56.少女は領都アルーゾンの街を歩く
少女はアルーゾン街に出て買い物をしてハンターギルドに行きます。その前に伯爵領の乗っ取り未遂犯人の取り調べと皇帝との書簡のやり取りがあります。
ーーー 場面はアリースソン伯爵家の領主館、お家乗っ取り犯人追及
ユリアが、領主館の敷地内をソルフィーナと散歩中に、接近戦の金縛り魔法で固めて騎士たちに捕縛させた少年は、アリースソン伯爵の妹の息子であった。
アリースソン伯爵は、騎士団長と騎士団の規律責任者に命じて、捕縛した少年を尋問させた。少年は、尋問に対して親の威光を笠に着て反抗的であったが、頭が回らないせいか自分たちの立場を悪くする質問にも全部偽りなく答えた。尋問の後半には、アリースソン伯爵自身も立ち会った。
少年を尋問した結果、彼の両親が結託して、息子である少年に伯爵家を相続させるために、相続権第一位のソルフィーナを殺害するというお家乗っ取り計画が発覚した。計画の概要は、買収した領主家の筆頭執事ガスタールにソルフィーナを殺害させるというものであった。ガスタールが選択した殺害方法は、毒薬を盛って体力をゆっくりと奪い取って衰弱させるというものであった。
少年の自白に基づいて、彼の両親も捕縛されて尋問された。彼の両親は、伯爵が、ソルフィーナを次期領主とするアリースソン伯爵家への入り婿縁談書を送付したことを知って焦ったようだ。彼らは厳しい尋問に耐えきれず、筆頭執事ガスタールを再度買収して石化の呪詛を掛けさせたことを白状した。
ガスタールは、当初から、毒薬投与の件について伯爵側から証拠の提示がないことから、動機や依頼者などの自白を拒んでいた。しかし、ガスタールの頑張りも空しく、依頼者自身の自白によりガスタールの罪状も白日の下に晒された。
こうして、10年程にも亘るアリースソン伯爵家乗っ取りの静かに潜行した策謀劇は、犯人側の完全敗北で幕を閉じた。
ーーー 場面はアリースソン伯爵の娘の症状をめぐる回想
当初、アリースソン伯爵は、そのような策謀を疑うことなく娘ソルフィーナの体調の悪化に長く心を痛めてきた。
アリースソン伯爵は、娘ソルフィーナの体調の悪化が目立ってきた頃から、市中のあらゆる医師に娘を診断させた。しかし、どの医師も原因を掴めなかった。残された手として、伯爵と夫人は、夫人の父親である大公殿下クリューソスを介して伯父である皇帝陛下エンリサスに御殿医師の派遣を要請した。しかし、派遣された御殿医師ラルグレンの懸命の治療も目立った効をなさず、ソルフィーナの体調は悪化し続けた。捕縛された少年は、その状況を知った両親から、計画がもう成就したも同然だと聞かされたが、既に成就したと誤解していたようだ。
そのような状況の中で、アリースソン伯爵は、帝国官僚の旧知のガスゴーシュから唐突な縁談推薦状を受け取った。その内容は、ソルフィーナの縁談書を、隣国シングラーツ王国ヴィルダー辺境伯の弟デイビードに送れ、それを受けたデイビードはすぐにユリアを伴って伯爵家に飛んでくるはずだ、というものだった。ガスゴーシュは、その推薦状の中でソルフィーナの症状が劇的に改善して数日で完治するだろうと付記していた。
伯爵は、相手先がなぜデイビードであるかとか、完治の絡繰りなどは何も知らされていないが、ガスゴーシュを信じた。そして、最後の望みを掛けて急遽縁談書を整え、早馬便で相手先であるデイビードに送った。伯爵は、デイビードとユリアの二人がこの領主館を訪問する件について、好意的に迎えるよう領主館の関係者に周知した。
アリースソン辺境伯家は、ガスゴーシュの言う通り、早馬便の出発からわずか1週間後にデイビードとユリアの突然の訪問を受けたのだ。突然とはいえ、皆が待ちわびていた訪問を受けたのだ。しかしながら、筆頭執事のガスタールは二人を応接室に止め、なぜか室内で何やら少女と揉めていた。室内から漏れ聞こえる声の内容を知って、伯爵はガスタールへの疑惑を確信に変えたのだった。
