84.少女はドラゴンを倒して餌にする
少女は入国後の帝都への行程途中でアースドラゴンを討伐します。道中では穀倉地帯の民衆の希望を知ります。
ーーー 場面はかの国の帝都への行程途中
ユリアは、獣狩りとドラゴン討伐に行くため、夜明け前にイーアンとヘラルドとキルステンとともに本隊から別れた。4人は街道を逸れて農道に入り森に向かって走った。
ユリアは、生活魔法の照明で前方の狭い範囲を照らしながら先頭を走った。同時に探索魔法を張り、走行経路とその周辺に感知される障害物を避けて走った。後続の3人はユリアのすぐ後ろを遅れないように付いて走った。
15分程走ったところで森の縁に到達した。ユリアはイーアンに探索魔法で鹿など群れを成す獲物を探すよう命じた。イーアンは、すぐに探索魔法を展開して探索を始めた。
イーアンは、探索状況を口に出して皆に伝える。
「20km先までの範囲を探るっすよ。11時方向14km先に6頭のイノシシ、12時方向12km先に25頭の鹿の群れあり、その周辺には狼なしっす。」
ユリアが言う。
「イーアン、上出来よ。じゃあ、その鹿の群れを一頭残らずいただくわよ。私が先に行って背後に回り込むから、皆はこちら側から散らさないように追い立ててね。反転して逃げる鹿は皆に任せるわ。行くわよ。」
ユリアは長距離の瞬発移動で皆から離れて先に進み、鹿の群れの背後に回り込んだ。鹿の群れは、他の3人に追い立てられてユリアの方に逃げて来る。
先頭の鹿がユリアから100m程に迫った時、ユリアの弓矢が次々に放たれて、10頭の鹿がバタバタと倒れた。次の先頭が60m程に迫った時、また、ユリアが次々に放った弓矢で10頭の鹿が倒れた。
残りの5頭が反転して逃げ出すと、今度はイーアンとヘラルドとキルステンが瞬発移動で瞬時に迫り5頭全て斬り倒した。ユリアは放った矢20本を全て回収した。
4人は全員で協力して鹿を冷却処理した。そのあと、ユリアは自分の収納魔法に25体全て収納した。
ユリアが言う。
「皆、良くやったわ。目標にはあと5頭足りないけど、それは後にしてダンジョンの森を目指しましょう。イーアン、ここから探索範囲内に何かいるかしら?」
イーアンが答えて言う。
「ダンジョンの森の縁付近には小物がうじゃうじゃいるっすよ。大物はいないっす。」
ユリアが言う。
「それじゃあ、ダンジョンの森の縁まで一気に進むわよー。」
ユリアは、ダンジョンの森の縁まで来たところで立ち止まり、イーアンにドラゴンの探索を命じた。
イーアンが言う。
「ここから20kmの範囲内にはドラゴンはいないっす。複数のパーティーがそれぞれの魔物と戦闘中か戦闘態勢にあるっす。」
ユリアが言う。
「それじゃあ、あと20km先に進んでから、また探索するからね。行くわよー。」
ユリア達は30分程走って止まった。
「イーアン、探索開始して。」
イーアンが言う。
「分かったす。おおー。1時方向10km先にアースドラゴン発見。単独行動中。近くにパーティーなし。火焔ベアー3頭が追われて逃走中。他に大物魔物なしっす。」
ユリアが言う。
「イーアン、上手になったね。直ぐに対峙位置まで移動するわよ。私が正面で対峙する。イーアンは私の右斜め後ろ、ヘラルドとキルステンは私の左斜め後ろで対峙するのよ。」
ユリアたちは5分程走ってそれぞれの対峙位置に付いた。ユリアはドラゴンの前方約10mの位置で火焔ベアーとの間に割り込み、火焔ベアーを背後にして立った。火焔ベアーはそのまま振り返りもせずに逃げ去った。
ドラゴンは、急に小さなユリアが目の前に現れたのに気がついて、火焔ベアーを追うのを止めて立ち止まった。ドラゴンは、7m先で仁王立ちして自分を睨みつけるユリアを警戒して、距離を保ちながらユリアの周りをゆっくり回り始めた。
「イーアン、ヘラルドとキルステン、ドラゴンの視界に入る位置を維持するように動き続けてねー。私が新しい技を試してみるから。」
ユリアはそう言って、両手に2本ずつワンドを持ち、両手を広げてワンドの先がドラゴンの両目に向くように構えた。
「ダブル火焔膜目前出現技を喰らわせるからね。ドラゴンちゃん、私をよーく見るのよ。まだ火を吐かないでちょうだいね。こちらから先に行くわよー。」
((新技の名称、ちょっと長くてダサいかしら?))
