第八話:管理人から聞いたこと
霊園の正門近くにある管理事務所は、少し古びた建物だった。
入口には貸し出し用の桶や柄杓が整然と並んでいる。
一也はその光景を見て、改めてここが「墓参りをする場所」なのだと実感した。
夏祭りの会場ではない。
当たり前だ。
それでも、まだ何か説明がつくような気がしていた。
たまたま金曜日だけ、何かの催しをしていたのかもしれない。
盆踊りかもしれない。
近所の町内会の祭りが、この近くであったのかもしれない。
中に入ると、藍色の作業着を着た60代くらいの男性がいた。
恐らく、墓地の管理をする人だろう。
「あの、すみません。金曜日の夜、このあたりで何かやってませんでした?」
管理人が怪訝な顔をする。
「何かって?」
「お祭りありませんでしたか?」
管理人は首をかしげる。
「お祭り?」
「はい。こいつが見たって言うんです」
こいつ、と言われたよしこが一歩前に出る。
「金曜日の夜に、この横の道を車で通ったんです。
そしたら、ここがオレンジと黄色の間みたいな光がいっぱいあって。
ふわふわした感じの、すごくきれいな光で。人もぎょうさんおって」
「いや、ここでお祭りはしないし、夜なんて人が集まるどころか
誰もいなくて、閑散としていますよ」
「でも着物みたいなん着た人もいっぱいいたんです」
管理人の表情が変わった。
「着物きている?」
「はい。それと、髪型が……昔の人みたいな。時代劇みたいな頭の人もおった」
「…………」
「でも、そのときは全然変やと思わへんかったんです。みんな楽しそうで。光がすごくきれいで……」
よしこは、あの夜を思い出すように目を細めた。
「ずっと見ていたい感じやった」
一也は、その横顔を見た。
金曜日と同じ顔だった。
あのときもよしこは、ただ祭りを楽しそうに眺めていたのではない。
何かに心を奪われたように、窓の外を見つめていた。
管理人はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お盆の時期ですからね。昔は墓に提灯を飾る人はいたみたいですけどね。
最近は提灯を飾ることも禁止されています。
だから、あなたの見た光というのがね、わかりませんね」
一也もよしこも何も言い返せない。
「それに……金曜日の夜ですよね」
「はい。とにかく時代劇でみかける格好をしたたくさん人がいて、
すごく楽しそうでした」
よしこが言うと、管理人は静かに言った。
「ここは夜、門を閉めますからね。夜は無人になります。」
そして管理人が少し声を落として、ささやくように言った。
「ただね・・・昔から、見る人は見る、と言いますけどね」
「じゃあ、幽霊を見たとでも?」
「私はそんなこと言ってませんよ」
管理人は苦笑した。
「ただ、長くここにいると、いろんな話を聞くってだけです」
一也には、その言い方がかえって怖かった。
幽霊を見たと言い切ってくれれば、馬鹿馬鹿しいと笑えたかもしれない。
だが管理人は、何も断定しない。
ただ、長くここにいれば、いろんな話を聞く。
それだけだった。
事務所を出てから、一也はしばらく黙って歩いた。
「なあ」
「なに?」
「お前、ここが多磨霊園だって知ってたんじゃないよな?」
「知らん」
「本当に?」
「知るわけないやん」
「……ドッキリじゃないよな?」
よしこが足を止めた。
「なんで私がそんなことせなあかんの?」
「俺を怖がらせようとしたとか……?」
「お祭り見た場所が、たまたま墓地やったから
そう思うだけやろ?
でも私、ここが墓地とか全然知らんかったし。」
一也自身も思い出してみる。
金曜日、走る道を決めたのは自分だ。
よしこには、どこを走るかなんて教えていなかった。
今日ここへ来ることを決めたのも二人である。
管理事務所に入ろうと言ったのは、一也自身だ。
仕込みようがない。
それでも、
「……本当に知らなかった?偶然だったんだよな。」
「もう何回目やねん」
「だって、おかしいだろ!立入禁止の夜の墓場で
お祭りやってるから、寄っていこうとか言うの」
思わず声が大きくなる。
よしこは、なぜ一也がこれほど取り乱しているのか分からないという顔をしていた。
「まあ、それはそうやけどな。かずやを怖がらせたかったわけやない。
ほんまに楽しそうやから、寄ってみたくなっただけや」
一也は黙り込んだ。
どうにも頭の整理がつかない。
実際には存在しないものを「見る」とは、どういうことなのだろう。
見間違いなら分かる。
暗闇の中の墓石を、人影と見間違えた。
遠くの灯りを、祭りの提灯だと思った。
それなら分かる。
でも、よしこは髪型や着物姿まで見ている。
しかも、楽しそうだったと言う。
そして何より――
あのときのよしこは、本当に一也がみていない
光の風景に、相当惹かれていたようだった。
「かずや、怖がらせてごめんな」
「別に怖くない!」
即答した。
「じゃあ――場所かえて、お弁当食べよ」
一也とよしこは並んでプレリュードへ向かった。




