71.2国共同体交渉団は入国を果たす
2国共同体交渉団は交渉希望の書簡の返答がこない事態の打開を図ります。
ーーー 場面は2国共同体交渉団の前線宿舎
フランソワール帝国側を主としシングラーツ王国側を副とする2国共同体交渉団は、オスムール帝国への国境門前の大宿屋を前線宿舎として活動を始めていた。
2国共同体交渉団の共同リーダーであるフランソワール帝国代表のガスゴーシュは、先日から出している入国と面会希望の書簡に対してオスムール帝国から何も返答が来ないことに焦りを感じ始めていた。同様に共同リーダーであるシングラーツ王国代表の外務官僚フリンゲルも進展しない状況に苛立ちを覚えていた。
そのような状況が数日続いたとき、ガスゴーシュは、エンリサス皇帝名で出されたクリューソス大公からの書簡を受け取った。少し遅れて、フリンゲルも、ヴィルダー辺境伯名のダルビードからの書簡を王国側補佐官アルベルド経由で受け取った。
両リーダーは、受け取った書簡を互いに交換して読んで情報共有した。それらに書かれた内容は、ほぼ同一の内容で、現状を打開する案とその案をバックアップする国レベルの支援体制を構築中とある。いずれも、強気でオスムール帝国側を懐柔して入国を果たすこと、そして、会談では節度ある程度に大判振舞いの支援提供を許可する旨の提案と督促の内容であった。
ガスゴーシュが2国共同体交渉団の幹部連を集めて両書簡の内容を説明する。
「今、私とフリンゲル殿は、奇しくも本国からの書簡で現状打開のための督促提案を受け取った。その書簡はほぼ同じ内容なので代表して掻い摘んで説明する。
先ず、我々に課せられた目的を再確認すると、最小限でも蝗幼虫殲滅作業団を入国させて、現地への移動と現地での作業を行うためのオスムール帝国の許可を取り付けることである。我々のいま置かれた現状が、かの国との交渉のための入国前段階で書簡の往来さえ拒否されていて、前に一歩も進めない状況であるとの認識でよろしいな。
これらの書簡には、かの国の内情の推測に基づいて、かの国に門を開かせて会談の席に着かせるための懐柔策が記載されている。そして、もともと我々は本国の全権委任を受けて動いているが、これらの書簡により全権の想定範囲がかの国の内情に即したものとなった。
かの国の内情というのが、ボスべニア火山の大噴火で壊滅的な大被害を受け、現在も混乱の最中にあるということだ。現時点ではこれは推測にすぎないが、信じるに値する筋による推測である。
そしてこれからが本題だ。我々に許されたかの国への提案内容というのが、病人や怪我人の治癒支援のための医療従事者投入とポーション無償提供という、本国に大出血を強いるものだ。そのほか、被害状況によっては、食糧提供と復興支援の労働力の提供も可能だ。まさに大盤振る舞いであるが、本国の状況も考慮して節度ある妥協点を探る必要がある。
そして、忘れてはならないのが、かの国が外敵の侵入を過度に恐れて疑心暗鬼になっている可能性だ。我々がその外敵であると認定されないように十分配慮しなければならない。そのためには、かの国に我々の真の目的を理解させることが必要だ。すなわち、我々の本国が蝗害で今年の食糧収穫が激減している実情を認識させ、来年の蝗害防止のため蝗幼虫殲滅作戦が不可欠であると理解を求めることが必要である。
皆さんには、今の内容を理解した上で、早急に、かの国に手渡す交渉開始のための書簡の内容と、かの国の責任者に書簡が確実に渡る工夫を考え出してほしい。ここまでで、何か質問がありますかな?」
シングラーツ王国側の随員が挙手をして質問する。
「私はシングラーツ王国内務官僚のイムステップといいます。当初の蝗幼虫殲滅作戦に使える予算が、蝗害被害予想額の半額までという制限があったと記憶しております。今回の提供項目の金額換算はこれを大きく超える可能性がありますが、本国はこれを容認するという認識でよろしいのですか?」
共同リーダーのシングラーツ王国外務官僚フリンゲルが言う。
「私の理解範囲で回答する。まず、提供内容は節度ある範囲で妥協点を見出すことになるが、当初の制限を超えても問題ない。ただし、かの国からの要求が大きすぎれば、例えば、無償ではなく10年か20年の延払い償還とするか、鉱物採掘権または優先低額輸入権を要求するなど、交渉力で妥協点を見つけることが節度ある範囲の中身だと考える。これでよろしいかな。」
イムステップが頷いて言う。
「さすがフリンゲル殿。それを聞いて安心した。」
ガスゴーシュが補足説明する。
「私から一つ補足する。提供内容のうち、ポーションについては無償でよい。画期的な調合方法が国中の薬師達に無償開示された代わりに、薬師達も無償動員に応じたようだ。」
