82.少女は出発前にかの国の現状予測と行動予測を共有する
出発前日の午前中の会議が続きます。作業隊の位置づけや指示系統の話が承認されたあと、少女からかの国に政変があったという予測が出されます。
ーーー 場面はアリースソン伯爵領主館の会議室
ユリアは、伯爵を始め会議出席者全員に対して、かの国現地での組織上におけるボランティア作業隊の位置付けと作業指示系統の考えを開示し、意見を求めた。
この場で最も高位の爵位を持つレオニール・ドゥ・フランソワール侯爵が最初に発言した。
「手紙には可及的速やかに来て欲しいとある点から、かなり期待されているようだ。その期待の高さに応じた高位者向けの受け入れ体制が予想される。それを断るのは先方の心証を害する恐れがあるが、ユリアはどうするつもりだ?」
ユリアが答えて言う。
「はい。既に事前の手紙で、食糧も野営装備も持参で行くから、野営地以外の一切の提供は不要との連絡済みです。
受け入れ体制は、饗応や部屋の提供及び組織内組み込みなどの実態を伴わない形式だけに止めてくれるならば受け入れます。つまり、実質の交渉や協議相手はあくまで建設土木担当部署のみとします。
この内容で、先方に無駄な饗応などの事前準備をさせないように、入国と同時に飛鳥便の手紙を出します。これでいかがでしょうか。」
レオニールが言う。
「分かった。先方は物分かりが良さそうだから、先手を打ってあるなら揉めることはないだろう。だが、国家の背景を持たない個人の資格だから、先方に囲い込まれないよう十分に注意するんだぞ。」
ユリアが言う。
「はい。分かりました。ありがとうございます。レオニール様。」
((実は、個人資格であることは相手を油断させる仕掛けの一つです、なーんて言ったら私が行くのを止められそうだから、今は言わない。))
次に、アリースソン伯爵が言う。
「ユリア殿の言うとおり、位置付けや組織化によって効率が変わると思うから、建設土木担当部署との協議で作業を進める件は了解しました。
先方の優秀な復興作業人材に対する、魔力適用土木技術の指導についても了解しました。
だが、くれぐれも越権行為をしないように、作業隊全員の管理指導を徹底すること。いいですね。」
ユリアが答えて言う。
「ありがとうございます。伯爵様。もちろん、作業隊員が違法行為をしないよう厳に取り締まります。なお、作業内容によっては建設土木担当部署の決裁権限を越える案件も出てくると思います。その場合は、内国案件と同じ稟議ルートで回すか、最終決定権者に直接回すか、当該担当部署の判断で決めてもらいます。」
伯爵が言う。
「宜しいでしょう。ユリア殿は自由な環境でこそ力を発揮されます。先方も直ぐにそれに気付いてくれて最大限の便宜を図ると信じましょう。あと、友好醸成パーティーとは何でしょう?」
ユリアが言う。
「はい。先方の帝国皇帝宮城に着いた日の夕方に、先方側の復興作業者や宮城職員、場合によっては帝国幹部の人達を招待して、焼き肉パーティーで友好を深めようという企てです。そのための肉類は、行程経路の近くの森で調達します。」
伯爵が言う。
「なるほど。それは面白そうな催しですな。ただし、飢えた人達が察知して暴徒化して食糧強奪に走らないように、十分な対応策を講じる必要が有りますよ。何か考えていますか?」
ユリアが言う。
「はい。恐らく、かの国の騎士団や軍隊でも難民暴徒への対応問題は頭痛の種でしょう。復興作業者として臨時雇用して賃金を払っても、買うべき食糧がないでは意味がない。直近の食糧不足には、食糧を調達して来るしか対策が有りません。
では、どうやって調達するか?有るところからもって来るのです。有るところとはダンジョンの森です。それはかの国への行程経路近くの森のさらに向こう側にあり、ほとんど開発が成されていません。
つまり、普通の森で普通の獣を狩り、更に奥へ進んでダンジョンの森で魔物を倒すのです。そうして、100人が30日間食べられる分の食糧を調達します。かの国の復興対策の担当部署に100人を雇用してもらい、その賃金で肉を買っていただくのです。
例えば、鹿なら1頭で約300人の1回分の食事が賄えます。30頭も狩れば100人が30日間食べられます。この獲物をかの国の食糧担当部署に無償提供するのです。
子供の戯言とお思いですか?わたくしは、こう見えてもハンター資格1級の保有者ですよ。既に、ハンターパーティーメンバーもボランティア作業者の中から確保済みです。わたくしを含めた4名で狩ります。
