87.少女は復興支援を頑張る
少女は本格的な復興支援に取り組みます。でも、街区のがれき撤去や耕作地の土壌改良とは違うことをするようです。
ーーー 場面はオスムール帝国皇帝宮城内
ユリアはこの宮城で最上級の客室で眠っているところを侍女のミカリアに起こされた。ユリアは直ぐに洗顔して体調を整えて挨拶した。
ミカリアが挨拶しながら言う。
「おはようございます。ユリア様。今日はお召し物はどれになさいますか?昨晩の晩餐会は皇女様方と音楽パーティーで楽しまれたようですね。」
ユリアが挨拶しながら答えて言う。
「おはようございます。ミカリアさん。今日は会議と作業もありますから、汚れても良いように昨日と同じ戦闘服を着ます。昨晩の音楽パーティーは、わたくしにとって最高に楽しいひとときでした。皇子様方と楽器演奏の勝負をしたのですよ。」
ミカリアが戦闘服に着替えさせながら言う。
「はい。戦闘服はこれですね。そうでしたか。皆さん、長く音楽から遠ざかっておられましたから、手指がちゃんと動いたかどうか心配でした。ユリア様からみていかがでしたか?」
ユリアが答えて言う。
「はい。皆さん、すぐに勘が戻ってきたようでした。皆さんの得意な楽器同士で対決したのですよ。タルベトス様とは横笛で、エスミリア様とはバイオリンで、ブレナリン様とは鍵盤楽器でそれぞれ勝負しました。幸い、わたくしはその3種類を全てジュニア上級レベルで演奏出来ます。
1曲目は、さすがに皆さんまだ勘が戻っていなくて、わたくしの全勝で完全勝利でした。でも、2曲目では、もうわたくしの全敗の完敗でした。
特に、エスミリア様からは、バイオリン練習曲第43番を独特の奏法で、完璧に、しかも、情緒豊かな音楽性で聞かせていただきました。
その後、音楽性についての議論でも意見をぶつけ合って戦ったのですよ。勝敗はつきませんでした。判定できる先生がいなかったのです。」
ミカリアが嬉しそうに言う。
「まあ。ここ1週間ほど皇子様方は解放の望みも絶たれていました。いつ処刑されるかという恐怖と戦いながらも気丈に振る舞われて居られたのです。心の傷を負いながらも自分というものを見失うことなく、皇族の誇りを守り通された喜びに溢れたお姿が目に浮かびます。」
ユリアが言う。
「お三方とも、心の傷は意識の奥底に閉じ込めておいででした。それはミカリアさんも同じですよね。皇子様方は、伸び盛りの年頃で練習の中断を余儀なくされても音楽への情熱は失われなかったようです。ミカリアさんも皇族様方への御奉仕の仕事の情熱を失ってはないでしょう。
という訳で、わたくしは今からこの部屋を引き払って野生児に戻り野営テントを拠点とします。ミカリアさんも元の皇后様の侍女のお仕事にお戻りくださいませ。」
それを聞いてミカリアが言う。
「ユリア様のお世話は、皇帝陛下からのご下命でございます。わたくしの勝手には出来ません。」
ユリアが言う。
「わたくしは、ボランティアでここに参りました。支援対象の皆様から逆に便宜を図っていただく行為は恥ずべきことと心得ております。したがって、これ以上この部屋には留まれません。
皇帝陛下はじめ皇族様方をお助けした件への返礼の意味であれば、これ以上は不要です。わたくしも仲間達を救出するための方便として利用させていただきましたからおあいこです。皇帝陛下や皇后様にそのようにお伝えくださいませ。」
ミカリアが諦めたように言う。
「わかりました。ところでユリア様は6歳と伺っております。確かにそのお姿は6歳の幼児そのままに見えます。でも、そのお姿と今のお言葉とが頭の中で不整合を起こして、なんだか目まいがしてきました。」
ユリアが慌てて言う。
「ごめんなさい。ミカリアさん。なぜか皆さん、そのようにおっしゃいます。わたくしの、上から目線でしゃべる悪い癖がでたようです。
それでは、これで失礼致します。朝食も野営基地で携行食糧を食べます。」
ミカリアが、手を振りながら言う。
「ユリア様。聖女様。命を助けて頂きまして、感謝申し上げます。お体にお気を付けくださいませ。」