アルベルドが独り言ちる。
「あれはユリアのお手柄だな。信じるに値する筋って言うのもユリアに違いない。おそらく、蝗幼虫殲滅作戦も現状の焼き払い手段だけでなく、何らかの投資回収手段を考えているはずだ。何ならユリア自身がオスムール帝国に乗り込んで来るんじゃないか?」
ガスゴーシュがアルベルドに話しかける。
「アルベルド殿。何か思いついたというお顔ですな。ユリア殿に関係することですかな?」
アルベルドが言う。
「はい。蝗幼虫の発生地帯を焼き払った後は、普通は放置するでしょうね。ですが、ユリアならば違った見方をするだろうなと考えたのです。例えば、見渡す限り一面の小麦畑かじゃがいも畑に変えてしまうとか。」
ガスゴーシュが言う。
「なるほど。投入資金回収手段ですな。開墾を請け負う代わりに、入植者を受け入れさせるとか、一部を安く買い取るとか、ほかの代償を求めるなど有りそうですね。でも、性急過ぎると領土欲を疑われかねません。時を見て慎重に提案するのがよろしいかと存じます。」
アルベルドが言う。
「おっしゃる通りですね。我々2国共同体側に支配欲も領土欲もないことを示すいい手段がないか、私なりに考えてみました。
始めから、かの国への支援ありきではない方が良さそうだと。
あくまでも今回の交渉のための入国と帝都までの通行許可に対する謝礼の形で、書簡に10本程度のポーションをサンプルとして添えて提示するのです。
交渉の目的の傍証として今年の小麦収穫量の前年比と、蝗害の連続発生傾向の文献の写しを添えるのも有効でしょう。
入国させてくれれば、推測通りの内情である場合、先方から支援要請などあるかもしれません。その時こそ、我々の全権委任の威力と交渉力が発揮されるでしょう。」
ガスゴーシュが言う。
「うーむ。本国からの促進督促案とは少しちがう案ですが一考に値するものです。これまでが書簡のみだったところ、ポーションという最も食いつきそうな餌を添える訳ですな。それが超特級ポーションだと知った、かの国の責任者が触手を伸ばしてくるはずだと。
先ほど私も性急すぎる提案は控えるようなことをいいましたが、これなら、通常の謝礼の範囲ですな。ただ、ポーションも書簡も途中で消えて向こうの責任者まで届かない事態を想定すべきでしょう。」
アルベルドが言う。
「そうですね。王国組織に送った時と同様に、書簡とポーション入りの箱に警告文の紙を貼るのはどうでしょう?例えば、この書簡の送達の日から7日以内に返答書簡が届かない場合は、御帝国の政治行政組織に異変があるものとして関係各国の総力を挙げて相応の干渉を行う、など過激でしょうか?」
ガスゴーシュが言う。
「ほう。名文ですな。少し過激ですがその理由を付けると釈明になるでしょう。既に2度に渡って送ったが1通も返答がない、などですかな。よろしい。この案でメンバー全員に諮ってみましょう。」
ガスゴーシュが全員に諮った結果、アルベルドの案が全員一致で採用された。すぐに正式の交渉文面とポーションと警告文を整えて国境門の係官に手渡した。
2国共同体交渉団のメンバーは、送った書簡の返答が届くのを悶々として待った。そして、6日後に待望の返答書簡を受け取った。
ガスゴーシュが代表して返答書簡を読む。
「返答の代表者はスベラトス・ド・オスムール、職位は皇帝代行、皇帝の息子さんだ。なお、皇帝クミルトス・ド・オスムールは、先のボスベニア火山の大噴火に巻き込まれて|身罷られたそうだ。当2国共同体交渉団として哀悼の意を表しましょう。
こちらからの書簡は、先の2通とも受け取っていないとのこと。確かに行政組織の一部混乱があり紛失したらしきことを謝罪している。混乱の原因は、先の大噴火の被害を受けた被災者が難民化した事のようだ。近隣の都市周辺に難民キャンプを形成し、一部が暴徒化して略奪を繰り返しているらしい。
安全のため馬車4台と護衛騎士20騎を送ったので、乗り合わせて帝都オストバールへ来て欲しい、我々の願い事項は許可する方向で詳細を協議する、彼らからも混乱状態収拾のための相談をしたいとある。
なお、添付されたポーション10本は有難く受け取った、重傷者や流行病の隔離者に少しずつ試したところ、みるみるうちに快癒した、貴重な医薬品の贈り物をいただき感謝する、とある。以上だ。
交渉団の皆さん、ついに事態を打開しました。明日にも帝都オストバールへ向かいます。準備を整えておいて下さい。」
ガスゴーシュはアルベルドに向かって言う。
「アルベルド殿。策が当たりましたね。脅し文句で険悪な事態にならなくてよかった。それに、交渉も、いきなり切り札を使わず、当方の出血も少なくできます。
