53.少女は隣国の伯爵家で歓迎される
少女は狩人の男の縁談相手の最初のポーション投与の翌日昼前に時間つぶしの楽器練習をします。
ーーー 場面は隣国伯爵家の晩餐会
デイビードとユリアは、伯爵に連れられて伯爵家の小宴会場の部屋に入った。そこには、既に、晩餐会の準備が整っていた。
招待客は、二人のほか、御殿医師のラルグレンと看護師のマリアンの合わせて4名だ。ホスト側は、ミカエル伯爵とローザンヌ伯爵夫人だ。夫人は、娘の症状が快癒方向かったと聞いて、すぐに、お祝いの宴として晩餐会の準備をさせていた。
全員が席に着いたあと、ミカエル伯爵が挨拶をした。
「今日は、娘ソルフィーナのために集まっていただきお礼申し上げます。お蔭様で娘の症状が快方に転じました。今宵は、娘の全快を祈念して、ささやかな宴を設けさせていただきました。お楽しみいただければ幸いでございます。」
参加者全員が、拍手してお祝いムードを盛り上げた。そこに、伯爵令嬢ソルフィーナが、車椅子に座ってメイドに押されて現れた。ソルフィーナは、わざとらしく脹れたような声で言った。
「お父様、お母様。御自分達だけ宴に興じられるなんて、娘の扱いが酷いのではございませんこと?」
伯爵よりも先にローザンヌ夫人が娘を気づかって、車椅子に寄って屈んだ。
「まあ。ソルフィーナ。もう、起きだして大丈夫なの?まだ、横になっていた方がいいのでは?」
「お母様。ご心配ありがとうございます。だけど、大丈夫でしてよ。なんだか、身体中に活力がみなぎって来ましたの。まだ目は見えないのですけれど、ご一緒に楽しみたい気分ですわ。それに、いまユリア様から、お呼ばれされましたし。お願い、お母様。」
夫人は伯爵の方を向いて目で問い、伯爵は、その後で御殿医師ラルグレンの方を向いて尋ねる。
「ラルグレン殿。どう思われます?大丈夫でしょうか?」
御殿医師ラルグレンが、少し考えて答える。
「大丈夫でしょう。特級や超特級の回復ポーションは、即効性もありますが、1日かけて体全体を修復または回復し続けます。今、ここまで出来ているなら、明日には、もっと出来るようになっているでしょう。」
伯爵が破顔して、ローザンヌ夫人に目で答えた。夫人は、それを受けて言った。
「それでは、ソルフィーナ、こちらの席へ。貴女が主役ですよ。皆様。主役の登場です。拍手でお迎え致しましょう。」
参加者全員が拍手をして、主役の登場を歓迎した。ソルフィーナは、主役として挨拶をした。
「お父様。お母様。こんなわたくしを、ずっと支え続けて下さいましてありがとうございます。ラルグレン様。マリアン様。長きに渡り懸命の治療を施していただき感謝申し上げます。そして、デイビード様。ユリア様。わたくしの人生の転機となるように駆けつけてくださって感謝してもしきれません。あっ。ユリア様が、待ちきれないから挨拶はその辺で、と合図していらっしゃるので、ごちそうをいただきましょう。」
父親のミカエル伯爵と母親のローザンヌ夫人が、ごちそうを口に運んだのを合図に、皆が食べ始めた。ソルフィーナは、メイドに介助されてごちそうをいただいた。
しばらくして、ソルフィーナが言った。
「久しぶりにちゃんとした食卓でお食事をいただきました。おいしくて気分は爽快でございます。えっ。ユリア様がまた合図を送られました。何か、音楽をお聞かせくださるそうです。ユリア様、お願い出来ますか?」
ユリアは、席を立ちながら横笛を取り出し、デイビードに目で合図して、ステージの位置に立った。
「それでは、お許しがいただけましたので、覚えたてのフランソワール帝国の曲を横笛で演奏致します。歌うのは、わたくしの仮の父親デイビードでございます。」
二人は、往路で泊まった宿の宴会で歌い演奏した曲を披露した。途中から出席者全員が歌いだし、大いに盛り上がった。演奏の後、ソルフィーナがユリアに言う。
「ユリア様。横笛の演奏がとてもお上手でいらっしゃいますね。はやくユリア様のお顔を拝見したいものですわ。それにどうやら、ほかの楽器も演奏なさりたい様子、後日、バイオリンか鍵盤楽器などお願いしてもよろしいでしょうか?」
ユリアが、ソルフィーナの願いに答えて言う。
「ソルフィーナお嬢様。わたくしのことは、全てお見通しでございますね。演奏につきましては、ちょうどバイオリンと鍵盤楽器を弾いてみたいと思っておりました。時間を見つけて練習や発表会などご一緒できればと存じます。」
晩餐会の終わりに、御殿医師ラルグレンが、明日と明後日のポーション投与の予定を説明して、全員で共有した。念のため、ソルフィーナの傍にはメイドが待機することになった。