ユリアは、その足でテントが並ぶ野営基地に向かった。野営基地では、エドアルドが作業員全員を前に、昨日の優先順位見直し会議の結果を伝えていた。
ユリアは皆に挨拶して言う。
「おはようございます。皆さん。遅くなってごめんなさい。もう嫌疑は全て晴れて自由の身です。エドアルド様。続けて下さいませ。」
エドアルドが言う。
「ユリア。遅いぞ。皇子様方と楽器演奏もたまにはいいが、子供は夜更かしせずに早寝早起きするもんだ。」
ボランティア作業隊員達が、大笑いしてお帰りとユリアを迎え入れた。エドアルドが、改めて会議の結果を報告する。
「まず、優先順位の変更点を説明する。第一優先は耕作地の土壌改良だ。今日から休養日を挟んだ実働12日間の全部を使って、帝都近郊から順次遠方に向かって進めていく。該当地域の領主には、内政担当長官名で通達を出してあるから対象区画など詳細は代官か庄屋と相談する。これにより食糧生産活動の速やかな再開を実現する。
作業のやり方は、先日の予行演習とまったく同じだ。農業専門文官のボタニナスによると、消石灰を用いる当初案が間に合わない以上、この代案でも効果は十分とのことだ。
私以下3名のヴィルダー辺境伯家騎士団は、予定通り東部乾燥地帯への行程を事前踏査する。その間の作業隊本隊の責任者はイーアンに引き継ぐ。我々の帰りは本隊の帰投時に合わせる。
次に、我々の滞在予定15日は変えない。我々がやり残した地域は、ここのオスムール帝国騎士団有志120名に引き継ぐ。そのためにユリアと本隊作業員の交代要員9名が、騎士団有志を作業に習熟するまで特訓する。作業道具類は建設土木部門の備品部署で40ユニット分を作ってもらう。
その40ユニットの騎士団有志作業隊は、土壌改良の終了後は帝都街区の復興作業主力として任務継続する。したがって、我々の残り1回のボランティア復興支援は取り止めとなった。
なお、期間の中間日は全員休養日であるが、宮城の職員と協力して鹿と狼とアースドラゴンを解体して焼き肉パーティーを行う。食べきれない分は、難民への食糧配給に回す。
以上だ。何か質問があれば受け付ける。」
イーアンが挙手をして質問する。
「エドアルド様が不在の間、私が責任者というのは承りました。その間ユリア師匠の仕事は新人の作業指導だけなんすかね。」
エドアルドが答えて言う。
「そのほかにも、盛りだくさんある。重要なものは超特級ポーションの製造技術指導だ。こちらから提供したポーション1000本と合わせ怪我人や病人を治療して早期の職業復帰を目指す。あと、復興支援との関係は薄いが、古代文明の発掘品調査や古典本の調査解読もある。それと、ハンター1級資格保有者の義務として子爵待遇での皇帝の表敬訪問だ。」
ユリアが慌てて問いただす。
「エドアルド様。昨日の会議でそんなことまで議題に上がったのですか?でも、分かりました。わたくしが関係する仕事は全て対応いたします。それよりも、踏査隊の輜重品はいかがなさいますか?」
エドアルドが言いにくそうに答える。
「その件なんだが、建設土木部門から1名、収納魔法持ちを道案内と住民対応を兼ねて付けて貰えることになった。私はそこまでの便宜供与は固持したのだぞ。だが、住民とのトラブル防止や我々の安全のためなど、踏査を許可する条件にされて押し切られてしまった。」
ユリアが何か感づいて言う。
「ふーん。収納魔法持ちをねぇ。どうやらその方は、いろいろな面で凄く有能なようですから、よろしくやってくださいませ。現地付近で今年の蝗の大発生場所を聞いて回るのも、その方にやって貰えば不審がられないでしょう。だけど、土壌改良作業と耕起作業の試験実施も忘れないで下さいね。」
エドアルドが言う。
「なんだ。その疑いの目は。当初の宰相との合意事項の段階では自由行動だったのだ。だが、皇太子様が行政機構を正常化された直後の、見直し第一弾の審査議題に挙げられて検討された。その結果、国が入国を許可した外国人に対しては保護責任があると判断されたのだ。そして保護対象者が騎士であるのに護衛騎士を付けるのはおかしいと動議が出て、なぜか収納魔法持ちが選定されたというわけだ。分かったか。」
