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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第二章

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20/52

第20話「予備」

本日の作業伝票は、1枚のはずだった。

番号3341。第44層、照明設備の定期点検、1件。

届いた伝票は、2枚あった。


◇


朝の詰所。伝票の束を配るのは、このごろは南野の仕事だ。配りながら、番号を小さく声に出して読む。いい癖だと思って、直させていない。

その声が、途中で止まった。

「灰田さん。これ、場所が書いてないんですけど」

差し出された1枚を見る。

番号3342。番号は正規のものだ。日付も、発行印もある。発行時刻の印字は、今朝の6時51分。うちの伝票が刷られる、いつもの時刻だ。

種別の欄に、こう印字されていた。

——機械室・予備。

場所の欄、空欄。工具の欄、空欄。作業内容の欄、空欄。枠の線だけが、印刷のまま白く並んでいた。

種別と番号だけの、伝票のかたちをした紙だった。

「予備って、なんの予備ですか」

「書いてない」

「機械室って、どこですか」

「さあな」

紙そのものは、正しい。様式も、判の位置も、印字のくせも、うちの伝票のものだ。——刷った機械まで、同じだ。正しい紙に、書いてあることがない。めずらしい組み合わせだった。

おれは、その1枚を課長の机に置いた。

「課長。本部に、聞いてもらえますか。照会です」

「ん? ……なんだこりゃ。場所がないぞ」

「ないから、照会です」

「機械室ってのは、どこの機械室だ」

「それが書いてないので、照会です」

「……だな」

課長は伝票を二度ながめて、受話器の前で少し止まった。それから、内線の一覧を先に見た。どこにかけるかから考える紙は、めったに来ない。

おれは自分の伝票を胸ポケットに入れて、朝の準備に戻った。


◇


昼前に、本部から人が来た。

見たことのない事務方だった。若くはなく、名乗りは短かった。その1枚だけを書類ばさみにはさんで、持って帰った。

代わりに、受領書が1枚残った。伝票より薄い紙に、回収した伝票の番号が書いてある。3342。

紙が消えても、番号は残る。番号というのは、消しにくくできているらしい。

電話は、そのあとで鳴った。課長が受けて、二言三言で切れた。

「発行ミスだそうだ」

「そうですか」

「システムの、何かの、あれだと」

誰のミスかは、言わなかったらしい。何のミスかも、言わなかったらしい。

あれ、で説明が終わる話には、たいてい、長い説明が別にある。

ミスの説明にしては、迎えが早かった。ミスのために、人がひとり、昼前に取りに来た。ていねいなミスだった。うちの総務は、南野の札に、ひと月かけているのだが。

課長は、内線の一覧をまだ指でおさえたまま、言った。

「気になるか」

「いえ」

「おれは、ちょっと気になるがな」

「なら、課長の持ち場です」

「おい」

おれは、返事の代わりに、自分の伝票を持ち上げてみせた。44層、通路灯。今日のおれの持ち場だ。

南野が、自分の机から首を伸ばした。

「回収って、あるんですね」

「あるらしいな」

それだけにした。

南野は、さっきまで紙のあった場所を、少しのあいだ見ていた。


◇


昼は、詰所でめしを食った。南野は、めしのあいだに三度、朝の机のほうを見た。三度目のあとで、箸の袋を細く折りはじめた。

午後、入坑。通路の入口で、指を差す。

「——経路よし」

第44層、通路灯28本。点灯の確認、器具のゆるみ、配線の被覆。1本ずつ、指を差して、点検表に丸をつけていく。

南野の復唱は、もう揃っている。声の高さまで、仕事の高さになってきた。

17番の通路灯の、番号札が欠けていた。灯りは、ついている。札だけが、ない。

「札、なくても分かりますよね。17番って」

「分かる。分かるが、書く」

点検表の備考欄に、一行書いた。

——第17号灯、番号札欠損。次回、補修。

「……そういうのも、書くんですね」

「書けるものには、書ける欄がある。書ける欄があるうちは、いい知らせだ」

南野は少し黙ってから、自分の点検表に、同じ一行を書き写していた。

28本、異常なし。交換、0本。備考、1件。

点検表の丸が、28個ならんだ。

帰りの通路で、南野が言った。

「灰田さん。朝のあれ、なんだったんですかね」

「発行ミス、だそうだ」

「……はあ」

はあ、の続きは、通路灯の低い音に消えた。


◇


終業。伝票を書く。番号3341、第44層、通路灯28本、異常なし。備考、番号札1件。

書き終えて、判を押す。今日の紙は、これで全部だ。

夕方の詰所は、朝と同じ形をしていた。課長は、業務日誌に電話のあった時刻を書いていた。時刻のほかに、書くことは、なかったらしい。

点呼板の前で、南野が「お先です」と頭を下げた。磁石の名前は、今日もまっすぐだった。

朝の1枚は、おれの手元には残っていない。写しも、ない。あるのは、受領書の番号だけだ。

手帳の隅に、3342、とだけ書いた。

定時の帰り道は、静かだった。

発行ミス、だそうだ。

ミスで出てくる名前に、28年で二度、会った。


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