51.少女は隣国を目指す
少女は辺境伯家を出て狩人の男の縁談相手の異国の地へ旅立ちます。
ーーー 場面は辺境伯家居城、時は夜明け前
ユリアは、居城本館の玄関付近の所定の集合位置でデイビードを待った。着用した衣服は、くすんだ薄茶色の男の子の上下服で、街で目立たないようにカモフラージュした。背中には小さい収納リュックを背負っている。ユリアは、少し手足を動かして身体強化魔法の準備運動をした。
程なくして、デイビードが合流した。二人は、無言で頷き合って歩きだし、玄関から本館前広場を通り、正門を抜けて街に出た。大通りを歩き街の防護壁門から街道に出てしばらく歩くと、二人は走り出した。
二人の行き先の街は、隣国フランソワール帝国の中では王国寄りにある中領地アリースソンの領都アルーゾンで、全行程を馬車で進むと10日かかる位置にある。アリースソンの東側は、隣国の辺境領シャパニスタで、その東側が国境を挟んでシングラーツ王国の辺境伯領だ。
二人は街道沿いに進んで国境を越え、シャパニスタを横断してアリースソンに入り、そのままアルーゾンに直行する最短ルートで行く。二人とも長距離向けの身体強化魔法を掛けて1日10時間を走り、途中何もなければ3日でアルーゾンに到着する予定だ。
二人は、1日目の夕方に国境の国境検問所に差し掛かり、ここでフランソワール帝国語による入国審査を受けた。二人ともギルドカードを所持しているので、入国目的や滞在先などの簡単な質問と荷物検査だけで入国を許可された。ユリアは、ギルドカードの特典の威力を実感し、エルブライド町のハンターギルド長グラリアスに感謝した。
二人は、国境検問所の先の町の宿で1泊することにした。ここのあたりでは、さすがにフランソワール語が常用語のようだ。デイビードは宿の責任者にフランソワール語で話し、明日は朝食なしで朝の4時に出立することを伝えて了承された。二人は、宿で夕食を取って早めに就寝した。
翌朝未明の4時に宿を出立すると、すぐに街道の周りが開けた穀倉地帯らしき地域に出た。しかし、暗いことを考慮しても、収穫を待つはずの作物は何も見えず、蝗害でただの荒れ地が延々とづづいているように見えた。
ユリアは、走りながら独り言のように言った。
「ここの蝗害は、サンガルス村よりも酷いわね。帝国官僚のガスゴーシュ様が、早々に動き出すのも納得だわ。私ができることは一応やったけど、アフターフォローが必要かもね。」
デイビードはそれを聞いて、慰めるように言った。
「ユリア。お前は持てる頭脳の力を存分に発揮して、既に十分すぎるほどやってくれている。後は、お前の貢献や薫陶を受けた連中がやってくれると信じよう。」
2日目も二人は10時間走り、辺境領シャパニスタの西の端の町ベスニスタに至った。二人は、この町で比較的大きな食堂兼宿に1泊することにした。
二人部屋に荷物を置いて、夕食のために階下の食堂へ降りたら、何やら楽し気な音楽や歌声が聞こえてきた。この食堂では定期的に音楽を披露する宴会が開かれるらしい。演者は食堂の客や宿泊客で、演奏や芸を披露した出演者には割引の特典があるという。
ユリアは、これに興味を示し、しばらく楽器演奏や歌声に聞き入ってこれらを記憶した。そして、自分が横笛を吹くからデイビードには先ほどと同じ歌を歌ってくれとせがんだ。さらに、ユリアは、食堂の皆にフランソワール語で話した。
「食堂の皆さーん。これから、さっきの音楽を横笛と歌で演奏しまーす。だけど、歌の歌詞をよく覚えていないから皆さんもいっしょにお願いしますねー。」
食堂の皆からは、小さな子供からの演奏立候補の声に、一瞬の間をおいたあと、全員の同意の声と拍手をもらった。デイビードも渋渋、これに応じて立ち上がった。
ユリアは、先ほどの演奏のメロディを完璧に再現した。さらに、前奏と中間奏を入れた。歌の伴奏部分では、和音でアレンジした装飾音を入れて華やかな雰囲気を演出した。デイビードが歌い出すと、食堂の皆も待ちきれないといった様子で同時に大声で歌い出し、食堂全体が大いに盛り上がった。
ユリアは演奏しながら頭の中で呟いた。
