61.少女はメイドになる
少女は大公とモーニングティーでお話しします。
ーーー 場面はアリースソン伯爵領主館
ユリアは、今朝はメイドのナリアに起こされた。前日の薬草採取やポーション作りで少し疲れたようだ。
ユリアは、ナリアがユリアの身仕度を整えながら、侍女の仕事ぶりで話す今日の予定を聞いていた。
「ユリア様。今日は、朝食後に少しくつろいでいただいたあと、大公殿下のモーニングティーのお話の相手役がございますよ。午後にはアフタヌーンティーを兼ねて楽器演奏会です。ソルフィーナお嬢様も共演されますよ。聴衆は大公殿下や伯爵様ご夫妻はじめ大勢でございます。」
ユリアは何か面白いことを考えついたように、ナリアに言った。
「ナリアさん。モーニングティーで大公殿下に最初のティーを煎れるのを、わたくしにさせていただけないかしら?あとは、パメラさん達にお願いするわ。もちろん私も最初だけエプロンするの。どうかしら?」
ナリアはそれを聞いて頷きながら言う。
「それは、ユリア様にとってはとても貴重な経験になるでしょう。でも、お客様がどう思われるか、わたくしには測りかねます。事前にお許しを得られてからの方が宜しいかと存じます。」
ユリアは少し食い下がる。
「確かにそうですわね。でも、それでは面白みがありませんわ。皆様方を拝見しておりますと、何か変わった事がないかと常にアンテナを張っておいでのようです。
メイドさん達の縁談結果予想しかり、騎士団の訓練状況の観覧しかり、ポーション調合工程の立ち合いしかりで、枚挙にいとまがありません。
そんな中、予期しない光景をお見せして驚かせてあげるのがわたくしに課せられた義務だと思っておりますの。」
ナリアがそれを聞いて侍女の口調で言う。
「そのような義務など聞いたことがございません。ユリア様がこれまで苦労して築き上げて来られた信頼や好印象が台無しにもなりかねません。わたくしとしてはお勧めできません。」
((ナリアさん、堅すぎですよ。なかなか落とせませんね。それでは方針変更して率直ベースで攻めます。))
ユリアが更に食い下がって言う。
「ナリアさんの、わたくしを思っての諫めの言葉ありがとうございます。だから今回は人を驚かす義務としてはやりません。目的をわたくし単独のわがままに変更します。お茶を煎れる訓練がしたいだけなのです。ナリアさんを共犯者にはいたしませんのでご案心を。エプロンも自分で準備します。」
それを聞いたナリアの態度が急に軟化した。
「ユリア様。そういうことでございましたら喜んでお手伝いいたします。わたくしからパメラ達に話して置きますし、エプロンもご用意します。ただし、お客様には、その場でご自身の事情をお話しくださいませ。」
((ナリアさんにはもう無条件降伏いたします。堅い上に教育的指導の精神が徹底し過ぎています。))
ユリアは、言う。
「ナリアさん。わたくしの年相応のわがままを聞き入れていただき、ありがとう存じます。それでは、食堂に朝食を食べに参ります。」
ユリアは、朝食のあと自室で、お茶に関する本を読んで予習していた。しばらくして、ナリアがドレスとエプロンを手にして部屋に入ってきた。
ナリアが手にしたドレスとエプロンをユリアに見せながら言う。
「ユリア様。これからこのドレスに着替えていただきます。エプロンの方は、お客様の大公殿下に事情を説明して了承されたら、パメラに着けてもらってくださいませ。最初のお茶を煎れたあとは、またパメラにエプロンをはずしてもらってくださいませ。」
ユリアはありがたく受け入れて言う。
「ナリアさん。何から何まで手配してくださってありがとう存じます。確かに、その手順なら無難ですね。大公殿下は、わたくしに、お名前で呼ぶことをお許しになりましたが、親しき仲にも礼儀ありの精神が大事ですね。」