ユリアは、目から金縛り魔法を放射しながら、両手からそれぞれ火焔膜目前出現技を放った。ドラゴンは、左右両目の目前に突然現れた眩い火焔を見てしまって、一瞬、両目を見開いたままで固まった。
ユリアはそれを見逃さずに間髪を入れず左右に位置変えしながら弓矢を2本射た。2本の矢は、それぞれ、左右の眼球を貫き、脳幹にまで達してドラゴンを絶命させた。
「やったー。新技が見事に決まったわ。これって虚仮威しだけど凄すぎだわね。ドラゴンまで腰を抜かしそうになったわ。」
他の3人が口々に言う。
「なんだこりゃあー。あの巨大ドラゴンを一瞬で倒してしまったっすよー。さすが師匠っす。」
「いまの、どうやったのか、さっぱり分からないぞ。ドラゴンが瞼を閉じたら弓矢なんて刺さりもしないのに。なぜ瞼を開けたままなんだ?」
「ユリア隊長、ドラゴンの目前で無防備に両手を広げるなんて、どれだけ度胸があるんだ。」
ユリアが言う。
「ほら、皆。なにを呆けているの。直ぐに冷却処理するわよ。」
ユリアたちは協力して巨大ドラゴンを冷却処理した。そのあとユリアはドラゴンを自分の収納魔法に収納した。
ユリアが言う。
「さて、これで獣狩りをほぼ達成、魔物討伐を達成したわね。皆さん。お疲れさまでした。これから本隊との合流地点に向かうわよ。足りない獣は、行程途中でイーアンが指揮して皆で狩ってね。私も協力するから。」
イーアンが言う。
「ユリア師匠。任せて下さいっす。ヘラルドもキルステンも俺の指揮でいいかな?」
ヘラルドとキルステンが言う。
「おう。頼んだぞ。」
イーアンは、現在位置で合流地点の方向を向いて探索魔法を使い、探索を始めた。
「あ。9時方向5km先にさっきの火焔ベアー3頭がハンター7人に狩られ中。おー。お誂え向きに、ここから12時の方向11km先を鹿の群れ12頭がこちらに向かって移動中。後ろから狼の群れ6頭が追跡中。ここから2km先で待ち伏せる。ユリア師匠。狼達をお願いしてもよろしいっすか?」
ユリアが言う。
「大丈夫よ。任せて。木の上から狙い撃ちするわ。」
ユリアたち4人は2km程走って3人が散って待ち伏せ態勢を整えた。ユリアは、ひとり少し前方の木の3m程の高さにある横枝に腰掛けて槍を構えた。
鹿の群れの先頭が待ち伏せ位置に来たとき、イーアンが先頭の鹿に飛びつき剣を首に突き刺して仕留めた。次の鹿にはヘラルドが、その次の鹿にはキルステンが、それぞれ同じように仕留めた。
ユリアは下の3人の間をすり抜けた1頭に背後から弓矢を射て首筋に命中させた。ユリアはさぐさま向き直り鹿を追ってきた狼達を、接近戦の秘術で次々に気絶させていった。6頭全て倒した後、ユリアは木から下りて狼達に止めを刺して回った。
イーアン達は、ユリアの1頭を加えて7頭の鹿を狩り、獣の目標頭数を達成した。狼6頭はオマケだったが貴重な食糧なので持ち帰ることにした。
ユリアたちは、予定よりも前倒しで目標を達成したので、少しゆっくり目に走った。ユリアは、できた余裕を利用していつもの通り薬草を採取しながら進んだ。
昼食時になったので4人は少し開けた場所で携帯食糧を食べることにした。
ユリアが言う。
「皆さん、お疲れさま。あと少しだけど、本隊と合流するまで気を抜かないでね。ヘラルドもキルステンも良くやってくれたわ。ありがとう。イーアンは、探索魔法の精度がずいぶん上がっているわよ。もう、私以上だと思う。師弟関係はこれで解消だね。」
イーアンが言う。
「えーっ。本当すか。これからやっとユリア師匠の役に立てるっすよ。」
ヘラルドが言う。
「イーアン。お前は、いつもユリア殿に付いてこんな狩りをしてたのか?狼達に追われる鹿を狩るなんて自殺行為に等しいぞ。」
