50.少女は出会った人々に別れを告げる
少女は辺境伯家滞在を切り上げて出立します。その前に最後の貢献をします。
ーーー 場面は辺境伯家居城の客室、滞在最終日の前日
ユリアは、メイドのメイリアに起こされた。
「今朝はごゆっくりでございましたね。疲れが溜まっていらっしゃるのではございませんか?。」
「おはようございます。メイリアさん。大丈夫ですよ。出会った方々のことを思い出して、眠れなかっただけだから。」
その後、ユリアは、洗面をした後、普段着に着替える手伝いをしてもらい、身支度を整えた。そして、メイリアに付き添われて食堂に行き、この滞在での最後の朝食を取った。
ユリアは、朝食を終えると、すぐにデイビードの部屋を訪ねた。
「お父さん。おはようございます。ユリアです。入ってもいいですか?」
「ああ。入っていいぞ。ユリア。おはよう。今日は、ちょっと相談があるんだ。そこに座ってくれ。」
「はい。改まってのご相談って何でしょう?」
「ちょっとした予定変更の相談だ。私が、明日の夜開け前に、ここを立つのは予定通りだが、行き先はあの森ではない。」
「あっ。分かりました。ちょっとどころではないですね。ご縁談先を調査しに行くのですよね。行き先は、隣国フランソワール帝国のどこかの領地でしょう?ご紹介者は、ガスゴーシュ様でしょうから。そのお話は、急を要する事態かもしれないのですよね。そうでなければ、お手紙で済む話ですから。」
「まったく、お前には、隠し事の意味がないな。実は、その通りだが、お前にも関係ある話かも知れないのだ。一緒に行ってくれればありがたい。」
「そうね。お父さんの自由にしていいとは言ってるけど、私にも関係あるなら一緒に行くわ。森に1年間留まるというのは、ひとりで生きていける力を付けるためだから、そのうちに続きをやればいいし。なーんて、簡単に説得されちゃったわね。お父さんも手間が省けて拍子抜けだったでしょ?」
「まあな。ありがとう。お前の予定を狂わせてしまってすまないな。ところで、お前は、どこまで予想してるんだ?」
「うーん。お父さんは、ガスゴーシュ様の紹介というところで否定しなかった。ガスゴーシュ様は、私達について重要なことを知ったけど、あの場ですぐに迫るような反応をしなかった事が怪しいのよ。見つけたという、はやる心を抑えて、お父さんの出自や能力を確認してから、依頼者に知らせたのだわ。お父さんなら最高のお婿さん候補だし、この話に食いつくとの自信もあったのね。そして、私というオマケがついて来ることも確信しているでしょう。つまり、ポーション付きで来てほしい事態なのよ。」
「なんだか、ガスゴーシュ殿の心の中を見透かしたような話し振りだな。そこまで予想していて、お前は、私について行くというのか?」
「そのつもりです。私のポーションが誰かに待ち望まれているなら、ガスゴーシュ様の思惑に乗ってあげましょう。ただし、一時的にだけどね。」
「そうだな。よし。今日は、午前中は挨拶まわりだ。午後には、必要な物資の買い物に行く。お前はどうする?」
「午前中は予定変更して、念のため毒消しポーションを作るわ。挨拶まわりは省略するから、私の分もよろしく言っといてね。午後は、お父さんと一緒に行くよ。それじゃ、私は、これから医薬部門に行くから。」
「おう。わかった。しっかり作ってくれ。」
ーーー 場面は医薬部門
「おはようございます。ユリアです。マジョルーサ様、いらっしゃいますか?」
「ああ。入っていいわよ。ユリア。おはよう。ちょうど良かった。いま、論文の加筆修正が完了したところなの。ちょっと見て貰えればありがたいわ。」
「わかりました。ちょっと、読みますね。・・・はい、読み終えました。今回は、内容的に指摘するところは、何もありません。さすがですね。あんな抽象的な指摘から、内容が充実して論理立てが矛盾なく結論に結びつきました。とても分かり易くて説得力のある論文に仕上がったと思います。ただ、一点、私の名前を消していただけたら、最高の論文です。」
「残念ながら、そのご希望には添えないわね。その名前は必須事項なの。ところで、君の用件は何です?」
「はい。事情があつて隣国フランソワール帝国に行くことになりました。その用件で毒消しポーションを使う場合を考えて、調合室をお借りして作っておきたいのです。」
「そういうことなら、私がまた製造主任者として製造工程を監督しましょう。出来上がったら鑑定してあげますわ。」
「ありがとうございます。それでは、さっそく、いきます。材料は、こちらのキノコ類や菌類、カビ類です。ここの全種類を使って、多数種類の毒素を解毒または無効化出来る万能毒消しポーションを作ります。」