デイビードとユリアは別々の客室に案内された。ユリアにはメイドが付けられ、部屋の浴室で洗浄されて夜着に着替えさせられた。ユリアは、メイドの名前を聞いて、ナリアと名乗ったメイドに礼を言った。メイドも、ユリアの手を取って、ソルフィーナの件で礼を言った。
「ユリアお嬢様。わたくしは、最近のソルフィーナお嬢様を見るのがとてもつらかったのです。それが、先ほどの晩餐会でのお嬢様は、まるで10年前と間違えるような笑顔で溢れておられました。これからは、きっと昔のように笑顔と歓声に溢れたお屋敷になることでしょう。来ていただいてありがとうございます。」
ユリアは、メイドのナリアに言う。
「デイビードお父さんは、ソルフィーナお嬢様が気に入ったようですよ。ソルフィーナお嬢様も、顔を見るまでもなくお父さんを気に入られた様子でした。この縁談は、きっと纏まるでしょう。わたくしの方は、1カ月の間ここでお世話になろうと考えています。ナリアさん。短い間ですが、よろしくお願いいたします。」
「まあ。さようでございましたか。いつまでもご滞在いただきたいところですが、事情がおありなら致し方ございませんね。その間、誠意を込めてお世話させていただきます。よろしくお願いいたします。」
「あっ、忘れるところでした。この軟膏を皆様でお試しください。水仕事をされるメイドの方々の手荒れ対策によろしいかと思います。少し塗ってすり込めばいいようですよ。それでは、おやすみなさい。」
「ええっ。わたくし共に、このような立派なものを下さると。ありがたく使わせていただきます。おやすみなさいませ。」
ユリアは、ナリアの言葉を聞き終わらないにうちに寝入ってしまった。
翌朝、ユリアは、メイドのナリアに起こされた。洗面をした後、領主館内の普段着として、ソルフィーナが6歳のころに着ていたロングドレスを宛がわれて着せられた。ユリアには少し丈が小さくて足首から下が見えるが、動きやすく、裾を汚さずに済むようだ。身支度が済むと、メイドのナリアが朝食の食堂まで案内してくれた。
食堂では、既に、伯爵夫妻と、御殿医師と看護師、メイドに介助された車椅子のソルフィーナ、および、デイビードが座って待っていた。ユリアは、食堂に入ると、ドレス着用時の礼儀に従って、カーテシーで朝の挨拶をするとともに遅れたことを詫びた。
ユリアのドレス姿を見たローザンヌ夫人が、破顔して言った。
「まあ、ユリアの可愛いこと。ソルフィーナも小さいときはこんなでしたわね。懐かしいですわ。」
それを聞いたソルフィーナが、また、少し拗ねたような顔と声で言った。
「またぁ。お母さまたちばかりずるいですわよ。わたくしも、早くユリア様のお姿を拝見したいですわ。」
ユリアは、ソルフィーナに朗報を伝えるように言った。
「ソルフィーナ様は、今日のお昼の食事のあとで、万能毒消しポーションを服用いただくことになっております。その即効部分の効能によって、視力障害の原因毒素が分解されて、元通りに見えるようになると予想しています。もう少しのご辛抱をお願いいたします。」
((残念ながら、私は、お姿を拝見されるほどのものではございません。悪しからず。))
ユリアの言葉を聞いて、ソルフィーナが少し反省したように、大人の口調だが皮肉っぽく言った。
「あら。ありがとう存じます。わたくし、ユリア様になだめていただきました。ユリア様のいうことをよーく守って、大人しくその時を待つことに致しますわ。」
ユリアが、ソルフィーナに提案して言った。
「ソルフィーナ様。大変失礼いたしました。ご辛抱をと申しましたが、大人しくしている必要はございません。昨日お話のあった楽器演奏の練習ができるほどには、体力が回復しているはずでございます。
それなら、厚かましいお願いとは存じますが、わたくしに演奏の指導をしていただきつつ、ご自分でも手指の動きの勘を取り戻す訓練をされたらいかがでしょう?そうすれば、不思議にも時間はあっという間に過ぎますよ。」
((私がこのように言うことは、ソルフィーナ様には予見されていたのですよね。))
ソルフィーナは、見えない目を輝かせるように言った。
「ユリア様。ぜひ、そのようにさせていただきますわ。ラルグレン先生。それぐらいは許可していただけますよね?」
その問いに、御殿医師のラルグレンは少し考えて快く許可を出した。
早速、ソルフィーナは、車椅子を押してくれるメイドに命じて、ユリアと同行して音楽室に入った。音楽室の中には、各種楽器が準備してあり、バイオリンと鍵盤楽器もあった。楽譜もたくさん書棚に並べてあった。