その時の伯爵は、御殿医師のラルグレンがついさっき娘の治癒に匙を投げたことで、いまさら犯人を追及したところで娘の状況が変わるわけでもないと落胆していた。だが、ユリアが、息がある限り遅すぎたということはないと言ったことで希望を取り戻した。伯爵は、ガスゴーシュが、デイビードがユリアを伴ってくると言った意味をそのとき理解したのだ。その後、伯爵は、ガスタールを逃亡させないよう護衛騎士たちに命じるとともに、後をユリアに託すことにした。
ーーー 場面はフランソワール帝国帝都レパルナスの皇帝シャトー
アリースソン伯爵と夫人は、娘ソルフィーナが全快したことと、伯爵家乗っ取りの策謀を暴いて全面解決したことを、夫人の父親のクリューソス大公経由、エンリサス皇帝に書簡で知らせた。
その書簡は、御殿医師の緊急報告書に遅れること10日、同じく治療従事報告書に遅れること数日で、大公および皇帝に届いた。
アリースソン伯爵の書簡到着の10日ほど前、大公と皇帝は、御殿医師ラルグレンから届いた緊急報告を受けて肩を落として落胆した。報告内容は、ソルフィーナの足に石化が始まった旨の事態急変の連絡であった。皇帝は言った。
「これまで体力を奪ってきたのは毒薬によるものであろう。今回の石化はその延長ではなく、新たに呪詛を掛けられたのに違いあるまい。クリューソス、お前はどう思う?」
「はい。兄上。疑う余地はございません。石化は強力な呪詛によるものでしょう。呪詛は、目に見える変化が現れた後では、普通の薬剤でも治癒魔法でも解くのは困難だと言われています。我が孫のことで残念ですが、もはや手遅れかと存じます。」
皇帝が、悔しげな顔をして言った。
「ガスゴーシュが言っていたユリアなる少女はどうしたのだ。なぜ駆けつけてくれない?奴が見たという回復ポーションの効き目なら可能性はあるのだろう。」
大公が答えて言う。
「年端もいかない少女の身では移動もままならないのでしょう。それに、現在最高の効き目を有すると言われる超特級回復ポーションは、兄上直属の皇帝専属薬師にしか調合できません。それも、今は原料不足で作ることすらできないのです。ユリアなる少女が持っているものが超特級グレードである可能性も低いと考えて、あきらめるしかありません。」
皇帝は、落胆した様子で言った。
「うーむ。悔しいが、世の中ままならぬものよのう。」
次に、アリースソン伯爵の書簡到着の数日前、大公と皇帝は、御殿医師ラルグレンから届いた治療従事報告書の、ソルフィーナが全快した旨の記載を見て歓喜した。皇帝は言った。
「ソルフィーナが全快したとは、これ以上喜ばしいことはないぞぉ。いったいどうやったのだぁ。なになに、ユリアの到着が間に合っただとぉ。しかも、隣国辺境伯領から走ってやって来ただとぉ。ラルグレンは、そんな冗談が言える奴だったかな?」
大公が、兄の皇帝を落ち着かせるように言った。
「兄上。落ち着いてください。ラルグレンは冗談で言っているのではないでしょう。ほら、ユリアが自作のポーションを携えて来てくれたとありますよ。しかも、回復ポーション、万能毒消しポーション、マナポーションの3種類で、すべてが超特級グレードだと書いています。こんなことがあり得るのでしょうか。もし本当なら、いや、本当だからこそ孫のソルフィーナが全快できたのでしょう。私も夢を見ているような気分です。」
皇帝が少し落ち着いて言う。
「クリューソスよ。孫を失わなくてよかったな。これはもう、ユリアなる少女を召喚して報奨を与えねばなるまいよ。」
大公が追記の文章に気づいて皇帝陛下に言った。
「兄上、ユリアがラルグレンに書かせたと思しき追記があります。これによると、帝都レパルナスの皇帝シャトーその他への召喚は固くお断りすると書いています。この帝国の国民でもなく、幼児ゆえに帝都や皇帝シャトーに来てもすることがないからだそうです。なお、アリースソン伯爵家では、自分の仮の父親であるデイビードの縁談相手が抱える問題を解決しただけだと言っています。うーん、これはなんとも。兄上、ユリアは、かなり手ごわそうですよ。」
