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プレリュードの夏  作者: 森好子


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9/11

第九話:サンドイッチの思い出

 多磨霊園を出たあと、一也はしばらく無言でプレリュードを走らせていた。

 よしこが弁当を作ってくると言っていたので、

 事前に調べた「お弁当スポット」へ。


「なあ、今からどこに行くん?」


 よしこがのんびりと聞く。


「昭和記念公園」


「あ、知ってる。鳥の放し飼いしてる公園やろ?」


「バードサンクチュアリていうの。放し飼いしてるわけじゃない。

 野鳥を観察できるようになってるんだって。」


「さすが、かずやは物知りやな」


 よしこが一也の顔をのぞき込む。

 一也も褒められて悪い気はしない。

 ただ、この知識も昨日読んだ雑誌の受け売りだが・・・


「いまさらだよ」


 昭和記念公園は、多磨霊園とはまるで別世界だった。


 広い芝生。


 走り回る子供。


 家族連れの笑い声。


 ようやく一也も肩の力が抜けた。


 2人で芝生に座ると、よしこが朝から抱えていた籐のバスケットを開いた。


「じゃーん」


 中には、サンドイッチがぎっしり詰まっていた。


「……これ、全部食うの?」


「2人分やで」


「多くね?」


「大丈夫、大丈夫」


 一也には、その「大丈夫」に何の根拠があるのか分からなかった。


 よしこはおしぼりまで持ってきていた。


「ずいぶん用意いいじゃん」


「外で食べるんやから、手ぇ拭きたいやろ」


「飲み物は?」


「……忘れた」


「そこ忘れんのかよ」


 結局、飲み物は一也が買いに行った。


「何がいい?」


「コーヒー」


「はいはい」


 缶コーヒーを二本買って戻る。


 金曜日にはテレビで紹介されたイタリアンをご馳走するつもりだったが

 逆によしこに奢られてしまった。


 今日は缶コーヒー二本。


 ずいぶん安上がりなデートだ。

 それなのに、不思議と居心地がいい。


「いただきます」


 サンドイッチを一つ取って、一也がかじる。


「どう?」


「うまい」


 よしこが嬉しそうに笑った。


「うちのお母さんも、サンドイッチよう作ってくれたんよ」


「へえ」


「小学校の運動会のときも作ってくれてな」


「運動会にサンドイッチ?」


「うん。バスケットいっぱい、小学生には食べ切れん量やった。

 たぶん友達の分まで作ってくれたんやと思う」


「で?」


「友達も自分の弁当あるしな。1個食べへん?て

 すすめて歩いたけど、誰も食べへんかった。

 でもなあ、残したらお母さんに悪いやん?」


「いや、食べ切れん量なら、普通残すと思うけどな」


「せっかくお母さんが作ってくれたのに?

 残す選択肢はうちには、無かったわ。」


「まさか・・・完食?」


「頑張って、全部食べた。時間かかったけどな」


 一也の手が止まった。


「すげえな」


「それで具合悪くなった」


「は?」


「午後のリレー、出られへんかった。みんなから文句言われるし

 さんざんやったわ」


 一也はしばらく黙った。


 そして吹き出した。


「何やってんだよ」


「胃がもっと大きかったらよかってんけどな。

 なにせ小学生やし。しかたないわ」


「いくら小学生でも。

 リレー出られなくなるまで食う奴いねえよ」


「ここにいてる!」


「なんでそこで偉そうなんだよ」


 よしこが笑った。


 さっきまで墓地で「見る人は見る」などという話をしていたのが、嘘のようだった。


 それから、なぜか家族の話になった。


「俺の親、二人とも教師でさ」


「へえ」


「親父が高校。母親が小学校の」


「かずやも先生になろうと思わへんかったん?」


「全然」


 一也は笑った。


「教師なんてさー、年中忙しいし、給料安いし。

 どうせなら出世してさ、たくさん稼いで、楽しく暮らしたいじゃん」


「えー、勿体ない。かずやって勉強、教えるの上手やん?」


「あー、それ妹にも言われた。

 俺、妹が二人いるんだけどさ――

 にいちゃん、先生さなたらいいきゃさって」


 そこから一也は、実家の話を次々に始めた。


 青森のこと。


 両親のこと。


 二人の妹のこと。


 自分でも、どうしてこんなに話しているのか分からない。


 よしこは、サンドイッチを食べながら聞いている。


 ときどき質問し、ときどき笑う。


 一也は女の子との会話に困らないように、会話のネタを仕入れてきた。


 なのに今は、そんなものは何も必要なかった。


「よしこの家は?」


「うち?」


「ひとりっこっていってたよね?」


 今度は一也が聞く番になった。


 二人は缶コーヒーを飲みながら、それぞれの家族の話をした。


 洒落たレストランもない。


 夜景もない。


 流行の音楽さえ流れていない。


 芝生の上にあるのは、手作りのサンドイッチと、二本の缶コーヒーだけだった。


 それでも一也は、楽しいと思った。

 こんなにも、特別なことがひとつもない、日曜日の昼。

 サンドイッチを食べながら、お互いの家族の話をしているだけだ。


 なのに、帰るのが少し惜しい。


 その理由を、一也はまだ深く考えなかった。

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