「この曲の歌詞って、何度打たれて倒れても我らは立ち上がり、最後には勝利する、というものなのね。この食堂の皆さんは、蝗害にあった今の状況に対する心情を、この歌詞に託して鼓舞しているんだわ。私も、一生懸命に演奏して応援するわね。」
ユリアとデイビードの演奏は、喝さいの嵐の中でフィナーレを迎えた。ユリアは、一躍、食堂の人気者になって何人もから話しかけられた。ユリアは、話しかけられるごとに、流暢なフランソワール語で答えたり、話を聞いたりしてみんなと仲良くなった。その後、デイビードは、宿の主人から宿泊費2割引きのカードをもらった。
食堂の客たちの複数人は、ユリアに次のように話した。
「フランソワール帝国には、ありがたくも慈悲深い皇帝陛下がおられる。なにせ、自ら国庫の蔵を開き、また、領地の蔵も開かせて、蝗害を受けた飢餓状態の民衆に食糧配給をしてくださっているんだ。」
食堂のほかの客のひとりは、事情通のようで、次の情報をユリアに話してくれた。
「フランソワール帝国のお役人様は皆、賢くて頼もしい方々なんだ。来年に備えて、蝗害の発生源を絶つ殲滅作戦を計画中らしい。それも、近隣国に呼び掛けて大々的なものになるという噂だ。」
ユリアは、この話には、さすがに初耳のふりをして言った。
「私は、お父さんと一緒に旅をして、隣国シングラーツ王国のヴィルダー辺境伯領を回ってきばかりなんです。蝗害をひどく受けた穀倉地帯に対しては領地からの食糧援助がありました。でも、シングラーツ王国がこのフランソワール帝国から呼びかけられているという話はついぞ聞かなかったです。王国側のお役人様の動きはどうなっているんでしょうか。我がフランソワール帝国からの呼びかけに応じてくれるとありがたいですね。」
先の事情通の客も、ユリアの疑問に答えられるほどの情報は持っていない風だった。
二人は、翌朝、未明の4時に予定通りに宿を出立した。昼前には辺境領シャパニスタから中領地アリースソンに入り、しばらく走った後の最初の中規模の町で昼食を取った。あと、残る行程は、半日走って夕刻前に目的の街アリースソンの領都アルーゾンに到着するだけとなった。
走り出して1時間程たった頃、村の食糧配給所らしき所では騒ぎが起きていた。どうやら、村民に偽装した盗賊団が配給食糧を奪おうとしている最中らしい。領地の配給担当者2人と護衛兵2人が必死で抵抗している。しかし、10数人の武装した男たちに囲まれて、今にも致命傷を負わされそうだ。
ユリアとデイビードは、互いに目で合図をして槍と剣の武器を取り出し、すぐに救援に駆けつけた。
二人は、盗賊に近づくと声をかけ、武器をそれぞれ盗賊に向けて接近戦の秘術を放射した。二人は、それぞれ静止した盗賊の足に深手を負わせて動けなくした。二人に気づいたほかの盗賊達が二人と目を合わせた瞬間、二人は金縛り魔法で彼らを静止させた。そうして作った数秒の時間の間に、隣から迫ってきた直近の相手を接近戦の秘術で倒していった。次々と襲ってくる盗賊を同じ要領で主に足に深手を負わせて無力化していった。
5分も経つと、盗賊で立っている者はいなくなって戦いは終了した。足に深手を負った盗賊たちは、皆、村人に拘束されるとともに、深手の部分に布で止血処理をされていた。中領地アリースソンの配給担当者と兵士の4人は、何とか手傷を負わずに抵抗しきれたらしい。盗賊も、飢えた農民崩れのようだから、剣術が上手いわけでもないことは幸いであった。
配給係の代表者らしき人物が、デイビードとユリアに向かって言った。
「私は、アリースソン領の領主ミカエル・ドゥ・アリースソン伯爵閣下の領主館で穀物管理部門に仕えるネイシスという者です。危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
デイビードが答えた。
「皆さんに大きな怪我がなくて何よりでした。私は、シングラーツ王国のヴィルダー辺境伯の縁のもので、デイビードと申します。これは、娘のユリアです。ここへは、領主ミカエル・ドゥ・アリースソン伯爵閣下に面会を求めてやってきました。申し訳ないですが、先を急ぎますのでこれにて失礼いたします。」
