67.少女は薬師様を鍛える
少女は偉い薬師様にポーション調合の秘術を伝授します。
ーーー 場面はアリースソン伯爵領主館
ユリアは、今朝は自分で目覚めて洗顔して体調を整えていた。すぐに部屋にメイドのナリアが入って来て挨拶しながらユリアの着替えを手伝う。
ユリアは言う。
「先日ナリアさんにお薦めいただいた学問分野の医薬医療分野は、今のわたくしの事情にぴったり嵌まりました。ありがとう存じます。」
ナリアが言う。
「それはようございました。わたくしもお薦めした甲斐がありました。ユリア様の事ですから既に学習お済みかとは存じましたが、図書館は知識の宝庫でございますから。」
ユリアが言う。
「ええ。正にその表現がぴったりの場所ですね。今まで知らなかった原理や新しく解明された物事をたくさん仕入れることが出来ました。医薬品の開発でこれからメリデリン様と深い議論をする上で、欠かせない知識と考え方を身に付けて武装することが出来ました。」
ナリアが言う。
「何か勇ましい響きがありましたが、どうか穏やかにお願いします。ところで、今日のご予定を伺っておりませんが、いかがなさいますか?」
ユリアが言う。
「はい。わたくしの教育計画では、メリデリン様が望まれれば薬草採取から始めますが、お急ぎであればいきなりポーション調合を実技指導します。医薬部門のファーミルソン様には既に許可を取り付けましたので、調合室を拠点とします。」
ナリアが言う。
「承知いたしました。それでは、これから食堂で朝食をお取りくださいませ。」
ユリアが食堂に入ると、メリデリンと医薬部門のファーミルソンが同席して配膳を待っていた。ユリアは許可を得て同席させてもらった。
ユリアは言う。
「おはようございます。メリデリン様、ファーミルソン様。失礼ですが、お二人は以前からのお知り合いでございますね。」
メリデリンが言う。
「ユリア師匠。おはようございます。ファーミルソンとは大学の同期で、学科も同じだったのです。マジョルーサ様は私達の1年先輩でよく面倒を見てくださった。あの頃は三人でことあるごとに議論したなぁ。今はもう懐かしい思い出だ。」
ファーミルソンが言う。
「ああ、そうだったな。私と君はいつもマジョルーサ先輩にやり込められてばかりだった。マジョルーサ先輩はあの頃から医薬を志す者の公共奉仕精神を説いていた。今回のポーション調合秘術の公開は、先輩の面目躍如といったところだな。」
メリデリンが言う。
「私は、皇帝専属薬師に収まって先輩の言葉にそむいてしまった。でもいま先輩の教えを実行する機会がやっと巡って来たと思っている。」
ユリアが言う。
「そうだったのですね。わたくしもその一端に関わることが出来て光栄です。ところで、メリデリン様は、今回、薬草採取から始めますか、それともいきなりポーション調合秘術の習得からになさいますか?」
メリデリンが言う。
「時間の都合上、ポーション調合秘術の習得からにしたい。」
ユリアが言う。
「分かりました。ファーミルソン様。医薬部門の調合室を拠点として使わせていただきます。朝食を食べたら、さっそく行きましょう。」
ファーミルソンが言う。
「ユリア殿。医薬部門から数名の薬師を聴講生として参加させてほしいのだが。」
ユリアが言う。
「メリデリン様が作業されるのに邪魔にならない程度なら問題ありません。直に見聞きした後で、ご自分で実践なされば習得も早いでしょう。」
ユリア達は調合室に入って、少しびっくりした。調合室には既に10名が待っていたのだ。噂を聞いて街の薬師も7名が集まって来たらしい。
ユリアが言う。
「少し予定変更いたします。メリデリン様の調合と並行してどなたか1名様にも調合していただきます。ほかの方は聴講生としてどちらか一方に分散して下さいませ。」
すると、聴講生から一人メディバルが進み出て言う。
「それでは、わたくしメディバルが代表として調合秘術の習得に挑戦させていただきます。よろしくお願いいたします。」
ユリアが言う。
「いいでしょう。調合器具類をあと1組準備して下さい。」
「初めに調合鍋を清浄度特級以上の清浄水で洗浄してから、同じく特級以上の清浄水を規定量入れて下さい。ここには既に超特級グレードへの分かれ目があるので注意して慎重に洗浄して下さい。」
「清浄水を入れた鍋をコンロで加熱して一度沸騰させ10秒後に火力調整して90度プラスマイナス2度を保ちます。」
「原料薬草はこのヒール草をつかいます。この量でポーション瓶5本分の抽出が出来ます。調合者は手に取って原料の品質レベルを確認して下さい。」
「確認したら、清浄水が沸騰するまでの間、薬研で粉末化して下さい。粉末サイズをわたくしが確認してOKしたら火力調整済みの調合鍋に投入可能です。いまはまだ投入せずに、しばらく次の工程の準備運動をします。」