ナリアは、少し首を傾げて言う。
「その精神は言い得て妙の表現ですね。不覚にも、わたくしは存じておりませんでした。隣国の方ではよく使われるのですか?」
ユリアは、恐縮したように言う。
「あっ。ごめんなさい。ナリアさんが知らなくてもまったく問題ありませんわ。わたくしが、たった今思いついて言って見た言葉ですから。」
ユリアはドレスアップして、モーニングティーの開催場所であるサロンに入った。大公はまだ着いていなかったので、ユリアは、部屋で待機していたシルフィーに次第を簡単に説明した。
「シルフィーさん。よろしくお願いします。初めのお茶はわたくしがホスト側として煎れます。その後は、お二人にお願いしますね。」
シルフィーは、頷きながら言う。
「はい。わたくしもパメラと一緒にナリアから聞いておりますよ。お茶の葉を入れる前にお湯の熱さにご注意くださいませ。」
ユリアはうれしそうな顔で言う。
「はい。ご忠告ありがとう存じます。」
そこに、大公がパメラに案内されて入ってきた。ユリアは立ち上がって、大公がテーブルの対面側に立つのを待って、口上を述べながらカーテシーで挨拶した。
「ようこそおいで下さいました。クリューソス大公殿下。どうぞおかけ下さいませ。本日は、ひとつお願いがございます。わたくしが最初の一杯をお煎れしてもよろしいでしょうか?精進始めの未熟な身で恐縮でございますが、クリューソス様の厳しいご批評を賜りたく切にお願い申し上げます。」
大公は、最初少し驚いたが、すぐに微笑み顔になって、そのあと芝居がかった声音で言った。
「おう。ユリア殿。既に友となった間でそこまでの畏まった口上は不要なのだが、ふむ、大方の事情は察した。淑女教育の成果で見事わたしが唸るようなお茶を煎れて見せよ。」
ユリアは、カーテシーを解くと、すぐにパメラにエプロンを着けてもらった。ユリアはトコトコと歩いてティーテーブルに着いて、茶葉を準備した。そして、ティーケトルの中の湯の熱さをチェックした。
ユリアが言う。
「お湯が少し熱めですので冷まします。ティーポットは少し予熱しておきます。」
ユリアは、生活魔法の風魔法でティーケトルを冷却した。ついでにお茶の焙煎に使うティーポットは生活魔法の火魔法で予熱した。
ユリアが言う。
「茶葉とお湯は少し多めに入れますね。」
そう言って、茶葉をティーポットに4杯分入れてティーケトルからお湯を注ぎ、茶葉成分の抽出を始めた。5分ほど後に大公のカップに濾過布を介してお茶を注いだ。冷えたカップで湯温が飲み頃より僅か熱い程度に冷却された。
ユリアが言う。
「クリューソス様。たいへんお待たせいたしました。わたくしも、このあとはお客に早変わりしますので、あと少々お待ちくださいませ。」
ユリアは、そう言って、パメラにエプロンをはずしてもらって椅子に座った。二人は、ほぼ同時に言った。
「それでは、同時にいただきましょう。」
ユリアは、熱さも適度で香りや風味もここまで飲んだ中では最高だと自画自賛した。そして、大公の批評を待った。大公は、目を瞑って味覚と嗅覚に集中している様子で、ひと口目を鑑賞していた。
大公は、しばらく余韻を味わい楽しんだあと、徐に批評を開示し始めた。
「ユリア殿は、このような種類の茶を煎れるのは、何度目なのかな?」
ユリアは端的に答える。
「わたくしは自分で煎れるのはこれが初めてでございます。」
大公は考え込むように言う。
「うーむ。この味と風味や香りはカウントシルバーであろう。だが、この銘柄でここまで芳醇で深みのある味と香りは初めてだ。アリースソン伯爵家では最高級のものを取り寄せていると思うが、客が私ということで特別に出してくれたのかな?」