「あら。いつもながら、品質最高の材料群だわね。」
ユリアは、午前中の終了前に20本の毒消しポーションを作リあげた。マジョルーサは、これを鑑定して、予想通り超特級グレードであるとの鑑定結果を出した。
ユリアは、13本をマジョルーサに預け、自分は7本だけを収納魔法に入れた。昼食には、マジョルーサと事務屋の女性と3人で食堂に行った。
食堂には、デイビードが、ダルビード家一同と同席して配膳待ちしていた。ユリアたちは、許可を得て近くの席に座り相席した。ダルビードが最初に話題を提供した。
「ユリア。最後の最後まで忙しくさせて済まないな。この辺境伯家に来て気が休まるときがなかっただろう。」
「いいえ。アンジェリカ様達との音楽のお勉強は楽しい時間でしたし、お茶会では仲良くおしゃべりも楽しめました。辺境伯家でのこうした経験は一生の宝物です。ありがとうございました。」
ナターシャが、満面の笑みを浮かべながら話す。
「ユリアが来てから、ジェイムスンやマーカラスの目の色が変わって、座学の勉強や騎士見習いの訓練に真剣に取り組むようになったのよ。アンジェリカもそうなの。ドレスの審美眼や、聞き茶もそうだけど、なにより、バイオリンの練習では顔つきまで変わったわ。ぜんぶユリアのお陰です。ありがとう。」
「私のほうこそ、お礼申し上げます。少ないですが、回復ポーションと毒消しポーションを作って医薬部門に預けました。なにもないのが一番ですが、もし、何かありましたら使ってくださいませ。」
そこで、マジョルーサが口を挟んだ。
「ねえ、ユリア。謙遜もそこまでいくと、嫌みになるわよ。君が少ないと言ってるポーションの量は、貴族の邸宅を買ってお釣りがくる程の金額になるのよ。君はもっと大威張りしていいと思うわ。」
「ありがとうございます。マジョルーサ様。だけど、その量のポーションは、私が採取した薬草のごく一部を使って、私の魔力で調合したものなのです。私の人件費がそんなに高いはずがなく、出来上がった物がそんなに高価になる理屈がわかりません。」
そのやり取りを聞いていたデイビードが、ユリアの目配せに呼応して、ユリアを弁護するように言った。
「マジョルーサ殿。ユリアには、経済学をまだ十分に学ばせていないのです。必要とする人々の需要に対して供給側となる薬師のうち、超特級ポーションを作れる薬師がほとんどいない現実を知らしめる必要があります。」
「たしかに、そうね。私もユリアの再生プロセスを受講するまで、超特級グレードなんて作れなかったからね。そうだ。わたくし、お給金を上げて貰おうかしら。」
そこまで聞いて、ダルビードが慌ててマジョルーサを制した。
「おーい。マジョルーサ殿。勘弁してくれよ。ただでさえ領地経営が苦しいのだ。この際、マジョルーサ殿にも金縛り魔法の習得者として、超特級ポーションを無償で提供していただこうか。それがいいな。」
「あらら、とんだやぶ蛇だったのね。さっきのは取り消します。もともと冗談のつもりでしたのよ。ご勘弁を。」
そのやり取りで、大人達が大笑いする一方で、子供たちは、ポカンと口を開けて呆けた顔をしていた。
デイビードとユリアは、そこで食事と会話を切り上げて、領都ヴィルドブルグの街で買い物すると言って席を立った。ユリアは、ダルビードの子供たちと互いに手を振りあって別れを告げた。
本館前に広場を正門の方へ二人で歩きながら、デイビードがユリアに話しかけた。
「私は、これから寒い冬に向けて必要な防寒着や長ブーツ、冬用の肌着、靴下、手袋などの装備品を買い求める。もちろん、君のもだ。後は、野営時の食糧だが、肉は十分ストックがあるな。野菜類と調味料は補充が必要だな。あっ、そうだ。先方への手土産が必要かな。何がいいと思う?」
「高価な品物は無理だわね。安値で貴族家にも喜ばれる物って何があるかしら。そうだ、音楽はどうかしら?私が横笛を吹いて聞かせてあげるのよ。お父さんは、楽器はできる?」
「私は、楽器は何も出来ない。君が、この王国やこの地方の独特の音楽をうまく演奏すれば、隣国人の音楽好きには異国風でエキゾチックに聞こえて喜ばれるかもな。」
「でも、横笛だけだとちょっと寂しいかもしれないね。横笛以外の楽器では、安価なものはないかしら?」
「先方に備えてある楽器を弾かせて貰うのはどうだ?」
「それはいいかもね。私、バイオリンと鍵盤楽器は、アンジェリカ様とレスターニャ様が弾くのをつぶさに見て技を盗んだから、楽譜があれば弾けると思う。演奏レベルも結構いけてるはずよ。それじゃ、楽器店に寄って横笛と楽譜を買ってもらえるかしら?」
「ああ。いいぞ。そちらから片付けてしまおう。君の得意な習得方法の成果が楽しみだな。」
