88.少女は古代文明の残照を垣間見る
少女は土壌改良を作業隊に任せ、自分は古典語解読依頼を処理します。古典語解読には別方向で意外な進展があります。
ーーー 場面はオスムール帝国の皇帝宮城内
ユリアは野営基地で携帯食糧を少し手を加えて温めて食べた。食後に、会議テントの椅子に腰掛けて今後の滞在中の行事予定の進行について思索した。
「ええと。ボランティア作業隊の10ユニットは現在近くの耕作地を土壌改良作業中よね。そのうち9ユニットは最終日までその作業を継続するのね。
残り1ユニット、すなわち、ヴィルダー辺境伯家の3名は、明日にでもエドアルド様と案内人と一緒に東部乾燥地帯への行程踏査に出発するわね。
私の方は、今日は解読対象の書籍の仕分けで日が暮れそうね。
明日は40ユニット分の魔力放射道具が出来ていれば、120名の新人に魔法適用土木技術の特訓をするのかな。これも、最初だけ少し様子を見たら9ユニットの交代要員9名にお任せしよう。
その後は、書籍の解読に本格的に取り組むことになるわね。たぶん、自分が直接手を出すことはないと思うけど。
途中で皇帝陛下への表敬訪問が入るかな。これは、多分1日仕事だね。皇后様や皇子皇女様方とのお茶会なんかもあるかも。
それと、中間日には焼き肉パーティーだわね。朝から皆で準備して、音楽や歌なども入れて親善交流出来ればいいな。
書籍の解読には助手を数名付けてもらわなくちゃね。私の滞在期間が過ぎても解読作業が継続出来るように鍛えなくては。
さて、そろそろ文教部門に行きますか。」
ユリアが、文教部門長のリテラルスの部屋に戻ると、書籍や石板、木簡などが山のように積み上げてあった。
リテラルスが言う。
「ユリア殿。ここに解読していただきたい書籍類を持って来させました。解読作業は、この部屋のあちらの会議机をお使い下さい。こちらの3名は助手としてお使い下さい。ユリア殿に自己紹介してくれるかな。」
3名がそれぞれユリアに挨拶する。
「ユリア様。わたくしは古代文明研究主任のレミシェンヌ・エイムズと申します。レミーとお呼び下されば嬉しいです。」
「ユリア様。わたくしは、古代文明専攻学生のタルサニーナ・ドベリンドと言います。タルサと呼んで下さいませ。」
「ユリア様。わたくしは、言語学専攻学生のチターリナ・ハーベルと申します。チターとお呼び下さい。」
ユリアが挨拶する。
「ご挨拶ありがとうございます。わたくしもユリアと呼び捨てでお願い致します。それでは、レミー、タルサ、チター、ここに山積みされている書籍類を、推定時代別に古い順からこちらの机上に積み替えましょう。
時代区分と言語区分は、古代文明以前、古代文明前期、同後期、前期古典語、後期古典語です。残りは、現代語で区分します。オスムール帝国現代語、フランソワール帝国現代語、シングラーツ王国現代語です。
チター、現代語の系統や歴史的経緯はご存知ですね。皆に聞こえるように分かり易く説明して下さい。」
チターリナは少しむっとした顔で言う。
「えっ。えーと、現代語のオスムール帝国語とフランソワール帝国語は歴史的には分化してまもない同系統の親戚言語です。この言語を話す民族は古代文明を滅ぼしてその跡地を支配しました。
古代文明を築いていた民族の一部は、この大陸の南東方面に逃れてシングラーツ王国を建国しました。ですから、古代文明の言語はシングラーツ王国古典語に当たります。以上です。」
ユリアがチターリナを促すように言う。
「はい。ありがとう。チター、何か補足したいことは有りますか?」
チターリナがバツが悪そうに言う。
「申し訳ありません。言い忘れていました。古代文明を築いた民族と後からその地を支配した民族は、元々同じ言語を話す同じ系統の民族だったと言われています。
先にその地に入り込んだ古代文明民族は、その地の土着民族の言語を取り込み長い年月の間に綴り方や発音の仕方を変化させて、やがて古典語と呼ばれる言語を形成していきました。
一方、後からその地を支配した民族は、ほかの民族との交流が少なく、古代文明以前から綴り方や発音の仕方をほとんど変えることなく現在の現代語に至っています。