「あなた様がデイビード様でしたか。いらっしゃるという話しは洩れ聞いております。どうぞ、道中お気をつけて。」
二人は、早々に配給所を離れて街道に戻り、一路、領都アルーゾンを目指して走った。穀倉地帯から森の領域に移り2時間ほど走ると、森を抜けて高そうな城郭が見えてきた。城郭の幅から想像するとアルーゾンは交通の要衝だからか、辺境領の領都ヴィルドブルグよりも大きな街のようだ。二人は、城郭の門をくぐって街へ入った。
デイビードは、訪問の手紙は既に届いているはずだと思い、伯爵の居城である領主館に向かって、門の衛兵に訪問の旨を告げた。衛兵は、デイビードに言った。
「あなた様がデイビード様ですか。申し訳ございませんが、手紙の件は伝達を受けておりません。でも、近い時期にこちらへいらっしゃるという話は聞いております。なにか、身分を証明するものはお持ちでしょうか?」
デイビードは、衛兵にハンター2級のギルドカードを見せた。
「はい。確認いたしました。すると、こちらがユリア様ですね?」
ユリアは、問われてハンター4級のギルドカードを衛兵に見せた。
「はい。お二人とも確認が取れました。カードのご提示、ありがとうございました。どうぞこちらからお入りください。」
別の衛兵が一人ついて、領主館の正面入口まで二人を案内した。その衛兵は、領主館の入口衛兵に二人の訪問の旨を伝えると、二人に会釈して門の方へ戻って行った。すぐに、領主館入口から執事らしい紳士が出てきて、二人を領主館内へ招き入れ、応接室に通した。
領主に合わせる前に、執事が形式的な確認をするらしい。ただし、前振れなく来たことに対してか、皮肉を込めた口調となっている。
「わたくしは、当家アリースン伯爵家の筆頭執事をしておりますガスタールと申します。失礼ですが、お二人のお名前と訪問の目的をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
デイビードが、先触れの手紙よりも先に来てしまったことに気づき、失礼を詫びる口調で言った。
「わたくしは、シングラーツ王国のヴィルダー辺境伯ヴィルムード・フォン・ヴィルダーの末弟のデイビードと申すものです。礼を失して大変申し訳ございません。訪問の目的を書いて送った書簡よりも早く当地に着いてしまいました。訪問の目的は、御伯爵家からいただいたご縁談に、急を要する事情がおありなのではないかと予想して、確認をいたしたく急遽参った次第です。こちらは、」
デイビードがユリアの名前を言おうとしたとき、ユリアが遮って自らフランソワール帝国語で話し出した。
「わたくしは、ガスタール様が名乗られたから、一応名乗ります。わたくしはユリアと申すものです。このデイビード様の一番弟子であり、デイビードの仮の娘です。わたくしも、デイビードが申した御伯爵家の切迫した事情を予感しました。縁談書には当然記載ありませんが、わたくしも呼ばれているはずだと思ったのです。その予感を信じて、辺境伯家から自らの足で走り僅か3日間でこの街に着いて、いまはここにいます。
しかしながら、ガスタール様の先ほどの仰せぶりからすると、わたくしの予感はどうやら外れたようです。少なくとも、ガスタール様自身には何の切迫感も感じられず、悠長にこうして座興にもならない戯言をしておられる。
わたくしは、自らの不明を恥じて、このままヴィルダー辺境伯領に帰ります。デイビードの方は、当然、伯爵閣下や縁談相手にお会いする用事があるでしょうから、ここに残るでしょう。
なお、仮に、御伯爵家で、わたくしが本当に必要とされているのであっても、主家たる伯爵家のためを考えないこのような筆頭執事がおられる限り、ご協力はできません。ほかを当たってくださいませ。それでは、失礼いたします。」
筆頭執事ガスタールは、それを聞いて、自分が馬鹿にされたことを感じて、怒った荒い口調でユリアに言った。
「平民の幼児の分際で、何を偉そうに言っている。つまみ出してやろうかと思ったが、自分で出ていくならそうしろ。」
((おおっ。本性を現したかな。もう、一押しほしいかな。))