「さて、撹拌魔力注入工程で秘技を用いるための準備運動です。皆様は魔力を撹拌魔力注入棒を通して魔力のままで調合液中に放射出来ますね。ここでは、両手で撹拌魔力注入棒を持ちます。」
「そして、片手ずつ同時に異なる種類の魔力を通して棒で合流させて放射します。例えば、右手には火魔法の魔力、左手には光魔法の魔力という具合です。」
「調合者は2種類以上の魔力適性をお持ちですよね。はい。メリデリン様は水と氷で、メディバル様は水と土ですね。いいですよ。」
「では、練習のため空中で魔力放射してみましょう。狙いはこの横方向に張ったリボンに当てることにしましょう。初めは少し多めに放射し、次は自分で制御出来る範囲で少なく放射します。」
「メリデリン様からどうぞ。・・・あら、リボンが揺れませんね。左右が同じ魔力になってますよ。体と頭で魔力の違いを感知出来るまでそちらでもがいてください。」
「では、変わってメディバル様どうぞ。・・・おっ。リボンが結構揺れてますね。はい。魔力放射量を絞れるだけ絞ってください。そう、まだ多いですよ。これが限界ですか?あとひと絞り、頑張って。うん。いいでしょう。」
「メリデリン様は、できそうですか?はい。それではどうぞ。・・・おう。さすがです。こんどはリボンが大きく揺れてますね。ここからググッと魔力放射量を絞りましょう。・・・ほう。リボンのゆれが極めて小さくなりました。はい。いいですよ。」
「それでは、薬草の粉末を調合鍋に投入して下さい。そして、準備運動の最後部分と同じくらいのレベルで魔力放射しつつ撹拌していきます。撹拌速度はいつもと同じで結構です。」
「さて、この工程の撹拌魔力注入の止め時は、皆様ご存じのとおり、調合液の色が変わり始めて1秒ほど待ったあとです。このタイミングもグレードに影響しますので、見逃さないよう注意して下さい。」
「色の変化がなくなったら、1分間おいて固形分濾過工程です。濾過の透過液を静置分離用のガラス容器に入れながら固形分を除去して下さい。静置分離は少なくとも1時間半は置きましょう。」
「ここから先は、もう、わたくしが口出しするところはありません。お二人の調合されたポーションがどのグレードになるか、結果が楽しみですね。」
「ちょうどお昼の時間となりました。皆様ご退出下さい。ドアの鍵を掛けていたずらされないようにします。」
参加者達は、工程を振り返ったり意見交換のため、全員で一緒に昼食をとることにした。
メリデリンは、肝心の撹拌魔力注入工程で、メディバルに遅れを取ったことが相当悔しかったと見える。
メリデリンが食堂の席に座って言う。
「私は、複数種類の魔力の区別ならはっきり付けられるんだ。だが、種類の違う魔力を体の別々の所に同時に流して放射するなど、普通の調合では必要なくて考えもしなかった。そのような普通でないことを発想するために、人はどれだけの経験を積み、どれだけの失敗を重ねればいいのか想像もつかない。」
ファーミルソンが慰めて言う。
「ユリア殿は、我々普通の人とは違う頭の構造をお持ちなのだ。君は普通の人の中では突出して回転の速い頭脳を備えている。そんな君が羨ましがったり嘆いたりする必要はないさ。」
ユリアが言う。
「わたくしは、複数の事柄を基に推論と試行錯誤を経て結論に至る手法で魔法や秘術を身に付けてきました。しかし、このポーション調合に関しては、まったくの偶然で見い出したもので、特別の発想も失敗もありませんでした。」
メリデリンは言う。
「そのような偶然に遭遇して理由を突き詰める事こそ、普通の人の領域を超えた何かがあるのだろう。」
ユリアが助け舟を出すように言う。
「メリデリン様。今日の調合トライアルは、さすがに経験に裏打ちされた慎重さと安定して思い切りのよい正確さに溢れていました。きっと超特級グレードが出ていると思いますよ。」
メディバルが喰い気味に言う。
「ユリア殿。私はどうでしたか?」
ユリアは突き放すように言う。
「メディバル様は、調合は普通にお上手でしたよ。でも、結果は、ぎりぎり超特級グレードか、特級グレードの上といったところでしょう。何が悪いとは言いませんが。」
メディバルが拗ねたように言う。
「そんなぁ。自分で悪い所を探せと言うことですかぁ。」
そう言い合っているうちに昼食を終えて、皆で調合室に戻った。調合者の二人は、静置分離用のガラス容器から、ポーション瓶5本に移し替え、全ての工程を完了した。
メリデリンは、これから鑑定式を取り行うと宣言した。鑑定者と責任者はメリデリン自身、証明者がファーミルソン、操作者がメディバルで挙行された。
二人分のポーション鑑定が終わってから、メリデリンが鑑定票をファーミルソンに手渡した。ファーミルソンは、少し芝居がかったポーズと声音で言う。