シングラーツ王国語にしても、古代文明民族が逃れ先の土着民族との融合で古典語から現代語に変化しています。近年では、シングラーツ王国内でさえも古典語を読める人材が少なくなり、失われた言語となりつつあると聞いています。」
ユリアが満足して言う。
「はい。大変良く出来ました。チターは優秀ですね。チター自身は古典語が読めるのですね。」
チターリナが自信なさそうに言う。
「はい。一応、前期古典語のものは読めます。後期古典語のものは変化が大きい上、シングラーツ王国現代語からの類推も困難でほとんど読めません。」
ユリアがタルサを見て言う。
「タルサ。それでは、チターの説明を聞いて、どんなことが言えますか?」
タルサが、首を傾げながら自信なさげに言う。
「えっ。あー。古代文明以前の言語は、多分、文字も発音も現代オスムール帝国語と大きく変わらず、現代のわたくし達でも解読できるかも知れないということだと思います。」
ユリアが言う。
「その通りですね。皆さんで解読できる、または、解読できそうなものが分かったところで、解読対象の担当を決めましょう。
ただし、ここに集積した書籍類約250件の中で、わたくしが手も足も出ないような言語のものは初めから解読対象外としますが、幸いにそれはありませんでした。そして、皆さんが解読出来るもの、または、解読できそうなものは、皆さんの担当とします。さらに、わたくしが作った3国語対訳本を読めば皆さんが解読できるようになるものは、わたくしの担当範囲外とします。
それでは、具体的な担当を決めましょう。
古代文明以前のものがあればタルサの担当とします。
前期古典語のものがあればチターの担当とします。
後期古典語のものがあればレミーの担当とします。ただし、先ほど言った3国語対訳本は注文先から届き次第、わたくしから研究室への寄贈品とします。」
リテラルスが言う。
「ユリア殿。何だか、人に物事の本質を語らせておいて、自分自身は何も言わない内に各自の担当部分を決めてしまわれましたなぁ。鮮やかなもので感服致しました。」
((なんだか、皮肉を言われたみたいですね。もっとも、初めから自分が解読に従事するなどとは考えていませんでしたから、当然ですか。))
ユリアが何事もなかったように言う。
「はい。それは、皆さんが優秀であるが故の当然の帰結です。皆さんが解読できるものをわたくしが横取りして、皆さんの研究の邪魔をするわけにはいきません。」
レミシェンヌががっかりした顔で言う。
「結局、ユリアが担当するものは一つもないのですね。」
ユリアが確信して言う。
「そうです。わたくしが午前中にリテラルス様に宣言した協力条件に従うと、ここに集積された書籍の中でわたくしが解読担当するものはありません。皆さんが、今後効率よくこれらの解読作業をしていくことをお望みならば、先ほど言った後期古典語で書かれた書籍のフランソワール帝国語とシングラーツ王国現代語の3国語対訳本ををベースに辞書を作るなりして研究の基礎資料を固めることをお薦めします。
そのあとで複数人を投入して解読に取り組まれることで効率向上とスピードアップが図れるでしょう。また、後進を育てるという大学の本来機能も充実することができます。」
レミシェンヌが期待を込めて言う。
「ユリアは既に後期古典語本の3国語対訳本を1冊作ったというの?どこまで凄い幼児なのですかユリアは。古代文明の後期は文化や技術の大発展期と言われています。現代に残っている書籍からでも、今では失われた高度の魔法技術などが復元出来るかも知れません。その3国語対訳本を利用すれば、苦労はするかも知れないけどそんな書籍の解読翻訳も可能になるということね。」
ユリアが納得しながらも失望したような顔をして言う。
「なるほど。リテラルス様が泣き落としで皇太子殿下を説得されたのも、その情報を掴んでおられたからなのですね。でも残念ながら先ほどざっと見た限りでは、ここに集積された後期古典語本にはそんなわくわくするような系統の内容はなかったですがね。
わたくし自身はそんな情報を知りませんでしたが、知っている人達は大勢いらっしゃるでしょう。わたくしが作った3国語対訳本は、既に多数の写本が作られていてフランソワール帝国にもシングラーツ王国にも流布しています。
つまり、後期古典語書籍の解読と翻訳作業は、既にあちこちの大学や研究機関で始まっているということですよ。