イーアンが言う。
「それでもユリア師匠がいれば何とかしてくれるのだよ。あのドラゴン討伐を見ただろう。ワイバーン5体連続撃ち落としだって真正面から対峙して全く動じなかったのだ。ユリア師匠には、狼ぐらいは片手で十分なのさ。」
キルステンが言う。
「イーアン。お前だけそんな凄い所を見られたなんて、羨ましすぎるぞ。ユリア殿。俺たちアリースソン伯爵家騎士団の騎士達にも、いろいろ秘術を教えて下さるのですよね?」
ユリアが言う。
「キルステン。残念ながら、私はそれに答えられる立場にありません。でも、エドアルド様がこうして2国共同体で活動していることから、秘術の解禁は近いと思います。それに、デイビードお父さんがソルフィーナ様と婚姻されたら、ヴィルダー辺境伯家と親戚関係になります。期待していいと思いますよ。」
3人が声を揃えて言う。
「はい。その日を楽しみにしています。」
ユリアが言う。
「さーて。そろそろ出発しましょう。」
ユリア達4人は、予定通り本隊に合流した。本隊のみんなが、ユリア達の狩りの成果を聞きたがった。イーアンが自慢げに言う。
「おう。もちろん、予定通り、いや、予定以上の成果だったぞ。聞いて驚くなよ。アースドラゴン1体、鹿32体、狼6体だ。どうだ。みんな俺が探索魔法で見つけたんだぞ。」
エドアルドが言う。
「やったな、みんな。よくユリアを支えてくれた。これで予定通りドラゴンを奴らの餌に出来る。奴らの驚く顔が見物だな。」
ユリアが言う。
「これを目の前にぶら下げられて顔色を変えない悪人は、とんでもない悪人確定です。彼らには、これを持って来たわたくしが、金の卵を産むガチョウか葱を背負ってきた鴨に見える事でしょう。即座に何かしらの罪科を当てて拘束するか、騙して取り込もうとするでしょうね。
先に共有した行動計画通りに、わたくしは、おとなしく拘束または取り込まれた振りをします。エドアルド様には、隊の皆さんの動揺を抑え予定通り野営基地設営を指揮して、建設土木部門と復興作業の打合せをお願いします。
わたくしは、拘束されている間に、人質達と皇族様方の居場所を突き止めます。また、ドラゴンの運ばれる先を確認します。恐らく宰相様の個人的な収納場所に運ばれると踏んでいます。
そして、その日の夜か翌日未明にわたくしが人質達を解放します。わたくしや元人質達が、上層部の悪人達と戦闘になっても手を出さないように、皆さんを抑えて下さい。皆さんは、民間人で彼らと戦う根拠がないですからね。
わたくしが戦う正当性は、あくまでも自分の身柄を不当に拘束したことへの糾弾にあります。基本方針は内政不干渉ですからね。国家転覆罪と国の所有物横領罪の大罪人を捕縛する戦いについては、皇族様の要請に従ってついでに戦うだけです。」
エドアルドが言う。
「それでいいだろう。お前が戦闘で負けるとは思えないが、負けそうになったら俺が加勢する。相手方も、どれだけの人数が配下になっているか分からないからな。」
ユリアが言う。
「そんな人達の中にも、脅されたり人質を取られたりしてしかたなく配下になっている人達が多いと思いますよ。」
エドアルドが言う。
「分かった。手下どもはあまり痛めつけないようにしょう。」
ユリアが言う。
「ありがとう存じます。それでは、夕飯を食べて早めに寝ましょう。」
ユリアは、翌朝早く起きて準備の確認をしながら独り言ちる。
「先ず、明後日の朝に着るよそ行き用の少しおしゃれな外出着、拘束されたあとで着替える戦闘服、ワンド5本、槍1本、弓1つと矢50本、投げ縄、投げ網、護身用小刀、バイオリン、横笛、あと、ドラゴン1体、鹿32体、狼6体。そんなところかな。
