置図を描いた。

方眼紙に、通路の線。灯の番号。群れの1体ずつに番号を振って、1番から22番。壁からの距離を、それぞれ書き込む。先月の定位置は、点線で入れた。

南野が、横からのぞき込んで、変な声を出した。

「……えっ、うま。灰田さん、絵、習ってたんですか」

「絵ではない。図だ」

「区別、あるんですか」

「図には、目盛りがある」

「……手帳に書いときます」

「書くなら、図ごと写せ。目盛りごとだ」

「いいんですか」

「図は、写されるために描く」

南野は、方眼のます目を数えながら、ゆっくり写しはじめた。写しながら、手が止まった。

「この9番だけ、まるが大きくないですか」

「いちばん大きい個体だ。大きさも、目盛りのうちだ」

「……こいつ、前から何か、あったんですか」

「位置変えを2回。おまえが来る前だ。報告書に書いてある」

南野は、9番のまるを、少しだけ濃くなぞった。

30分で、22体ぶんの位置が紙になった。点線と実線のあいだに、2メートルのすき間がある。この2メートルが誰かの机の上で意味を持つ日が来るのかどうかは、おれには分からない。

点線と実線を、ならべて見た。まるが22個、そろって同じ側へ、ます目ふたつぶん、ずれている。

止まっているものを描いたのに、紙の上では、動いて見えた。

課長が、報告書を先に読んで、図を長く見た。

「……これ、上に出すのか」

「出します」

「だな。出すよな」

課長は判を押して、それから、図をもう一度だけ見た。見る時間が、文章のときより長かった。

規程の記載と、現物が違う。こういうとき、おれの仕事はひとつだ。

書いて、出す。——返事が来るまで、何度でも。


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