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59.少女は伯爵家の騎士団を鍛える

少女は狩人の男の婚約セレモニーのあと騎士団を訓練します。

ーーー 場面はアリースソン伯爵家の領主館


 ユリアは、メイドのナリアに起こされて目を覚ました。ナリアは、ユリアの普段着の上に重ねて、ソルフィーナの幼少時の華やかなドレスを着せてユリアの身仕度を整えながら言う。


  「ユリア様。おはようございます。今日は、朝食は大宴会場で取っていただきます。ソルフィーナお嬢様とデイビード様の、ご婚約の発表と儀式があるようでございます。そのあと午前中は、ユリア様が騎士団を訓練されるとか。デイビード様とソルフィーナお嬢様は、その様子をご見学なさるようでございます。午後はご予定をお伺いしておりません。いかがなされますか?」


 ユリアが苦笑気味に言う。


  「おはようございます。ナリアさん。まるで侍女様みたいで助かります。でも、侍女に戻るのはもう少し辛抱してくださいね。午後は、午前中の様子を見て訓練の続きをします。ところで、デイビードお父さんは、めでたく愛を勝ち取ったようですね。おめでとうを言わなくちゃ。それで、伯爵様は朝一番でさっそく婚約発表ですか。伯爵様の統制手腕の一端を見た思いです。」


 ナリアが伯爵を褒めて言う。


  「はい。伯爵様はわたくし達のような者にまで、必要な情報をきちんと周知してくださいます。立派なご領主さまでございますよ。」


 ユリアはそれを聞いて認識を新たにした。


  「なるほど。わたくしのガスタールさんに対する直感には、すでに伯爵様の周到な伏線が仕掛けてあったのですか。村の食糧配給所のネイシス様や、街の防護壁の門番さん、領主館城壁門の兵士さんも、皆さんとても好意的でしたのに、ガスタールさんだけが異常なほど警戒心剥き出し(むきだし)でしたもの。」


 ナリアが少し諭すように言う。


  「ユリア様。失礼でございますが、お姿を見ながらお言葉を聞いていると、子供と大人の境が曖昧になって頭痛がしてきました。早く大宴会場に参りましょう。」


((えっ。ナリアさんまで。なんで皆さん頭痛がすると言うのかな。大人に対してこんな話し方をする子供は普通にいると思うけど。))


 ユリアは、歩きながらナリアに聞いた。


  「ナリアさん。ところで、縁談結果予想合戦の優勝の行方はどうなりました?」 


 ナリアが案内しながら苦笑して言う。


  「よくご存知ですね。キッチンメイドのメラニーの完全優勝でございました。メラニーの予想によりますと、ユリア様は聖女様ということでございますよ。」


 ユリアが少し困惑気味に憤慨して言う。


  「えーっ。聖女様って、物語本で読んだことがあるけど、可憐で儚げ(はかなげ)で教会に過重労働を強いられるかわいそうな女性という印象しかないわ。わたくしとは真逆の存在ですよ。今度メラニーさんにわたくしをよく見て貰って、訂正して頂かなくては。」


 ナリアは、ついに堪えきれなくなって、少し吹き出し気味に言う。


 「ユリア様。メラニーに会ったら伝えておきますね。でも、いまのユリア様は聖女様そのものに見えますよ。メラニーの頭脳明晰(ずのうめいせき)な予想は恐るべき正確さでした。さあ、婚約発表会場に着きましたよ。こちらのお席にお座りくださいませ。」


 ユリアは、案内されていくつもの円形テーブルとは違う最前列長テーブルの指定の席に座った。既に配膳されていて、主役の登場を待つばかりとなっている。


 主役二人の席は、一般席に対向して二人用長テーブルが設えてある。主役二人の正面が長テーブルの伯爵と夫人の席になっていて、ユリアは伯爵の隣の席に座っている。夫人の隣の席はなぜか配膳だけされて空けてある。


((ローザンヌ様のお隣は大公殿下のお席だわね。帝都レパルナスから駆けて来られてお疲れなのかしら。それにしても、私がこの席でいいのかしらね。まあ、肉親じゃないけど親族代表として振る舞えということね。いいわよ。))


 壁際で待機していた新筆頭執事のクレメンテが、最前列中央に歩み寄って、開会を告げた。それと同時に、主役の二人が登場した。正装したデイビードがドレスアップしたソルフィーナをエスコートして席の前に立った。


 クレメンテは、ここでセレモニーとして、改めて皆の前で婚約指輪の贈呈儀式をしてくれるよう依頼した。


 そこに、大柄で紫色のマントを掛けた男性が会場に入って来て、夫人の隣の空いた席に着いた。その男性こそ夫人の父親のクリューソス大公殿下だった。大公は、主役の二人に遅れたことを謝罪し、クレメンテに式を進めるよう合図した。伯爵夫妻が驚かなかったところを見ると、この芝居がかった登場は事前の仕掛けらしい。