携帯食糧と野営具類と作業道具類は、私の受け持ち分を全てヤコブセンに引き取って貰ったから、拘束されても支障なしね。ポーション3種類は、2本ずつエドアルド様に持たせたから当面は大丈夫ね。」
ユリア達ボランティア復興支援作業隊は、本日の行程90kmを少しゆっくり目の小走りで進む。街道周辺の景色は、ほとんど雑草も生えていない火山灰台地に見える。
時々、荷物を積んだ荷馬車や徒歩の人達とすれ違ったり追い越したりする。経済活動は少し戻って来ているようだ。飢えた人達は見かけない。地方領主は最小限の食糧供出はしているように見受けられる。
ユリアが言う。
「問題は、帝都オストバールへの食糧供給がどのように行われているかだわね。供給された食糧がちゃんと回っていれば、難民もそうそう暴徒化しないだろうに。」
エドアルドが言う。
「上層部の悪人達にとっては、そんな不満を持つ難民がいる方が都合が良いんじゃないか?彼らの国家転覆劇も、帝都の官僚機構全体掌握の途上なのだろう。難民を味方に付けて、不満の先を皇帝派の官僚達に向けさせれば、自分達の正当性に支持を得やすいからな。」
ユリアが尊敬の眼差しで言う。
「エドアルド様、凄すぎです。権謀術数の達人を目指しているんですね。」
エドアルドが言う。
「なに。単なる思い付きだ。俺はそんなものは目指していない。」
ユリアが納得顔で言う。
「済みません。冗談が過ぎました。エドアルド様は、この国の上層部悪人達の対極に居られる高潔なお方だと存じております。」
イーアンが言う。
「ユリア師匠。そろそろ昼食休憩っすよ。号令掛けるっすね。」
ここは帝都まで約40km程の地点だ。ユリア達は、街道から外れた少し広めの空き地に腰を下ろして、携帯食糧を受け取って食べ始めた。
すると、どこからともなく3人の子供たちが旗持ちの場所を目指して近寄って来た。少し汚れてはいるが、破れや継ぎはぎのない服装で、12歳位の年長少女を筆頭に10歳と8歳位の男児がエドアルドの前に立った。
ユリアは、彼らの傍に行き、ひと言ふた言話して彼らに片膝を着く儀礼の姿勢をとらせた。
年長少女がエドアルドに言う。
「突然で申し訳ありません。私達は、この地の庄屋の家の子供です。貴方様方は、隣国から来られた作業隊の方々とお見受け致しました。私達の窮状をお知らせしたく、なにとぞご理解お願いします。
このあたりの耕作地は表層の灰だけはなんとか除去しましたが、いまだに雑草もまともに生えていない有様です。春まき小麦はとうに諦めました。秋まき小麦の作付けは、11月までが期限です。これも間に合わなければ大飢饉となります。既に領主様の倉も底をつきかけていますので、この先どこからも食糧援助はありません。」
エドアルドが言う。
「お前達の窮状は分かった。それで、お前は私達にどうしてほしいのだ?私達は、帝都オストバールの市街地の復興支援作業を先にするように望まれている。
耕作地の土壌改良ももちろん支援作業の一つではある。だが、それは来年の春まき小麦の作付けに間に合わせる予定となっている。」
年長少女は言う。
「はい。そちら様のご予定は理解しました。でも、それではこの領地の民は食べ物を求めて帝都に行って難民となるしかありません。」
そこでユリアが言う。
「分かったわ。エドアルド様。この人を見てると、何だかあの時のわたくしを思い出しませんか?はい。それでは、貴女の勇気に免じて貴女の家の耕作地だけ土壌改良しましょう。良いですよね。エドアルド様。」
エドアルドが言う。
「ああ。お前が作った作業隊だ。お前の好きにしろ。」
ユリアが言う。