ユリアは、ソルフィーナに断って早速バイオリンと弓を手にし、絶対音感を頼りに開放弦での音程を確認しだした。第2線の基準音が少しずれている感じがしたので、アジャスタで調律した。他の弦もそれに合わせてすべて調律し直した。ユリアは、次に、各弦すべてについて、半音階ごとに指の位置を確認した。
ソルフィーナは、耳からはいるユリアの本格的なバイオリンの扱いに少し驚いて、ユリアに尋ねた。
「ユリア様は、バイオリンを長く習っていらっしゃるの?」
ユリアは、端的に答える。
「いいえ、残念ながら、一度も弾いたことがございません。隣国の辺境伯家でほかの子供たちが音楽教師に習うところにご一緒させてもらっただけでございます。わたくし自身は、そこで横笛の練習をさせていただきました。でも、ほかの子供がバイオリンを弾くのをつぶさに見せてもらって、弾き方を大体覚えました。あっ。鍵盤楽器も同じようなものです。」
「そうでございましたか。調律だけを聞いていると、まるでバイオリンの名手がやっていると錯覚するほどでしたわ。それでは、早速なにか曲を弾いてみましょうか?」
「わかりました。それでは、その時に覚えた子供向けの練習曲を2曲弾いてみます。この2曲なら楽譜なしでも、たぶん、大丈夫だと思います。」
ソルフィーナは、ユリアが、一度も練習することなく楽譜も見ないでいきなり弾くというので、お手並み拝見と、黙って静観することにした。ただし、目は依然として見えていないけれど。
ユリアは、半ば、独り言を言いながら演奏した。
「続けて2曲を弾きますね。暗譜で弾くから、頭の中で、楽譜の五線譜上の音符の並びと、指板上の指の位置との整合を図ってと。基本的には楽譜通りですけど、少しだけ指の倒し戻しを繰り返してビブラートをかけてみます。・・・はい。これで2曲終わりました。自分では、初めてにしては割とうまくできたと思いましたが、ソルフィーナ様の批評とご指導をお願いできますでしょうか?」
ソルフィーナは、ユリアが、簡単な練習曲とはいえ、結構美しい音色で完璧に弾きこなしたのを聞いて、ユリアに対して畏敬の念をおぼえた。ソルフィーナは、ユリアに少し難しい曲を弾かせたくて言った。
「この音色と自信ありげな響きなのに、初めて弾いただなんて、とても信じられませんわ。次もお聞きしたくなりました。この書架から好きなのを選んで弾いてみてくださいませんこと?」
「わかりました。もし、ソルフィーナ様がご存じの曲であったなら、鍵盤楽器でソルフィーナ様に伴奏パートを弾いていただきたいのですが、お願いできますでしょうか?」
「もちろん。その挑戦、受けてあげますわよ。わたくしも、腕や指がムズムズしていたところでしたの。」
「それでは、バイオリンパートと鍵盤楽器パートのある楽譜を選びますね。・・・これを弾いてみましょう。」
ユリアは、曲名を告げてソルフィーナに準備させた。早速、ソルフィーナが弾き出した鍵盤楽器パートの数小節後に来る、バイオリンパートの始まりにタイミングを合わせて弾き始めた。そして、鍵盤楽器の伴奏付きのバイオリンソロを一曲演奏し切った。ユリアは独り言を言った。
「さすがに伴奏がつくと、和音が響き合って奏者である私自身にも心地よい演奏ができたわ。自画自賛の自己満足かもしれないけどね。悪いけど、少なくとも、アンジェリカ様の演奏よりよくできたと思うわ。」
ソルフィーナは、弾き終わって、改めてユリアに感謝した。ポーションを投与された翌日には、もうここまで体力が戻っていて、鍵盤楽器を弾く手指の感覚もかなり戻っていることを実感して、喜びの涙をこらえ切れなかった。
ソルフィーナは、その後、ユリアの独り言を聞いて、少し皮肉を込めてユリアを称賛した。
「ユリア様。貴女の演奏は、とても子供が弾いているとは信じられないほど卓越したものでした。ユリア様は、そのアンジェリカ様の演奏の様子をつぶさに見て演奏技術を盗み取ったのでしょう?そうして身に付けた演奏技術が、見せてくれた本家のものより優れているのって、いかがなものでしょう?
ひょっとして、デイビード様と一番弟子のユリア様とのご関係も、技の優劣では既に逆転しているのではございませんこと?」
((ソルフィーナ様の次のポーション投与までの時間つぶしを兼ねて、音楽の勉強をさせていただきました。結果は上出来と思ったのに、ソルフィーナ様からは、なんだか皮肉を言われたような気がしました。まさか、ソルフィーナ様は、私以上の皮肉屋さんですか?))
少女は辺境伯家での音楽教育でバイオリンも鍵盤楽器も演奏技術を盗み取ったようです。回復ポーションを投与された狩人の男の縁談相手の体力回復ぶりは目を見張るほどでしたね。でも少女を上回る皮肉屋さんかもしれないなんて、全回復したらどうなるんでしょうか。怖いですね。それではまたお会いしましょう。