ユリアが言う。
「はい。要するに、エドアルド様ご一行に足りない能力を有する人物という選定基準だったのですよね。分かりますよ。議題にされた理由も、判断理由も、動議理由も、すべて。その行政機構メンバーの人を見る目は確かで鋭いですね。わたくし達は便宜を図ってもらうことになりますが、ありがたく受けましょう。被災国にとっての将来への小さな投資だと考えればいいのです。」
エドアルドが言う。
「ユリアの言い方は何だか含みがありすぎてよく分からん。だが、実際、非常に助かるのは事実なのでありがたく受けたのだ。
よーし。それでは10ユニットの土壌改良作業隊、準備が出来次第出動しろ。」
ユリアが言う。
「それでは、わたくしは、自分がやるべきことの段取りを付けます。新人作業者120名の40ユニット分の作業用具の製作は既に依頼済みですよね。
それが出来上がるまでの間、新人さんには私の作業実施方法に関する書き物を読んで予備知識を入れておいてもらいます。その120名は建設土木部門の管理下に入るのですよね。書き物40部を部門長のコンストレイ様に渡します。
ところで、ポーション製造を管理する部署は医薬部門ですか?どこまで段取り出来ているのかしら?」
エドアルドが答える。
「そうだ。内政担当長官の下部組織に医薬統括部門がある。段取りのことは知らん。そこのサージクルス部門長が責任者として本件を把握しているから彼に詳細を聞け。次官のイスタラム殿に案内を頼むと良い。行けば分かるはずだ。」
ユリアが言う。
「分かりました。作業実施方法の書き物を建設土木部門長に渡したら行ってみます。」
ユリアは宮城内で内政担当次官のイスタラムをつかまえて医薬統括部門まで案内して貰った。ユリアは次官にも同席を願って部門長室に入った。
イスタラムが言う。
「サージクルス部門長、ユリア様をお連れしました。」
サージクルスが言う。
「これはこれは、ユリア殿。お待ちしていました。サージクルスです。医療関係と薬剤関係を統括しております。よろしくお願いします。」
ユリアが部門長と傍の人物を見ながら言う。
「あっ。初めまして。ユリアと申します。よろしくお願いします。」
サージクルスが部下を紹介する。
「こちらは国家筆頭薬師のメルカリスだ。外郭団体の薬師組織の代表だ。」
メルカリスが挨拶する。
「ユリア殿。メルカリスと申します。よろしくお願いいたします。ユリア殿にはこの度、超特級ポーションの製造技術を指導していただけるそうで。ありがたいことです。」
ユリアが言う。
「メルカリス様。ユリアでございます。よろしくお願いします。ところで、メルカリス様にはご姉妹か従姉妹の方はいらっしゃいますか?シングラーツ王国に在住の、わたくしの知り合いのマジョルーサ様と瓜二つのお顔だちでびっくりしているのです。」
メルカリスが言う。
「え、マジョルーサなんて名前に覚えはないわ。でも、わたくしは両親の実の子供ではなくて養女だと聞いているの。詳しいことは聞いていないけど、私に知らないか忘れてしまった姉妹がいてもおかしくはないわ。」
ユリアは、黙って収納魔法から製本された紙束を取り出しメルカリスに差し出した。マジョルーサとユリアの共著になる超特級ポーション製造技術の論文の写しだ。
ユリアは確信ありげに言った。
「お顔を拝見し、お声を拝聴する限りマジョルーサ様とそっくり同じです。お二人が双子であることは間違いありません。これをお読みになれば、この著者マジョルーサ様に肉親の情が湧いてくるでしょう。」
メルカリスが紙束を受け取って捲りながら言う。
「こ、これは超特級ポーション製造技術の投稿論文ではないですか。これをわたくしにそっくりの人が書いたと言うのですか。す、素晴らしい。でも、ちょっと出来すぎの感じがします。わたくし自身は、ここまで緻密に論理に矛盾なく分かり易く書くことはできませんわ。」