「ありがとうございます。では、作業隊の皆さん。お昼を食べたら、腹ごなしに耕作地土壌改良の予行演習をします。やり方は、まず、耕起の応用で70cmの深さの土を表層にするように土の上下入れ替え掘り返し作業をします。そのあと、通常の深さで耕起作業を行います。
対象範囲はここの区画全体の幅500m奥行き100mの5ヘクタールです。1ユニットで幅方向50mの範囲を担当します。それでは、配置に付いて下さい。
ところで、お嬢さん。私はユリアよ。貴女のお名前を聞いてもよろしいかしら?」
((あ。6歳の私が12歳のお姉さんを、お嬢さんと呼んでいいのかしら?))
年長少女は言う。
「あ。はい。ユリア様。わたくしはエステルと申します。」
ユリアが言う。
「それでは、エステルさん。これから土壌改良の予行演習をしますので、お家の人に許可を貰ってきて下さい。なんなら、立ち会いもどうぞとね。」
作業隊は、横方向に50m間隔で並んで配置に付いた。庄屋さんの一家総出の見学を受けながら作業を開始した。各ユニット約8分で50m幅行き工程の深堀返しが終わり、同じく約8分で通常の耕起の50m幅戻り工程を終え、全工程を約16分で完了した。
ユリアが皆を見回して言う。
「だれか、育成魔法属性持ちはいないかしら?」
すると、年長少女エステルが手を上げて言う。
「はい。わたくしは育成の魔法を持っています。」
ユリアが指示するように言う。
「では、エステルさん。いま土壌改良作業と耕起作業をした耕作地のこのエリアに、この小麦の種をまいて育成してみてください。その結果に今までと違いがあるか教えてください。」
エステルは、言われた通りにユリアから小麦の種を受け取り、近くのエリアに3cmほどの浅い溝を3列作って小麦の種を3cm間隔で撒いた。そのあと、溝に土をかぶせ、足で軽く踏んで土を押し固め、生活魔法の水をたっぷりとかけた。
エステルが詠唱をして育成魔法をかけると、撒いた麦の種から葉っぱが数枚にょきにょきと生えてきた。
エステルがこれを見て言う。
「あっ。これまでとは全然違います。これまでは、いまと同じように何度もやっても、いつも芽だけ出してそのまま枯れていったのです。これは、このままでもちゃんと育つ土になっています。ユリア様。ありがとうございました。」
ユリアが土壌改良作業の予行演習完了を宣言して言う。
「はい。これで土壌改良作業とその成果確認が完了しました。土壌改良は成功いたしました。お疲れさまでした。それでは皆さん、道具類を速やかに収納して出発しましょう。庄屋様。予行演習の土地をお貸しくださってありがとうございました。それでは、ご機嫌よう。さよなら。」
見学していた庄屋さん一家は、腰を抜かしている者、口をあんぐりと開けている者など、みんなしばらく動けないでいた。
ボランティア復興支援作業隊は、すぐに帝都へ向けて小走りで走り出した。次の野営地は帝都へ残り10kmの地点だ。帝都へ近づくに連れて民家が多くなるが、辺りに点在する耕作地らしきものは雑草もまばらな空き地状態だ。
ユリアがエドアルドに言う。
「火山灰被害地の広がりによっては、食糧不足はシングラーツ王国やフランソワール帝国よりも深刻かもしれませんね。この国の官僚機構には地方領地を支援する発想がないのかしら。だから、食糧事情がどうなっているか把握していないか、わざと無視しているかですね。」
エドアルドが言う。
「ユリアは為政者に対して辛辣な評価をしがちだな。私も為政者側の人間だがユリアにそんな評価をされたくないぞ。」
ユリアが言う。
「エドアルド様は尊敬に値するお方です。ご安心くださいませ。サンガルス村にも直ぐ来て下さって、現状把握した上で税の全面免除と種芋の貸与を約束して下さいました。」
