5.少女は自分がお利口さんになった理由を知らない
エドアルドは、やっと話の核心が聞けそうだと期待しながら、神父に、ユリアが陥った状況を克服できた理由についての話を促した。
「それでは、その後の数年でどうしてあそこまで饒舌で人への接し方や行動様式までが変わったのだ?」
神父は観念して、世にも不思議で普通には信じてもらえそうにない話としながらも、原因だと信じている事実と推測を開示した。
「3歳になったばかりのときに、ユリアは3mほどの崖から転落したのです。幸いに下がふわりとした枯草の堆積場で無傷だったのですが、本人曰く、背中から回転しながら落ちるわずかな時間が10秒間くらいに引き伸ばされたように感じられ、頭の中のもやもやが晴れて周囲の景色がはっきりと目から直接頭に入ってくる感覚で、状況が瞬時に理解できたそうです。
その時以来、彼女はそれまでとはまるで人が変ったようによくしゃべりはじめ、家族以外の大人たちやほかの子供たちとも積極的に交わるようになりました。彼女自身も、人と接して言葉のやり取りに迷わないという自らの変化を自覚して喜んでいるようでした。しかし、変化の直接の原因について、ユリアは、転落時に経験した特異な視覚認知能力が、自分の身に起きた変化とどう結びつくのかわかっていないようでした。
私は、ユリアの言った頭の中のもやもやが晴れたという感覚の表現を振り返り、転落時に取得したのは視覚認知能力だけではないことに思い至りました。
つまり、対人場面での強力な状況把握能力ともいうべきものが彼女にもたらされて、性格的な負の面を意識下に消し去ったと考えると、転落事故前後での彼女の変化を無理なく説明できるのです。
((神父様。それは、周りの空気を読むということだよね。))
しかしながら、どのようにしてそのような能力を取得できたかという根本的原因については、やはり人知を超えた何かが作用したとしか言いようがありません。それは世にも不思議な話ではありますが、私の立場からすれば、取りも直さず転落中にユリアに訪れた神の祝福の賜物であると言うのが最も受け入れ易いのです。
村人たちもユリアの変化を神の祝福として好意的に歓迎しました。それに反して、家族のユリアへの対応に関しては、その後の様子を端から見ていた限りでは、以前との変わりように畏怖を覚えたのか、今度は何か得体の知れない異物として排斥するような態度を取り始めました。」
エドアルドは、神父の長い話に半信半疑ながら、ユリアをどうするか今後の対応を考える必要を感じていた。
「話は一応わかった。崖から落ちる瞬間の神の祝福の件は信じ難い一方、起こっても不思議ではない気もする。残念だが、子供たちの持つ負の性格を直すのに、まさか、崖から突き落とすわけにもいかないな。
スピノザ神父、しつこい問いかけにも丁寧に教えてくれて礼を言う。ユリアを今後こちらで保護して育てるように考えてみるが、今日のところは、これで領都へ引き上げるのでユリアのことをよろしくたのむ。」
スピノザ神父は、ユリアの将来に一抹の不安を感じながらも、別れの挨拶をした。
「遠いところお越しいただきありがとうございました。本日は大変有意義な一日でした。皆様に神のご加護がありますように。」
((しつこく聞いたけど残念だったね。結局、神様の祝福だったの?それともアドレナリンかぁ?))
お貴族様は神の祝福ではごまかされまいと粘り強く聞いたのに、結局、神父様も想像するしか答えがなかったんですね。作者H18同期会のSKもありそうな話として書いていますが、真実は知りません。次回は森の中のシーンに戻り苦難の道を歩みます。楽しみですね。それではまたお会いしましょう。