ユリアが直ぐに後を引き継いで言う。
「さすがに双子のご姉妹です。良くおわかりですね。わたくしが少し口出し致しました。マジョルーサ様も直ぐに理解されて完璧に加筆修正されました。いかがですか?情が湧いて来たでしょう。」
メルカリスが言う。
「そうですね。職業も同じで、自分がもう一人いるような変な気分です。でも現実は互いに違う人生を長く歩んでいるから、会っても初めは他人同士と感じるでしょう。だけど、同じ薬師の道を歩んでいる者同士、共通の話題があって打ち解けるのも早いでしょうね。
なんだか姉妹としてというよりも、同じ薬師として彼女に負けたくないという気持ちも湧いてきましたわ。もう一人のわたくしがどんな人か、ぜひとも機会を設けて会ってみる必要がありますわね。」
ユリアが言う。
「メルカリス様。超特級ポーション製造技術の指導の件ですが、その論文を読めばやり方はご理解いただけると存じます。いかがですか。自力で製造に挑戦なさいませんか?市井の薬師に対しても、国家筆頭薬師のメルカリス様が指導された方が組織としての筋が通るでしょう。」
メルカリスが決意して言う。
「分かりましたわ。ユリア殿。やらせてください。いただいたポーション1000本の残りが十分あるうちに増産体制を築いて見せます。」
((はあ。わたくしのするべきことを押し付けちゃった。でもマジョルーサ様と対等のレベルまで登っていただかなくてはね。))
ユリアは嬉しそうに言う。
「それでこそ、国家筆頭薬師様であり、そして、マジョルーサ様のご姉妹です。それでは、この論文の写しをメルカリス様に差し上げます。そのために持ってきたのですから。もし読んでも不明な点などがありましたらご質問ください。十分にやれる自信がついたなら製造に挑戦してください。ここに、一応回復ポーション10本分のヒール草を置いていきますのでご活用くださいませ。
もし、わたくしの手取り足取りの指導をご希望であれば、呼んでくだされば対応いたします。それではこれで、わたくしの超特級ポーションの製造技術指導は一旦終了とさせていただきます。」
((ちょっと冷たいようだけど、彼女も国家筆頭薬師のプライドがあるでしょう。子供に指導を受けるよりは、彼女のためにも組織のためにもいい方向に行くと確信してるわ。))
ユリアがサージクルスの方を向いて、言う。
「ところで、今回ボランティア復興支援作業隊が運んできて提供した物資には、ポーションの他に包帯や軟膏等もありましたが、受け取られましたか?」
サージクルスが言う。
「はい。たくさんいただきました。特に、あの軟膏の効き目の素晴らしさには助けられています。ポーションを使う程でもない外傷患者に使用したら、たちどころに傷が癒えるのですよ。それを見て皆唖然としましたね。それと同時に、我が国が医薬技術でどれ程遅れているのか思い知らされました。」
ユリアがメルカリスを見ながら言う。
「まだ遅くはありません。これから、このオスムール帝国も含めたフランソワール帝国とシングラーツ王国の3国間の医薬技術交流会で友好が深まるといいですね。
メルカリス様、マジョルーサ様と連絡を取り合って交流会の話を具体化しませんか?彼女と会って見る機会を自ら作ることにもなりますよ。」
メルカリスが言う。
「ええっ、わたくしはマジョルーサ様とまだ面識ありませんし、そんな大それた会合を開催する実力も知名度もありません。面白そうだとは思いますが、わたくしには無理です。」
ユリアが言う。
「いいえ。メルカリス様はオスムール帝国の薬師様を束ねる組織の代表者です。実力は十分だと思います。
そして、マジョルーサ様は、シングラーツ王国にもフランソワール帝国にも名前が轟く薬師界のレジェンドです。そんな彼女はメルカリス様が姉妹であることを告げれば一も二もなく賛同されるでしょう。
さらにフランソワール帝国の皇帝専属薬師のメリデリン様はわたくしの弟子です。会合開催の趣意書に、わたくしがメルカリス様を推す言葉を載せれば、研究成果を見せに来られるに違いありません。