((食糧が有るところは、実はダンジョンだけじゃないのですよ。意外なところに食糧があるはずなんです。そこから放出すれば、難民や暴徒の問題は一気に解決です。))
この件は、内政担当部署と警備担当部署に相談する事になると思います。当然、かの国からの金品や資源の余分な持ち出しは生じません。彼らにとっての通常業務の範囲内です。いかがでしょうか。伯爵様。」
伯爵が言う。
「うーむ。肉ばかりで大丈夫かはわからないが、十分現実的な対策案に思える。いいでしょう。了解しました。無償でそれだけ提供出来るなら、今回の交渉で食糧支援なしとした件の穴埋めにもなるし、ボランティア作業隊の手土産にもなる。
さらに、難民対策として仕事を与え、特に暴徒化を抑制する効果も見込める。内政担当部署には有難い提案でしょう。
今回交渉では食糧支援がないため、かの国の今現在抱える最大の問題解決がなおざりにされました。その点には、かの国の上層部や民衆にも多少の不満が残っているでしょう。そこに、少しとは言え食糧支援がくれば、喜ばれて友好ムード醸成に寄与するに違いありません。」
ユリアが言う。
「ありがとうございます。伯爵様。」
ユリアが続けて言う。
「あっ。ネイトビアス様、ご意見をお願いいたします。」
挙手をしていた騎士団団長のネイトビアスが言う。
「難民暴徒の幾人かは既に捕縛されて、処刑されたか投獄されていると思う。難民の中には彼らに同情的な者もいるだろう。仕事や食い物を与えるにしても、全員に行き渡らないと不公平感が生じる。難しい問題だが君はその問題点をどう考える?内政不干渉に逃げるか?」
((おーっ。やっと、待望の最難関問題を提起してくれましたね。騎士団団長さん。ありがとうございます。))
ユリアが答えて言う。
「はい。基本的には、おっしゃる通り内政不干渉に逃げます。獣や魔物を手土産の食糧として提供した後は、その取り扱いを我々の手からかの国の側に移します。もし、難民対策への協力としてさらなる獣や魔物の追加を求められた場合には、食糧支援は交渉妥結内容と異なるため丁重にお断りいたします。
さて、ここまでのお話は、かの国の上層部が正常に機能している場合の楽観的計画です。ここからは、少しショッキングで悲観的な予測をお話いたします。
すなわち、かの国の現在の上層部は、国を豊かにする政治集団よりも、自分が豊かになる略奪集団化している可能性が高いことです。実は、獣や魔物の提供は、かの国の上層部の清廉度を測るための餌なのです。提供した食糧がどのように分配されるかがその物差しですね。
そのような予測をする理由や根拠についてお話いたします。
まず、かの国が、帝国の国庫や幹部達の蓄えから、実際にどの程度放出して難民を支援したのか疑問です。それを疑う理由は、暴徒化するほど困窮した難民がいるのに、交渉団からの食糧支援一切なしの提示をあっさりと受け入れたことです。自分達が明日食べるものが無いほどに難民支援で供出しているのならば、そこまであっさりと引き下がるのはおかしいでしょう。
ガスゴーシュ様は交渉ごとの最高スキル保持者です。一方、かの国の宰相レルムンド・ド・ヨグメリア様も恐らく同様のスキル保持者です。両者の腹の探り合いと化かし合いでは、一応、宰相様が勝利を収め、食糧以外の援助を勝ち取りました。でも、宰相様は、食糧の支援一切なしというところに落とし穴があることに気づかなかった点では、ガスゴーシュ様にしてやられましたね。
なぜかというと、2国共同体交渉団の後方支援部隊、すなわち、シングラーツ王国官僚組織とフランソワール帝国官僚組織は、ともに、出血を覚悟して国内の乏しい食糧を掻き集めるから、かの国への食糧支援交渉を節度ある合意点で妥結するように指示を出していました。つまり、2国共同体の皆様は、かの国が我々の国以上の食糧危機にあると予想していたのです。ところが、ふたを開けてみると、かの国は食糧支援一切なしをあっさりと受け入れました。
どうですか。違和感しかないでしょう。予想が外れたわけでありませんよ。事実、かの国の帝都への道中で手紙が発せられ、火山灰で耕作地に作物が育たないから土壌改良の手段を考えるよう指示が来ましたよね。そのような状況の国家が食糧支援をいらないなんて言うでしょうか。それをあっさりと言った国の上層部をどう評価するかなんて自明ですよね。わたくしの考えは穿ちすぎとか、幼稚すぎるとかの類のものでしょうか。」