この質問にはパーラーメイドののパメラが答えた。
「大公殿下。この茶葉は確かにカウントシルバーでございます。でも、失礼ながら、当家では最高級品は取り寄せておりません。普通の中級の上といったグレードのものでございます。」
大公がびっくりしたように言う。
「しかし、今煎れてもらったのは、味と香りと気品で、帝都レパルナスで愛飲している同じ銘柄のものよりもはるかに高級だと感じたのだが。何か秘密でもあるのかな?」
パメラが答える。
「いいえ。大公殿下。伯爵様は、このグレードの茶葉でわたくしたちの煎れ方の腕前によって最高級品に匹敵する味わいを出すよう、常々、ご冗談のように仰せでございます。先ほどのユリア様の腕前は、恐らくわたくし達を超えたものでございましょう。」
大公が半分納得顔でいう。
「ユリア殿。メイドの評価は聞いての通りだ。私の評価も先ほど言ったとおりだ。ユリア殿は、先ほどのエプロン姿のとき、ことお茶煎れに関する限り最高のパーラーメイドであったわけだ。誇ってよいぞ。」
ユリアが恐縮して言う。
「クリューソス様。お褒めの言葉をいただき、ありがとう存じます。わがままを申した甲斐がございました。さて、わたくしが満足したところで話しを本題に移しましょう。クリューソス様がわたくしをご指名されたのは、何かお聞きになりたいことがおありだからなのでしょう?」
大公が、本題に入るというように姿勢を正して言う。
「ユリア殿。そういってくれると話しやすい。私は、この国の皇帝エンリサスの弟ということもあり、皇帝から君のことを探るよう命じられている。だが、君を今すぐどうこうするつもりはない。ただ、君なりの考えを聞き出せればよい。言いたいことは、分かるかね?」
ユリアは少し考えて言った。
「はい。国のトップの関心事と考えればおのずと答えは見えてきます。今のオスムール帝国、フランソワール帝国、シングラーツ王国が関わる国際的な問題の本質を明らかにして今後の対応策を考えたいということですね。」
大公が驚きながらも感心したように言う。
「なるほど。ガスゴーシュが君のことを絶賛する理由が理解できた。ポーションだけではないのだな。我が国は、先の蝗害で受けた被害が三国の中で最も大きい。同様に大きな被害を受けたシングラーツ王国の協力を得て、共同でオスムール帝国を説得することにより、三国共同蝗害対策を大々的に実施するというのが、あと数か月のうちに実現するべき目標だ。この目標実現のために、既に君には多大の貢献をしてもらっている。」
ユリアは、大公の話を途中で遮るように言う。
「クリューソス様。話の途中で申し訳ございません。オスムール帝国の内情や帝国全体の状況は、何らかの手段で入手されていると思います。わたくしの予想と答え合わせをしてみませんか?まず、わたくしから先に言いますね。かの帝国は、恐らく蝗害とは別の問題で手一杯と言ったところではないでしょうか。いかがでしょう?」
大公は、驚きで目を丸くして言う。
「かの帝国とは、1年近く前から国交が途絶えていて間諜の入国さえままならない。国民の間にも厳重な緘口令が敷かれていて、十分な情報が得られていないのだ。詳細は不明だが、国全体の存亡にかかわる事態であると予測している。」
ユリアは、確信を得たとばかりに話す。
「クリューソス様。この帝国の上層部でも事態の内容の一端も掴めていない状況なのですか。そんな状況で幼児のわたくしが申し上げるのは、本来差し控えるべきかも知れませんが、あえて申し上げます。
オスムール帝国の西側山系にあるボスべニア火山が今年初めに大噴火したと聞きました。これはご存じですよね。だけど、その影響については何か推測されましたか?