ユリアは、筆頭執事から見えないようにデイビードに目配せして、ソファの席を立って、ひとり応接室を出て行こうとした。
その時、突然、応接室のドアが開いて、伯爵閣下らしき人物が入ってきた。
「ユリア殿。このアリースソン領の領主ミカエル・ドゥ・アリースソンでございます。大変申し訳ございませんでした。ガスタールが大変失礼なことをしでかしたようで、なんといってお詫びしたものか言葉が見つかりません。お許しいただけるなら、もう少し我が屋敷にご滞在いただきたいと存じます。ガスタールにつきましては、しかるべき処分をするつもりでございます。」
ガスタールは、びっくりして、失言を聞かれてしまったとでもいうように両手で自分の口を押えた。
ユリアは、立ったままで伯爵に挨拶する。
「お初にお目にかかります。ユリアでこざいます。伯爵閣下、わたくしが、この領主館にこれからしばらく滞在する条件を申し上げます。いまおっしゃられたしかるべき処分の内容として、いますぐにガスタール様を、解雇いただくか、少なくとも、この領主館の経営、経済、人事などの実権がない立場に落としていただきたいと存じます。」
伯爵が、困った顔をして言う。
「それは、困りましたなぁ。ガスタールは、長年この領主館で働いてくれて、今では、この領主館の采配をすべて任せている事情もあり、すぐには決められません。何か、ほかの条件では許していただけませんか?」
ユリアは、即座に拒否の姿勢を見せて言う。
「ほかの条件はありません。そういうことでしたら、わたくしは、今すぐに帰ります。なお、ガスタール様を解雇されても伯爵閣下が困ることは、たぶんありません。むしろ、このまま留め置く方が困ったことになるかと予想します。それでは、失礼いたします。ごきげんよう。」
伯爵は、ユリアを再び止めて、さらに言う。
「ユリア殿が、そこまで強硬に言われる理由は何でございますか?わたくしには、思いつく理由が見つかりませんが。」
ユリアは、いよいよ核心に入るぞという信念をもって言う。
「アリースソン伯爵家に、いま切迫した事情がおありとすれば、それをもたらした元凶が、ガスタール様に他ならないからです。今の時点で証拠はありませんが、探せば必ず見つかります。今ここで見つけた状況証拠でわたくしはそのような確信を持ちました。」
伯爵が、びっくりしたような顔をして、さらに問う。
「ユリア殿、それは、あまりに突飛で無責任な発言のように聞こえますが、どのような状況証拠に基づくものですかな?」
((切迫した事情がないとは言わなかったね。))
ユリアは、ゆっくり、分かり易くを心がけて答える。
「ガスタール様が、私たち、特に、デイビードがここに来た外見上の目的を知りながら、あえて今この場で問い詰めようとしたことです。確かに、先触れの書状の到着前に来てしまった失態はありましたが、それをもって、訪問目的を知らなかったような前提でこの場で問い詰めるのは、縁談相手に対して却って礼を失した行為となります。
ガスタール様が、それを冒してまで聞きたかったのは、ただの縁談に伴う顔合わせ的な意味合いの話ではなく、その裏にある本当の目的の方です。デイビードは、その問い詰めに対して、隠さずにはっきりと言いました。すなわち、この伯爵家には急を要する事情がおありなのではないかと予想している、と。
デイビードのその言葉を聞いて、ガスタール様の顔が一瞬引きつりました。自分の立場を悪くする、つまり、自分の犯罪を暴く目的で来ているとわかったからです。顔の表情が変わっただけのことを、普通は状況証拠とは呼びません。しかし、わたくしにはそれで十分なのです。伯爵閣下。これで、状況証拠の説明になりましたか?」
((はるばると、走りに走って、異国の伯爵家に来ました。いきなり、見下されたような扱いを受けてしまいましたが、おかげさまで、伯爵家の問題解決が早まりそうです。))
少女は隣国の中領地へ走っていきました。行程途中の宿では楽しい音楽やおしゃべりもしました。盗賊退治もしました。狩人の男の縁談相手の伯爵家では、いきなり問題の核心に迫る事態となりました。この後どうなるんでしょうか。心配です。それではまたお会いしましょう。