それにしても、信じるに値する筋の推測は恐るべき精度で当たっていましたね。大公殿下が信じて、補充の交渉団随行員にポーションを持参させた判断も大当たりでした。」
アルベルドが言う。
「そうですね。ガスゴーシュ殿の誘導もお見事でした。これからが本番です。気を引き締めて交渉に臨みましょう。」
2国共同体交渉団の一行は、翌早朝に開かれた国境門からオスムール帝国に入国を果たした。ガスゴーシュが、待ち構えていた護衛騎士たち20騎の隊長チェルギスと挨拶し、道中の護衛を頼んだ。一行は馬車4台に分乗して街道を一路帝都オストバールへ向けて移動を開始した。
国境門の1kmほど先にある宿場町を素通りして、街道の両側に穀倉地帯が広がる地域を進む。格別の蝗害は顕著には見られず、噴火物被害もみあたらない。道はほぼ平坦で起伏がほとんどなく、馬車は快調に疾駆して進む。この辺りは西側山系からは一番遠くて目立って大きな噴出飛来物はなかったらしい。
2国共同体交渉団の一行は、国境門から120kmほど離れた宿場町で一泊することになった。
ガスゴーシュが独り言を言う。
「この辺りはまだ火山噴火の噴出物による直接の被害は皆無のようだ。国境を接している我が国の民が、火山の噴火があったことすら知らなくても無理はないな。信じるに値する筋は火山の噴火をどうやって知ったのだ」
2国共同体交渉団の一行は、翌朝、朝食後にすぐ出発した。4時間ほど進んだところで昼休憩を取った。このあたりでも、噴火から時間がたっているせいか噴出物の痕跡はみあたらない。
ガスゴーシュが食事処の女将に話を聞く。
「女将さん。ちょっと話を聞かせてもらいたいのですが。この辺ではボスべニア火山の大噴火の影響は何もなかったのですか?」
食事処の女将が答える。
「いいえ。大ありでしたよ。白い灰が降って来てどんどん積もっていったんです。二日ほどは外を出歩くこともできなかったですね。今は灰も雨で流れたりして積もっているところはないですが、農家の人たちは作物が枯れたり育たなかったり、大被害を受けたようですよ。」
ガスゴーシュがアルベルドの方を向いて言う。
「こちらは蝗害よりも火山被害で食糧不足が起きていそうだな。アルベルド殿。護衛の騎士ひとりを貸してもらってください。ここから国境門の本国側の前線宿舎を経由して帝都レパルナスの皇帝宛とアリースソン伯爵家宛に手紙を出しますぞ。内容は、オスムール帝国では、畑作地の土壌が火山灰に汚染されて作物が育たない被害が出ているから、土壌改良の手段を考えてくれという依頼だ。あの信じるに値する筋にも話が伝わって考えてくれることを期待する。」
入国して2日目の夕刻、2国共同体交渉団の一行は国境門から240kmほどの距離にある宿場町で一泊することになった。ここまでの街道沿いでも畑作地に作物が植わっていたり収穫を無事に終えた形跡が見られなかった。このあたりは、上空の風向がちょうど火山の風下に当たり、火山灰の被害が大きい地域らしい。
2国共同体交渉団の一行は、3日目の朝も、朝食後にすぐ出発した。少し進んだあたりから、火山弾の飛来した痕跡が残っているのがちらほら見え出した。地面にめり込んだり凹みを作ったりしている。街や村の屋根や壁に弾痕や貫通孔を残している。進むにつれて少しずつ被害状況が深刻になっていくのがわかる。
そして、3日目の夕刻、2国共同体交渉団の一行は、帝都オストバールの街の防護壁門について、護衛騎士団による顔パスで街中に入った。街中の中央通りを進んだ先に皇帝居城が城壁高く構えていた。
城壁門は開いていて、馬車の隊列はここも護衛騎士団の顔パスで通過した。馬車は宮殿前広場を通り宮殿入り口前で停車した。宮殿前広場の石畳にも火山弾が当たった痕跡のくぼみが大小あちこちに見られた。
2国共同体交渉団一行が馬車から降りると、宮殿入り口前には官僚機構のトップである宰相以下が出迎えた。
ガスゴーシュは、一行を代表してオスムール帝国宰相のレルムンド・ド・ヨグメリアと挨拶した。一行はすぐに宮殿内に招き入れられて広い応接間で一服した。そのあと、ここで2国共同体交渉団一行全員とオスムール帝国側応対者全員との顔合わせが行われた。このあと、歓迎の晩餐会が行われるらしい。
((何はともあれ、入国してオスムール帝国帝都の宮殿までたどり着いたわけですね。皆様お疲れさまでした。翌日からは厳しい交渉が待っています。がんばってくださいね。私の考案した焚火利用高温空気やお日様反射板型集熱機の活躍も近いかな。))
交渉団は見事に策がなって入国が叶いましたね。かの国は少女の推測通り火山噴火の被害を受けていましたね。交渉の行方はどうなるのでしょうか。それではまたお会いしましょう。