「それでは、我が国で最初の超特級ポーション調合の秘術習得実践訓練の結果を発表する。
先ず、メディバル殿のポーションは、ぎりぎり超特級ポーションと鑑定された。ひとまずおめでとう。
次に、メリデリン殿のポーションは、基準を大きく超えた超特級ポーションであると鑑定された。さすが皇帝専属薬師の面目躍如たる結果だ。
この結果、ユリア殿の超特級ポーション調合秘術習得実践訓練は満足のいく成果を上げて大成功を収めた。ユリア殿に拍手で感謝を示そうではないか。」
参加者全員の拍手で実践訓練を終了した。
ユリアは最後に念を押すように言う。
「わたくし自身が行う秘術習得実践訓練はこれが最後です。後は、本日実践で習得されたお二人による二次講習と、聴講された方々の自助努力で調合秘術の使い手を増やしていってください。なお、この調合のやり方でなぜ超特級グレードになるかの理由を突き止めることは、わたくしの領分ではありません。」
メリデリンは言う。
「ユリア師匠。それで十分だ。理由や理屈の究明などは大学の研究者に任せればよいことだ。ただ、師匠に一つ頼みがある。原料のヒール草を少し分けてはもらえないか?今日はもう一回調合して感触をなじませたいのだ。」
((あれ、メリデリン様も学究肌ではないようね。知識や理論の武装もいらなかったみたい。))
ユリアが言う。
「では、あと瓶10本分のヒール草をお分けいたします。おひとりで2回調合なさるか、どなたかに半分分けるかはメリデリン様にお任せいたします。わたくしからは、あんまりやりすぎてマジョルーサ様みたいに目の下に隈を作って変なお顔にならないようご注意申し上げます。」
((マジョルーサ様、ごめんなさい。))
ユリアは、午後の時間が少し空いたので、また図書館で医薬医療関係の書籍を漁った。
ユリアは言う。
「外傷や代謝異常や疲労の対症療法用ポーションの大量生産のめどは立ったわね。後は、流行り病の原因を元から絶つ方法について、どのようなことができるか論文や教科書的なものを調べましょう。大災害後には流行り病が発生するって言っちゃったからね。
これまでに読んだ書籍の中には、流行り病の原因について明確に記載されたものはなかったな。最新の医薬医療現場の情報も対症療法がほとんどだったわね。そうすると、ある特定の症状と、それが流行した時の条件、すなわち、季節、気象、生物環境などを紐づけしてまとめると、何か見えてくるかもしれないわ。
書籍から記載を探して今ちょっとまとめてみよう。
特定の症状が、頭痛、筋肉痛、発熱、のどの痛み、咳、全身の倦怠感であるとき、季節は主に冬季、寒く乾燥している、人から人へ伝染する。原因物質や生物は不明ね。
特定の症状が、嘔吐、下痢、腹痛、発熱であるとき、季節は冬以外が多い、人の飲み水や食事の環境が貧弱、例えば、水がきたない、食べ物が古い。原因物質や生物はこれも不明か。
特定の症状が、筋肉の引きつり、けいれん、呼吸困難であるとき、傷を負ったことが原因、傷口が土に触れる部分が多い。原因物質や生物はこれまた不明だわ。
うーん。こうしてみると、結局発生原因や感染原因はどれも不明だわ。困ったな。でも、感染経路は特定の症状ごとにかなり絞り込めるわね。それに対応した感染防止策なら立てられそう。だけど、被災地の現地でどのように普及させるかが課題だね。
それなら、希望的観測だけど、かの国オスムール帝国の国家組織と下部組織が一応機能しているものとして、彼らに被災者への感染対策の指導と普及を任せるのが一番楽ね。
感染対策の指導内容としては、発病している人との接触を避ける、汚い水を飲まない、汚いものや腐ったものを食べない、食べる前に手を洗ってきれいにする、傷口を晒さないなどがありそうね。
被災者にその内容を実行させやすくするためには、感染者の隔離、きれいな飲み水の供給、作り立ての食べ物の供給、傷口を保護する包帯を供給することが有効そうだ。
これらのうち、2国共同体側からの援助品として準備すべきは、飲み水、食料品、包帯の供給などか。私が言わなくても、当局者は先刻ご承知で手配済みとか言ってくれないかな。
これは、たぶん明日帝都に帰られるメリデリン様宛に手紙に書いて、手渡ししましょう。後はお任せいたします、とかいってね。」
((これで、オスムール帝国の火山大噴火による深刻被害が現実であるときの対応について、私の関与できることはここまでと区切りを付けられる。これからは、魔物討伐の経験を少し積み上げたいかな。それにしても、今日の調合秘術実践訓練のお二人は魔力制御がお上手でした。))
少女は子供ができることはやりつくしたと感じたようですね。大人が放っておくかは疑問ですが。このあとは何をするのでしょう。楽しみです。それではまたお会いしましょう。