わたくしは、医薬部門のメディバルに聞いて大噴火のことを知りました。わたくしの推測では、噴火によって吐き出されたり吹き上げられた大量の礫や灰が、町や穀倉地帯に流れて来たり降り積もったりして、広い範囲に大きな被害を与えたはずです。」
大公は、信じられないという顔で言う。
「ユリア殿は想像力豊かな御仁だ、いや、理解力や直感が凄すぎるというべきか。私もボスべニア火山の大噴火のことは聞いている。だが、その影響がどの程度のものか、わが国の組織内では論ずる者さえいなかった。ユリア殿は何を根拠にその推測をしたのか、聞かせてもらえるかな。」
ユリアは、いよいよ本質に話が及ぶと覚悟して話す。
「はい。先ほどのメディバルによると、この国では春からこの方薬草が生育しなくなったとのことです。春先からこの国では雨期になりますが、火山の大噴火で高空に吹き上げられた何らかの成分が雨に混じってこの国に降り注ぎ、土壌に影響を与えたと考えると、一応のつじつまが合います。
つまり、この国でさえそれだけの影響があるなら、火山の地元の国では、もっと大被害を受けているはずだという類推です。」
大公は一応納得した顔で言う。
「うーむ。ユリア殿の推測が当たっているとすると、かの国は蝗害対策どころではない可能性があるな。それは、こちらにも都合の悪い厄介な事態かも知れないぞ。軍隊レベルの外国勢を入国させてくれる希望も費えるか。」
ユリアが、提案するように言う。
「この推測がどの程度真実かは入念な調査が必要です。でも、考えようによっては、3国が歩み寄るきっかけが作れるかもしれません。すなわち、ほかの2国がかの帝国に援助を差し伸べるのです。ほかの2国、フランソワール帝国とシングラーツ王国も、蝗害で疲弊していますが、かの国はそのレベルではないかもしれません。
何もせずに来年また蝗の大群の来襲を受けたら、ほかの2国も立ちあがれないほどの被害を受けるでしょう。だから、余力を振り絞って2国から復旧援助隊を送るのです。その一部を蝗害対策部隊とすれば、嫌がられずに送り込めるでしょう。いかがでしょう?」
大公は、はっと気が付いた様子で言う。
「ユリア殿。よく話してくれた。君の推測の信憑性を早急に明らかにする必要がある。その結果によっては、直ぐにでも3国協議を実現しなければならない事態となる。そして蝗害対策だけでも先に実行に移すことが最重要課題だ。君の推測が当たっていない方がありがたいのは複雑な気持ちだ。
私は、こうしてはいられなくなった。午後の演奏会への出席はキャンセルする。手紙を先に送ってすぐに帝都レパルナスに帰る。もう挨拶はできないかもしれないが、君に会えてよかったよ。それでは先に失礼するよ。」
ユリアは、大公に手を振って言う。
「クリューソス様。楽しいモーニングティーでございました。またいずれお会いしましょう。さようなら。」
((大公殿下はさすがに国レベルで考えるお方でした。蝗害対策の話も一気に進むかも知れないわ。孫娘のソルフィーナ様に対する心配がなくなって、思い切り活躍してくださいね。さて、午後は楽器演奏会です。こちらは、先日来いたって平和です。))
ユリアは、昼食をデイビードとソルフィーナのカップルと一緒に取り、メイドたちに案内されて小宴会室に入っていった。ソルフィーナは、体全体に丸みがついて、歩き方もしっかりして、もう何の不安もない状態のようだ。
ユリアは、ソルフィーナと演奏の打ち合わせをした。ユリアの演奏は、横笛ソロの鍵盤楽器の伴奏つきが2曲と、バイオリンソロの鍵盤楽器の伴奏有無が1曲ずつの合計4曲。ソルフィーナの演奏は、鍵盤楽器のソロが2曲とバイオリンソロの鍵盤楽器伴奏有無が1曲ずつの合計4曲という演目であった。
聴衆は、大公を除く、伯爵夫妻、デイビードとソルフィーナ、そのほか、伯爵家の幹部たちやその子供たち、およびメイドたちなど多数で、メイドたちは、アフタヌーンティーの給仕兼任であった。
ソルフィーナの演奏技術も体の復調とともに戻ってきている。もう、以前よりも優れた演奏技術をもって人を感動させるような演奏をしている。ユリアも負けじと手指の小さいハンディキャップを感じさせない演奏を披露した。伯爵夫妻はハンカチをもって涙を拭きふき聞いていた。メイドたちの中にも、目頭を押さえるものがたくさんいた。
((これで、伯爵家でのほとんどの行事は終わったかな。なんか、もう一波乱ありそうな気もするけどね。後は、街で買い物とか施設見学などだね。伯爵家の図書室も漁って見たいし、街の図書館にも行きたいな。))
少女のモーニングティーのお茶淹れは大した腕前でした。そこで話した内容も衝撃的でしたね。蝗害対策が合意して間に合うといいですね。それではまたお会いしましょう。