ユリア達一行は、夕刻前に行程最後の野営地に到着した。既に明日の立ち回り行動計画のすり合わせはできているので、皆比較的ゆったりとしている。
ユリアは皆を集めて、土壌改良の予行演習の感想や改善点を聞くことにした。
収納魔法持ちのヤコブセンが言う。
「10ユニット分の作業道具類を、収納魔法で出し入れするのにちょっと時間が掛かったけど、慣れればスムーズに行けそうだ。」
ヴィルムード辺境伯家騎士のスクーナーが言う。
「私達のユニットには交代要員がいなくて全工程を3人だけでやり通したが、これくらいなら魔力の消費は少ない。交代要員が9人いるから、あと3ユニット増やしたらどうかな。」
狩りのパートナーのヘラルドが言う。
「各人の魔力量にもよるだろうが、今日の予行演習くらいの作業量なら、午前午後各3時間半の1日7時間なら、マナポーションなしでも行けそうだ。」
エドアルドが言う。
「帝都街区の建物や瓦礫の撤去作業や更地化作業にも十分応用が利きそうだな。先方との打ち合わせで、作業のやり方や人員配分と休憩の取り方はこちらに任せて貰う。必要以上に頑張らなくてもいいぞ。」
ユリアが言う。
「みんな作業のコツを掴んでいるようね。この調子で現地作業15日を乗り切りましょう。スクーナーが言った3ユニット増やす件は、道具類は余分にあるから必要ならすぐに実現できます。皆さんで話し合ってください。
ただし、上層部悪人達を捕縛したあと、再度の話し合いで作業対象の優先順位が変わるかも知れないことを念頭に置いていてね。今日の庄屋の子供エステルから聞いた話では、11月中の作付けの方が優先度が高そうだったからね。上層部のまともな幹部達がどの程度現状を把握しているかにもよるわね。」
エドアルドが言う。
「優先順位変更はあり得る話だな。みんな、どんな事態にも対応できるように心構えをしておくように。よし。今日のところは早めに寝て明日に備えよう。」
翌朝ユリアは少し小奇麗な余所行き向けの服を着用した。残り10kmの道中で汚すことはないから、そのままでオストバールの街に入る予定だ。
ユリア一行は、朝食後すぐに出発して1時間半ほどで街の街道門に到着した。門番兵による簡単な身分確認と持ち物確認だけで門を通過できた。ユリアたちは、街道に続く大通りをまっすぐ宮城へ向けて進んでいった。
ユリアが歩きながら言う。
「街の防護壁の中は火山噴火被害の爪痕が多く残っているね。屋根や壁に開いた穴を塞ぐ臨時のあて板があちこちの建物に見られるわ。住民はたくさん見かけるけど、正常な生活や経済活動のようには見えないわね。噴火から優に半年以上は経っているのにこの有様ですか。やはり政変で国家機能がマヒしているために復興が進んでいないのかしら。」
エドアルドが言う。
「ユリア。お前の癖が前面に出ているぞ。気を付けろよ。今の権力者を支持したり媚び諂う向きが聞いていないとも限らないからな。だが、自力でどうにもならないのなら、何故半年以上もの間、他国に支援を求めてこなかったかだな。その答えが政変を悟られないためというのはあまりにも稚拙すぎる。」
ユリアが言う。
「エドアルド様も気を付けてね。稚拙というのは、例えば、政変を正当化する理由を思いつかなかったということね。それは政変当時も今も権力基盤が弱いということかしら。」
エドアルドが言う。
「そうかもしれないな。ユリア。おしゃべりはここまでだ。もうすぐ宮城門に着くぞ。」
ユリアたち、ボランティア復興支援作業隊一行は、宮城門を守る門番の簡単な質問や持ち物検査だけで宮城内へ通された。