いかがですか。今すぐとは言いません。ご自身の超特級ポーション製造技術の実力をつけて、市井の薬師様達への指導の実績も積まれてからでいいです。考えておいてくださいませ。わたくしから、皇帝陛下に強力なご支援をお願いしておきます。」
メルカリスが覚悟を決めて言う。
「もう、ユリア殿ったら。そこまで言われたら承知するしかないではありませんか。ユリア殿は幼児の姿をして大人をぐいぐい引っ張って行かれるので叶う気がしませんね。さらに皇帝陛下まで引っ張り出されては抗いようがありません。ユリア殿。その時がきましたらよろしくお願い致します。」
ユリアが満足してメルカリスから視線をサージクルスに移しながら言う。
「ええ、もちろん。そう遠い日ではないでしょう。
また、話は変わりますが、流行病の対策はどのようになっているのでしょう?流行病に限らず病気にならないように予防衛生指導はなされているのでしょうか?」
サージクルスが言う。
「はい。流行病にも各種あり、判定された病の種類により別々の病棟に隔離して治療をしています。ただし、難民キャンプには救いの手が及んでいません。ところで予防衛生指導とは何でしょうか?」
ユリアが言う。
「予防衛生とは人が病気になる原因を避ける行動のことを言います。例えば、人の咳からうつる流行病なら、その病の人に近づかないことや、鼻と口を覆うマスクで対策をすることです。一般の人々に、そのような病気予防の知識を教えて実行を促すことを予防衛生指導と言います。
予防衛生指導はトップダウンで行うのが効果的です。この医薬統括部門がトップとなって下部組織に段階状に予防衛生指導をさせるのがいいと思います。難民キャンプも組織化を図って予防衛生指導の対象に含めるべきです。
イスタラム様は、特に予防対策をせずに難民キャンプに赴かれて感染されたのですよね。苦い思い出でしょうけど、それを教訓として部下の方々に難民キャンプの組織化と予防衛生指導を進めさせて下さいませ。」
イスタラムが言う。
「はい。まさにその通りです。病が流行っていると聞いて実態を調査したのですが、どのようにうつるものか知らずに無謀なことをしました。予防衛生指導を良く研究して対策技術を皆で共有するよう組織的にやっていきたいと思います。
難民キャンプには現在最新の推計で約3000人の難民がいます。ただ、病人の数は把握できていません。難民への食糧配給を正常化して暴動を抑え、こちらの施策への協力体制を整えていきます。」
ユリアが称えるように言う。
「オスムール帝国の行政機関の人達は皆さんとても優秀でいらっしゃいます。きっと復興も直ぐに軌道に乗って、難民キャンプも解消されるでしょう。この件に関してわたくしの関与はもはや不要となりました。」
ユリアは内政担当次官イスタラムとともに医薬統括部門長の部屋を辞した。ユリアは、エドアルドが言っていた、古代文明の発掘品調査や古典本の調査解読と、ハンター1級資格保有者の子爵待遇での皇帝の表敬訪問について、イスタラムに聞いてみた。
「イスタラム様。何だか、わたくしの今後の予定が、知らないうちに復興支援とは関係のない方向へ行っているような気がします。一応、古代文明の発掘品調査や古典本の調査解読については、お話を聞くだけはお聞きいたします。その結果、内容的に興味がなかったり気が進まないものだったらご協力できません。表敬訪問については、ご都合伺いをいまイスタラム様に託しますので、外交担当長官代行のオウステント様経由で皇帝陛下への取次をよろしくお願いいたします。」
イスタラムが困ったような表情で言う。
「皇帝陛下への表敬訪問のご都合伺いについては、確かに外交問題ですのでオウステント殿に引き継ぎます。
一方の、古代文明の発掘品調査や古典本の調査解読については、私どもの内政担当長官配下の文教部門長リテラルスの泣き落としに会って皇太子殿下も条件付きでお認めになりました。条件とは先ほどのようなユリア殿の意向を最優先することですので、気が向かない仕事だったらお断りされても構いません。
