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プレリュードの夏  作者: 森好子


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3/9

第三話:徹夜のデートプラン

納車の翌日の夜、一也はさっそく、よしこに電話をかけた。


しかし、取り次ぎに出た女子寮の寮長は、


「よしこさん? まだ帰ってませんね。何か伝言あれば伝えますよ」


と、いつもの調子で答えた。


ちゃきちゃきの江戸っ子、という言葉がぴったりくる寮長である。

一也は、はっきり言ってこの人が少し苦手だった。


以前にも一度、よしこに電話したことがある。


そのときは、


「都合のいい時間に電話ください」


と伝言を頼んだ。


ところが、待てど暮らせど電話はかかってこなかった。


翌日、よしこを問い詰めた。


「なんで電話くれなかったの?」


すると、よしこは真顔で答えた。


「都合のいい時間がなかった」


一也は言葉を失った。


たぶん、よしこには、


『二十二時に電話してください』


と時間まで指定しなければならないのだ。


そうしなければ、あいつは一生電話してこない。


面倒くさい。


「いえ、大丈夫です。また電話します」


一也はそう言って電話を切った。


女子寮に電話できるのは二十三時まで。

しかし門限の二十二時を過ぎると、帰ってきた寮生たちが一斉に電話を使い始めるので、今度はなかなかつながらない。


ようやくつながったと思ったら、今度は本人が風呂に入っているかもしれない。


――やってられん。


ということで翌日、一也は方針を変えた。


白昼堂々、職場で誘う。


とはいえ、業務でまったく関わりのない部署に、私用で電話をかけるのは勇気がいる。


しかも、周囲に内容を聞かれるわけにはいかない。


そこで一也は、わざわざ工場の公衆電話まで行った。


取り次ぎは、意外なほどあっさり済んだ。


やがて電話の向こうから声がする。


「お待たせしました。森です」


一也は、一瞬黙った。


(……誰だ?)


声は確かによしこだ。


しかし、しゃきしゃきしている。


新人研修で、


「かずやー。動かん」


などと言っていた女と同一人物とは思えない。


仕事中だけ別人格になるのだろうか。


「あ、俺」


「はい?」


「新車買ったんだけど、この週末、ドライブ行かない?」


さあ、どうだ。


「土曜日は仕事が入っていまして」


なるほど。


まあ、想定内だ。


「じゃ、金曜の夜どう?」


本当はそのまま泊まりのデートに持ち込みたいところだが、最初から飛ばしすぎるのもよくない。

女子寮には門限もある。


まずは金曜日だ。


「わかりました。十九時以降なら大丈夫です」


「じゃ、十九時に寮に迎えに行く」


「はい、よろしくお願いします」


そのまま電話を切りそうな気配がした。


「ちょ、ちょっと待って!」


一也は慌てて付け加えた。


「日曜日も空けておいて」


一瞬、間があった。


一也の胸が、妙にどきどきする。


「……わかりました。空けておきます」


「じゃあ、また!」


電話を切った。


よし。


日曜日も確保した。


となれば、次は計画である。


せっかく新車のプレリュードで女の子を迎えに行くのだ。

行き当たりばったりなんて格好悪い。


東京の男らしく、完璧なデートにしなければならない。


仕事帰り、一也は本屋に立ち寄った。


手に取ったのは『Hot-Dog PRESS』。


洒落た店。

ドライブコース。

女の子に受けるスポット。


必要な情報は、全部ここにある。


もっとも、


(女子に受ける、が、よしこにも受けるかは微妙だな……)


という不安は、少しだけあった。


寮に戻ると、一也は机の上に地図と雑誌を広げた。


十九時、女子寮前。


そこから調布へ。


せっかくだから、ちょっといいイタリアンを予約しておこう。


食事が終わったら、多摩センターへ。

話題のパルテノン多摩にも連れて行く。


夜景を見て、少し話をして――。


門限には絶対に遅れないよう、二十二時には女子寮へ送り届ける。


一也は時計と地図を何度も見比べた。


渋滞した場合も考える。

駐車場の場所も確認する。

移動時間も余裕を持たせる。


ノートには、びっしりと予定が書き込まれていった。


十九時、女子寮出発。

十九時半、調布。

二十時、食事。

二十一時前、多摩センター。

二十二時、女子寮。


完璧だ。


ふと顔を上げる。


カーテンの隙間が、白い。


「……え?」


時計を見る。


朝だった。


デート一回の計画を立てるのに、徹夜してしまった。


だが一也は、ノートに並んだ完璧な予定を眺め、満足そうに笑った。


「……完璧だ」


日曜日の計画は、金曜日のよしこの反応を見てから、土曜日にゆっくり考えればいい。


一也には、この時点で一つだけ計算に入れていないものがあった。


よしこ本人である。

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