ネイトビアスが言う。
「なるほど。君の論調が先ほどまでとは真逆の方向に変わって来たのは理解した。だが、かの国の幹部上層部に対する疑惑を持った理由は、食糧支援一切なしをあっさりと受け入れたことだけか?ほかに何か理由があるのか?」
ユリアが答えて言う。
「はい。先ほど見せていただいた、ガスゴーシュ様からのお手紙の原本の記載ぶりです。皇太子殿下を除く人物寸評の中で思考の性向に関する記載が3名、人物の性格に関する記載が2名でした。どういうことがお分かりですか?ガスゴーシュ様は後の2名、すなわち、次官様2名以外は信用できないということをさりげなく記載されたのです。
恐らく、手紙の内容は検閲を受けることがわかっていたので、暗号化されたものと思われます。2国共同体交渉団は、我々が可及的速やかに出発し到着するまでの間、丁重なもてなしで引き留めされているのではないでしょうか。そうすると、今度我々が赴いたとき、どのような扱いを受けるか見ものですね。」
ネイトビアスが言う。
「なんだそれは。理由の一つとした食糧支援なしを受け入れた件も、別の理由とした手紙の記載の件も、見た目には何も不審な点がないではないか。そのような微妙なことが根拠になるのか?」
ユリアが答えて言う。
「はい。十分な根拠となります。その手紙はガスゴーシュ様がわたくしに宛てたものなのです。字面の裏に隠された本当の内容は実に盛りだくさんですよ。ガスゴーシュ様は、わたくしなら本当の内容がわかると確信されていたのです。
まずキーワードが、火山噴火、噴火物、皇帝の逝去、流行り病、ポーションといくつも散りばめられています。それらはすべてわたくしが言い出したものです。火山噴火はそのままの意味です。噴火物は礫や灰などによる建物や耕作地への被害を意味します。皇帝の逝去は被災者の暗喩になっています。流行り病は隔離を意味します。そして、ポーションはわたくしを指しています。なお、皇帝は本当に逝去されたか疑問です。
さらにいえば、皇太子は若いとはいえ子供とは書いてなかったですよね。大人になった皇太子が政務に実権がないなどということがあるでしょうか。皇帝が逝去されたのに、なぜいまだに皇太子のままなのでしょう。そしてここが重要な点です。つまり、皇太子を無力と印象付ける一方で、敢えて宰相様が事実上の最高権力者だと書いた点です。これは取りも直さず、宰相様が不法に権力を奪取したことを意味しています。その一味が、外交担当長官と内政担当長官の二人です。
そして、ポーションというキーワードでわたくしのことを書いています。表の内容は、内政担当次官イスタラム様がポーションで流行り病から生還したという事実です。そして裏の内容は、わたくしが感染、つまり、捉えられて隔離、つまり、拘束監禁されるということを意味しています。」
ネイトビアスが驚愕したように言う。
「何なのだ、その深読みは。単なるこじつけではないか。私には、そんなことが書いてあるなどとは一つも読めないぞ。でも、仮にそれが本当なら2国共同体交渉団にも君にも害が及ぶ大変な事態だぞ。ガスゴーシュ卿は表の内容の文章に、そこまでの裏の内容を隠せるほどの暗号の専門家なのか?どなたか、ガスゴーシュ卿をよくご存知の方、ご意見を賜りたい。」
伯爵が言う。
「ガスゴーシュ公爵は、わたくしの館に時々来られている。確かに、常人では理解できない些細なことも分かった上で会話をされていた。残念だが、暗号の専門家であるかは知る由もない。でも、ユリア殿については、前筆頭執事の言動の違和感と些細な表情変化だけを根拠に、彼の悪事を見破った実績がある。」
エドアルドが言う。
「ガスゴーシュ卿には、我がヴィルダー辺境伯家を訪問された折にお会いした。卿は、歓迎の晩餐会でユリアを指して、ユリアは世間話のちょっとしたひと言の言葉の意味を汲んで自ら動いて協力してくれると、ユリアの言葉の意味を読み解く力を認める発言をされたことを覚えている。恐らく、その手紙の表の内容で裏の内容まで読み解いてくれると確信されているのではないかな。」
レオニールが言う。
「私もアルチュール殿とはよく話をする。そして、発している言葉の内容はそのままで理解できるが、後で聞くと、その裏の内容の方が重要だったということが何度かあった。私には、話しているその場で裏の内容を汲み取る力がないようだ。だからこそ、エドアルド殿が言うように、自分の発言の裏の内容を汲み取れる力をもつユリアに渡ることを見越して、あの内容の手紙を出したのかもしれない。」