となると、勝負は期待する内容の後期古典語書籍をいかに早く発見するかにかかっていますね。でも、皆様の目的が、失われた魔法技術を復元し秘匿して独占することならば、これ以上の協力は致しかねます。
もちろん、研究開発競争の投資に対するリターンとして、他者へのアドバンテージを得ることが望まれることは理解しています。
しかし、それはわたくしの力をただで利用するのではなく、正常な投資や自助努力でいくらでもご自由にどうぞ。皆様の自助努力を促すものとして、わたくしは既に先に申した3国語対訳本を世界の人が理解できる言語でリリースしております。
わたくしは基本的に内政不干渉ですが、皇太子殿下と皇帝陛下に対して、この解読作業を監督してすべての成果を世界公開するよう進言します。それでこそ、世界に於けるオスムール帝国の信用を勝ち取り、国として安定に存在し得るものと確信するからです。ただし、強要は致しません。いくらわたくしが無知な幼児であるとしても、皇族様方を相手にそんな大それたことは致しません。
リテラルス様、そういうことになりますが、どうされますか?」
((やっぱり、復興支援の一形態とするのには無理があったね。自ら進んでやるのと、利用されてやるのとでは気分が違うからね。だけど、ここまで来ると受益者の良心を信じるしかないかな。))
リテラルスは大きく目を見開いて大袈裟に驚いて見せて言った。
「どうするも何も、私がユリア殿に依頼したことがユリア殿の力をただで利用することになるとは思いもしませんでした。申し訳ありません。
ただ、解読内容を秘匿して独占することは、自国の優位な発展のために平和的利用の範囲で許容できると考えます。そこは、競争社会の基本原理の一つの解釈としてご理解をお願いします。
どうも、人材がいなくなって大学教育や研究が進まないことを焦るあまり、ユリア殿にとんでもないお願いをしてしまったようです。ここに、深く謝罪申し上げます。今後、真剣に自助努力を積み重ねていきます。」
ユリアが少し微笑んで言う。
「リテラルス様。申し訳ございません。わたくしこそ、冷静さを欠いていたようです。でも、わたくしが興味を持って解読したいと思うような古典語書籍は見当たりませんでした。
したがって、結果的にはわたくしがこれ以上古典語書籍の解読に従事することはなくなりました。わたくしのこの件に対する貢献は、3国語対訳本を提供することのみとなりました。
ただし、レミーが3国語対訳本を見ても解読不能としてわたくしに相談することは承ります。それでは、ここは一旦失礼致します。」
ユリアは文教部門長の部屋を出て独り言を言う。
「さて、文教部門との関わりは、これで終了だね。あっ。皇帝陛下と皇太子殿下への情報公開の進言はやらなきゃね。
少し時間が出来たから、エドアルド様の準備状況でも見に行きましょう。建設土木部門長のところにいけばいいかな。」
ユリアは建設土木部門長の部屋の扉を叩いて言う。
「コンストレイ部門長。ユリアです。いらっしゃいますか?」
部屋内から声がして言う。
「おお。ユリア殿。お入り下され。いま、エドアルド殿と踏査の検討中じゃ。」
ユリアがドアを開けて部屋内に入って言う。
「初めてお会い致します。ユリアです。よろしくお願いいたします。あっ。こちらの方がエドアルド様を支えてくださるジーナス様ですね。よろしくお願いします。」
ジーナスが急に名前を呼ばれてびっくりして言う。
「は、はい。ジーナスです。こちらこそよろしくお願いします。」
ユリアが言う。
「失礼ですが、ジーナス様はコンストレイ部門長の娘さんですね。東部乾燥地帯への行程には習熟されておられるのですか。元々あちらのご出身なのですか?」
エドアルドが慌てて言う。
「おいおい。ユリア。いい加減なことを言うんじゃない。何を言い出すかと思えば。ジーナスさんに失礼だろう。いま、ジーナスさんの記憶に基づいて行程の経路と野営地と民家や集落の位置を確認しているところなのだ。」
ユリアは、それを聞いて確信して後期古典語の推定発音で言う。
『ジーナス様。貴女とコンストレイ部門長は、東部乾燥地帯で昔ながらの暮らしをしていた古代文明民族の生き残りですね。