門から入ってすぐのところで、ユリアたちは馬に乗った16騎の騎兵団に囲まれて、連行されるような形態で宮城の行政棟の入り口前まで案内された。騎兵団16騎はユリアたちの後ろに逃げ道を塞ぐように立っている。
行政棟前の10段ほどの広い階段を上がったところには、数名の上層部の幹部らしき人たちが立って待っていた。
ユリアは一同を代表して片膝をつく儀礼形式で挨拶の口上を述べた。
「ご挨拶を述べることをお許しいただけますか?」
階段上の一人、宰相レルムンド・ド・ヨグメリアは、幼児にしか見えないユリアが代表していることに少し苛立った顔をして、しかし、侮ってはいない様子で言った。
「これはこれは。其方がこの一行を代表して挨拶を述べるというか。まあ、よかろう。どのような挨拶をするか見せてもらおう。」
ユリアが言う。
「ありがたき幸せにございます。わたくしはユリアと申します。わたくしを始め多くのものはフランソワール帝国から来ましたが、国家や領地を身分の背景としないボランティアでございます。
御国の火山噴火被害からの復興を支援する作業隊として、自分達用の食糧と野営装備を携えて参りました。御国からは、この宮城内に野営地のご提供をいただきたく存じます。
なお、こちらの4名のものだけは、シングラーツ王国ヴィルダー辺境伯家の所属のままでございます。来年の蝗の幼虫焼き払い作業団のために、御国東部乾燥地帯への行程を実地踏査することを主な目的としております。
本日は、わたくし共の入国と支援作業実施や行程踏査のご許可をいただけたお礼の挨拶のほかに、一般の人々との友好を深めたく手土産を持参いたしました。特に窮状を訴える人々に向けて食糧を配給する行政部署へ納入されるものと理解しております。
その手土産というのは、これでございます。一旦ご確認の上、しかるべき国庫部署への納入をお願いいたします。」
ユリアは口上を終えると同時に、収納魔法からアースドラゴンを引き出して階段上に置いた。
階段上には、宰相レルムンド・ド・ヨグメリアのほか、外交担当長官コルネイ・ド・フォルケス、内政担当長官ライアン・ド・エフレイン、騎士団長エルネスト・ド・オスムールが立っていた。4人とも急に出てきたアースドラゴンに腰を抜かさんばかりに驚いて後ずさった。
4人のうち、宰相だけは、ユリアが収納魔法持ちであると見抜いた。そして、そのような能力を有するユリアが、ガスゴーシュたちの言っていたあの信じるに値する筋であるに違いないとも気づいた。
宰相は、取り込んでおいて損はないとの欲特勘定にまかせて言った。
「ユリアと言ったな。其の方、このアースドラゴンをどこでどのように討伐したのだ?」
((おっ。そっちの罪科で来ましたか。))
ユリアが答える。
「はい。ここから200kmほど街道を下った先の近くのダンジョンの森で、わたくしの弓矢で討伐しました。両目の傷をご覧ください。」
宰相がほくそ笑んで言う。
「ほう。この国ではダンジョンに入るのに許可が必要で、アースドラゴンを討伐するのにもそれなりの資格が必要だ。だが、其方は無許可で無資格で討伐したのだな。現物のアースドラゴンがここにある以上、言い逃れはできないぞ。ダンジョンへの無許可侵入の罪、および、アースドラゴンの無資格討伐の罪で其方を捕縛する。おとなしく縛に付け。」
ユリアは、騎士団により、大人しくなされるままに縛について引っ立てられていった。
((あらあら。ほとんど事前の予想通りじゃないの。どこまで分かり易い御仁なのかしら。))
少女はついに入城して予定通りに拘束されました。アースドラゴンの行方はどうなるでしょうか。2国共同体交渉団の皆さんはどうしているでしょうか。皇帝一家は見つかるでしょうか。心配の種は尽きませんね。それではまたお会いしましょう。