ネイトビアスが頷いて言う。
「なるほど。貴重なご意見を賜りました。そうすると、いよいよ、かの国の政変ともいえる事態が真実に見えてきましたな。下手をすると国家間の紛争になりかねない事態ですぞ。当事者としてかの地に赴くユリアはどう対処するつもりだ?2国共同体交渉団は既に拘束されているかも知れないし、君自身も拘束されるかもしれないのだろう?」
ユリアが答えて言う。
「わたくしは一度、おとなしく拘束され監禁されてやります。欲に目が眩んだ彼らには、わたくしが金の卵を産むガチョウに見えているでしょう。
でも、拘束される前に、獣や魔物を彼らの前にぶら下げて、彼らがそれをどうするかを見ます。そのまま国庫に入れて難民への配分を手配するなどと、まともな官僚のようなことはしないでしょう。そして、わたくしに対して、賄賂を提供したという罪科をねじ込むか、違法討伐だといういう罪科をねじ込んで拘束監禁した後で、堂々と押収着服するに違いありません。
もちろん、わたくしに対して架けられる罪科はどちらも該当しません。かの国からは野営地以外の一切の提供は受けないと言っているから賄賂と立証できないし、ハンター資格1級保有者は狩りや討伐で国法の縛りを受けません。
いずれにしても、目の前にぶら下げた獣や魔物を押収してくれれば後の進行は一直線です。どこに納まるか追跡すればいいのです。ついでに、皇太子殿下や皇帝陛下も探します。わたくしなら監禁拘束されていてもそれができます。宮城内部で探索魔法などを駆使して、皇太子殿下の動向や皇帝陛下の現在地を探るのです。そして、監禁を脱して少なくとも皇太子殿下を助け出します。
彼らが押収したものが難民の口に入ることがないのを見届けたあとは、不法に押収したものを私物化した罪で彼らを糾弾します。その際には、救出した皇太子殿下や皇帝陛下も一緒に国家転覆罪などで彼らを糾弾してくだされば心強いし最高ですね。なお、彼らが抵抗して戦闘になったら、わたくしは個人の資格で戦います。2国共同体には迷惑を掛けません。」
ネイトビアスが呆れ顔で言う。
「ユリア。君は夢想家の傾向があるのではないか?たった二つのあやふやな根拠から、かの国の上層部の国家転覆劇を想像し、皇太子を救出して反逆者たちを糾弾するなどとは、なんとも壮大すぎる空想活劇の世界ではないか。その悲観的な予測が間違っていたらどうするのだ?」
ユリアが澄まして言う。
「別に、どうもしません。初めの楽観的計画の通りに進めるだけです。そちらの方がわたくし達にはむしろ好ましいシナリオです。その場合、難民対策については、こちらは内政不干渉ですから、かの国の政策にお任せです。」
エドアルドが言う。
「さて、ユリアのかの国の上層部に対する2つの予測が出ましたが、私たちボランティア作業隊は、当該上層部と対面して獣や魔物を提供するまでは共通の行程で進みます。
その後、相手方が楽観的予測の対応で来た場合は、ユリアを含めた陣容で、指定された野営地の提供を受けてテントを設営し前進基地を作ります。その後の交渉もユリアが主体で行い粛々と復興支援作業を進めます。
一方、悲観的予測の対応で来た場合は、ユリア抜きの陣容で、同様に前進基地を作ります。その後の交渉は、私エドアルドを主体としイーアンを補助として行います。私は途中で蝗幼虫殲滅作戦の行程経路を踏査しますので不在となります。その間は、ユリアが戻っていればユリア主体、そうでなければイーアン主体で交渉や復興支援作業を進めます。
悲観的予測の場合、ユリアは監禁拘束されて、あの空想活劇の世界の住人となります。ユリアは単独行動で、皇太子殿下による反逆者たちの糾弾と帝国上層部の正常化を陰から下支えします。その後は残りの復興支援作業に就きます。
以上が出発前の確認事項のまとめです。」
ユリアがエドアルドに目くばせして言う。
「ありがとうございます。エドアルド様。簡潔にまとめてくださいました。皆様から特に質問がなければ、出発前の行動内容やすり合わせ事項の確認会議を終了とさせていただきます。ご散会くださいませ。」
少女はかの国の現状についてとんでもない政変の予測を出しました。出発前から今後の展開の2つの予測を共有する会議となりましたね。あの偉そうな有力者が簡潔にまとめてくれました。次回はいよいよ出発ですかね。それではまたお会いしましょう。