 クレメンテは、大公の合図を受けてデイビードを促した。デイビードとソルフィーナは向かい合って立った。デイビードは、既に決行した時と同じ所作で片膝をつき、今度は芝居がかって口上を切った。


  「ソルフィーナ様。わたくしデイビード・ヴィルダーは、貴女様とこの先の年月をずっと共に生きていくために隣国から走って駆け付けました。わたくしの思いがこもったこの婚約指輪を受けてくださるよう、切にお願い申し上げます。」


 すると、ソルフィーナも、芝居気たっぷりに口上を述べた。


  「わたくしソルフィーナ・アリースソンもあなた様が駆けつけてくださるのを心待ちにしておりました。あなた様の思いを受けさせていただきます。」


 こうして、デイビードは再びソルフィーナの左手の薬指に指輪を嵌めた。そのあと、会場から割れんばかりの拍手とおめでとうの祝い声が沸き上がった。


((芝居がかっているとはいえ、本当の婚約の儀式だから感動もひとしおですね。縁談書を見せてもらった時にぐずぐずしていたら、この場面は見られなかったかも知れないもの。))


 この後は、しばらく朝食をいただいておなかを落ち着かせることになった。食事が一段落したころ、三々五々と主役の前や親族の前などに人の動きが出てきた。ユリアは、いち早く主役の前に進み出ておめでとうを言った。その後は、すぐに、ほかの人たちに場所を譲った。


 参加者の移動の中で、クリューソス大公が伯爵夫妻に簡単にお祝いを言った後、ユリアの席の前で大きな体を沈めて屈みこんで言った。


  「ユリア殿。私は、クリューソス・ドゥ・フランソワールと申すものです。お見知りおきを。この度は、孫娘のソルフィーナをここまで元気にしてくれて感謝してもしきれない。ありがとう。」


 ユリアは、大公が目線の高さを合わせてくれたので、着座したままで言った。


  「大公殿下。着座のままで失礼いたします。わたくしは、ユリアでございます。デイビードを仮の父親としてここにいます。わたくしは、ソルフィーナ様を元気にしたポーションにつきましては、ただ持参しただけでございます。実際にポーションを鑑定されて処方されたのは御殿医師ラルグレン様ですから、お礼を言われるならラルグレン様にお願いします。大公殿下を前に、不敬にも屁理屈を申し上げてしまいました。お許しくださいませ。」


 大公は、予想通りといった顔で、少し軟らかい顔と声で言った。


  「なるほど。本来なら多額の報奨金品を授けるべきところ、我が帝国の窮状を見透かして屁理屈で吹き飛ばしてくれたこと、幾重にも礼を申し上げる。もちろん不敬を問うこともない。ユリア殿は予想した通り、ヴィルダー辺境伯領の気骨ある御仁であった。今後ともよしなに頼む。私のことも、名前で呼んでくれるとありがたい。」


 ユリアは、少し恐縮気味に言った。


  「クリューソス様。わたくしの方こそよろしくお願いいたします。帝都レパルナスに行くのは、いまはまだ買い物や観光程度でしょう。何かのお役に立つには、まだ10年分ほど年齢や経験が足りないと感じています。経験を積んでからまたお会いする日を楽しみにしております。わたくしは、このあと、騎士団の皆様とお会いする用事がございますので、この辺で失礼させていただきます。」


 大公は、分かっているという風に言った。


  「ああ。アリースソン伯爵に聞いた。騎士団に斥候要員を増やす件だな。私も、こちらの挨拶が済んだら訓練の様子を見させてもらう。楽しみだ。」


((ありゃー。不敬罪はまぬかれて良かったけど、騎士団の訓練を見るってどういうことよ。よっぽど暇なのかしら、それとも楽しみがないのかしら。まあ田舎の領地だから仕方ないのかな。))




 ユリアは、メイドのナリアにドレスを剥ぎ取って(はぎとって)もらい、その下に着ていた普段着の姿で、ナリアに伴われて騎士団の訓練場に行った。訓練場には既に訓練の装備をした騎士が100名ほど集まって整列していた。その中から、5名が前に出て横一列で並んだ。副団長のソルジエンが言った。


  「ユリア殿。訓練を引き受けていただき、お礼申し上げます。今日は、ここの5名を対象に斥候の基礎となる、特に、聴覚と視覚と、できれば嗅覚まで身体強化魔法を掛けられるように訓練いただけますでしょうか。他のものは散会して各自の訓練を行います。わたくしが、この場の責任者となりますので、よろしくお願いいたします。」