リテラルスが言うには、大学や研究所での調査が壁にぶつかって進展がストップしているらしいのです。その壁はどうやら古典語の解読のようです。これから文教部門長リテラルスにお引き合わせいたしたいのですが、いかがでしょうか。」
ユリアが少し呆れた表情で言う。
「はい。よろしくお願いいたします。でも、そちらの方面は、皆様方のご専門ではないのですか?わたくしが解読できる古典本はシングラーツ王国古典語本のみですから、それと異なる古典語である場合には滞在予定期間内だけご協力いたします。シングラーツ王国古典語本であったら、わたくしの作った対訳本の写しをご紹介するだけにいたします。古代文明の発掘品調査については、物を見てから判断しましょう。」
イスタラムが少し明るい顔になって言う。
「ありがとうございます。大学や研究所は街区の方にありますので、本日はリテラルス文教部門長の部屋にご案内します。」
イスタラムがリテラルス文教部門長の部屋のドアを叩いて言う。
「リテラルス殿。ユリア殿をお連れ致しました。済みませんが、表敬訪問のご都合伺いをオウステント殿に引き継ぎますので、わたくしはこれで失礼いたします。」
ユリアがイスタラムに手を振り、リテラルスに向き直って言う。
「イスタラム様。ここまでのご案内ありがとうございました。リテラルス様。ユリアでございます。よろしくお願いいたします。」
リテラルスが挨拶して言う。
「ユリア殿。リテラルスでございます。やっとお会いできました。どうぞ、ソファの方へお座りください。いま、お茶を煎れますので。」
ユリアが言う。
「これは、ご丁寧にありがとうございます。大学の講義や研究などは被災後も継続されてきたのですね。復興支援への出動要請や政治情勢の変化などに影響されたのではありませんか?」
リテラルスが答えて言う。
「はい。おっしゃる通りです。宰相の横暴でなぜか復興支援の方が阻害されました。我々は、むしろそれに乗じて学業の方に専念することができました。それでも、有為の人材があらぬ疑いをかけられて排除されていったのです。
いまや、古代文明に専門性を有する人材がいなくなり、研究も講義も進展がありません。古代文明の発掘品とは古代語で書かれた石板や木簡や書物なのです。もっと時代が下って古い時代の古典語から新しい時代の古典語まで結構な数が発掘されています。
ユリア殿はシングラーツ王国古典語本に精通されていると伺っております。その知識を応用して解読できる範囲までで結構ですので、ご協力いただければ非常に助かりますというお願いでございます。いかがでしょうか?」
ユリアが少し思案して言う。
「分かりました。一応解読対象のものを見せていただき、全く太刀打ちできないものを除きます。残ったものについては、さらに、わたくしが作った1冊のシングラーツ王国古典語本のシングラーツ王国現代語とフランソワール帝国語との3国語対訳本で対応できるものを除きます。それでも残ったものをわたくしの解読対象書籍といたします。対応する期間は当初の滞在予定までとします。それでよろしいでしょうか?」
リテラルスが言う。
「おお。ありがたい。それで結構でございます。もうすぐお昼ですので、昼食後にまたこの部屋においで下さい。それまでには依頼対象の書籍類をここに持ち込んでおきますので、ここで仕分けをしていただいて結構ですので、よろしくお願いいたします。」
((火山噴火という天災からの復興とはあまり関係のないように思っていたけど、それに乗じた政治がらみの人災すなわち人材不足を補う意味では広義の復興支援と言えるのかなと、自分を納得させるわたくしでした。))
少女は自分が直接手を下さなくてもほかの人が対応できるものはどんどん任せていきましたね。さすがに丸投げを多用してきたベテランです。しかし、自分でなければ対応できないものが残りそうです。どんなものが出てくるのでしょう。それではまたお会いしましょう。




