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S級パーティが決死の覚悟でダンジョン最深部に到達したら、作業服のおっさんが蛍光灯を換えていた  作者: ざわん
第二章

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第16話「二つの会議」

アテンドの前日、夕方の詰所。

本日の坑内作業は昼で終わり、午後はめずらしく、会議が入っていた。

うちの会議は、机をふたつ寄せたら始まる。


◇


16時、危険予知の会。

明日の行程を、みんなで先に歩く会だ。歩くといっても、口と指でだが。

出席は、おれ、課長、南野。それから、壁ぎわに折りたたみ椅子がひとつ。カンテラだ。こないだ課長が「見本」を頼んだやつで、今日は課長印の入った見学許可証を、首から下げている。カメラは持ち込み禁止。本人は「頭で録画します」と言っていた。できるのか。

行程表を机に広げる。出発8時30分。第12層、排水路。第38層、照明。第99層、非常灯。退坑16時20分。

「では、始める。第12層、排水路。危ないものは」

「足元。ぬれてます」

南野が言う。けさ、工具を落とした男の声では、もうなかった。

「よし。ぬれた床で、してはいけないことは」

「走ること。……あと、片手に物を持ちすぎること」

「よし」

おれが返す。この会の進行は、言い出したおれの役だ。

一つずつ、つぶしていく。危険予知の会は、当てっこではない。先に言っておけば、起きたときに体が動く。そのための会だ。

第38層の番になって、カンテラが手をあげた。

「あの! 見本、いいですか」

課長がうなずく。カンテラは立ち上がって、指を差した。

「照明作業のときは、上を見てる人と、下を見てる人を、分けます。ふたりで同じところを見たら、誰も床を見てません」

「……よし」

おれが言うと、カンテラは、たいへん満足そうに座った。

浅いところしか歩いていないやつの言葉だが、中身は浅くなかった。見て、覚えたのだ。見る仕事の人間は、そこが強い。

第99層。危ないものは。

「床が、滑る」

これはおれが言った。あそこの床の癖は、おれしか知らない。明日の客には、伝えることは伝えてある。

「最後に。明日は、連れがひとり増える」

「……素人、ですか」

「S級だ。坑内では、素人だ。危ないものは」

「……本人が、慣れてないことに、気づかないこと」

「よし」

非番のふたりは、呼ばない。疲れた頭は、明日の坑内にいちばん要らないものだ。

会の終わりに、課長が南野へ聞いた。

「南野。明日、おまえはどうする」

「え。……行きたい、ですけど。おれがいたら、目を配る先が、ひとつ増えるので」

「そうだ。増える」

「詰所で、無線を聞いてます。全部」

「よし」

いい返事の順番だった。行きたい、を先に言って、正しいほうを後に言う。順番が逆のやつより、ずっと信用できる。

会は、40分で終わった。歩く前に歩いておく。それだけのことを、うちは30年やっている。


◇


会のあと、南野がカンテラのそばに寄っていった。歳が近いのは、それだけで用事になるらしい。

「見てくださいよ、これ」

カンテラが自分の端末を差し出す。画面の中で、明日の相手が、記者に囲まれていた。

先鋒の、装備会議の生配信だという。向こうも明日の準備をしているのだ。カンテラの画面の中を、よその配信のコメントが流れていく。


> :装備会議きたぞ

> :99層にまた行くの!?

> :違うぞ「見学」だぞ

> :S級が見学て

> :剣とか置いてくのマジ?

> :丸腰わろた


丸腰、というのはちがう。あれは、装備を替えているだけだ。

画面の中で、あの大剣の男が、机の上の刃物をひとつずつ外していた。剣。予備の剣。投げるやつ。腰の細いやつ。机に、鉄の山ができていく。

「明日は、仕事場にお邪魔する。刃物を持って入る仕事場じゃない」

男はそれだけ言った。コメントの流れが、一瞬だけ止まって、それからまた流れ出した。

命を守る道具を全部外して、代わりに何を持っていくのかと思えば、画面の端で、真新しい長靴が箱から出された。

南野が、黙って自分の足元を見た。おろしたての、安全靴だった。

おれは、お茶をいれ直した。

「向こうの会議のほうが、にぎやかだな」

「向こうは客が21万人いますからね。こっちは4人ですけど」

カンテラが言って、それから、自分の言葉にひとりでうなずいた。

「でも、やってることは同じですね。明日のために、いらないものを外して、いるものを数えてる」

見る仕事の人間は、そこが強い。二度目だが、そう思った。

おれは、ぬるくなった茶を飲み干した。


◇


帰り、通用口までの廊下で、カンテラと並んだ。

「そういえば、まだ聞かれてませんでしたね。おれがなんで配信やってるか」

「聞いていないな」

「同接3人でも、3人いたんですよ」

カンテラは、前を向いたまま言った。

「じっとしてても、誰かが一緒にいてくれる。それが、最初で」

廊下の蛍光灯が、一本だけ、じじ、と鳴った。

「……今は、ちょっと変わりました。本物を見つけたんで、見せたくて」

「本物の、何だ」

「それを言葉にしたら負けな気がするんで、言いません。いつか、ちゃんと話します」

半分だけ話して、半分は残す。配信の人間は、引きの作りかたがうまい。

「気をつけて帰りなさい」

「はいっ。明日、地上から応援してます!」


◇


詰所に戻ると、課長が明日の書類をそろえていた。明日の行程は、頭に入っている。定時で戻れる行程だ。

「明日だぞ。……S級が、うちの点呼を受けるんだ。前代未聞だな」

「点呼は、誰が受けても点呼です」

「そうなんだがな」

課長は書類の角をとんとんと机で打って、封筒に入れた。

帰りじたくをして、電気を消す前に、点呼板の前で足が止まった。磁石の「南野」が、少し曲がっていた。まっすぐに直した。札は、まだ来ない。

あとは、歩くだけだ。


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