 ユリアは、5名に向かって軽く挨拶した。


  「ユリアと申します。身体魔法の掛け方をわたくしなりのやり方で皆様に訓練します。皆様は、既に、体幹や手足には身体強化魔法を自在に掛けられると思いますが、一応、確認させていただきますね。瞬発移動で10mを移動していただきます。初めにわたくしが基準レベルを示しますので、これを超えるようにお願いします。始動の拍手による合図をソルジエン様に、ゴール確認の旗上げと計時をどなたかにお願いします。」


 すると、観覧席から大公が進み出て来て言った。


  「私が旗上げと計時役をする。私の体感時計はコンマ1秒まで正確だ。よろしいかなユリア殿。」


 ユリアは、恐縮しながらも、前に進めるしかないと思いながら言った。


  「クリューソス様自ら進んでのご協力、感謝申し上げます。では、あちらで待機お願いします。」


 ユリアは、ソルジエンの拍手の合図とともに、間髪を入れず身体強化して移動を始め、あっという間に10m先に到達していた。計時係の大公は、声を張り上げて結果を告げた。


  「ただ今の試技は、0.53秒だ。恐るべき速さだな。」


 ユリアはスタート地点に戻って言った。


  「今のわたくしの試技は、スタートの拍手を聞いてから身体魔法を掛け始めました。身体魔法を掛ける時間が長く必要な方は、スタートの拍手前に掛け終わって試技に臨んでも結構です。では最初の方、どうぞ。」


 最初の訓練生は事前に身体強化魔法を掛け終わってから拍手でスタートした。


 ゴール地点の大公が、声を上げて結果を教えた。


  「ただ今の試技は、0.77秒だ。これも通常の人間業ではないな。」


 結局、5名全員が身体強化魔法を掛け終わってからのスタートで試技を終わった。ユリアは、計時係をしてくれた大公に丁重に礼を言って観覧席に戻ってもらった。気がついて見ると、観覧席には、既に、伯爵夫妻、二人の婚約者カップル、騎士団団長、そのほか、幹部連中などがずらりと席に座って見学していた。


 訓練開始前の5名の試技の結果は、訓練生A0.77秒、訓練生B0.72秒、訓練生C0.79秒、訓練生D0.75秒、訓練生E0.69秒であり、いずれもユリアよりも時間がかかった。ユリアは、この結果について、少し慰めるように言った。


  「5名すべて、わたくしよりも時間が長くかかりましたが、これで失格というわけではございません。単に、訓練前の比較のベースとしていただき、訓練後にどれだけ短縮できたか、成果をご確認ください。訓練開始前に何かご質問はありませんか?」


 最高記録を出した訓練生Eが質問した。


  「これから訓練するのは、聴覚、視覚の身体強化のはずだろう。瞬発移動の身体強化といったい何の関係があるのかわからないのだが?」


 ユリアは、想定通りの質問だったので、落ち着いて答えた。


  「はい。ごもっともな質問でございます。わたくしなりの考えですので、これから言うことが一般的に正解と言われるものとは異なるかもしれません。そのつもりでお聞きください。体内の魔力を体幹や手足に流し込んでその部分を強化するのは比較的難易度が低く、皆様は既に習得済みです。


 しかしながら視覚強化で目に、聴覚強化で耳に、それぞれ魔力を流し込むことは格段に難易度が高くなり高度の魔力制御が必要になります。皆様はその魔力制御を習得できずに断念されたご経験があると推測します。それを乗り越えるために必要な訓練とお考え下さい。


 具体的に言いますと、高度の魔力制御を身に付けるためには、微妙で微量な魔力の動きを瞬時に体の感覚と頭脳の感知の両方で把握することが必要です。その第一歩が、まず、体幹や手足へごく少量の魔力を移動させ、その魔力が移動する感覚と感知を体と頭脳で把握することです。それを把握した結果は、いまの瞬発移動の身体強化に計時の時間で現れます。


 そして、目や耳に魔力を流すことはその次のステップです。これで、ご質問の回答になっているでしょうか?」


 質問した訓練生Eは、キツネにつままれたような顔で答えた。


  「なんとなく分かった。とにかく、師匠についていくよ。」


 ユリアは、最初の訓練に進んだ。


  「それでは、これから、わたくしが自分の手先から、皆様の体幹と手足にそれぞれ魔力を注ぎ込みますので、ムズムズするようなミミズが這うような感覚を体内で感じ頭脳で感知するように集中してください。」