二人は、正門から出てすぐ近くにある楽器店に入って、横笛と、王国風の横笛とバイオリン曲と鍵盤楽器曲の楽譜を買った。
それから、予定した冬物衣類などの装備品や野菜と調味料を買った。
帰り道で、ユリアが、メイドのメイリアにだけ何もあげていないことを思い出して立ち止まった。ユリアは、メイリアの手指が痛々しく荒れているのを見ていたので、ぬり薬をあげようと二人で薬屋のところまで戻った。ユリアは、簡単に手入れができるよう瓶入りの軟膏を買ってもらった。
二人は、その後、正門から辺境伯家居城の本館に入り、明日の予定を確認し合った。明日は早朝4時に本館のこの位置に集合して、朝食も取らずに出発することになった。二人は、その後、食堂に行き、中にいた見知った人たちと別れの挨拶しながら夕食を取った。ユリアは、そこでデイビードと別れて自分の部屋に戻った。
ユリアは、部屋に帰ると、収納魔法から回復ポーションと毒消しポーションを取り出し、軟膏の上に1滴ずつ垂らして添加した。滴下した液は、見る間に軟膏の内部に浸透して行った。これで、効果が上がるのか分からなかったが、何も添加しないよりましだろうと気軽に考えた。一応、自分の手指に軟膏を塗って異常が起きないことを確認した。その後、軟膏瓶の包装をきれいに元通りにして机の上に置いた。
メイリアは、程なくしてユリアの部屋に来て湯あみの手伝いをしてくれた。ユリアは、体を洗われながらメイリアの手指を観察して、荒れている様子を確認して言った。
「メイリアさん。手指が荒れて痛いのではないですか?今日、薬屋で軟膏を買ってきたのです。ここまで、こうしてお世話してくださったお礼として贈りますので使ってみてください。」
「まあ。私のようなものにまで。お気遣いありがとうございます。ぜひ使わせていただきます。」
そのあと、メイリアはユリアの夜着への着替えをしてくれた。着替え終わると、ユリアは机に置いた軟膏瓶を取り、メイリアに差し出した。メイリアはそれを恭しく受け取り、早速包装を剥いで蓋を開け、指ですこしすくって反対側の手指に塗ってみた。
すると、軟膏を塗った方の手指の、荒れてひび割れさえあった皮膚が、見る間に滑らかで傷ひとつない、まるで水仕事をしない人の手のようになった。同時に、少しあった痛みもなくなったようだ。
「ユリアお嬢様。これは、いったいどうしたことでしょう。この軟膏は私も時々買って使ったことがあるのですが、こんなすごい効き目は今まで一度もありませんでしたよ。」
「メイリアさん。ごめんなさい。こっそり、回復ポーションと毒消しポーションを1滴ずつ垂らしたのです。今日、塗った方の手に異常が出なければ、そのまま反対側の手にも使ってください。私も塗ってみたのですが、特にまだ異常は現れていません。どちらのポーションも、もともと、塗ることも、飲むこともできるものですから、問題ないと思います。」
「ユリアお嬢様。このような高価そうで優れたお薬を、私がいただいてよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。メイリアさんが望むなら、お知り合いのメイドさんたちにも分けて使ってもらっても結構ですよ。ところで、お使いをお願いしますが、明日にでもこの手紙を医薬部門のマジョルーサ様に渡してください。皆さんがこのポーション入り軟膏を使って、優れた効果があると確認出来たら、今後メイドさんたちの常備薬として医薬部門で準備してもらえると思います。」
「ユリアお嬢様。何とお礼を言えばいいのか、ユリアお嬢様のお世話を担当させていただけて、私はとても幸せ者です。」
「メイリアさん。大袈裟ですよ。私の方こそメイリアさんでよかったと思っています。寂しいですが、これでしばらくお別れです。明日夜明け前にここを立ちます。これまでお世話いただき、感謝申し上げます。それでは、幼児はもう寝ますので、あとはよろしくお願いいたします。」
「はい。ユリアお嬢様。畏まりましてございます。おやすみなさいませ。」
((忘れずにメイリアさんにお礼ができて良かったわ。後はマジョルーサ様が薬師様としてなんとかしてくださるでしょう。なにせ貴族邸を買ってもおつりがもらえるほどのポーションをお持ちですから。もやもやしていた本家金縛り魔法の習得効率の悪さも解消できそうだし、ここでの滞在は大成功と言ってよさそうね。))
少女は辺境伯家とそこの多くの人に貢献をしてきました。例の偉そうな有力者も劣等感の塊から本当の自信あふれる有力者になりました。最後の貢献相手は世話をしてくれたメイドさんでしたね。医薬部門は目ざとくポーションの使い道を開発してくれるでしょう。次はどこに行くんでしょうね。心配です。それではまたお会いしましょう。