皇帝は残念そうに言う。
「うーむ。そんなことを言われると、ますます会ってみたくなるではないか。よし。わたしの方からアリースソン伯爵家に出向いて報奨を授けようぞ。これなら文句あるまい。」
大公が慌てて言った。
「兄上。皇帝陛下がそんな理由でホイホイと出かけるものではありませんよ。蝗害対策の組織作りもまだ途中でしょう。出向くなら私の方が名目も立って適任です。実の孫の全快祝いも兼ねて、代わりに報奨を渡してきますよ。」
皇帝があきらめ顔で言った。
「ああ。そうしてくれるか。しかし、この文面からは、報奨はいらないし来ても受け取らないという堅い意思がにじみ出ているぞ。何しろ、我が帝国の税収見込みや収穫見込みを正確に当てて窮乏を知っている御仁だ。そんな余裕があるなら飢餓状態の民衆救済に充てろというのが目に見えているぞ。そのときは無理に渡さず引っ込めるように。へそを曲げられても困るからな。」
大公は、頷いて承知した。
アリースソン伯爵の書簡が到着した日、大公と皇帝は、届いた手紙を共に読んだ。
その手紙には、ソルフィーナ殺害計画とアリースソン伯爵家の乗っ取り計画の全貌を暴いた旨の報告と、首謀者と実行犯や関与した一族郎党の処分について、承認願いが記載されていた。事件の全貌解明が一気に進んだのは、首謀者の息子の騎士見習いがソルフィーナを真剣で襲ってきたのを、槍を手にしたユリアが魔法で気絶させて騎士たちに捕縛させたお陰だと書いてきた。
また、首謀者たちの処分に伴って領主の空きが出る子爵家に、縁談がまとまり婚姻した後のデイビードとソルフィーナを領主として一時的に当てたいから、デイビードへの子爵の爵位叙爵を願いたい旨が記載されていた。
これに対して、皇帝は、アリースソン伯爵に対して、クリューソス大公を名代として派遣して、すべての決済を大公にゆだねることを知らせる書簡を送ることを決めた。
皇帝は、弟のクリューソス大公に、しみじみと言った。
「これで、アリースソン伯爵家も安泰だな。私は、シングラーツ王国のヴィルダー辺境伯家とも遠縁の親戚になるわけか。王国の王家やその近縁の貴族たちは何とも頼りないが、辺境伯家やロンバルス侯爵家の者たちは独立独歩の気骨ある連中だ。ガスゴーシュも、今頃はそれら気骨ある連中と共同して王家の頼りない連中を説得に当たっているはずだ。うまくやってくれよ。」
大公は、皇帝の言葉を受けて言った。
「兄上。気骨あると言えば、ユリアが、真剣を振りかざして襲ってきた騎士見習いを槍で倒してソルフィーナを守ったとあります。ユリアも辺境伯家の気骨ある者の一人のようですよ。」
皇帝は、納得したように頷いて言った。
「それは、もちろんそうであろう。ガスゴーシュは、ユリアがデイビードとともに狼の群れに飛び込んで、狼どもをバッタバッタと倒していったと書いてきている。騎士見習いの一人や二人、ユリアの敵ではあるまいよ。なんだか、私もユリアに直に会って見たくなったわ。クリューソスよ、アリースソン伯爵家行きを代わってくれないか?」
大公は、端的に答えた。
「兄上。それはダメに決まっています。」
後日、アリースソン伯爵家では、皇帝陛下から、クリューソス大公が近く訪問する旨の書簡が届き、ちょっとした騒ぎとなった。
((皇帝陛下の召喚を断って逆鱗に触れて不敬罪でいきなり処刑されることはなさそうね。出奔しなくてもよさそう。よかったよぅ。))
ーーー 場面はアリースソン伯爵の領都アルーゾン
ユリアは、朝食後に、久しぶりにデイビードと二人で連れ立って、アリースソン伯爵領の領都アルーゾンの街中を出歩いた。目的は、野菜を主体とする食料品の仕入れと、ハンターギルド訪問である。
ユリアは、大通りに露店を出している野菜売り場で、何種類かの野菜類を大量購入した。その後、普通の食品店で塩や調味料を仕入れた。その後、ハンターギルドに向かった。