ずっと昔には、あの乾燥地帯の一部地域で小麦や野菜を栽培して生計を立てる人々がいたと聞いています。でもたびたび繰り返される蝗害で疲弊して乾燥地帯の外縁まで退避移住を余儀なくされたのですよね。
貴女とエドアルド様の力で、もう一度あの地を見渡す限り金色に輝く一面の小麦畑にしたいとおもいませんか?』
エドアルドは、ユリアが何を言っているか分からずに言う。
「ユリア。お前、何を言ったんだ。どこの言葉をしゃべっているのだ?」
ジーナスが古代文明語の後期古典語で言う。
『ユリア様。恐れ入りました。おっしゃる通りわたくし達は世に言う古代文明を成した民族の生き残りです。わたくし達の祖先達は、今のオスムール帝国民族に追われて、大部分はシングラーツ王国を建国しました。
でも、ごく一部は東部乾燥地帯へ逃れました。そこで他民族との交流なく約100年前まで小麦を作ってひっそりと暮らしていました。
父の数代前の祖先は約100年前に彼の地を離れてこの地の民に融合しました。わたくしは、乾燥地帯外縁の集落をたまに訪れて医薬品などを届けていました。その時に言葉を維持する訓練をしていました。』
ユリアが満足した顔で聞く。
『正直にお答えいただきありがとうございます。今開示した事実は他言しないのでご安心ください。ところで、わたくしの後期古典語の発音や抑揚は矯正すべきところが有りますか?』
ジーナスが嬉しそうに言う。
『いいえ。ユリア様のしゃべり方は完璧でございます。矯正すべきところは有りません。』
ユリアが嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。エドアルド様は、いずれ彼の地を見渡す限りの小麦畑に変えます。それを念頭にご案内をお願いしますね。」
エドアルドがあきらめたように言う。
「ユリア。俺の将来をお前が勝手に決めるんじゃない。俺は蝗幼虫殲滅作戦の作業完遂までしかやらん。」
ユリアが言う。
「大丈夫です。サンガルス村の惨状もこの地の不毛の耕作地も目の当たりにしたエドアルド様ですよ。東部乾燥地帯をみたら、きっと小麦畑に変えたい気持ちが湧いてきます。」
エドアルドが言う。
「なにが大丈夫なのだ。俺は騎士であって農業従事者でも農業専門文官でもないぞ。小麦なんか作れないに決まってるだろう。」
ユリアがここぞと意気込んで言う。
「そんなことは当たり前でしょう。エドアルド様がすることは、領主として人にここを小麦畑にしろと命令するだけです。偉そうにしていればいいのです。」
エドアルドがあっけにとられて言う。
「なんだって。いい加減なことを言うんじゃない。俺には領主になる資格なんて有るはずないだろう。」
ユリアが偉そうに言う。
「そうです。いまはまだ資格が有りません。だから、わたくしが皇帝陛下に進言致します。既に近い将来の夢として皇帝陛下と皇太子殿下には話してあるのです。」
ジーナスが言う。
「ユリア様。エドアルド様。あの地を再び小麦畑にするのは、わたくし達の積年の夢であり悲願なのです。」
コンストレイ部門長が言う。
「おお。今の話を聞いたら、黄金色の小麦畑がどこまでも続く情景が目に浮かんできおったわい。ここまで待ったのじゃ。ぜひとも実現してもらいたいのう。」
エドアルドが最後の抵抗を試みる。
「それなら、コンストレイ殿が領主として立つのが一番筋が通るのではないか。私にはほかにやるべきことがいくらもあるのだ。」
コンストレイが言う。
「儂はもう歳じゃ。領主の激務は務まらん。若い力が必要なのじゃ。」
ユリアが部屋を出ながら言う。
「エドアルド様。ジーナス様。明日早朝にご出発されるのでしょう?わたくしはお見送り出来ないと思います。お気を付けていってらっしゃいませ。行程検討中のところお邪魔して申し訳ありませんでした。それでは失礼致します。」
ユリアは野営基地に戻りながら独り言ちる。
「ジーナス様に会えてよかったよ。古代文明民族の末裔で後期古典語がしゃべれるなんて凄い人材だわ。私の推定発音も特に問題ないと太鼓判を押して貰ったし、語学教室でも開こうかしら。
でも、ジーナス様のことは絶対に秘密にしなきゃね。古典語書籍の解読ブームの最中、どんな目に遭わされるか分からないから。
そろそろ土壌改良作業隊が帰る頃だわ。イーアンに簡単に進捗具合を報告して貰おうかな。
