第七話 夏祭りを追いかけて
日曜日。
一也が女子寮まで迎えに行くと、よしこは小さなバッグと、籐製の大きなバスケットを抱えて出てきた。
「ほんとに作ってきたの?」
「作るって言ったやん」
助手席に乗り込むなり、よしこはバスケットを膝の上に置いた。
一也はちらりと見る。
正直、かなり嬉しい。
金曜の夜、テレビで紹介されたイタリアンをあれだけ嫌がった女が、自分のためには弁当を作ってきた。
「何入ってんの?」
「まだ内緒」
「なんでだよ」
「食べるときのお楽しみ」
そう言って、よしこは妙に得意そうに笑った。
一也もつられて笑いそうになり、慌てて前を向いた。
今日は金曜日のような失敗はしない。
といっても、今回は細かな予定を立てていなかった。
昨日一日かけて考えようと思っていたのだが、よしこの言葉が頭から離れなかったのだ。
――着物みたいなん着た人人がぎょうさん集まって、みんな楽しそうやで。
――オレンジと黄色の綺麗な光がいっぱいあって。
――なんかね、見てるとすごく落ち着く感じ。
あれほど喜んでいたのだから、まずは夏祭りへ連れていってやろう。
そのあとの予定は、それから考えればいい。
徹夜で作った金曜日の計画がほぼ全滅した一也なりに、少しだけ学習していた。
「この辺だったよな?」
「うん。もうちょっと先」
金曜日と同じ道を、今日はゆっくり走る。
昼間に見ると、ずいぶん印象が違った。
夜には暗い土手にしか見えなかった場所にも木々が茂り、その向こうには広い敷地が続いている。
「このへん!」
よしこが突然声を上げた。
一也は路肩に車を寄せられそうな場所を探し、プレリュードを停めた。
「どっち?」
「あっち。金曜日は、あの上が全部オレンジ色に光ってた」
よしこが土手の上を指さす。
だが――。
子供の声も、屋台の食べ物の匂いもしない。
何よりその場所自体に活気もなく、誰ひとり人の気配がしない。
「……やってないじゃん」
心底がっかりしたようによしこが言う。
「日曜日なのになあ。場所、本当にここ?」
一也だって、日曜日だから絶対に祭りをやっていると確信していたわけではない。
昨日、新聞や情報誌をひっくり返してみたが、このあたりで金曜日の夜に行われた祭りらしいものは見つからなかった。
とはいえ、町内会の小さな祭りまで雑誌に載るわけではないだろう。
だから一也は、それほど気にしていなかった。
「ここやって。絶対」
とりあえず二人は車を降りて歩き出した。
半トンネル状になった道路の上へ続く小道を見つけ、土手に沿って歩いていく。
「やっぱり日曜だからってお祭りじゃなかったんじゃないかな」
「いや、場所間違えてんじゃねえの?」
「だから間違えてないって」
言い合いながら歩いていた一也が、不意に足を止めた。
「……よしこ」
「なに?」
「あれ」
土手の向こう。
金曜日、よしこがオレンジ色の光を見たという場所が、昼の光の中ではっきりと見えていた。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
そこに並んでいたのは、屋台ではなかった。
墓石だった。
一つや二つではない。
見渡す限り、墓が続いている。
「…………」
「…………」
先に口を開いたのは一也だった。
「墓じゃん」
「……墓やね」
「おまえ、ここで夏祭り見たの?」
「見た」
「着物みたいなん着た人がいたって言ったよな」
「ぎょうさんいてた」
「オレンジの光も?」
「すごい綺麗やった。そういえば、着物じゃなかった人もおった」
「どんな?」
「上、何も着てなかったような……」
「男?」
「女の人も」
「…………は?」
「あと髪型が変やった。時代劇みたいな」
「お前、それ見てなんで夏祭りだと思ったんだよ」
「……わからへん。あのときは、なんも違和感感じひんかったわ。」
よしこは首をかしげている。
一也はもう一度、目の前を見る。
墓。
どこを見ても墓。
金曜日に自分が走っていた道路は、この墓地の外周だったのだ。
「……ここ、何?」
よしこがつぶやいた。
「俺に聞くなよ」
二人は近くまで歩いていった。
やがて入口らしき場所に出て、そこで初めて、その広大な敷地の名前を知った。
多磨霊園。
「……霊園?」
よしこが看板を見上げる。
一也も黙って文字を見つめた。
背中を冷たいものが走った。
金曜日の夜。
よしこはここを見ながら、確かに言った。
――着物みたいなん着た人人がぎょうさん集まって、みんな楽しそうやで。
――オレンジと黄色の綺麗な光がいっぱいある。
そして。
――なんかね、見てるとすごく落ち着く感じ。
「なあ、よしこ」
「ん?」
「管理してる人、いるよな」
「たぶん」
「聞いてみよう」
「何を?」
一也は、目の前に広がる墓を見た。
「金曜日の夜、ここで何やってたのか」