ハンターギルドの入口を入ると、まだ、20数人のハンターたちが依頼探しや、情報交換などでホールに留まっていた。二人は、カウンタの受付窓口に行ってギルドカードを見せながら職員に尋ねた。
「ここではどのような依頼がありますか?、あと、弓矢の練習場はつかえますか?」
受付の職員はこれに定型通りの言い方で答えた。
「依頼で多いのは、今は、薬草採取です。でも、数を揃えることが難しいらしく依頼失敗が多く出ています。特に、高級なヒール草やマナ草は依頼はあっても受け手がいません。後は、一般の獣の食肉や毛皮などの依頼ですね。それと、弓矢の練習場は、今、領主家の騎士団に貸し切り状態です。空いているブースはありません。あと1時間ほどお待ちいただければ貸し切り時間終了となります。いかがなされますか?」
デイビードが尋ねた。
「弓矢訓練の見学は可能ですか?見学者は、デイビードとユリアです。」
受付の職員は、椅子から立ってから答えた。
「すみません。騎士団の方に聞いてきます。お待ちください。」
受付の職員が戻って来て、許可が出たから案内すると言って、二人を弓矢の練習場に連れて行って、許可をくれた騎士に引き合わせた。その後、受付職員はすぐに戻っていった。
騎士団員が二人を歓迎する。
「おーお。デイビード殿も弓矢の訓練ですか?済みませんが、我々はあと1時間ほど占有して訓練します。見学はご自由にどうぞ。あっ。先日は、我が騎士団の見習いがとんでもない御無礼を働き申し訳ございません。ユリア殿が、伯爵のご令嬢を庇いつつ、槍で無礼者を気絶させて事なきを得たと聞き及んでいます。ユリア殿は、デイビード殿に相当厳しく鍛えられておられるのですな。」
ユリアが、感想を述べるような口調で言った。
「アリースソン伯爵家は、随分と風通しの良い職場のようにお見受けしました。村の食糧配給所でお会いしたネイシス様や、街の防護壁門の門番様、領主館城門の兵士様など、皆さんがわたくしたちが来るのを知っていて歓迎してくださったのですよ。いまも、見習い騎士の襲撃事件のことが周知されていたようで、アリースソン伯爵様の統制手腕には感服いたしました。」
相手をしている騎士団員は、話し好きのようで、伯爵様をほめちぎるように言った。
「伯爵様をお褒め下さってありがとう存じます。私たちは、みんな伯爵様を尊敬していて、ご指示を正しく実践するように心がけています。お二人が来訪されると聞いてみんな待ち望んでいたのですよ。歓迎で好意的に迎えるのは伯爵様のご指示でしたから。当然、来訪の目的は聞かなくてもわかっています。それだけに、ご令嬢が全快されたことと、反逆者が捕まったという知らせは、歓喜とともに瞬く間に領地全体を駆け巡ったのでございます。」
デイビードとユリアは、騎士団員の、少しオーバーな表現で真剣に話す言葉を、苦笑が漏れるのを必死にこらえて聞いていた。ユリアは、ふと思いついて騎士団員に尋ねた。
「ところで騎士様。この騎士団やハンターギルドには、何人の火魔法使いがいて、何人が蝗の幼虫殲滅作戦に動員可能であるか、教えてもらうことは可能ですか?」
騎士団員は済まなさそうに答えた。
「ユリア殿。残念ながら、我が騎士団は小規模でございまして、火魔法の火焔弾が使えるものが一人もおりません。ハンターギルドでも、ここは火焔弾を使って倒すような魔物が出る森や草原が近くにない関係で、所属ハンターの中には、たぶん、いても一人二人程度でしょう。申し訳ございません。」
ユリアは、問題ないというように言った。
「騎士様が謝られることではありません。問題ありませんので、今の質問はお忘れください。」
((火魔法使いを100名集めるのって案外難しいのかな。エルブライド町のハンターギルド長のグラリアス様に期待しましょう。))
少女は狩人の男の縁談相手の伯爵家に潜んでいたお家乗っ取り犯人捕縛に協力しましたね。伯爵は長く心労が続いたようですがもう安心です。皇帝たちも少女に会いたいようですね。少女は召喚をきっぱり断りました。今後どうなるか心配ですね。それではまたお会いしましょう。