2国共同体交渉団のほうも、もう交渉見直しが終わる頃じゃないかな。アルベルド様にでも交渉結果を聞いて見るか。」
ユリアが野営基地に戻ろうと歩いていると、宮城本殿の方から走ってくるイスタラムに呼び止められた。
イスタラムが息せき切って言う。
「ユリア殿。表敬訪問の都合伺いの結果が出ました。今日、これからユリア殿の準備が整い次第、皇帝陛下以下ご家族全員で謁見を受けるそうです。本日朝までいらした客室へお急ぎください。侍女のミカリアがドレスや靴を準備して待っています。」
ユリアが驚いて言う。
「急なことですね。さては、2国共同体交渉団の交渉見直しが終わって、合意祝いと送別会を兼ねた晩餐会が開催されるのですね。」
イスタラムが呆けた顔で言う。
「その通りです。ユリア殿。どこでその情報を入手されたのですか?その決定はついさっき公表されたばかりですが。」
ユリアが答える。
「どこからも入手していません。宰相一味の捕縛が一段落し、行政機構が正常化されて情勢把握が完了した頃合いと、交渉妥結内容の早期確認と見直しの必要性を勘案した推測結果です。わたくしの表敬訪問も一緒にやってしまえば関係する皆さんの時間節約にもなりますからね。
それでは、急ぎ着替えます。案内はミカリアさんに頼めばいいのですよね。ボランティア復興支援作業隊の誰かにわたくしの所在を伝えてくださるようお願いいたします。」
イスタラムが言う。
「はい。分かりました。部下に伝えさせます。それでは失礼いたします。」
ユリアは、土壌改良作業隊の報告を聞くことなく、踵を返して宮城本殿の客室に向かった。
ユリアはミカリアに先導されて小謁見室に入って行った。皇帝一家が3段階段上の壇上に皇帝を中心に並んで座っている。皇帝クミルトス・ド・オスムールの向かって右側に皇后モルシーナと第一皇女エスミリア、第二皇女ブレナリンが並び、左側に皇太子スベラトス、第二皇子タルベトスが並んでいる。
ユリアは、皇帝を中心に幅3mほどの長いカーペットの一端から皇帝に向かって歩いていった。そして、皇帝の手前7mほどの位置でカーテシーの姿勢をとり、頭を前傾させて静止した。皇帝から許しが出るまでこの姿勢を保持しなければならない。
皇帝は、ユリアが子爵相当の作法で表敬しているのを見て、声を掛けた。
「名前はユリアと申したな。ハンター資格1級の保有者として十分な礼儀作法を見せてもらった。面を上げて楽な姿勢を取るがよい。
さて、この場は、其方の表敬訪問のほかに、ここに並ぶ我々一家から其方へ感謝を伝える場でもある。ユリア。其方は我々一家の命の恩人だ。我々からの感謝の気持ちと寸志を受け取ってほしいが、いかがかな。」
ユリアが答える。
「皇帝陛下。わたくしに選択の機会を与えていただき感謝申し上げます。お問いかけの件につきましては、受け取れませんと回答申し上げます。わたくしには特別に感謝される行為をしたという自覚はございません。わたくしの目的達成の都合上でした行為でございます。その行為が、たまたま、皇帝陛下を健康体に回復し皆様を解放するという行為であっただけのことです。」
皇帝が言う。
「ユリアよ。予想通りの回答であった。だが、私はともかく、息子や娘たちは、これから長く続くはずの人生を断ち切られる寸前で其方が来て解放してくれたのだ。それに対して我々は、其方が受け取るか否かに関わらず其方に感謝する。
それと、寸志の件であるが、生憎ながら火山噴火被害からの復旧と街の復興のため金品の報奨を送ることが難しい。そこで、現在の我が国に対して、国力の点でも政治経済の点でもほとんど影響のないものを送ることにした。これは本日この時点で決定した事項である。断ることは許さん。其方の夢の実現のために使え。こう言えばわかるな。ユリアよ。」
ユリアは少し顔の緊張を解いて言う。
「もちろんでございます。このオスムール帝国の東部乾燥地帯全域をわたくしがお預かりいたします。オスムール帝国の一部でありながら、自治権をもつ半独立国家として国家間の諸事項は対等な交渉によって決定するものとします。後ほど、地図上で国家の境界線を明確にするとともに基本的な取り決めを交渉したいと存じます。わたくしの夢をお聞き届けくださって大変ありがとうございます。」
皇帝が謁見終了を宣言し、直ちに晩餐会への移動を始めた。