 ユリアは、5人の体幹に魔力を注ぎ、次に左手と右手に、さらに次に左足と右足に、それぞれごく少量の魔力を注いでいった。ユリアが言う。


  「いま、各部に少量の魔力を注ぎ込みました。身体の中を思い浮かべて魔力の動きを感じ取ってください。次にどこかに動かしてみてください。どうですか?」


 訓練生が、次々に言う。


  「おお。何か動いているぞ。手の先に動かしてみる。少量だが動かせたぞ。手の先まで行った。」


 ユリアがそれを受けて言う。


  「そうです。よく感知できました。いま動かしたのは、わたくしの魔力でした。次は、ご自身の魔力の一部だけ取り出してそれをやって見てください。」


 訓練生Eは言う。


  「ようし。やって見る。うーん。この部分の魔力を少しだけ手先まで動かそう。あ、少しだけ分離して動き出したぞ。なるほどこの感覚か。」


 ユリアが確認して言う。


  「皆さん。ご自身の魔力を少しだけ分離して動かせましたね。次は、動かす魔力量をごく微量まで絞り込んで、すぐに、かつ、自在に動かせるように訓練してください。それができた人は、動かす魔力量をごく微量から全量までいろいろ変えて、やって見てください。ここまで出来た方は、最初にやった瞬発力の身体強化で訓練成果を確認します。」


 比較ベースを決める試技で最高計時を出した訓練生Eが、最初の成果確認に挑むことになった。ほかの訓練生もぞくぞくと名乗りを上げた。


 ユリアが叫ぶように言った。


  「クリューソス様。恐縮ですが、またご助力いただけますでしょうか?」


 大公が気軽に答える。


  「おう。任せてくれたまえ。」


 訓練生の訓練後の、瞬発力の身体強化魔法の試技結果は、全て比較ベースを軽く上回った。比較ベースのときと同じ順序で、訓練生A0.60秒、訓練生B0.59秒、訓練生C0.61秒、訓練生D0.60秒、訓練生E0.55秒となり、魔力制御の技術向上が確認された。観覧席の皆からは驚きの声が上がった。


 ユリアが、言った。


  「皆さん。これで午前中の訓練を終了します。午後は、実際に目の身体強化と耳の身体強化を実行してもらいます。お昼の時間に、いま習得した魔力制御をしっかりおさらいしておいてくださいませ。ヒントは、目や耳には、手足と比べてごくわずかな魔力しか持ち込めないということです。」



 ユリアは、大公と伯爵夫妻と一緒に昼食を取った。大公と伯爵は、口々に、あのような魔力制御の訓練方法など見たことも聞いたこともないなどと話していた。昼食が終わって、ユリアは、大公と一緒に訓練場に戻て来た。訓練場には、既に、訓練責任者のソルジエンと5名の訓練生がいて、各自、自主訓練をしていた。観覧席を見ると、午前中と同じようなメンバーが集まりつつあった。


 ユリアが訓練生を集めて言う。


  「訓練生の皆さま。午後の訓練を始めてよろしいでしょうか?なにか言いたいことはございませんか?」


((何か、言ってちょうだいね。もうこれ以上訓練するつもりはないから。既に全員出来るようになっているはずよね。あんなに手取り足取り教えたんだもの。できて当然よね。))


 すると、瞬発移動の身体魔法で最も良い成績を残した訓練生Eが言う。


  「私は、いま目の身体強化魔法を掴めた(つかめた)ような気がします。確認して貰えないでしょうか?」


 ユリアは、ほかの訓練生に頼んで、100m先に確認用の10文字ほどの文字列を書いた標識を立ててもらった。標識はわずか10cm×10cmの紙きれでサポート用の棒の先端に挟んで固定したものを使用した。


 標識の準備ができたのを確認して訓練生Eに標識を読むように促した。訓練生Eは、最初生の肉眼で読もうとしたが全く見えなかった。次に、覚えたての方法で目に身体強化魔法を掛けて、再度標識の読み取りに挑戦した。すると、今度は10文字全部を声に出して読んだ。全文字正解であった。


 次々に訓練生が標識の読み取りに挑戦した。当然、標識の文字は都度変えたが、全員がクリアした。


 同様に、耳の身体強化魔法についても、全員が自主訓練しているうちにできるようになってしまった。


 ユリアは、午後の訓練をわずか1時間で終了とし、訓練全体の終了を宣言した。




((アリースソン伯爵家騎士団の斥候要員希望者は、皆さん優秀な方々ばかりだったのね。一度挫折した経験があるだけに、真剣に人の話を聞いて言う通りに訓練してくれて助かったわ。))


少女は伯爵様があんな婚約式を開いたり騎士団の訓練を観覧したりするのはやはり田舎で娯楽や楽しみが少ないせいだと確信しました。少女は大公殿下ともお供達になりましたね。騎士団の訓練もうまくいきました。でも、メイドさんたちが聖女呼ばわりしているのは納得できないようです。それではまたお会いしましょう。


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