晩餐会場では、既に、2国共同体交渉団の面々とオスムール帝国側の交渉相手の面々が、4~5人づつの小グループで談笑していた。立食形式のテーブルには食べ物や飲み物が並び、間を給仕やメイドたちが忙しく立ち回っていた。
ユリアは、第二皇子と第一皇女、第二皇女と連れ立って会場に入り、休憩室の側のテーブルに付いた。皇帝が壇上に立って、晩餐会の趣旨を簡単に説明した後に開会を宣言した。皇帝に寄り添っていた皇后モルシーナがユリアたちの方へ歩いてきた。
ユリアは皇后に声を掛けられるとすぐに向き直り、一旦カーテシーの姿勢を取った後、顔を上げて口上を述べた。
「皇后陛下。ユリアでございます。お声がけいただきまして光栄に存じます。この度、皇帝陛下から思いがけなく素晴らしい贈り物をいただきました。皇后陛下のお力添えもあってのことと思っております。ありがとう存じます。」
皇后が驚いた表情で言う。
「まあ。わたくし、あの緊急時に礼儀抜きで用件を手際よく進めて行く姿に、清々しさを感じていましたのよ。平時にはまたそれに応じた礼儀と口上ができるのですね。小さいのに、さすが子爵待遇を受けるだけはありますね。
わたくし、実を申しますと、もうすぐ処刑と聞いた時には自分のことよりも子供たちが不憫で涙にくれておりましたのよ。ふと気が付くと、その子供達よりももっと小さい幼児が颯爽と現れて、皇帝陛下をあっという間に完全体にしてくれました。幼児の姿は天使様の仮のお姿だと本気で思っていましたの。」
ユリアが恐縮して言う。
「皇后陛下。あの折にはわたくしも礼儀を尽くす余裕がなくて大変失礼いたしました。でも、さすがに皇后様です。冷静にわたくしのことを観察されていたのですね。用件がスムーズに進んだのは、皇太子殿下がわたくしのことを認めてくださって窓の鍵を開けてくださったからなのです。皇太子殿下も冷静で適切なご対応でございました。」
皇后はそれを聞いて満足して、次の会話相手に場を譲り離れていった。
ユリアにアルベルドが話しかけた。
「ユリア。交渉見直し結果を少し話しておこう。基本的には大きな変化はない。ボランティア復興支援作業隊の第一優先順位が耕作地の土壌改良となり、その後は、もう、蝗幼虫殲滅作戦作業隊への随行だけとなる。街区の整地復興作業は、オスムール帝国騎士団有志による魔法適用土木作業隊に委ねられることになった。
いや、ひとつ大きな変化があった。もうわかるだろう。蝗幼虫殲滅作戦の現地交渉相手が、オスムール帝国行政機構からお前に変わった点だ。まったく、お前が東部乾燥地帯全域を領土とする半独立国家の国家元首になるとはな。現地作業の自由度を保証してくれると信じているからな。」
ユリアが声を潜めて言う。
「わたくしの立場は、作戦行動の許可をもらう側から許可をする側に変わりましたが、蝗害を二度と発生させないという基本姿勢は何も変わりません。それと、ここだけの話ですが、国家元首はしばらくしたらエドアルド様に譲ります。かわいい伴侶もできそうですし、めでたいですね。」
アルベルドがびっくりして言う。
「えーっ。ユリア。お前なにをいっているのだ。エドアルドに譲る?エドアルドは承知しているのか?それと、伴侶とはなんだ?私でさえまだ縁談もないのだぞ。」
ユリアが憐れむような顔で言う。
「エドアルド様には示唆はしてあります。でも本気にはしていないようなので説得して領主兼国家元首になっていただきます。伴侶様は明日から東部乾燥地帯への行程の事前踏査に案内人として同伴されます。本人たちは互いを意識してはいますが、いま他の人から言われると却って気まずくなる恐れがありますから、遠くから見守りましょう。」
アルベルドが呆れて言う。
「ユリア。また、上から目線でものを言う悪い癖が出ているぞ。」
((なんと、黄金色の小麦畑の夢が早くも現実に動き出しました。蝗害発生防止の責任が自分に掛かることになっちゃいましたが、頑張るしかないですね。エドアルド様とジーナス様の間はいい方向に進展することを祈ります。))
少女は古典語を話す人材を見つけましたね。同時に古典語を話す人々の集落を自分の国家の国民としてしまいました。この国民を飢えさせない施策があるんでしょうかね。それではまたお会いしましょう。




